身に覚えはありませんか?

三嶋トウカ

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夏:第1便~第3便

第12話:【第3便】濃厚ブラウンシチュー_2

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 テープを剥がす音が、キッチンの静けさに重なった。
 ――ぺりぺりぺり。
 指先に粘着の抵抗が伝わり、段ボールの蓋がゆっくり持ち上がる。

「うわぁ……」

 思わず声が漏れる。箱の中は、整然としていて、まるで小さなギフトボックスのようだった。
 淡いクリーム色の保冷材がきっちりと詰められ、中央には、深い茶色のパッケージが二つ並んでいる。
 ひとつは特製ブラウンルウと印字された袋。もうひとつは、艶のある銀色の真空パック。
 中には、シチュー用のカット肉と、脂身のような塊。

「すごい、本格的」

 思わずニヤついてしまう。
 光を受けて脂の部分が薄く透けている。それがまるで、白い花びらのように見えた。
 取り出すと、ずっしりと重たい。

「これ……結構量あるね」

 両手で持つと、手にぬるりとした冷たさが残る。霜が溶けかけているのだろう。けれど、その感触にはどこか生っぽい温度が混じっているような気がした。
 ほんの一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに思い直す。

「この状態だけど、新鮮なのかな」

 その下には、透明のトレーに入ったカット野菜があった。じゃがいもは角が丸く、にんじんは厚めの輪切り。玉ねぎは層がしっかりしていて、包丁を入れなくてもほぐれそうだった。

「めちゃ助かる、切る手間ないじゃん」

 声に出して喜ぶ。パッケージの角には、小さく「国産」と印字されている。
 そして、一番下に白い包みがあった。開けてみると、小さなハード系のパンが二つ。焼き色が美しく、手のひらに乗せるとほのかに甘い香りがした。

「パンまでついてるの、嬉しいなぁ」

 くすっと笑って、テーブルに並べる。

 同封のリーフレットには、落ち着いた書体でこう書かれていた。
 『特製ブラウンルウは、深煮込みに耐えうる濃厚仕立てです。付属の脂身を溶かしてコクを引き出し、素材本来の旨味をゆっくり包み込むように煮込んでください』

「脂を溶かすのね」

 指で文面をなぞる。今まで届いたものの中でも、一番手が込んでいる気がした。

 冷蔵庫の中から赤ワインの瓶を取り出して横に置く。
 前回のソーセージと同じように、きっとこのシチューもモニター品とは思えないくらい美味しいだろう。
 私は、パッケージをひとつずつキッチンの作業台に並べた。並べた瞬間、肉のパックが微かにに動いたように見えた。それに、冷気が抜けたせいか、袋が僅かに膨らんでいる。

「……空気入っちゃったのかな」

 首をかしげ、軽く押さえる。
 しんとした部屋に、ぷちっと気泡のはじける音がした。一瞬のことだったが、私は気にせずルウの袋を手に取った。

「さて、煮込む準備しよ」

 軽く伸びをして、エプロンの紐を結び直す。
 時計は二十時を少し過ぎていた。
 知らないうちに降っていた通り雨は止んで、ガラス越しに街灯の光が反射している。窓の外にぼんやりと、自分の姿が映っていた。その背後で、テーブルの上の真空パックが、湯気でもないほんの僅かは白い気配を放っていたが、私はきっとドライアイスだろうと思った。

 冷蔵庫から深鍋を取り出し、シンクの脇に置いた。底の金属が冷たく、触れる指先に一日の疲れが戻ってくる。

「この鍋、久しぶりに使うなぁ」

 独り言がぽつりと落ちる。思えば、誰かに料理を作ることなんて、もうずいぶんしていない。
 でも、こうして誰かが選んでくれた材料を調理するのは不思議と楽しい。当選という言葉だけで、誰かにご褒美をもらったような気分になる。

 肉の真空パックを光に透かしてみる。濃い赤みの中に、筋のような白い線が何本も走っていた。

「綺麗な模様……」

 指でなぞるように見つめる。
 肉のひと切れひと切れが整然と並んでいる。まるで人の手で揃えたような正確さだった。それでも、私は不自然とは思えなかった。

「プロの仕事だなぁ」

 感心しながら、保冷材をまとめてビニール袋に入れる。袋をしばってゴミ箱に落とすと、ぽとんという音がやけに響いた。
 小さな部屋だから、どんな音もすぐ耳に届く。テレビをつけようか迷ったが、静かなままの方が、この空気には似合っている気がした。

 リーフレットの裏面には、調理の手順が細かく書かれている。

 『脂身を鍋で弱火にかけて溶かし、香りが立ったら肉と野菜を加えてください』
 『水を加える前に、脂身を取り出します』
 『火を止めてから、ルウを割り入れ、全体的にゆっくり混ぜてください』

 行間の余白まで整っていて、文字の一つひとつが丁寧に印刷されている。

「親切だなぁ」

 ページをめくったとき、紙の端に小さな染みがあった。印刷のかすれかと思ったが、指でなぞると、ほんのわずかにざらついていた。

「……湿気かな?」

 そう呟いて、すぐに目を逸らす。気にするほどのことじゃない。

 窓の外で、風が小さく揺れた。カーテンの隙間から、街灯の光が差し込む。
 私はもう一度材料を見渡した。
 テーブルの上に整然と並ぶ、肉と脂と野菜とパン。それらが、まるで誰かに見せるための展示品みたいに、整然と並んでいる。

「うん、写真、撮っとこ」

 スマートフォンを構え、何枚か撮って保存する。
 角度を変えてもう一枚。そのレンズの中で、一瞬だけ肉の表面が脈打つように光った。
 でも、それは蛍光灯の反射だとすぐに思った。

 保存を終えると、私は深呼吸をした。

「さて、やりますか」

 腕まくりをして、髪を後ろでまとめる。
 ルウの袋の端をハサミで切ると、濃い香りが空気に流れた。カカオとスパイスが混ざったような、甘い香ばしさ。
 その香りに、思わず目を細める。

「……いい匂い」

 時計の針が二十時半を指していた。外の音はすっかり止み、世界に残っているのは、彼女の呼吸と鍋の金属音だけだった。
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