とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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2.魔の紋章を持つ少女

4.新居での生活準備

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(…こんなに、壁は薄かったのか)

 騎士の宿舎で目覚めたルークの耳には、様々に騒ぎ立てる声が入ってきた。ルークが褒賞を得ることが、知れ渡ったのだろう。常日頃から冷静を求められる、国の軍隊に属する騎士の声とは思えないが、使用人たちの声だとしても大きすぎる。皆が皆、口々に話しているのだろう。

「ウィンダム魔術爵三男、英雄万歳!」
「東の街を救った英雄だ!」

「褒賞として公爵令嬢をもらうらしい」
「公爵令嬢が魔術爵の息子と? 嫡男ですらないのに?」
「まだ二十二歳の若者だろ?」
「相手の令嬢は十六らしい」
「ふたりとも適齢期には早いじゃないか」
「国王様に何か考えがあるんだろう?」
「騎士にしては小柄なくせに」

 ルークを称えるものよりも、蔑むほうが多い。ジョンが噂を流さなければ、もっと酷い言われようだったのかもしれない。

 ミアがウェルスリー公爵の娘であることは隠されていて、ただ公爵令嬢とだけ記載されていた。それはそれで噂になるだろうが、褒賞としては身分を明かさないわけにもいかず、そうする以外に手がなかったのだろう。

 ルークと同じ宿舎に住む騎士に限らず、別の騎士団や警備隊に属する騎士からも、今までいい顔をされていなかった。飛び級で騎士学校を修了し、さまざま任務をこなし、順調すぎるペースで警備副隊長に昇進し、今回は少数編成であっても役職は隊長だった。

(はあ……)

 ルークはこの日以降、ジョンの書斎を拠点に、魔の紋章や番に関する書物を読み直しつつ、ミアと同居するための準備を進めた。


 ☆


 チャールズに希望を伝え、王都の外れ、森に囲まれ周辺から隠された屋敷を用意してもらった。もともとは王家の保養所として使われていたらしいが、その割に旧ウェルスリー公爵邸よりも二回りほど小さく、それでもふたりで住むには十分すぎる大きさだ。ざっと風を通し屋敷内を確認したあと、騎士の宿舎に置いていたルーク自身の服や書物を転移魔術を繰り返して運んだ。ジョンの書斎に置いていた私物も、これを機に移した。

(広い部屋があるって、いいな…。書物も集め放題だ)

 庭園と呼べるほどではないが、屋敷から出て森に踏み入れる手前には噴水やベンチ、小さな花壇も整備されている。初めて見たとき、ミアは花を眺めていたようだったから、自然が近くにあるのはありがたかった。


 屋敷を完全に覆う結界を張るために、ジョンに頼んで魔力の込められた杭を入手した。結界自体はルークにとって造作もなく強力なものを用意できるが、魔術道具と呼ばれる、他人の魔力がこもった物があれば、より強固にできる。ジョンは魔術学校の教師をしながら魔術道具を製作し王家に卸しているため、一部を分けてもらったのだ。

 庭を含めた敷地内の四隅に杭を打ち、立方体ですっぽりと囲う様子を思い浮かべたあと、手を振った。ぴんと空気が一瞬揺れて、治まる。これで、この屋敷が外部から干渉されることはない。結界の外に唯一、郵便受けは立っているが、すぐに森が続き、人が住んでいるようには見えないだろう。

 ルークの予想が正しければ、ミアは現状、魔術を使えないオッドアイで、出生の届出もされていなかった公爵令嬢という、かなり特殊な立場だ。世間から距離を置いて隠れられるなら、そのほうが都合がいい。

 万が一、ミアが山賊などに襲われ、価値の分からない人たちが魔の紋章の魔力を暴走させてしまうなど、絶対にあってはならない。ルークもオッドアイを隠して生活しているくらいだ。チャールズを含む王家が知っているから、手の届くところに居るうちは、後からどうにでもできる。


 おそらく私物が少ないミアのために、女性物の服や小物を準備し、家具や調度品も揃えた。ルークが頼むと、王妃であるエリザベスは快く協力してくれた。エリザベス以外の女性とまともに話した経験すらないルークには、難しい準備物だった。

 騎士としての給金はほぼ使っておらず、さらに特別任務をこなしているルークは、貯まるばかりの収入をここぞとばかりに使ったが、今回の住居の移動は半分任務であり、チャールズからの支援も多かった。そのため、ルークが注文したものよりも高価なものが、いくつか紛れていた。書類を確認してもルークが変更したことになっていて、返品する気も起きなかった。

(勝手なことをされるのも、もう慣れたな…。僕のことを思ってのことなのは分かってるし)


 それから、ジョンの書斎で初夜についての記録魔術を確認した。心を通わせた結果、何をするのか、具体的に知っておく必要があると思ったのだ。

 例えばひとつの可能性として、オッドアイであるルークの魔力が暴走し、セントレ王国の領土が消し飛ぶこともあり得る。ジョンもチャールズも、それを直接ルークに言うことはなかったが、想定はしているだろう。もしくは、予知で乗り越えられることが見えているのかもしれない。

 どのみち、ミアはルークの番であり、交わることでミアの魔の紋章を解けるかもしれないこの任務は、ルークにしかできない。チャールズが何も伝えてこないのであれば、ルークは自分の感覚を信じ、やってみるしかないのだ。


 ☆


 迎えに行く前に、ルークはミアの現状を知りたくなった。公爵邸にいたときから半月も経っていないが、ルークは約四ヶ月の間、ミアと子犬の姿で毎日触れあっていた。ルークもルークなりに、あたたかくて良い匂いのするミアが恋しくなっていたし、子犬姿のルークに甘えていたミアを思い出すと、会えなくなってからのミアの様子が気になった。

(泣いていないといいけど…)

 深夜になるのを待って子犬姿になり、旧公爵邸の廊下に転移した。ジョンには止められていた高難度魔術の重ね掛けだが、できると思っていたルークの感覚は正しかった。転移先の状況が分からない状況で転移魔術を使うのはリスクだが、ミアに会いたい気持ちが勝った。

 未だ当主の急な死の知らせに混乱しているようで、数人使用人が起きているようだったが、ミアの部屋にはミアの気配しかない。しばらく来ていなかったことで閉じられている扉を引っ掻くと、気付いたミアが迎えてくれる。

「久々ね。よかった、来てくれて。お別れの挨拶ができる」

 硬いベッドに腰掛けた、久々のミアの膝の上に迷わず飛び乗る。変わらず感じられる甘い匂いとあたたかさに、酔いそうになる。もうすぐ、同じ屋根の下で暮らし始める。任務も受けているがそれ以上に、番であるミアと一緒に過ごせることに、ルークは期待を抱いていた。

「あのね、私、婚約することになったの。お相手はウィンダム魔術爵三男様。大戦果を上げた英雄だって」

 ミアにも当然、そう思われていた。おそらく執事から、伝えられたのだろう。子犬として、ミアの細い身体に顔を押し付ける。

「それに…」

 言葉を切ったミアの目線を追うと、机と呼べるか怪しいあの台に、ルークの戦果が書かれた新聞が置かれていた。

「私と同じように左目を隠しているの。偶然なのに、落ち着かなくて…、小説に出てくる王子様みたい」

 純粋な心に、ルークは少し驚いたが、今回は隠せただろう。

 ルークがミアと婚約するのは、番であることがルークには分かっているし、魔の紋章を解放しオッドアイを増やしてセントレ王国の戦力とするため、そしてルークの魔力増強を図るためで、それ以上でもそれ以下でもない。ルークが日常で読むのは新聞や任務に関する調書と書物で、小説については詳しくないが、ミアの男性の理想像が王子様なのは伝わってきた。

(…ミアは、文字が読めるのか)

 この扱いで、乳母や教育係に読み聞かせてもらっていたことはなさそうだし、部屋に本があるようにも見えないが、執事や使用人たちに見つからないように隠している可能性は十分にある。

「でもね、不思議なの。私はずっと隠されてきて、この家以外の人には知られていなかったはずなのに」

(……鋭いな)

 ミアは屋敷に閉じ込められ続けた、いわゆるか弱い女の子ではないらしい。ルークの想定よりもずっと、自分で考えられる人で、賢いのかもしれない。学校を修了していても、考えられない人も多いのだが。

 背中を撫でられながら、ゆっくりとした呼吸を意識しつつ、ミアの言葉に耳を傾ける。

「屋敷から抜け出したいと思ってたけど、こんな形で出られるなんて。出ずに待っていてよかったわ。あなたも連れていけたらいいのに」

 ルークを持ち上げたミアの頬には、涙が伝っている。できる限り舌を伸ばし、舐めとった。

(やっぱり、しょっぱくなくて、甘いんだよな、涙が)

 人間の姿よりもずっとサイズの小さい身体を抱きしめられているが、ミアの身体は柔らかいというよりは骨張っていて、腕も細い。思い浮かぶのは、ジョンの書斎で確認した、交わりを示す記録魔術の内容だ。

(あれを、この身体に? 半年後、魔の紋章の解放を狙って?)

 今はとても現実にできるとは思えないが、一緒に生活しているうちに変えられるのだろうか。少し、調べる必要がある。

 ルークは、ミアが寝息を立てるのを確認し、そっと鼻先を頬に当てた。ベッドを抜け出し、ミアの部屋から直接新居となる屋敷へ転移した。


 初めて魔の紋章について書物を読んだのは、十二歳のころだった。すでに騎士学校に転入していたため、授業が終わると真っ先に自室に帰り、寮生活のルーティンを消化し、子犬の姿になってジョンの書斎を目指した。ジョンの結界の中で人間の姿に戻り、魔術の勉強をしたあと、また子犬の姿に戻って宿舎へ帰る。

 そんな生活をしているうちに、人間の姿のまま移動できる転移魔術が使えるようになった。師匠であるジョンには、変身魔術も転移魔術も使えないらしく、相当な魔力を使うために高難度だと言われる。

 それが一日に何度も、番を持たずにできてしまうルークの魔力の総量は、一体どうなっているのだろう。

 食事や睡眠など、休息を取れば魔力は回復するものの、番がいると増強し、生まれたときに決まっている総量を増やせる。魔術師は、心を通わせ交わることができれば、いくらでも強くなれる。番がいれば、より効率的に強くなれるのだ。

 番は、ルークのように本能に近い状態で分かる場合もあれば、大半の魔術師のように恋愛で相手を決めることもある。後者の場合、年月が経つと番関係を解消することもあるらしい。

 魔の紋章を持つミアがルークの番で、今はもう婚約者だ。ルークが紋章を解いて、ミアに魔力を扱ってもらう。それがルークの魔力の増強に繋がる。オッドアイを欲しがる国益のためだけでなく、ルークにとっても唯一の番なのだ。失敗は、したくなかった。
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