とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

文字の大きさ
17 / 103
2.魔の紋章を持つ少女

9.ふたりの日常

しおりを挟む
 ルークがまずしたことは、ミアに屋敷の内部を見せて回ることだった。台所や大きなテーブルのある食堂、客間、二階へ上がるとミアの部屋、ルークの書斎もある。

 壁一面が本棚になっていて、今は一部しか埋まっていないが、いずれジョンの書斎のようになる。壁に掛けられた可動式の梯子を上がると、机の真上に出て、仮眠用の簡易ベッドに辿り着く。ルークがその梯子を使うことはないが、一応設置したままだ。

「ここにある本は…」
「ほとんどが魔術に関するものだよ。あとは料理とか、身体作りのもあったかな」
「お仕事の、本」
「そうだね。気になるの、ある?」

 きらきらと光るようなミアの右目は、明らかに背表紙の文字を追っている。間違いない。ミアは、文字が読めるのだ。

「何か好きなジャンルがあるなら、買っておくよ」
「本当ですかっ」
「うん」

 残念ながら、ここにはまだ小説はない。それでも、本を楽しみにするミアは、嬉しそうに顔を赤らめた。

 ルークが見たことのあるミアは、よく泣いていた。あんな扱いをされていても、感情は閉ざされておらずむしろ豊かで、ミアの少しの変化を見ているだけでも楽しかった。


 同じく二階にある寝室をミアに見せるか、ルークは迷った。初夜のためにある部屋だ。ミアに見せて、警戒されたくはなかった。扉の前を通り過ぎようとすると、ミアが立ち止まったため、結局入ることになってしまった。

 天蓋のある、ふたりで使うにしても大きなベッドが中央に、それに添えるだけの小さなサイドテーブルと、奥にはふたりで一緒に入ることのできる広めの浴室がある。ホワイトを基調にまとめてあり、どの部屋と比べても色調が明るい。分かりやすく装飾の豪華な家具の揃った部屋でもある。

 チャールズとエリザベスの国王夫妻に「初夜は雰囲気が大事だから」と勧められ、断り切れなかったのだ。そんな不安を吹き飛ばすほど、ミアが気に入った様子だったのが救いだった。


 ☆


 ルークは書斎の簡易ベッドで目を覚まし、まずは庭に出て、騎士としての物理訓練をこなす。魔術で補えるとはいえ、元の筋力があるに越したことはない。

 屋敷に戻る前に郵便受けを覗いて新聞を回収し、森に入ったところで転移魔術を掛ける。書斎に降り立って、新聞を机に置き、シャワーを浴びる。

 書斎には簡易ベッドに簡易シャワーと、簡素なものしかなく、しっかり身体を休めるための設備は用意されていない。チャールズには「いずれ寝室しか使わなくなるから」と、押し切られた。ミアの部屋に浴室が備えてあるのは、もともとエリザベスの希望があったからだろう。

 ある程度水気を取って、書物に影響がない範囲で熱風を起こして髪を乾かし、朝刊を開く。身体を清めることも魔術で置き換えられるが、ルークは騎士生活が長い。物理的に水を浴びるほうがさっぱり綺麗になった実感を得られるため、この屋敷で寝泊まりするようになってからはこのルーティンに決めていた。


 ルークは三度の食事の準備や洗濯、掃除などの家事を、あえてミアに見せるために魔術で行っていた。相変わらずミアからは魔力を感じないが、ルークの真横で魔術を見ている右目はきらきらと輝いて、興味があるようだった。

 ただ、オッドアイを持つことは国家機密で、魔力を持たない一般人と同じように過ごせるほうが都合がいい。ジョンも魔術学校の教授だが、基本的に魔術を使った生活はしない。魔力で補いつつ手を動かして家事を終えなければならないことも、徐々に伝えた。

 時間のかかる調理をするときは、ミアに本を持って来させる。ルークが読むのは新聞や魔術に関する研究書物だが、ミアは小説を嬉しそうに抱えてくる。台所に並んでもたれ、火の番をしながら文字を追う。ミアはすっかり小説の世界に入り込んで鍋のことを忘れてしまうが、楽しそうな横顔を盗み見るのがルークの癖になっていた。

 いつもの大皿に野菜と煮込んだ魚を盛り付ける。ミアを調理に立ち会わせるようになって使うようになった食堂で、カトラリーの使い方を教えながら、対面で食べ進める。

(そろそろ、頃合いだろうか)

「このあと、外に出てみようか」
「本当ですか!」

 食事のたびに少しずつ食事量が増え、ミアの体調に関してルークの不安が減ったのだ。街への買い物など、人目のつくところにミアを連れていこうとは思えないが、この屋敷の周辺は魔術道具による強固な結界を張っていて、外から見られることすらない。体力作りにも、陽の光は浴びたほうがいい。広い場所を使って、試したいこともある。

 念のために一枚羽織らせてから、手を引いて庭に出た。ミアの興味を誘うものがたくさんあるようで、無邪気に問いかけてくる。それ自体は好ましいことだが、ルークは魔術以外の知識に乏しく、ミアの質問にほとんど答えられなかった。

「ルーク様にも、知らないことってあるんですね」
「もちろんあるよ、植物とか動物は専門外」
「専門は、魔術ですか?」
「そうだね。本業は騎士だけど、魔術のほうが自信はある」

 ルークが気に入っている噴水の縁に腰掛けると、迷わずミアも隣に座ってくれる。顔を覗き込んでくるミアに、足元に落ちていた枯れ葉を一枚拾って、振って見せた。

「例えば、こうやって踊らせたりね」

 手のひらの上でくるくると枯れ葉を回してみせる。魔術学校に入学すると初めに、自分の魔力に触れるために行う簡単な魔術だ。魔術と呼ぶには程度が低すぎるかもしれない。ジョンとの個別指導の中で、魔術学校の教科書には目を通しているから、だいたいの程度は覚えている。

 ミアが、顔を分かりやすく光らせている。魔術を止め、ミアの手を取って、枯れ葉を載せた。

「今見せたこと、できる?」

(正直、賭けだが……、っ!)

 ルークが目の前で見た光景は、ジョンの前で初めて魔術を使ったときに似ていた。

 ミアは、手のひらにある枯れ葉をじっと見つめ、やがて手のひらの一枚だけではなく、周りに何百、何千枚と落ちているであろう枯れ葉を踊らせた。

「…わわわっ!」
「大丈夫、止まってほしければ、そう思うだけだよ」

 上を向いたままのミアの手のひらに、そっと手を重ねた。静かになった周囲を、ミアが不思議そうにぐるっと見回している。

 やはり、ミアは魔力を持っていて、魔術を扱うことができる。動悸が止まらず、ミアの手を握り込んだ。

(これは……)

 目の前で明らかに魔術が使われたのに、魔力の気配は感じられなかった。ミア自身の魔力ではなく紋章の魔力が使われたに違いない。このまま、ルークの想定どおりに事が進めばいいのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...