ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-1.プロローグ 1

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「なんでオレが、妃菜ちゃん見て赤くなるのか、気付いてる?」

「今日から、彼氏・彼女ってことね?」


☆☆☆


「……ごめんね、やっと自覚したの」

「……これからも、ずっと一緒にいて」




☆☆☆☆☆



カフェを探しに行きたい。この街に引っ越してきて、まずやりたいことだ。

前に住んでいたところでよく通っていたカフェの、雰囲気が好みだった。誰にも邪魔されない、ひとりの時間をゆったり過ごせる空間。新しいこの街でも、似たようなところを探したい。

家に居る時間を、できるだけ短くしたい。私にとっては、自分の部屋ですら落ち着ける場所ではないんだから。


まだ何個も積まれている段ボールを見ながら、溜息を吐く。勝手に開いて、然るべきところに収まってくれたらいいのに。

一応、サラリーマンの父親の転勤で引っ越してきた。何の仕事をしているのかは知らないけど、今までも転校は何度かあったから、慣れてはいる。まだ学校までの道も知らないし、早く荷解きを終えて、外に出てみないと。

母親のことも、把握していることが少ない。何の仕事をしているのかすら、はっきり聞いたことがない。お金はもらえるし家にも居ないことがほとんどだから、働いてはいるんだろうけど、それでも毎回、父親の転勤について来れるのは何でだろうと思ってしまう。そういう働き方ができるような仕事って、何があるのか分からないけど、自分の予想が合っているとは正直思いたくない。

両親がいつ帰ってきているのかも、知らない。教えてもらおうとも思わない。

家に居ないから、両親が使うような物も私が荷解きするしかない。部屋の踏み場を無くす邪魔な段ボールが、いつまで経っても減らないし、そのままにしておくと怒られる。

ふたりとも、たまに会うと「出張だ」とか「誘われて断れない」と言い訳していた時期もあったけど、今はもう開き直ってる。本当に仕事で泊まりなこともあるんだろうけど、そうじゃない日に寄っているところがあるのは、お互い公言しているようなもの。

父親のジャケットから落ちた、源氏名の書かれた名刺。母親のブラウスについた、男物の香水の匂い。煙草の臭いは、両方から漂って来る。

昔から、両親にとって私は邪魔な存在だった。そうやって、遊びたい人たちだから。顔を合わせる度に、私が子どもで立場が弱くて言い返せないのを分かった上で、責めてくる。

家以外の、安心できる場所を探さないと。





日用品を片付けられたところで、外に出る準備をする。読み直している文庫本と、財布、家の鍵、連絡する人はいないけど一応携帯も。

電気もガスもちゃんと開通してるし、オンラインで頼んだ物が届くまでの間、繋ぎの冷凍食品とかカップ麺とか、買っておかないと怒られる。

いつもそう。自分が食べるなら自分で買って来ればいいものを、家に買い置きがないと責められる。Yシャツやブラウスの洗濯も、終わらせておかないと、攻撃の対象になってしまう。

(はあ……)

ただ怒られるならまだマシかもしれない。母親は、やりもしない家事への注文をつけてきて、見た目も貶してくる。父親は、頬や手に触れてきて、その目や仕草が娘に対するものじゃないから、悪寒が走る。

何もやらずにその攻撃を受けるか、対面しないように家に居る時間を減らして、わずかな時間で家事をやるか。後者の方がエネルギー消費が少ないと、思うようになったのはいつからだろう。

何も言われずに済むように、できる限り距離を取って、大人になるまでは従っていた方が楽なはず。だから、家事は怒られない程度にやって、後は顔を合わせないように、外に居る努力をする。

家でしかやれないのは、お風呂と寝ることくらいだ。どちらも両親に会わないかどうか、気を張った状態ではあるけど、流石に毎日のことで、嫌でも慣れてしまった。





スーパーには最後に寄るとして、とりあえず通学路の確認と、良い感じのカフェがないか、自転車で回ってみる。

インターネットでの検索に出てくるカフェは、規模がそれなりに大きくて、ひとりで長時間居座れても何か目をつけられそうな場所。見つけたいカフェは、チェーンじゃなくて、個人経営の小さなお店。オーナーさんに気に入ってもらえて、話せるようになれたら最高だ。

葦成あしなり市は大きい都市で、図書館も大きそうだった。図書館に長居できるなら、カフェを無理に探すこともないかもしれない。


《市民の広場》と名付けられた緑地を抜けて、自転車を押して中央駅の周りを歩く。ショッピングモールもあって、賑わっているけど興味はない。本屋さんがあれば行ってみたいけど、今日はパス。今はとりあえず、読む本に困っていない。

踏切を越えてから、また自転車で線路沿いを走ると、道路標識に目的地を見つけた。葦成西高等学校。新学期は、この学校に通うことになる。大都市なだけあって、制服も教科書もオンラインで注文済だし、間に合うように届くはず。思ってたよりも近い。これくらいなら、雨の日は歩けばいい。


通学路の確認が済んだところで、スーパーの位置を調べる。新しく住むことになった団地内にあるなら、駐輪場を探すのが面倒そうな駅前で、買い物をしなくて済む。

読みは当たって、団地の中にもチェーンのスーパーが構えていて、隣にはコインランドリーもあるらしい。日常使いできる位置にあるなら、自分の服は家で洗わなくて済む。洗濯機についた臭いが、移ることもない。

駅前はどこも混んでいて、理想とするカフェは見当たらない。とりあえず、自転車で少し離れてしまう方がいい。

あえて遠回りをして家の方向を目指す。家に居たくないのはその通り。ただし経験上、引っ越したての今は、両親とも新しい関係作りで

親が家に居ない保証はないけど、学校が始まってからどう過ごすのか、見通しが立てば今日のところはひとまず目標達成だろう。

(ん……?)

団地内を走る中で目に留まったその建物は、住宅には見えなかった。少しくすんだ白い壁には蔦が這っていて、古さを感じるオレンジの屋根もまた、風情があった。建物の手前には階段と、低めの生垣がある。

外観が、すごく理想。営業時間も看板も見当たらないけど、大きな窓からは談笑する老夫婦が見える。団地の人たちが集まる喫茶店なんだろう。

今度、ここに入ってみよう。ゆっくり本を読んで時間を過ごせるといいんだけど。


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