ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-6.不思議な人

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☆☆☆


課題テストは昨日までで、今日からは本格的に授業が始まる。この学校のペースを掴んで、予習を進めないといけない。

編入試験では、自分に見合った良い感じの学力の高校じゃないかと思ったけど、実際はそうでもなさそうだった。授業は基礎問題をやって、発展問題は飛ばすスタイル。どうやら、大学進学を考える人が少ない学校らしい。

高二の二学期。早ければ、来年の今頃には受験が始まる人もいるはず。大学を目指すなら、自分で勉強を進めておく必要もある。

今度、進路室も寄ってみよう。たぶん、図書室と同じで、ある程度大きいはず。そこにある資料で、この学校の進学先も見えてくるはず。

コンビニのおにぎりを食べた後、校内地図を持ち歩いているわけでもなかったから、とりあえず行ったことのある図書館でひとり本を読んで過ごした。

話しかけたそうなクラスメイトがいたのは分かってるけど、私はひとりで居たい。編入初日の、あのいやらしい目を向けてくるような男子とは特に、関わりたくない。





昼からの授業も、進度的には余裕だった。ただ、どの授業も発展問題をやらないのが気になる。もし自分でやったとしても、解説を聞くにはわざわざ職員室へ行かなきゃならない。やましいことがなくても、職員室にはあんまり近寄りたくない。

先生に会うのはまだいい。他学年の生徒、特に先輩男子に会いたくない。

(ネットで調べながらやるか…)

家に居たくないから、図書館で勉強することにはなるけど、そうなると手元には携帯しかない。できなくは、ないと思う。

帰りの点呼が終われば、クラスメイトも席を立って移動し始める。大半は部活だろうけど、私は昇降口へ急ぐ。学校に長居する用事は今のところないし、今日は約束がある。

校門を出て、昨日と同じルートで、自転車に乗ったままあの道を目指した。ギターの音が聞こえてきて、速度を落とす。


「お疲れ様」
「前野くんも」


自転車を並べて停めて、昨日と同じように座る。近くに来てから気付いた。前野くん、今日は私服じゃない、制服だ。


「制服のままなんだ」
「私服がよかった?」
「いや、別にどっちでも」


服にさほど興味はなくて、普段ジーンズにTシャツを着る私には、本当にどっちでもよかった。時間があれば着替えてるってだけの話なんだろう。私服の方が、気を遣わず屋外でも座れるとは思うけど。


「ギターとファイル取りに、家には一旦帰ったけどね」
「ファイル?」
「これ」


陽の光で反射して、よく分からない。身体を少し動かしてみる。歌詞とアルファベットが書かれた紙が挟まれていた。ギターを鳴らすための楽譜というよりは、メモに見える。


「知ってるの、ある?」
「あんまり詳しくない」


普段、人の声の入った音楽を聴かないせいで、質問されても応えられなかった。ただ、前野くんの声は嫌じゃないし、むしろ聴いていたい。


「これなら、知ってるんじゃない?」


そう言って、前野くんはギターを鳴らして、ぱっとサビだけ軽く歌ってくれた。中央駅の近くを通ると、有線から流れて耳に入ってくる曲だ。


「……聞いたことある」
「でしょ? 普段は聴かない?」
「歌の入ったのは……。よっぽど気に入ったら調べてみるけど、本の内容が入って来なくなるから」

「ああ、BGMになるようなの?」
「うん、ジャズとか」
「フロイデでかかってるようなのだね」
「そう」


音楽を聴くとすれば、こういう屋外で本を読む時くらい。子どもの声とか、読書には邪魔な音もあるから、それを消すのに使う。図書館は、基本みんな静かなところだから要らないし、家では物音で勘付けないと酷い目に遭う。

私がJ-POPを聴かないと聞いて、歌うのを止めてしまうなんてことはないと思う。だって、私が来る前からずっとここで弾いてたんだから。私に合わせる必要はない。

(それなら、その深呼吸は何?)


「どうかした?」
「ん、なんでもないよ」


本人が教えてくれないのなら、その通り、なんでもないと受け取るしかない。人の心なんて、読めはしないし、言葉だってどこまで本当のことを言っているかは分からない。全てを信頼するなんて、難しい。





昨日と同じように、自転車を押して歩く。家に帰ってから何をしよう。予習もしばらくは要らないし、課題もそんなに時間がかかるものはない。オンライン診察を受けてから、受験対策本でも探してみようか。

そんなことを考えながら歩いていたら、話しかけられた。


「……学校はどう? 馴染めた?」
「馴染んだって、どうなったら馴染んだことになる?」
「うーん?」


当然、前野くんは困った様子を見せる。そういう言い方をしたのは私。今までの学校でも、先生とかにそう聞かれることは多かったけど、その状態がどんな状態を指すのか、分からないままだ。


「……昼休み、クラスメイトとご飯食べたりしゃべったり?」
「じゃあまだ馴染めてないかな。そういう人いないし」


別に、そういう人を作ろうとも思ってない。例えば掃除当番が同じで、何かしらの用で話し始めて気が合うって分かって、昼休みも一緒にいるようになるのは理解できる。でも、そもそも友達になろうと近づいてくる人は、他の目的があるんじゃないかって勘ぐりたくなる。


「困らない?」
「ひとりのが気楽だよ。自由気ままで」
「そうかもね」 


(『そうかもね』?)

やっぱり、前野くんは不思議な人。人間関係で悩んだことがあるって、言ってるようなものだ。私は自分が“普通”とは違って、群れたくないって思ってるし、それに同意できる前野くんは、やっぱり何か抱えてるんだろう。

無理に聞こうとも思わないけど。他校の人だし。


「……オレと居るのは? ふたりだけど」
「別に、ふたりくらいは……。大勢でわいわいするのは苦手ってだけ」
「そっか」


ひとりが楽なのは確かだけど、別に気が合うなら友達と呼べる関係になるのもアリ。ただ、大概の女子はグループで遊びに行った話を教室でしてて、あのうちのひとりに、自分が入れるとは到底思えなかった。


「よかったら」
「うん」


曲がり角の手前で、携帯を出してIDの交換に誘われた。断る理由も見当たらなくて、操作には手間取ったけど、前野くんとメッセージのやり取りができるようになった。





ベッドの上で、スタンプの送り合いで確認したトーク画面を開く。珍しく、同年代の連絡先が増えた。何か送ってみるべきだろうか。

前野基樹もときくん。爽やか運動部系イケメンで、例えば《》とか使われてそうとかって勝手に思ってたけど、落ち着いた字だった。

私に《妃菜》と名付けたのは両親ではなく、母方の祖母だと聞いた。小さい頃に他界して、祖母の記憶はあまりない。私の銀行口座を用意してくれていたのも、この人だったらしい。

《妃》の字をつけてもらっていながら、私は周りとは関わりたくないし、お手振りできるような愛想もない。そんな名前、似合わないって思ってる私と前野くんは、考え方が似ていたとしても、住む世界の違う人だ。

(……言葉が、何も出てこない)

結局、枕元に携帯を置いて、目を閉じた。

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