ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-12.前野くんの話

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☆☆☆


教室で机に突っ伏していても、誰にも何も言われない。できれば、視線を向けるのも止めていただきたい。

転校初日から、同じような角度で視線が刺さってる。別に、見返すなんてことはしない。ただ、放置するだけ。視線の相手には、私が気付いているとも思われないだろう。

薬を飲んでいるのに、頭が痛いのは変わらない。いや、薬を飲んでいる分マシだと思うべき。横になる方が楽だけど、記録が残る保健室は嫌だし、家に帰るなんて以ての外だ。

だからといって、図書室で寝るのも避けたい。司書の先生からの信頼は、得ておきたい。本好きなこともあるし、あそこは教室からの避難場所として有効だから。





コンビニのおにぎりを食べて、図書室へ。教室の並びから外れて、別館に入ってから、大きくゆっくり腕を回して伸びをする。血流が滞るのも頭痛の原因になるらしい。軽いストレッチが本当に効くのかは、実感したことがないけど。

ドアを開くと、先生がカウンターにいた。知らない顔の人もいて、会ったことのない別の先生だろう。この学校の図書室は広いし、そもそも各学年八クラスある規模の大きい学校だ。司書さんがひとりなわけがない。私に会釈をすると、事務所へ戻ってしまった。


椎名しいな先生、司書だし本は好きなんだけど、人見知りでね。カウンターで貸出業務するとき以外、生徒とはあんな感じなの」
「そうなんですか」
「事務作業は得意で、新刊リストとか図書室だよりとか、そういうのは全部任せちゃってる。代わりに生徒が来る時間帯、閲覧室に出るのはほとんど私」


先生が首から下げている名札を、改めて見た。よく話しかけてくれる司書の先生は、立花たちばな先生。今までも目に入らなかったわけじゃないけど、覚える必要がないと思っていた。


「少し、顔色が悪いような?」
「雨なんで。特別体調が悪いわけじゃないです」
「そう、だから読まないのね」
「はい」

「話す方が楽? それとも、昨日みたく休んでく?」
「……」


ここは図書室で、基本は私語厳禁。カウンターでのやりとり以外は、声が聞こえない空間のはずだ。


「どうせ誰も来ないから大丈夫よ。長谷川さんみたく、お昼に毎日来てくれる生徒もいないし」
「そうですか」


話すことへの同意と取られ、立花先生は窓側の本棚で作業があるらしく、近くのイスに案内された。


「天気痛は、昔から?」
「あ、はい。気付いたらなってました」


病院へは行ってるかとか、薬は飲んでるのかとか、聞かれた。養護の先生じゃないし、医学的なことは分からないはず。


「あんまり酷いようなら、保健室で休むのも手よ?」
「記録取られるんで嫌です」
「確かにここで休む分には、横にはなれないけれど自由だものね」


先生は、何で私を気に掛けるんだろう。ふと、そんなことを思った。昼休みに図書室に来る、変わった生徒だからなんだろうか。

(転入生だから…?)

ひとりでいるのが気楽で、昼休みに誰かと一緒じゃなくてもいいって思ってるの、通じる大人だったら嬉しい。今まで関わった先生の中には、友達は作れって、ひとりでいるのを許さない人も多かった。


「今日も放課後来る?」
「そのつもりです」

「待っててもいいかしら?」
「あ、そんなに長くはいないと思います」
「カウンター作業の気分転換に、ちょうどいいわ」
「分かりました」


西高も、委員会活動はあるはず。転入生だから所属しなくていいことはないと思う。選べるなら、絶対に図書委員を選んで先生の作業を手伝うけど、どうなっているんだろう。





「いらっしゃい、ここ座って」


前野くんから連絡が来てもすぐに見れるように、カウンターに携帯を出して座った。立花先生は、シールをひたすら貼っている。


「新しい本だから、管理のためのシールと保護のビニールを掛けるの」
「何となくは知ってます」
「あら、興味ある?」
「中学の職業体験で図書館に行ったので」

「その頃から本を?」
「小説ばっかり読んでましたね」
「いいわねえ」


ざっくりとした同意で、どうとでも取れる。自分に寄せた捉え方をするなら、小説の世界を味わえることに共感された。それとも、誰かと感想を共有することを前提に出された言葉なのか。

前野くんと話す時は、私が話を振らないと間がもたない。でも基本的に、あまり自分を言葉に出したくはない。受け取り方は人それぞれだから余計に、ひとりで居られるならその方が楽だと思ってしまう。

携帯が光って、すぐ手に取った。昨日と同じ文面に、私も同じように返した。


「誰か待ってるの?」
「はい」
「顔色がよくなってるわ、楽しんで」


先生に会釈をして、バッグを持って図書室を出た。前野くんと話すのは、楽しい。間違ってはないけど、それ以上に考えてしまう。

前野くんが私と会ってくれる理由と、私が前野くんに会う理由は、絶対に一致しない。少し裏切っているような気にもなるけど、大人になるまではこうしないと生きていけないのは、もう悟ってる。





改札前の柱に寄りかかって、空を見上げる。お昼よりは少し明るくなっているし、小雨だ。明日は回復するかもしれない。


「……お疲れ、今日も頭痛い?」
「っ、大丈夫」


聞かれると思ってなかったから、露骨に驚いたのがバレたかも。すぐに傘を差して歩き始めてくれて、助かった。


「……覚えてたんだ」
「もちろん」


その横顔は、自信たっぷりだった。前野くんは、たぶん、ずっと覚えてくれてる人だ。この先、雨の日に会うことがあれば、毎回気に掛けてくれるんだろう。


「雨、少ないと楽だったりする?」
「んー、あんまり変わらないかな。昨日で身体が慣れたかも」
「そっか」


一番辛いのは、台風とかで気圧が猛烈に低い時。前線くらいだとマシだけど、長く続く分、別のしんどさがあるような気もする。病院にかかっているわけじゃないし、記録をつけているわけでもない。あくまで、感覚的なもの。


「歩くのは好き?」
「割と。自転車もいいけど、ゆっくり景色見れるのは歩きだし」
「分かる」


(…分かるんだ)

今までもそう返してきた人がいなかったわけじゃない。でも、前野くんのその言葉は、本心でそう言ってる気がするから不思議だ。

そんな彼のことを、私がもう少し知っても罰は当たらないだろう。昨日、私の事を話したんだし。ベンチに腰を下ろしてすぐ、聞いた。


「前野くんは、学校でどんな感じなの」


すごく、迷ってるのが伝わってくる。前野くんはわざわざ口にしてくれたけど、話したくなければ話さなくていい。話したくないのか、言葉を選んでるのか、区別はつかなかった。


「……逃げ回ってる」
「逃げ回ってる?」


(笑った……?)

うっすら、ほんの少しだけど、前野くんの表情が変わったのを見た。あの笑顔が本物なら、女子は大騒ぎだろう。興味のない私ですら、表情が変わったのが分かったくらいだから。


「話したくない人からも話しかけられるから、基本的に顔を上げないし、目も合わせない」
「あー……」


何となく、想像はつく。背も高くて細すぎず、かつ二重ではっきりした顔立ち。勝手に女子が引き付けられるんだろう。


「ひとりがいいの?」
「んー、完全にひとりは無理かも。友達とか、気の合う人と居られたら」

「それは、みんなそうじゃない?」
「女子とか、大した用もなく話しかけてくるのが鬱陶しい」
「でしょうね」
「分かる?」


性格が社交的じゃないのに、みんなが寄ってくるんだろう。

(なんて言葉にすれば、嫌がられない……?)


「…爽やかイケメンというか、運動部系男子というか、カースト上位というか……、あの、悪い意味じゃなくて」
「自覚あるって言うのも変だけど、周りが囃し立てるのがそんな感じ」


少し哀し気に、足元を見てるように見える。気にしてる部分だったんだろう。見た目なんて、自分では選べない。生まれ持ったもので性格は何とか繕えても、外見は変えられない。前野くんは、内面も素でいたいと思ってるから、逃げ回ってるんだ。





「もうちょっと、話してもいい?」
「うん」


時間的なものじゃなくて、内容的に、だろう。今日は前野くんの話を聞く日だ。そう割り切って、話したいと思うことがあるなら耳を傾ける。それが、信頼感へ繋がるから。隣に居てくれる理由になるから。


「中学の時に、周りにおだてられた流れで付き合った人がいるんだよね」
「うん」
「オレと何かを楽しんでくれる人じゃなくて、こうやってのんびり話すこともなくってさ。それこそ、記念でも何でもないツーショットを見せびらかすような人」


(ツーショット、か)

前野くんにも、いい思い出はなかったらしい。確かに記念にはなるし、心の拠り所にできる物だと思う。でも、そう思える物じゃないと、ちゃんと意味付けがされないと、ただの物になってしまう。


「置いてけぼりになるなら、周りに流されずに、自分のやりたいことをやりたいって思うようになった。隠れたいわけじゃないんだけど、目立ちたくもないから、結果的に隠れてるんだよね」
「うん」


(『隠れたいわけじゃないけど、結果的に隠れてる』……)

分かる気がした。私はひとりでいたいから、ひとりでいようとするのに。前野くんも言ってたけど、逃げ回ってるのは別に悪くない。放っておいてくれない、無理解の周囲に合わせるのがしんどいだけだ。

相変わらず、前野くんはこっちを見ない。ひとりで居られるような外見は、確かにしてないし、学内では誰か一緒にいてくれるんだろう。


「放課後に女の子と会うなんて、珍しくて不思議に思われたよ」
「友達に?」
「うん」
「話してるんだ?」


少し、驚いた。だって、前野くんが放課後にひとりでいることを知ってる人は、琴音さんとか、限られると思ってたから。友達と言っても、大勢じゃない。たぶん、前野くんはその人と何でも話せる関係なんだろう。


「言わない方がよかった?」
「いや、いいけど……、珍しいんだ?」
「裏道に来る人がそもそもいないしね」
「ああ…」


確かに、と思って前野くんから目を逸らした。前野くんの言う、友達に話している内容は、私と会ってるというよりは、この裏道にたまたま通りかかった人がいるってくらいかもしれない。

先週も今週も、裏道に人が来ているのを見かけないし、昨日・今日といるこの小屋も、雨なのもあって人が近づく気配はない。それなのに、放課後に前野くんが誰かに会うのは珍しいのに、会話に出したんだ。

女である私と、放課後にふたりでいると知ったその友達は、前野くんになんて返したんだろう。好意には、応えられない。私は、前野くんを利用したいだけだから。

頼りたい時に、頼れる人は欲しい。いくら親が嫌いで、ひとりでいることに慣れていても、結局ひとりでは生きていけない。

司書の立花先生も頼れる人リストに入りそうだし、なんなら大人だし、仕事として私と向き合ってくれるから、もたれるには先生の方がいい。でも、前野くんと先に仲良くなってしまった。

長時間同じ空間にいて、話してても苦痛じゃない同い年、初めて出会った。

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