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H-32.イメチェン 2
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石段下の公園に自転車を停めて、数段上がったところに腰掛ける。お菓子を出して、裏道ほどの広さがなくて、膝に広げる。裏道では普通に手を伸ばしていた基樹くんが、遠慮がちになる。
(意識されてるの、バレバレなんだよね…。隠す気、ないのかも)
「…あのさ、店長が、シューぺでバイトしないかって」
「え」
「ふたりで会える場所がないって話したら、話せはしないしふたりきりじゃないけど、一緒には居られるからって」
「あー…」
確かに、シューペで働けたら、基樹くんと過ごす時間が増える。イコール、家から離れられる。
「いきなりでびっくりするよね」
「いや…、割といいなって」
「そう?」
「土日の時間潰し、図書館だけだとずっと居るのはしんどいから」
「勉強だけだとね」
「そう。ひとりで自習するの、慣れてはいるんだけど」
ひとりで自習をするのも本を読むのも慣れている。ただ、それは放っておいてもらえる環境があるからだ。高校生は、未成年。あまりずっとひとりで居ると、勘違いしたお節介な大人が絡んでくることもある。みんながみんな、私の好きにさせてくれるわけじゃない。
学校でもそうだし、図書館やカフェも、当たり外れはある。場所を変えて隠れながら、私を分かってくれる人を見つけられていただけ。葦成の自習室でも、あまり早くから遅くまでひとりで居れば、司書さんが心配して声を掛けられるかもしれない。それが、全て私のプラスになるとは限らない。
「…来る?」
「うん」
シューぺなら、学校にも親にもバレずに働けるはず。より進学校な東高でできるんだし、校則が自由な西高なら、バイトも大丈夫だろう。こうなるなら、クラスメイトの会話に気を配っておけばよかった。きっと、放課後の予定を話していることもあっただろう。
親には、働いているところを見られるのも嫌だし、学校にバレて呼び出されるような事態も避けたい。かといって、自分で働いてお金を得られるなら、生活費を減らされることだってあり得る。不透明な将来のために、親からもらえる物はできる限りもらっておきたい。
基樹くんが私に、店長にメッセージを送っていいか確認してから、携帯を取り出す。別に、目の前で携帯をいじられても、何も思わないのに。
「店長さん、返ってきた?」
「妃菜ちゃん、明日の予定は?」
「なにもないよ」
「明日一緒においでってさ。たぶん、見学」
「見学?」
「オレが働いてるの、見てもらう。店長に余裕があれば、説明してもらえると思うよ」
バイトをしたことがない私には、よく分からないけど、そういうものなんだろう。とりあえず、行ってみるだけだ。
シューペのホールは、基樹くんひとりのはず。見学ということは、私が見るのは基樹くんだ。本人も気付いたのか、やっぱりキャップを引いてた。
「今日着てた感じの服、まだ持ってる?」
「うん、買ったから」
「明日もそういう感じで着て。店長が、働く想定で私服見たいって」
(『働く想定』…)
基樹くんの隣に並ぶことを意識して買ったのは確かで、基樹くんの私服はシューペで働いてる時とほぼ同じ。毎週見せたことのあるコーデを着ることしかできない着数では、今後過ごせないかもしれないと、少し危機感を持った。
☆
基樹くんはいつも通りに見えるけど、気になってることは残ってる。裏道を盗撮したらしいあいつ(小林)のツイートとそのリプライは見せてもらったけど、その先は知らない。
「基樹くん」
「ん?」
「昨日のことって、W7で何か言われてるの」
いきなりすぎたのは、自覚がある。でも、今更建前を作らないとその話題ができないわけでもない。
「…分からない。見れてないんだよね、まだ。何かあれば、りゅうが教えてくれるよ」
《りゅう》はたぶん、基樹くんと距離の近い友達かつ、SNSを普段から使う人なんだろう。基樹くんはたまに見る程度って言ってたから、この人から教えてもらってるのかもしれない。
「あの後、誰かに会った?」
「先生だけ」
「小林にも会わなかったの」
「どこかから見てたかもだけどね。あいつのことだし、普通やらないことやってそう」
「ああ、まあ…」
部活とかで残ってた人には、遠目で見られたかもしれないけど、面と向かっては誰にも会わなかった。
あの先輩女子を焚きつけたのはあいつかもしれないし、ただ呼び出す役をやっただけかもしれない。でも先週までの絡み的に、あいつが噛んでないと思う方が難しい。
「嫌だね、自分の知らないところで何か起きるの」
「…まあね、でも積極的に知りたいとも思えないというか。ショック受けるって分かってて、開けない」
「分かる、見ないで済むなら、見たくないよね」
「でもさ、気になって見ちゃうんだよ、特にこういう事件の後は」
「W7とか?」
「うん。見ても、何も変わらないのにね」
そう、私がSNSを見ない理由は、それだ。誰が何を言っていようと、自分には関係ないところの話。そうやって遠ざけていたけど、基樹くんといる以上、離れられなさそうだった。
☆
(…自分でも、W7、見るべきだろうか)
基樹くんは、自分からは見てないって言い方をした。きっと、《りゅう》から教えてもらった時にしか、見ていない。
SNSなんて、ネット上に上げられた投稿を、誰でも見れるもの。私が検索して見たところで、見られていいものしか上がってないのが前提。だから、私はやらない。自分のことも他人のことも、晒そうと思えないから。何か言ったところで、本人に届かないのであれば何も変わらない。
(あ、むしろ変わらないから投稿するのか?)
携帯のブラウザで、《小林優 葦成西》と入れて検索すれば、ヒットした。このアカウントで間違いない。基樹くんが見せてくれたアイコンと、同じ写真だ。
「みーつけた!」の文面と共に、写真が上げられている。基樹くんに見せてもらったのと同じ投稿を眺める。裏道に、こんな風に撮れる場所はあっただろうか。目の前は林で、人影が居れば分かりそうなものだけど、気付かないほどに夢中だったんだろうか。
通知が鳴って、音が出たわけでもないのに驚いてしまう。基樹くんからの連絡しかないし、早く慣れてしまいたいところだ。
「明日、直接シューペ行く?」
「うん」
「十時半くらい」
「分かった」
短く返して、寝る前のルーティンである写真集を眺めることにした。結局、あいつが何をネット上で言ってようと、リアルは何も変わらないから。
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