ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-37.司書の先生

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☆☆☆


朝からクラスメイトがたくさん近寄ってくる。先週は遠巻きに見てるだけだったのに、急にだ。ギターを持った基樹くんと私が裏道にいた写真で、そんなに変わるだろうか。


「ねえ、付き合ってるの?」
「…なんで言わなきゃいけないの? 今まで私としゃべったこともないのに」


そもそも、教える・教えないの前に、そんなプライベートなことを教室で聞かれることが不快だった。


「転入生のくせに、東高の前野くんと仲良いなんて」
「転入生とか関係ない、しゃべりたければしゃべればいいよ」


これも、本心だ。私は話したいから、一緒に居たいから居る。基樹くんが、それを許してくれている。


「小林くんと話せるだけじゃ足りないの?」
「あいつは邪魔なだけ」


あいつに関しては、しゃべりたくないのにしゃべりかけられるし、本当にうっとうしいだけ。週が変わって掃除当番から解放されるのが、まだ救いかもしれない。


「あれ、ひなちゃん、髪切っちゃったの? オレ好きだったのに、長い黒髪」
「…私の好きなようにするだけ」


朝の極めつけは、W7にバラまいた張本人からだった。こいつ、あの先輩たちに手を貸したくせに、何も知らないふりするのか。先輩たちが私にしたこと、知ってるくせに。

(……証拠は、何もないけど)

なんでこいつの好みに髪を維持しなきゃいけないんだろう。それにもイライラする。ただでさえ、こいつと絡むと父親がチラついて、嫌なのに。


「優くん、なんでその子相手にするの? ただの転入生じゃん」
「ただの、じゃないよ。こんな美人さん、なかなか居ないでしょ? もちろん、みんなも十分可愛いよ?」


背筋がゾクっとして、顔を歪めてしまっただろうか。こいつの言葉、この軽さ。できるだけ、関わりたくない。





朝の連絡で、中間テストの範囲表が配られた。今日は二週間前にあたるらしい。どこまでがテスト範囲なのかは教科と進み具合によって確定していないけど、開始範囲がわかるだけでも、転入生には大きい。


「長谷川ー、ちょっといいか」


連絡事項を聞いた後、熱血担任に呼ばれる。あまり目立ちたくはないと思いつつ、先週の事件があって、初の週明けだ。司書の立花先生から話を聞いたはずの担任が、私を呼ぶ理由は十分にあった。


「金曜の放課後のこと、立花先生に聞いた。親御さんには連絡取らなくて本当によかったのか?」
「はい」


私の答えに、担任が頷いた。立花先生からの説明で納得してくれたとすれば、この担任も物分かりがいい。やたらと詮索してくる大人ではない。


「それから今日の昼休み、弁当持って図書室。立花先生が用あるってよ」
「分かりました」


お弁当を持ってということは、先生と一緒に食べるんだろうか。ご飯を食べる前なら、授業が終わってすぐ教室から出られる。あいつから、逃げられる。


「何か、言っておくことあるか? 困ってることとか…」
「あー…」


少し考えて、困ってるわけじゃないけど、聞いておいてもいいかと思った。何かあったら、その方が親を呼ばれて面倒だ。


「この学校って、バイトできますか」
「ああ、申請も必要ないぞ」
「ありがとうございます」
「他には?」


首を振って、聞きたいことがないアピールをする。やっぱり、西高は制服の着崩しとかバイトとか、校則が緩い。バイトが許可されてるから、化粧とか髪色とか、派手な人が多いのかもしれない。自分のお金で、変えられるから。

担任が離れて、私も授業のために席へ戻った。ちょうど、始業のチャイムが鳴るところだった。





四時間目の終わりのチャイムと同時に席を立って、おにぎりと本を持って図書室へ向かった。話しかける隙も与えず、教室から遠ざかる。走ると目立つから、できるだけ早く歩いた。


「早いわね、こちらへどうぞ」


貸出カウンターの奥で繋がっている、隣の事務所へ案内されて、示された席に座る。立花先生が、隣に腰を下ろした。


「私たちしか使わない部屋だから、気楽にね」
「はい、ありがとうございます」
「よかった、口、動かせるのね」


先生が巾着からお弁当を二段に分けて机に広げ、食べ始める。

(手作りだ…)

いつも通りのコンビニのおにぎりを出して、食べてしまう。話しかけられるかと思ったが、食べている間は何もなかった。先生がお弁当箱を片付けてから、私から声を掛けた。


「あの、先生、用って何ですか」
「長谷川さんが元気かどうか確認したくて。先週の金曜のことも心配してたけど、それより前も昼休みに来てくれなかったでしょ?」


「それは…」と、あいつに絡まれて、来たくても来れなかったことをざっくり伝えた。勢いは、余っていたかもしれない。


「毎日話しかけられて、鬱陶しいだけです」
「それなら、毎日お弁当持ってここ来たらいいわ」
「いいんですか!」
「あはは、もちろんよ。そんなに教室で食べるの嫌なの?」
「すごく絡まれるので」
「私と話すのは迷惑かしら?」
「そんなことないです。楽しいです」
「そう、よかった」


立花先生は、学校内で初めに頼れると思った人だ。先週、駆け込んでも大丈夫だと思った場所は、図書室だった。先生には、昼休みの間、あいつの愚痴をたくさん聞いてもらった。





久々の学校で、あいつが絡んできたこともあって、基樹くんには一番に聞いて欲しいことがあった。先週はずっとあいつの話をしていたけど、西高の中でも愚痴を言える人がいる。

 
「今日司書の先生とご飯食べた」
「助けてくれた先生?」
「うん、久々学校でゆっくりご飯食べた」
「今までは?」
「教室で絡まれる前に急いで食べて、図書室」
「ああ…」
「それでも絡まれて嫌だったけどね」


もうひとつ、基樹くんには助けて欲しい事がある。あいつが絡むせいで、クラスメイトの中にはまともに話せる人がいない。


「中間テストの範囲配られたんだけど、基樹くんは?」
「たぶん来週もらうよ」
「来週か…」


基樹くんがいつからテスト勉強を本格的にする人なのかは分からない。前にも図書館には行ったし、たぶん付き合ってはくれる。


「図書館、行こうか」
「うん」


(ああ、やっぱり)

好意を持たれているのも気付いてるし、ここぞとばかりに利用してしまう。基樹くんなら、私に合わせてくれると、自負があった。


「範囲どう? 前の学校と違う?」
「まだちゃんと見てない」
「もし知らないとこあったら、教えられるかも」
「基樹くん、勉強自信あるの?」
「それなり。やることはやってるよ」


課題ちゃんとやってそうな人だとは思っていた。放課後にこうやって会うようになってから、そんな時間をどうやって捻出しているのかは分からないけど、そうやって自分で言えるくらい、自信があるらしい。

嫌味には聞こえなかったし、前から思っていた疑問を投げてみた。


「西と東って、どっちが頭いいの」


基樹くんが、一瞬固まった。それで、なんとなく察せた。だから、私に対して、勉強に自信が持てるんだろう。


「…東。受験のときの偏差値とか、進学先とかは割と違うよ」
「そうなんだ」
「転入のときは東にしなかったの?」
「確認したら西だけだったんだよね、転入できたのが」
「そうだったんだ」


転入先を選ぶ時はまだ家も決まってなくて、とりあえず申請を先に出さないと新学期に間に合わないタイミングだった。ただ、葦成市に来ることは分かっていて、ふたつ高校があることを調べて、転入できる方に手続きを取っただけ。選択肢がなかっただけで、選んで好んで入ったわけではなかった。


「分かんないとこあったら、聞くかも」
「分かるとこなら、ね」
「そんなに保険掛けなくても」
「言っといて教えられなかったら、恥ずかしいだけだから」


基樹くんが、赤い。

知り合ってからまだ一ヶ月も経っていないけど、それなりに過ごした時間は長い。簡単に自分を持ち上げる人じゃないのも知ってるし、勉強に関してはひとりでできることでもあるから、ギターと同じで自負があるんだろう。ただ、それを人に言うのは慣れてないらしい。


「明日、早速図書館行く? それとも神社?」
「図書館行ってもいい?」
「もちろん、直接行くね」


東高のが進学校なら、私が西高でやってる内容だけだと受験は厳しいかもと、思ってしまった。親から離れるために大学へ行くとすれば、確実に受かるようにしておきたかった。





先生と昼休みを過ごすなら、毎日おにぎりなのは避けた方がいいか。立花先生はそこまで踏み込んでくる人ではないと思ったけど、学校の先生であることには違いない。栄養とか口に出されると面倒だ。

保冷バッグに入れて、保管しておけばコンビニで買ってもお昼までは大丈夫だろう。運動会の時くらいしか活躍の場がなかった保冷バッグを、押し入れから引っ張り出した。
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