駒扱いの令嬢は王家の駒に絆される

垣崎 奏

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14.オルブライト王家 前 ◇

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 オリヴィアを婚約者にするための交渉を、プレスコット侯爵家とすぐに始めないのは、属国との戦争が近いからだ。留学に行っていたハンフリーが、その危うさを一番分かっている。

 婚約者として公表すると、オリヴィアの命が狙われやすくなる。プレスコット侯爵家がオリヴィアへ人員を割くことはないだろうし、オルブライト王家の警備をオリヴィアに回せば、貴族からの反発が起こる。

 仮面舞踏会以降、ティールームやピクニックへ誘うのも頻度を落とした。興味が薄れていると、外部に伝わればそれでいい。

 プレスコット侯爵当主と嫡男は、相当に焦っているはずだ。
 オリヴィアを利用しようと考え、ハンフリーからの招待に応え続けた。王家に弱みを握られていることを知り、仮面舞踏会への同伴を許可したが、このタイミングでハンフリーからオリヴィアへの招待が減った。

(僕の手がついた可能性が拭えない以上、オリヴィアに手を出すことはないはずだけど、どうだろうな……)

 仮面舞踏会から帰宅するには、早い時間にオリヴィアを送り届けた。彼女には「何もなかった」と報告するように伝えているが、仮面舞踏会で何もないことのほうが珍しい。

 オリヴィアはプレスコット侯爵家に、オルブライト王家との繋がりをもたらす。
 処女を奪ったかもしれない相手が第二王子ハンフリーなのだから、オリヴィアを無理に襲って処女喪失を確認するほど、侯爵や嫡男も愚かではないだろう。ずっと招待は断られなかったし、王家への最低限の忠誠は持ち合わせているはずだ。

 オリヴィアへの手紙は何度か送ったが、招待状と小包のみが彼女の元に届いていたらしい。想定通り、あの仕立てのドレスを処分することはできない。
 近況を綴ったものには返事がない。プレスコット侯爵邸に届いているのは、ハンフリーの手配したルートで確認が取れているから、おそらく侯爵の判断で返信を出さない、もしくはそもそも、オリヴィアに読ませていないのだろう。

 侯爵と嫡男にオリヴィアの状況が分からないほうが、ハンフリーとしては都合がいい。プレスコット家のお遊びを王家は知っているし、それが抑止力となるはずだ。
 いつ再び招待状が届くか分からず、次の一手が出せないもどかしさに苛立っているだろう間、ハンフリーには仕掛けたいことがあった。

 プレスコット侯爵家には、オリヴィアに近付いたあの夜会以降、調査を入れ続けていた。
 ハンフリーは第二王子で、基本的に国王や王太子の許可もなく、どんな立場の人間も意のままに動かせる。それだけ信頼されていることの裏返しで、権力に目が眩むことがないと思われているのも自覚がある。

 ハンフリーが差し向けた女性間者に、まんまと引っかかってくれたプレスコット侯爵は、あっさりフェルドン辺境伯との関係を話してくれた。
 何でも、辺境伯の妻が侯爵の愛人で、それを辺境伯も認めている上に、女性ひとりに対し男性ふたりで乗り掛かることを趣味としているらしい。

 そういう性癖があること自体はどうでもいい。ただそれを武勇伝として語ってしまうのは、浅慮だと言わざるを得ない。貴族社会で遠巻きに見られていることに、なぜ気付けないのだろう。

 嫡男たちの噂は当主ほどではないが、それなりに遊んではいた。親が親なら、子も子だ。もちろん、オリヴィアを除くが。

 辺境伯の嫡男パトリックは、オリヴィアとの婚約破棄の後、ジョアンナ・コーネリー伯爵令嬢と婚約を結び、結婚式の準備に入ったようだが、夜会では別の女性を連れていることもあるという。
 間者は溜息を吐きながら、パトリックが「婚約してから日が浅く、都合がつかなかった」と言い訳をすると報告してきた。実際のところはその強すぎる色欲を発散するために、愛人も同時に確保しておきたいのだろう。

 侯爵の嫡男メイナードは既婚だが、妻とは別居のままで、オリヴィアが結婚しプレスコット家から出た後に呼び寄せるつもりらしい。つまり、それまでの色欲は気軽に呼べる、別の女性で済ませているのだろう。

 侯爵が辺境伯の妻を愛人として、辺境伯も含め三人でベッドに入ると公言していることもあって、オリヴィアはプレスコット侯爵邸内で、当主と嫡男に回されていると噂されている。

(はあ…………)

 オルブライト王家に生まれたオーブリーとハンフリーには昔、夜伽の練習相手がいた。王家である以上、特に王太子である兄は、世継ぎを確実に残す必要があるため、王家教育の一環として手練れの女性が宛がわれていた。

 オーブリーは婚約者を決めてから、彼女だけを愛すようになった。ハンフリーも留学の話が出始め、王宮に女性を呼ぶことを止めた。
 現在は王太子妃となった義姉を兄は溺愛していて、それを貴族に見習ってほしいと思っている。色欲の発散も夫婦で行うものと説いているが、強制するものではなく、仮面舞踏会など一部容認している部分はある。

 瞳の濃淡の変化に気付き、ハンフリーの感情を揺さぶってくる令嬢は、オリヴィアしかいない。兄が義姉を囲い込んだように、きっとハンフリーも同じ道を辿るのだろう。

 公にはしていないが、特別な事情がない限り、ハンフリーに子ができたとしてもその子に王位継承権は与えられない。
 王家の駒として動くことを決めた時に、父と兄に宣言し、受け入れてもらった。そうでなければ、大胆な情報の聞き出しは難しくなる。

 
 ◇


「失礼いたします。お待たせしました、兄様」
「……どうした、ハンフリー。顔色が悪い」

 オーブリーに呼ばれ、父とは別の、兄個人の執務室に来ていた。兄には、オリヴィアのことを話してある。

 あの夜会以降、第二王子として出席した夜会で、ハンフリーが手を取った令嬢はいない。
 夜会は男女連れ立って行くもので、既婚者は男性のみが社交のために顔を見せる場合もある。そのため、基本は皆、デビュタントの頃には婚約者を決め、その後の社交に役立てる。

 ハンフリーをよく知らない新興貴族がもしいれば、あの夜会では主役でもあったし、場を治めるために数名と踊ったと取れるだろう。
 オーブリーや宰相などハンフリーを知る王家関係者は、その後の夜会に令嬢を連れないハンフリーが、オリヴィアを特別だと決めていることに気付いている。

「……少し、頭が痛くて」
「疲れか何かか?」
「悩ましいんです。今までと相手のタイプが違いすぎて、想定通りに進まない気がするんです。下手に刺激すれば暴走して彼女に危険が……」
「あの令嬢に関してなら、いい話がある。呼んだのはそのためだよ、ハンフリー」

 にやりと口角を上げて説明し始めたオーブリーの策は、ハンフリーにとっても聞こえのいいものだった。王太子として思案する兄は、国政に私情を紛れさせるのが上手い。

「あの好色な辺境伯では、辺境地の治安が悪化するだろうし、ハンフリーは属国に伝手がある。この案、どう思う?」
「私情を多分に含みますので、発言は控えます」
「それは肯定と一緒だ、ハンフリー」
「もちろん、分かっていますよ」

 同じように笑って返すと、似たような作りの顔がさらに弾けた。

 今まで出席した仮面舞踏会は、噂集めのためだった。属国内にいる間も続けたのは、それだけ有用だったからだ。
 蒼い瞳の色を変えるのは当然だが、特に白銀の髪色は毎回別のものに変え、黒髪、茶髪、赤髪や金髪だったこともある。目当ての令嬢を唆し客室へ連れ込んで、状況によっては薬を使って情報を吐かせ、快楽に堕とし記憶を混濁させる。

 王家の中では明らかに異端で、オーブリーは「そこまでしなくていい」と何度も反対し、ハンフリーを説得しようとしてくれた。

(選んだ道が、こんな形で活きるとは……)
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