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17.新しい領主様 前
しおりを挟む父と兄が領地の警備責任を問われ、貴族位からの除籍と王都での奉仕活動を命じられたらしい。元婚約者の家も、同じ処分を受けたそうだ。マーサからではなく、執事のテッドからそう聞かされ、オリヴィアは事の大きさを認識した。
ふたりが出発する朝には、一応プレスコット家の令嬢として見送りに立ったが、「元凶が顔を見せるな」と酷く罵られた。父と兄の反応を見る限り、奉仕活動というのは、ひとりで当主のいない屋敷に残るよりも辛い罰のようだ。
もともと、謂れのないことで文句をぶつけられるのには慣れている。一時はその酷い癇癪に耐えられないと思ったが、続けられれば耐性がついてくる。
オリヴィアが折れてしまうのは父と兄の思う壷で、また遊ばれる駒になってしまうのは避けたかった。
マーサもずっとそばに居てくれて、気付かないうちに段々と受け流せていたらしい。自覚できなかったことが嬉しいと感じるのは、妙な気がした。
(私みたいな扱いを受けるなら、下働きだったとしても個人を認めてもらえるほうがいい生活かもしれないなんて、思ってはいけないことだわ……。私は貴族出身で、それだけで恵まれていると考えるべき。生まれは、誰にも選べないもの)
屋敷内で避ける相手がいなくなり、爵位が無くなってこれからどう生きていくのかも分からないのに、不思議と心は落ち着いていた。誰かに襲われる心配はなくなったし、報告をする必要もなくなり、顔色をうかがうこともせずに済む。
私室から出ることはなかったのに、マーサに誘われるまま一緒に中庭に出て、風に揺れる花や遠くに見える樹々を眺めた。第二王子に手を引かれて歩いた、ティールームまでの道中や湖畔でなくても、ここにオリヴィアの好きな景色はあった。
天気のいい日に外で、料理人に頼んで作ってもらったサンドウィッチを食べてみた。
使用人のマーサは隣に座るのをためらったが、改まって腰を下ろし、あらかじめポットに用意した紅茶を注いでくれた。十九年この屋敷に住んだ時間の中で、初めて楽しいと思った。
(そういえば、ここ最近、お誘いがないのよね……)
特別、待っていたわけではない。第二王子は高位の方で、オリヴィアと会う理由もよく分からなかった。ただ少し、気にかかるだけだ。
第二王子は確実なルートで招待状を届けていると言っていたし、そのルートが通じなくなったわけではないだろう。
仮面舞踏会の後、王子からの招待は明らかに減り、父と兄がいなくなってからは全く来なくなった。
(私と、寝たから……?)
あの一夜で、関係が変わってしまったのだろうか。
あの夜、オリヴィアは第二王子を煽った。学院も卒業していない侯爵令嬢の身分で、おこがましいのは分かっていた。それでも、客室に連れていってくれた、あのタイミングしかチャンスはないと思った。
仮面舞踏会がどんな場所なのかは、兄に肩や二の腕を撫でられながら聞き、鳥肌が立った。
事情を知って、珍しく険しい顔で迫ってきたマーサに、「お兄様に奪われるよりは、この国の王族のほうがいいから」と、全く知らない方ではないこともあって、理解してもらった。
それから当日を迎えるまでの二日間、マーサとテッドが、オリヴィアを父や兄と対面させないように、徹底的に動いてくれていたのだという。
(あのコルセットには、驚いたけれど……)
マーサによれば、髪飾りと同じように第二王子からの贈り物の中に入っていた物で、着けない選択はなかった。オリヴィアも驚くほどに体型が別人のようで、正体を隠す仮面舞踏会にはこれ以上ないものだった。
オリヴィアとふたりきりで会っていた第二王子の瞳は、濃いときも薄いときもあった。どちらも王族として人前に立つときのものではなく、優しい穏やかな目だった。その色を思い出すと、兄に触れられたような不快感はなく、代わりに心地よいあたたかさが今も身体に広がる。
そもそも、オリヴィアが婚約を破棄されて注目された、あの夜会がなければ、第二王子が私的に連れ出してくれることなどなかった。きっとあの仮面舞踏会で、王子はオリヴィアに区切りをつけたのだ。
(お元気にお過ごしなら、いいのだけれど)
◇
父と兄が王都へ発って三ヶ月が経っても、オリヴィアは未だ同じ屋敷にいた。
王都から派遣される新しい領主が来るのを待っていればいいと、第二王子から印章の付けられた手紙が届いた。実質の王命で、オリヴィアにはここで待つ以外の選択肢が完全になくなった。
新しい領主は調整中だと書かれているが、半月以内にはこの屋敷に移って暮らし始めるらしい。初めて見た他人の達筆と王家の印章に戸惑いつつ、何とか返事を書いた。
マーサとテッド以外の働き手は、新しい領主が連れてくる人たちと入れ替えになるらしく、屋敷内はその準備で慌ただしい。
当主を失った屋敷にひとり残るオリヴィアに、構う者などいない。働き手たちの新しい就職先は用意されていることもあって、皆が自分の準備に必死だ。
テッドは、新しい領主を迎え入れるための清掃や家具の入れ替えを、使用人たちにさせるのを止めた。怒鳴り声は聞こえなくなったものの業者の出入りがあり、騒がしさは変わらなかった。
「お嬢様のお世話は、私だけでも回ります。バタバタとした日々も、新しい領主様が来られるまでの辛抱ですよ」
「ええ、そうね……」
「お嬢様、いかがされました?」
(マーサはやっぱり、気付いてくれるのね)
「私はここに残されて、きっと新しい領主様の妻になるのよね」
「確定とは言えませんが、おそらくは」
「そう、考えが同じでよかったわ」
同じ名字を持つ以上、当主が何かの罪に問われれば、一家もしくは一族で罰を受けるのが貴族社会の掟だと思っていた。父や兄と同じくプレスコット家の一員であるのに、奉仕活動を課せられなかったオリヴィアにできることといえば、それしかない。
そして、夜伽の相手をさせられるのだろう。できれば第二王子のような、触れられても鳥肌の立たない男性が来てくれることを願ってしまう。
(お相手を選ぶようなこと、私には許されないわ……、罪人の娘だもの)
◇
第二王子からの手紙が届いてから一週間ほど経って、来客を知らせるベルが鳴った。先触れ通り、新しい領主がたくさんの馬車とともにやってきたのだ。
オリヴィアとマーサがホールに降り、テッドが扉を開けて迎えると、働き手と警備の近衛騎士たちがずらずらと入ってきて、美しく横一列に並んだ。
その奥から、見覚えのある白銀の髪と、黒い騎士服、そして穏やかな薄い水色の瞳が近づいてくる。その男性は、すっとオリヴィアの前に膝をついた。
「っ……」
「このたび、王命によりこちらの新しい領主になった、ハンフリー・オーウェンと言います。公爵位を賜り、王籍からは抜けました。オリヴィア嬢、屋敷の案内を頼めますか?」
「……かしこまりました」
言葉遣いすらも、王族の威圧感のあるものではなく、柔らかくなっていた。相変わらず向けられる目は優しく、オリヴィアが知っている第二王子その人だった。
(殿下が、夫になる……? いや、『殿下』ではなくなられたのよね)
戸惑ったまま、第二王子がいつも連れていた護衛騎士のレナルドとサミュエルも一緒に、片付けられた執務室など主要な部屋を一通り回った。
「ここが、僕の私室になるんだね」
「はい、掃除や家具の入れ替えは済んでいると聞いています」
「うん、ありがとう。隣はオリヴィアの私室だね」
「っ……」
「もし引っ越しがまだなら、マーサに頼んでおくよ。普段着も、そこまで使い古さなくてもいいように伝えるね。専属の護衛もつけないと。食事もできる限り一緒に取ろう」
「…………」
「オリヴィア、僕と住むのは、たぶんすごく大きな変化になるよ」
あまりにさらっと、心からの笑顔を見せるオーウェン公爵が護衛騎士に向けて指示を出したため、オリヴィアは反応できなかった。
母がいないため馴染みがないものの、一般的に夫婦の私室は隣同士だ。やはり、元第二王子の公爵は、オリヴィアを妻にするつもりだ。
(留学から帰国されてまだ一年も経っていないのに、こんな理由で王都から離れられるなんて……)
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