皐月 禅の混乱

垣崎 奏

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7-3.(こんなに緊張したこと、ないな……)

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 オレは、いつも楓羽より先に起きる。楓羽の寝顔にキスをしてからベッドを降りて、シャワーを浴び直して寝癖を取り、バスローブを羽織ってモーニングを受け取る。その間、楓羽は起きない。

 今朝は、全てのルーティンを後回しにして、すやすやと眠る楓羽に仕掛けなければならない。そのために昨夜、散々果てさせ疲れさせた。


 ◇


 楓羽に会うのは週末の業務後で、それ以外の平日になんとか調整して定時に近い時間に帰る日を作れば、この都会でアクセサリーショップへ行くのは簡単だった。

 短時間の滞在で済むように、ネットである程度見当をつけ、店舗では最低限の会話しかしなかった。オレの顔に、女性店員が食いついて来るのが不快だから。

 過去に購入した中でも、値はそこまで高くない、ただのペアリングだ。元交際相手たちに強請られたものよりは安いけど、つるんとシンプルなデザインが気に入り、店頭で見てもイメージが変わらなかったから、それに決めた。

 時計とか、ペアだと分かりにくい物も考えた。でも、ふたりとも仕事でパソコンを使うし、手首に物があるのは邪魔だ。かといって、男が首にアクセサリーをするのは目立つ。これからの季節、ワイシャツで隠せるとはいえ、次の夏まで関係が続けられると信じたい。シンプルな指輪ならまだ、揃いでつけても許されるだろうし、サプライズもやりやすいと思った。

 シンプルすぎて、好みなんて関係ないくらい、誰でも身に着けられそうなものなのは間違いない。そもそも楓羽は、セフレからのプレゼントの類を受け取ってくれるのだろうか。


 ◇


 バッグから、小箱を取り出す。小さいリングと大きいリングが並んで嵌められている。大きい方を自分の右薬指に通してから、小さい方をそっと外した。

 寝ている楓羽を起こさないようにそっとベッドに上がり、右手の薬指に通す。目測で買ったけど、今までの経験が活きた。女性にアクセサリーを贈ったことはそれなりにある。きれいに嵌まったのを確認してからは、ルーティンを消化した。

(こんなに緊張したこと、ないな……)

 卒業研究の発表とか就職面接を思い出しても、今の動悸には勝てなかった。


 ◇


「…………ん、ぜんくん」
「あ、起きた? おはよ。腰、大丈夫?」

 モーニングが届いたインターホンの音で起きたのだろう。オレが受け取って広げている間に、楓羽は目を擦りながら身体を起こしてくる。

「ぜんくん、これ」
「ん?」
「これ、指輪」

 楓羽が右手の甲をオレに向け、枕元に畳んでおいたバスローブを羽織ってから、ソファに近寄りオレの隣に座る。気付いてくれたことに、怒ってはいなさそうなことに、まずはほっとするけど、まだ完全に胸を撫でおろすことはできない。

 楓羽は、オレをセフレとしか見ていない。気持ちを受け入れてくれるかは、毎週身体を重ねていても確信を持てなかった。でも、楓羽がオレ以外と会わずに、半年が過ぎた。再会する前も、一年相手がいなかったと言っていた。期待してもいいかと、思ってしまった。

 真横に座った楓羽からの視線が刺さる。指輪について、「説明が欲しい」と訴えられている。

「…………意味は、分かる?」
「分かる」
「嫌?」
「ううん、でも聞きたい。確かめたい」
「……答えは信じていいんだね?」
「うん」

 大きくひとつ、息を吐いた。真横に座った楓羽の、両手を包んだ後、指輪を嵌めた右手を持ち上げ、口元を近づけた。

「……辰巳 楓羽さん。オレと、付き合ってください」
「うん、はい」

 その指輪にひとつ、キスをした。引き寄せた楓羽の唇にも触れて、ぎゅっと抱き締めた。

「ふーちゃん、好き」
「うん、たぶん、私も」
「たぶん?」
「したいって思った時に、ぜんくんの顔しか出てこないから」
「なら、いいや」
「うん」 

 楓羽の首筋にもキスをした後、鎖骨よりも胸に近い位置にじゅっと吸いついて、初めて痕を残した。白い肌に、赤いキスマークが映える。楓羽は何をされるのか予想できていたのだろう、抵抗しなかったし、文句も言わなかった。

「つけたいなら、他にもつけていいよ」
「……いや、止めとく」
「そう?」
「止まんなくなる」
「我慢する必要、ある?」
「……オレ、ふーちゃんに弱い。すぐ煽られる」
「いいんじゃないの、気分に従えば」
「転がされてるみたいで、嫌だ」
「まあ、経験はあるから……」
「その言い方も嫌だ。過去は過去だよ、ふーちゃん」

 後悔というか、後ろめたさがあるのは伝わってくる。嫉妬もするけど、最近の楓羽がオレしか見ていないのも分かっているつもりだ。指輪を受け入れてくれたのも、その証拠になる。他に相手がいるなら、痕を残すことなんて拒否したはず。

「……駄々っ子だ、ぜんくん」
「また『可愛い』って思った?」
「思った」

 ふっと笑った楓羽の唇を奪いに、上半身を重ねた。 

 もし別の男に会うとしてもオレにバレなければいいと、思っていても口に出す気はなかった。身体の相性がいいのは、この半年で痛いほど感じた。あとは、その心の全てをどうやって、オレだけに向けてもらうか。オレの交際経験は、楓羽に通用するのだろうか。

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