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9.※(『大した事ない』ね…)
しおりを挟む地域を跨いだ転職で、入社前に十分に賃貸を見て回ることができず、とりあえず入ったのがマンスリーだった。割高ではあるけど、そこで一旦暮らしながら、生活に便利そうな場所をゆっくり見つけて、引っ越せばいいと思っていた。
マンスリーでは要らなかった保証人も、祖母なら国内にいるし、郵送で対応してもらった。会社との往復の中で、良さそうなマンションにはすでに目をつけていたし、契約はあっさり決まった。
同棲しても、週末には仕事帰りにホテルに寄る。家ですると主に声に関して、楓羽に我慢を強いることになる。楓羽を感じさせず、禅だけが果てる行為ならまだできるが、それでは不公平だ。同棲するための文句として、それをメリットに楓羽を誘ったけど、実際のところ家でするのは生理のときだけだ。
ちなみに、その他の生活は基本シェアハウス、寝室とリビング以外にそれぞれ部屋もあって、自分のことは自分でやっている。禅は当然、同棲らしく食事を一緒に取りたいが、何せ帰宅も出社も時間が異なる。
禅のほうが家にいないから、洗濯は楓羽が禅の分も終えてくれることもある。料理は禅のほうが得意で、楓羽がキッチンをほとんど使わないのをいいことに、電子レンジで温められるよう、平日の夜中にふたり分、作り置いている。これで洗濯とイコールになればと勝手にやっていて、食べてくれているのはタッパーの残り具合で分かるけど、特に何も言われない。文句も感謝も何も、だ。
(どこかで話をしないと……)
◇
常連になりつつあるホテルで、今日の楓羽は、スリットの入ったランジェリーを着けて、浴室から出てきてくれる。絶対に楓羽に似合うと、禅が自信を持って選んだものだ。
「ぜんくん…」
「わ…!」
禅の好きな膨らみに、ピンク色のレースがまとわれていても、スリットからはすでに頂点が見えている。楓羽の突起は小さいほうだけど、これからを期待して勃っているから、出てきてしまうのだろう。近寄ってこない楓羽を迎えて、片方に親指で触れながら、ベッドの縁に座らせる。
「んん…」
「…恥ずかしい?」
「多少は……」
(恥ずかしいんだ?)
あの楓羽が、だ。いろんな男の前で、いろんなプレイをしてきたはず。禅と初めてホテルに入ったあの日でも、こんな風に隠そうとする仕草は見せなかったのに。
「…すごい、興奮する」
親指を揺らしながら耳元で囁けば、楓羽は禅を遠ざけようと肩を押してくる。
「なに、だめ?」
「だめ…」
「勃ってるもんね」
「んあっ…」
親指から、舌に代えてあげる。背中に手を回し、逃げるのを防ぐ。もう片方には手のひらを当てて、ランジェリーごと揉み込む。
せっかくのスリットだけど、早々に邪魔になる。手を滑らせ直接触れれば、楓羽がビクッと動く。
「んっ…」
「せっかく着てくれたのにごめん、直接触りたい」
綺麗に結ばれた紐を、ゆっくりと引っ張る。さらに楓羽を抱き寄せて、首の紐も解いてしまう。ランジェリーを床に落とし、唇を奪う。当然のように楓羽に密着して、舌を追い回した。
◇
「びしょびしょだよ」
「ん、そうだろうね…」
レースに愛液が染みて、面積の小さい布はブラジャーと比べて色が濃くなっている。全裸よりも、エロくて滾る。フィクションの世界で見て知っていたけど、実際に目にできたのは楓羽が着てくれるからだ。
白い滑らかで艶やかな肌には、いろんなセクシーランジェリーが似合う。今ではもう、ホテルに来る前に寄るバラエティストアでは足りず、ネットショッピングも活用するほどだ。一緒に住んでいることもあり、楓羽が持ち出してくれる。カモフラージュした包みに入れているものの、禅が持ち歩いて何かの拍子で落とした時の気まずさを考えると、仕事も社内で完結する楓羽に頼むほうが安心できた。
(今日一日、ふーちゃんは持ってたんだよな…)
禅と楽しむために、楓羽も協力してくれる。実感するほど、熱が集まる。
「…これ、下はつけたままでもいい?」
「ぜんくんが、したいように」
「ん」
許可が出たから、オープンクロッチのショーツを着けたままの割れ目に、指を沈める。避妊具をつけた後もランジェリーの隙間から擦って、内壁を犯した。
「ふーちゃん、ここ?」
「んっ、んんっ」
「ちゃんと、当たる?」
「ん、あたるっ…、ぜんぶ、きもちい」
「そっか」
禅の逸物は、大きい。「当たる」とか「当てる」とか、そういうのは関係しないのかもしれない。楓羽はもう禅に慣れているし、挿入するだけでも、目いっぱい押し広げて、どこに向かって動いても必ずいいところに当たるくらいの、質量を持つのだから。
◇◇◇
「ねえ」
「ん?」
「そんな、稼いでるの」
日曜の夕方、買い物ついでに近所のパティスリーに寄って、帰ってきたところだ。キッチンで禅が紅茶を淹れケーキを皿に移す間、楓羽はリビングの、新居に移ってきたときに買い足したソファベッドに腰掛けて待っている。誕生日とかのイベント事ではないのにケーキを買ったのが、引っかかったのだろうか。
「急だね?」
「普段の使いっぷりも、すごい」
「稼いでるほうだと思うよ? これで思い込みだったらヤバいね」
「引き抜かれるくらいだから、優秀なのは間違いないんだろうけど」
「気になる? それとも気を遣う?」
「無理してないなら、いい。事務職なんて大した事ないし」
ティーポット類とケーキをトレーに載せ、リビングへ運び、ソファベッドに合わせた高さのテーブルに置いた。隣に座って、カップを載せたソーサーから順に下ろす。楓羽も禅も無糖ストレート派だが、スイーツはクリームたっぷりの甘いものを選ぶ事が多い。
楓羽が、生活費を気にするとは思っていなかった。いや、普通は気にするのも分かっているけど、家事について何も言ってこないこととか、楓羽には常識が通用しないときがあって、今回もそうだと思っていた。楓羽とは何度も食事やホテルへ行って、その度に禅が支払い、とっくに楓羽は財布を出さなくなった。
半個室の飲食店でゆったり空腹を満たして、タクシーで移動して、サービスの充実した壁の厚い高級目のラブホテルに泊まる。禅はそれで満たされていた。楓羽と居られることが、その対価と説明されても納得できるほどに。
(『大した事ない』ね…)
「先輩に聞いたよ。ふーちゃん、スーパー事務さんだって」
「なにそれ」
「英語で受け答えできるから処理が早いって。営業に繋がらなくても、ふーちゃん居れば英文メール遡って、設計とか技術に指示が出せる」
「それはぜんくんもでしょ、設計部で英語話せる人なんてほとんどいないでしょ?」
ポットを軽く揺らしてから、カップへ注ぐ。ティーセットは同棲してから一緒に見に行って、一式購入した。禅も楓羽も、それなりに紅茶文化には馴染みがあって、多少こだわって選んだ。
「…あれ、オレ言ったことあった? 英語力で引き抜かれたって」
「打ち合わせのスケジュールで担当案件は分かるから」
「誰でも見れるんだっけ」
「誰でもじゃないかな。ある程度の権限があれば」
「マジか。じゃあ出張予定も分かる?」
「そうだね、ちゃんと入ってれば」
「あー、なるほど」
(…『ある程度の権限』なんて、持ってない人のが多いんだよ)
低い声が出たからだろう、ケーキを飲み込んだ楓羽に、顔をのぞかれた。
「…あるの?」
「まだ決まってない。別班のだけど、谷先輩がスケジュール空けられなくて、他に現地で話せる人いないから駆り出されそう」
他のエンジニアを見るに、国内にある支社への出張であれば数日空けるくらいで済むが、今回禅に相談が来たのは谷先輩の案件で、機械のある現場に立ち会う必要があり、北米出張になるのは間違いない。どれくらいの期間、出張になるのか、余計に読めない。移動を含めて三日で終わって欲しいと願ってしまう。
「ぜんくんの案件は?」
「振れる人思いつかないから、残業で対応するしかないね」
「あー……」
幼い頃から英語に触れていて良かったと思う反面、社会に出てからは「他にできる人がいないから」と押し付けられることもある。この会社では、ちゃんと評価されて、給与に反映されると聞いている。だからきっと、事務とはいえ英語のできる楓羽も、それなりに稼いでいるのだろう。
「週末、時間合わせられなくなるよ。セフレ、探す?」
「いや、たぶん大丈夫」
「家に居てくれると、嬉しい」
「ん」
自信の裏返しだ。今の楓羽がセフレを探しても、禅が勝てる自信がある。
禅を越える大きさを持つ相手はそういないと、楓羽の経験が教えてくれた。楓羽の身体には禅からの快感をほぼ毎週植え付けているし、その自信が無ければ、セフレを作っていいなど言えるわけがない。
◇
「はあ……」
「出張、決まってたね、二週間」
溜息を吐いただけで伝わるほど、楓羽が禅の予定を気にしてくれていた。出張で抱けなくなるというのに、少し嬉しくも思ってしまう。
海外だとしても、三日あれば帰って来れるくらいだろうと考えていたのが甘かった。「ついでだから他の案件も視察して来い」と、部長に言われてしまった。禅は欧州担当で、谷先輩は今は南米の案件に掛かりきりだが、主に北米を担当している。確かに、禅にとって北米への出張は、滅多にない勉強の機会だ。
「夜、関係ない話なんだけど」
「うん」
「髪切ろうかなって」
「うん」
「あ、興味ない?」
「別に、好きにしたら?」
「うん」
「…短くするの?」
明らかに構ってほしいと伝われば、楓羽は相手をしてくれる。一緒に住むようになってからは、酒がなくても愚痴を聞いてくれる。
「そのつもり。海外だし短い方が何かと楽」
「ああ、なるほど」
「『なるほど』?」
「初めて会った頃、短かったでしょ。もう見慣れちゃったけど、ぜんくんは短い方がいい」
「それ、早く言ってよ」
「え、なんで」
「…いや、なんでもない」
(言ってくれたら、よかったのに)
楓羽が昔の禅の姿を覚えていたことが嬉しくて、会社の休憩室で食べようと思っていたスコーンを、楓羽にあげた。日本のスコーンは甘めに味もついていて、温め直さなくても十分美味しいから、遅くまで残業が決まっている日の間食によく選んだ。
基本的に禅から尋ねなければ、楓羽の意見は教えてもらえない。少し時間を置いて冷静になってから、楓羽が言ってこなかったことに納得がいった。
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