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8-2.(そうだって、決めてしまいたいけど)
しおりを挟むふたりで湯船に浸かっても、それまでの行為が激しすぎて、楓羽が触れてくることはなかった。ゆっくりあったまって、ベッドに潜る。ただ密着するだけで、楓羽の手は伸びてこない。気分が落ち着いているなら、聞いてもいいだろうか。
「ふーちゃん。なんで、オレがイくのにこだわるの? 一回はイってるし、その後は別に……」
「嫌。絶対嫌。勃ってるならイってほしい」
「意思が強いね、なんかあった?」
「…………」
「聞いていいなら、聞きたい。引かないのは約束する」
こういう話に限らず、楓羽はオレが引いたり驚いたりするのを怖がる。過去の男がそういう反応を見せたからなのは、感じ取っていた。楓羽を、ぎゅっと抱き締める。楓羽は鼓動を聞くのが好きらしく、胸に顔を埋めてしまうから、オレからその表情は見えない。
「……役目を、果たせない」
「役目?」
「女は、男をイかせないと、存在意義がない」
すぐに、言葉を返せなかった。生物学的に、内部に出せなければどう妊娠するのだろうと考えたことはあるけど、楓羽の言う存在意義とか役目とかとは、違う気がした。
「……引いてないよ、ちょっと受け止めるのに時間かかるだけ」
「それを引くって言うんじゃないの」
「誰に言われたの。少なくともオレは思ってないよ。セフレじゃなくなった今は特に」
きっと、今まで関係を持った男の誰かだろう。そう思って、投げた言葉だった。
「……母親」
(は・は・お・や)
聞こえた言葉を繰り返すので、精一杯だった。心の中で呟いてみても、何も変わらない。理解が、追いつかない。
「母親さ、父親以外の男に抱かれてたからね、小学校の頃。それが両親の離婚原因」
「……」
「仕事であんまり家にいなかった父親が気付いて、証拠集めしたみたい。母親は誰かと結ばれたらしいけど、今どうしてるのかは知らない。最後に会った時に、『せっかく産んであげたんだから、顔と身体を使えるようにならないと』って。『せめて、女の役目は果たしなさい。存在意義もないんだから』って」
(……………)
ひとまず、楓羽の母親の言葉は横に置く。そうしないと、口から何も声を発せない。
楓羽が地元を離れたのは、中学二年の頃だと聞いた。母親が地元に残って、楓羽は父親と一緒にこの地域に来たのか。
「……ふーちゃん、お父さんに引き取られたんだ」
「うん、苗字変わらなくて楽だった」
「言い方……、いや、ふーちゃんらしいんだけど」
小学校の頃にちらっと見たことのある楓羽の母親も、整った顔をしていて美人だった。楓羽は自分をそうだと思っていないようだけど、それは地味な見た目を保っているからで、例えば佐藤先輩みたいなメイクをすれば、あっという間に注目の的だろう。今のように、壁際で目立たずに大人しくしていることは難しいはずだ。
楓羽が身体から関係を始めるのは、近くにいた母親がそうだったからなのかもしれない。口ぶりから察するに父親とも疎遠で、人との距離を縮める方法を知らなかったのかも。記憶にある楓羽はずっと、口下手なイメージだ。
「だから、家にいい思い出がない。離婚してからも父親は仕事で家にいなかったし」
「それは……」
「ほんとに仕事かどうかなんて分かんない。でも大学まで出れたのは確か」
「そっか」
いつもなら、オレの問いに応えたら話は止まる。楓羽が、こんな風に自分から話してくれるのは珍しい。
それにしても、こんな重い話、ピロートークでされるとは。いや、今だからむしろ、できるのか。果てまくった後で、頭が回ってないから。理性が弱まって、素が出やすいから。
「大学に入って、年齢をクリアしてすぐ、アプリに登録した。一人暮らしになって、自由だったから」
「うん」
そう返すのが、精一杯だ。もっと気の利いた言葉を返したいと思うけど、口が開くだけで何も出てこない。
「ぜんくんは、なんで私と会うの?」
「え……、急だね」
「なんで?」
「ふーちゃんが好きだから」
「恋愛感情?」
「そうだよ」
楓羽が、オレの胸元で深呼吸をしたのを感じた。腕の力を、苦しくない程度に強める。
「……よく分かんないんだよね。ぜんくんしか相手いないし、したいって思った時、ぜんくんしか思い浮かばないし、ホテル以外のとこ行くのも楽しかった。それって恋愛なの?」
(オレは、そうだって、決めてしまいたいけど)
オレに肯定されれば、楓羽はオレを恋愛対象として見るのだろうか。そんな気持ちの向けられ方で、オレは満足できるものなのか。
「……なんとも。オレしか相手がいないなら、そうかもしれないし、これからビビッとくる人と出会うかもしれない」
「ビビッと?」
「うん、この人いいな、みたいな」
「アプリで見つける時みたいな?」
「んー、アプリやったことないから分かんないけど、似てるのかな」
楓羽がアプリで選ぶのとは、たぶん異なる。身体を開け渡してもよさそう、から始まる関係しか、楓羽は持ったことがない。
(もうずっと、オレだけを意識させたいんだけど)
身体以外でも、オレを思い出せばいい。楓羽が気付いた時にはもう、戻れないほどに溺れさせればいい。
「ふーちゃん、今、一人暮らしなんだよね」
「そうだよ」
「一緒に住む? 声抑えれば、家でもできるようになるよ」
「その提案をしてくる人はいなかったな」
「オレん家、急ぎで入ったマンスリー契約だから、そろそろ普通の賃貸に移りたいんだよね」
「もう入社して半年以上経つのに?」
「そう。ちょうどいいから同棲しよ」
「うん」
(軽いんだよな……)
オレの意図を楓羽が理解していないのは、承知の上だ。オレが、楓羽と一緒に過ごす中で、分からせればいい。
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