好液者の少年

垣崎 奏

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7.誕生日

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「オスカー、僕今日誕生日だ」
「おめでとう、19になったのか?」
「うん」


 レンが、目が覚めて一番に手に取った携帯を見て、ゆっくりと身体を伸ばした後、リビングにいるオスカーに伝えた。オスカーは先に起きて、気分でコーヒーか紅茶を選んで、それに合うパンやマフィンを出す。


「前もって聞いていれば、何か用意もできたが」
「ううん、ただ『おめでとう』って言われたかっただけ」
「帰ってきたら、ケーキくらい食べようか」


 オスカーが誕生日を意識することは、とっくになくなっていた。ひとつ歳を取って、嬉しそうにするレンが眩しく見えた。

 つい最近、吸血鬼に襲われたというのに、忘れてしまったかのように元気なことが、むしろオスカーは気になった。


 *


 レンが望んで、オスカーが研究用血液パックを作った後、一緒に帰った。ケーキ屋に寄らずに帰るのを寂しそうにするレンを、オスカーは見越していた。先に部屋に入ったオスカーが、冷蔵庫から出したケーキの箱を見せる。


「…わっ、有名なとこの!」
「同僚が美味しいと言っていた。帰りでは売り切れるとも」
「いつ買ったの?」
「昼休みに。吸血鬼は足も速いからな。電話さえしておけば取りに行くだけだ」
「オスカーも初めて食べる?」
「ああ、だが先に食事にしよう。用意をしてくれているのだろう?」


 一緒に住むようになってから、レンが夕飯の準備をすることがほとんどだった。撮影をする関係で飲食店に行くことは多いし、自分で作ってみたい興味も湧いて、凝った料理をすることに抵抗もなかった。

 レンが自分の体調を考えて献血を頼むことも増えて、ふらふらになってキッチンに立てなくなってもいいように、前もって作っておいたおかずを解凍する。最後の仕上げをするその間に、オスカー、レンの順にシャワーを済ませる。

 ふたりでソファに隣同士に座り、レンの話を聞くのが、オスカーとレンが一緒に住むようになってからの一日の終え方だった。


 *


「オスカーは、何歳なの?」


 ケーキを食べながら、レンはそんなことをふと聞いた。年上なのは分かるし、長年研究をやっているのも知っているけど、見た目は若い。


「26だ」


 オスカーは、その答えで明らかに納得していないレンに、思わず口角が上がってしまう。


「ふっ…、全ての生涯を通してだと、260年になる」
「そんなに?」


 お決まりのように驚いたレンに、オスカーが歯を見せて笑った。牙があるため、ここまで大きく笑うことはほぼないに近い。


「俺は親が吸血鬼同士で、生まれ落ちた時にはすでに吸血鬼だったから、子どもの頃から成長が遅かった。人間はすぐ大きくなるし、転校しながら身体に合う教育を受けていた」
「へえ……」
「ここ数十年、見た目は特に変わっていないだろう。一応は、10年に一度歳を取るのだが」


 吸血された人間は、その年で見た目が止まり、10年に一度の成長に変わる。吸血鬼は、再生能力が高いからこそ、傷も治せるし見た目も若い。


「僕は歳を取っていくんだよね」
「そうだな」
「ずっと一緒にはいられないんだ」
「…そうなる」
「僕を、噛む気はないの?」


 オスカーが息を呑んだのは、レンにも伝わった。オスカーは、そのレンの言葉を好意的に捉えたいと思ってしまい、次に声を出すまで少々時間がかかった。


「…長生きすぎても困るが? 人生を通してやれる何かを見つけなければ」
「僕にはカメラがあるよ。今も写真の勉強するために大学来てるし、写真でお金ももらってるし」
「…吸血鬼はカメラに映らない。レンが被写体にならなければ、それでもいいかもしれないが…」
「ねえ、誕生日プレゼントに、僕を吸血鬼にして」
「……」


 オスカーは、すぐに返すことができなかった。自分で吸血鬼を作ったことがなかったからだ。オスカーは、傷を舐めることはあっても、直接噛んだことはなかった。


「考えてなかったわけじゃないよね?」
「…いつから、そう思った?」
「襲われた時。でも遡ったら、一緒に住み始めたのもそうかもって」
「本当に、いいのか?」
「うん、オスカーと離れたくないから。パートナーになってずっと一緒にいるには、僕も吸血鬼にならなきゃ」


 人間を吸血鬼にすると、噛まれた人間の成長速度は遅くなる。周りの見知った人間が、皆先に亡くなっていく。


「…レンに、家族は?」
「いないよ、あれ言ったことなかった?」
「…初めて聞いた」


 長年生きる中で、驚くことは少なくなっていたが、それでもオスカーは驚いてしまった。オスカーにも両親はいるし、今もどこかで生きているのは手紙で分かる。

 レンには、家族がいないのか。同棲してからも時間が経ったのに、知らなかった。特別、聞こうともしてこなかった証拠だ。


「施設育ちだから、どうしたらひとりで生活できるのかはずっと考えてて、それで施設長に借りたカメラを使ったのが最初。この大学に入れたのも、特待奨学金をもらってるから」
「そうだったのか、大変だったろう」
「んー、正直分からない。僕は僕の人生しか生きられないし、施設育ちが普通じゃないのは知ってるけど、だからって僕がすごく頑張ってるかって言われると、そうでもないかも。ずっと楽しいし」


 オスカーは、何故レンがすぐに馴染むのか、不思議だった。初めて会って舐めた時も、そのあと同棲を提案した時も、それが人間の普通ではないことを、オスカーは理解している。レンの育ちが、一般的ではなかったから、受け入れられたと考えるべきだ。


「…それは、いいことだな」
「でしょ? 苦しいとか、あんまり思ったことないよ」

「辛い時には、辛いと言えるか?」
「オスカーには、言える」
「そうか」


 そのレンの言葉を、オスカーはそのまま受け入れた。レンは、オスカーを特別に見ている。吸血鬼のパートナーになりたいと、言えるほどに。

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