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城の敷地の端にある塔の先に、ヴィルヘルムは閉じ込められていた。陽の光が、簡単には届かない高さにある窓から落ちてくる。夜になれば灯りもなく、ただ眠るしかない。
長らく使われていなかったが、王家が何か問題を起こしたときに、制裁を加えるための部屋がある。フリードリヒをここに入れろと進言したこともあるが、国王である父親は首を縦に振らなかった。まさか、ヴィルヘルムが入ることになるとは。
片足には枷を嵌められ、部屋の中を動くには十分な長さの鎖だが、外には出られない。足首に枷がある以上、王家とは思えないほど質素な衣服は、上から被るワンピースしか着られない。ここにはヴィルヘルムひとりしかいないこともあり、下着を着ける必要もない。
(まあ、外に出ようとも思わないが。兄様の邪魔になるし。気になるのは…)
ベアトリスを呼んでほしいとアルフォンソに伝えたが、数日が経っている。何か、良からぬことが起きているとしか思えない。
階段を上ってくる音を立てるのはその使用人くらいだ。数日に一度、会話すらもなく洗濯物を渡し、新しい服と保存の利く食料を受け取る。今日は、かつかつと硬い革靴の足音が響いてくる。扉の正面にあるベッドの縁に腰掛け、ゆっくり上がってくる足音の主の到着を待った。
「ヴィル」
「やっぱり、兄様直々か…」
ノックのあとに顔を見せたのは、アルフォンソだった。
「そうでもしないと、示しがつかない。守ってやれなくてすまなかった」
「いや…、あれはどうしようもない。今も記憶は曖昧なままだし。それで…?」
「ひとつ、話しておくことがある」
「……」
嫌な予感しかしない。膝の上で指を組み、力を入れる。
「ヴィルがここに入ってすぐ、フリードリヒの出入りがあって、彼女をすぐに動かすことができなかった」
「っ……」
身体を動かせば、そのぶん鎖が鳴る。自らが立てた音に驚く日が来るとは、思ってもいなかった。
「彼女も、脅されたんだ。ヴィルの立場をさらに悪化させたいのかと」
没落したとはいえ、もともと貴族だったベアトリスだ。直接話すことはなかったが、きっと王家の権力争いについても理解はあっただろう。
「それで、ベアは…?」
「どう、顔を合わせられそう?」
「っ……」
扉に隠れていたベアトリスが、ヴィルヘルムが身につけているものと似たような、長袖のワンピース姿で現れた。最近はもう、心の中では愛称で呼んでいて、それをそのまま聞かれてしまった。
「ベアトリス…」
無表情だったベアトリスが、この塔の陽の光の下では、ぎゅっと唇を結んで悲痛な表情を浮かべているように見えた。ずっと、夜の薄暗さの中でしか会ってこなかった。整った顔が、その表情でより際立っている。
手を伸ばしかけて、握り込んで下ろした。今のヴィルヘルムは罪人だ。王家の人間だから城の敷地内にいられるだけで、普通は、そんな身分の男に触れられたくはないだろう。だが、ベアトリスはヴィルヘルムの夜伽係だ。ここ以外に、行くあてもない。
「……やっぱり、こんなところに住むのは嫌か? 俺が従姉と寝たのがショック? それとも、俺以外に襲われたこと?」
「ヴィルヘルム! もっと…、っ、言い方があるだろう?」
(ああ、ちょっと柔らかくなった…)
いつものヴィルヘルムの物言いに安心したのか、少し口元を緩めたベアトリスが、ゆっくりと近寄ってくる。ヴィルヘルムの隣に座った背中に、手を回して支えてやる。
「…あの日、私が要らないと伝えてきたのは、初めて見る方でした。疑えばよかったんです」
「は…?」
「私のせいです、違和感はありました」
「何を言っている? お前のせいなんてことあるか!」
「いいえ、私のせいです。ロベルタは第二王子殿下の婚約者で、ヴィルヘルム殿下の私室に居た時点で止めに入るか追い出すか、何かしら行動するべきでした。元貴族の私が夜伽係にならなければ、殿下の弱みになることもなく、こんなところに閉じ込められることなんてなかったんっ」
ヴィルヘルムにできたのは、唇でその口を塞ぐことだった。角度を変えるついでに目で合図をすると、アルフォンソはそっと扉を閉め、姿を消してくれる。
「…お前、身体は? 無理はしてないんだろうな?」
目を開いて驚いた様子のベアトリスに、とりあえず質問をしてみる。そうしないと、ベアトリスが自分を責め続けてしまう気がした。
「何もありません。無理もしていません」
「ここに来るまでの間で治ったんだな?」
「悪阻が出るほどの時間は経っていませんし、今のところ何も変化はありません」
「っ……」
(そういう意味では、なかったんだが…)
「なぜ、俺の弱みになったと思った?」
「第二王子殿下が、そう口にしていらっしゃったので」
「あいつの言葉を信じるのか?」
「第一王子殿下は、ヴィルヘルム殿下が女性をそばに置くのは私が初めてだと」
(ああ、話が悪いほうに繋がったのか…)
「お前、あの夜はどこにいた? 屋根裏にいたのか?」
「……」
「答えろ、ベアトリス」
王家からの命令口調に、ベアトリスが身体を震わせた。ヴィルヘルムに謝る気はない。その身体を引き寄せるだけだ。
「……声が聞こえて、確認しに降りました。殿下は体調不良で戻られると聞いていたので、何かお手伝いを必要とされているのかもしれないと…、ロベルタがベッドにいて、その下にいたのが殿下でした。その時点で割って入ればよかった、人を呼べばよかったんです」
「違う。俺はお前を責めたいわけじゃない」
(見られてたのか……)
「お前、俺のが入ってるのを見たのか?」
「え…、いえ…」
「俺が覚えてるのは、女が上で揺れてるぼんやりした姿だけ。中で果てたかどうかは証明しようがない。フリードリヒの反応を見ても、婚前交渉はしてるんだろうしな」
ヴィルヘルムが果てていたのは、服の汚れと下半身のべたつき具合から間違いないのだろうが、考えれば考えるほど、疑問も浮かぶ。女がひとりで、強いアルコールと薬剤に犯された男を勃てて、蜜壷の中へ誘導できるものなのだろうか。
あの聴聞時のフリードリヒの反応を見るに、ロベルタは挿入をしていない可能性もある。ロベルタの体調に関しては、フリードリヒとの行為で子ができるかどうかを気にしているのではないか。経験があったから、ロベルタは慣れた手つきでヴィルヘルムの礼装を脱がせ、素股か手で終えたのではないか。もしくは、何か持ち込んだものでヴィルヘルムが果てたように偽装したのか。
「過激ではあるが頭は回るフリードリヒだ、貞操の大切さも分かってる。あの女の懐妊の時期を誤るとか、俺の子を孕ませるほどの危険を犯すとは考えにくい。あいつらは兄様と違って、恋愛で婚約者に収まってるしな」
「……」
「そうだろう? お前も貴族だったんだ。あいつらの婚約騒動も、王家の権力争いも耳にしてきたはず。フリードリヒにもそれなりの言い分はあって、常識的な部分もある」
「……」
ベアトリスが口を開けて何かを言い掛けようとするが、すぐに閉じられる。覗き込んでも、視線が合わず泳いでいる。
「ベアトリス、お前、混乱したままだろ。まずは落ち着け」
「…申し訳ありません」
「あのなあ…、俺が謝られたいと思うのか?」
「私の、力不足ですから」
「違う、求めてない」
「……」
「そんなに、伝わってないのか? 俺の近くに寄れる女はお前だけだと、兄様も言ったんだろ? 俺が触れたいのもお前だけなんだが?」
「っ……」
その目が見開かれたのち、顔ごと逸らされる。
「チッ…、今日はお前を、もらうぞ、ベア」
ベアトリスの頭を支え、無理に目を合わせる。一筋、涙を流したベアトリスの頬を、そして唇をまた奪った。
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