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第一篇
38.黄玉宮の二番手・淡雪 ※
しおりを挟む今日はまた、淡雪の座敷に同席させてもらった。泊まり客ではなかったが黎明の手が空かないため、淡雪と一緒に風呂へ入ることになってしまった。見世で綺麗だと思った、妖艶な身体をまじまじと見てしまう。淡雪は当然、その翠月の視線に気付いていて、見せつけるように湯から腕だけを出し片手を滑らせる。
「今は御座敷での見世は舞や楽だけだけど、貴女もいずれ床に出るの。殿方が楽しんでいる間、こちら側だって楽しめる方がいいに決まってるわ」
「そうですね」
「私は、そのために柚と芹に手技を頼むの。明日その予定なんだけど」
「明日は非番では?」
「非番だからこそ、やるのよ。貴女も一緒にどうかと思って。星羅さんには許可をもらってるわ」
「分かりました、よろしくお願いします」
許可がすでに出ている先輩からの誘いを、見習いの翠月が断れるわけがない。緑翠からの許可がないのは気になるが、星羅が話を通してくれるのだろう。
*
普段なら見世に出る頃、紛れるように淡雪に対しての手技は行われた。柚と芹の手が、艶やかに照らされた淡雪の背を撫でている。使われている香油の匂いのせいか、見るだけのつもりだったのに、息が上がってくる。
「翠月も、受けてみたい? 我慢するのはよくないわよ? ほら、着物を脱いで」
「ひあっ……」
淡雪と柚・芹にされるがまま、抵抗する気も起きず、着物を剥がされる。全く何も着けていない状態にまで脱がされ、素肌にその手が触れた瞬間に、翠月の意図とは関係なく、身体が跳ねた。
(…なんか、身体が熱くて、頭がぼうっとする)
寝かせられ、柚・芹の手が身体を這っているのが分かる。淡雪は直属の先輩でもあり、抵抗するために身体を動かそうとも思わなかった。ぼんやりとする割に、やけにはっきりと、淡雪の声が頭に響く。
「殿方は御名前を呼ばれるのも好きなの。しっかり感じられたら、その方の御名前を呼んで差し上げてね。でも、呼びすぎは禁物よ」
*****
(まだ、戻っていないのか)
非番であればすでに翠玉宮に居るはずの、翠月がまだ帰ってきていない。今日は淡雪のところで、肌の手入れを受けている。実際はそれだけではないのも知っているが、見学しているはずだ。
(淡雪、か…。調子に乗っていないといいが)
立ち上がって、足早に黄玉宮へ向かう。階段を上がり、襖の奥から聞こえるのは、荒れた息遣いと甘い話し声だ。顔をしかめているのを隠さず、中の返事も待たずに勢いよく開けた。
「失礼」
「あら、緑翠さま」
品がないことなのは分かっているが、手を止めた淡雪と世話係から目を逸らさずに、後手で襖を閉めた。淡雪は何も身にまとっていない。緑翠がそれを気にするほど、見慣れていないわけではない。非番の淡雪は、大体いつもこうだ。その下で寝かされた翠月も、同じだろう。口が開いたままの翠月の、肌が見えることに緑翠はさらに目を細めた。
「…淡雪、翠月は見学だけだと言っただろう」
「あら、でも我慢は身体に毒でしょう?」
「それでも、だ。ニンゲンには発情期がないと聞く。微力でも、妖力を使っているなら余計に」
(この熱っぽさは、香油によるものか、それとも妖力に当てられてのものか…?)
翠月の秘部を一旦その場にあった手拭数枚で包み、緑翠が羽織っていた上着で、香油が身体に乗ったままの全身を包んで抱える。翠月を隠すように片腕に収めて、そのまま蒲公英の間を出、番台を通り抜け翠玉宮の梯子も昇ってしまう。寝間に帰って、翠月をゆっくり布団に下ろし声をかける。
「お前にはまだ早い。床の相手もすぐにさせる気はない。急がなくていい」
淡雪に乗せられたのか、翠月の希望だったのかは分からない。ただ、床を見せたことで翠月が意識したのは間違いないだろう。それが、裏目に出たのかもしれない。
一緒に横になるものの、火照ったままの翠月の息遣いは聞こえてくる。風呂に入れるべきだとは思うが、この状態では難しいだろう。春霖・秋霖は侍女で、世話係ではない。こういった身体には慣れていないはずだ。
「一度、果てないと辛いか?」
覗き込んだと同時に、うっすらと開いた翠月の目が、緑翠を掠める。
「……りょく、すい、さま?」
(……淡雪め、仕込んだな?)
初めて、翠月に名を呼ばれた。色仕掛けには慣れているし、発情期を特に感じない緑翠ですら、頬を火照らせた今の翠月には軽く興奮を覚えた。ぞくっと、身体の奥が疼く感覚に、驚く。
(普段は、全くというほど何も感じないが…)
そっと手を伸ばし、着物を少しはだけさせ、手拭の上から擦ってやる。
「んっ…、…んっ」
「そのまま追え、翠月」
「…ん、んあ…、ぁっ、…んん!」
「落ち着いたか?」
言葉は返ってこなかったが、緑翠の着物を掴んでいた手も緩み、震えも止まって、翠月は規則的な呼吸をしていた。その寝顔を確認して、上着を直し布団をかけてやった後、緑翠は風呂に入るために寝間を離れた。
*
淡雪の蒲公英の間で非番の時に行われる手技に翠月が同席することを、緑翠はそれからも禁止しなかった。辞めさせる理由を上手くつけられなかったのだ。
翠月を世話係ではなく芸者として育てている以上、いつかは床に出さなければ道理が通らない。翠玉宮に囲っているニンゲンであれば、尚更だ。今までニンゲンは、黒系宮の世話係になるのが通例だった。例外は、芸者になった天月だけだ。天月も、立派に床見世を行っている。
「誰か、想像してもいいのよ? ほら、あの方にもし触れられたら、貴女はどう思う?」
「これがあの方のだと想像してみて? 入っていくわ」
「はぁっ…、んん…」
「いいわね、その表情。きっと喜ぶわ」
「んっ…、ぁっ…、んんっ!」
腕組みをしたまま見回りに来た緑翠は、その声を聞き流すことができず、廊下で立ち止まった。
(ついに、秘具まで使い始めた。張り形か。どこで手に入れた? まあ、害ではないが…)
いきなり、目の前の襖が開く。壁に寄りかかっていた緑翠は目を見開いたが、すぐに襖を開けた淡雪を見た。
「やはり、おいででしたか」
「…あまり、弄ばないでやってくれ」
「あら、どうして? 床に慣れるのは、早い方がいいと思わなくって?」
「……」
淡雪に厳しめに目線を送り、果てて堕ちた翠月を抱えて翠玉宮へ戻った。翠月は発情期のないニンゲンで、床見世に入って気分を発散することはできるが、相手を見誤れば、無理に連れ込まれ合意に至らないまま襲われる可能性の方が高い。
淡雪と世話係の手技で、抵抗や痛みを感じにくくなる意味では、床での行為に慣れていくのはいい。ただ、床へ誘う御客を選ぶには、見習いのうちにたくさんの御客と対峙して、経験を積むしかない。特に翠月にとっては、床での作法よりも御客の見極めが大事だと、緑翠は案じていた。
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