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<1>図書館にて
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試験前になると、だいたい図書館の自習スペースで勉強している。大学生なんてみんなそうだと思う。
開架とは違って、多少のおしゃべりや飲食が認められている場所だ。
グループワークをするには別の会議室を予約する必要があるが、複数で自習するだけならここでいい。待ち合わせにひとりで使う学生も多い。
「よく、ここにいますよね」
「っ……」
(なん、で……?)
たまたま目の前の課題に集中していて、人が近付いてきたことに気付かなかった。
僕の許可を待たず隣に腰を下ろした人は、よく遠目で追っていた男子学生だった。これだけ周囲で自習している人がいる中、この大男はピンポイントで僕に話しかけてきた。
ツーブロックの黒髪に百八十センチは優にある高身長。シンプルな丸首のタンクトップからのびる腕は、うっすら筋肉が盛り上がっている。
きっと、服に隠れた部分も鍛えられているのだろう。背負っているキャンパスリュックが小さく見える。
すっと通った鼻筋に薄い唇、少し吊り目気味で、女子からモテそうな整った顔立ちも持ち合わせている。惚れ惚れする見た目の良さで、威圧感すらある。
近いからと、まじまじと凝視しすぎた。切れ目から放たれる視線が、鋭かった。
「あ、すみません。怖がらせたいわけじゃなくて。俺、国際学部二年の神坂恭弥です」
声も羨ましいほどに低くて、ぞくっと背筋が伸びた。その言葉が出るということは、クールな雰囲気に自覚があるのだろう。本当に好みすぎて、困る。
「……星谷葉旺。理工学部三年」
僕が年上なのが分かって、とりあえず反射的に同じ内容を返した。
名前が強そうでかっこいいと言われることには慣れている。ただ、実際の容姿や性格と合うかは別の話だ。
一重ではあるものの丸くてつぶらな目に色白、柔らかい髪質を流している。茶化してくる友達からは可愛い系だと言われるし、なんとなく自覚もある。
神坂の方が、圧倒的に大人びている気がする。一学年下には思えない。
老けていると言いたいわけでもないが、十ほど上でも違和感はないだろう。大学の図書館で出会わなければ、爽やかサラリーマンと言われても納得できる風貌だ。
「同じ試験受けるのかなって」
「これ?」
「はい」
神坂が、リュックから取り出した自分のテキストをひらひらと振った。僕の持っている物と同じに見えるが、そんな軽々振れるような分厚さではない。
テキストを持つ男らしい少し骨張った長い指に、動かすために盛り上がった腕の筋肉に、どうしても視線が向いてしまう。
「一緒に勉強してくれません? ここに居る時間帯も被ってるので」
(っ、なんで僕? でも……)
見た目しか知らなかった男は、声すらも、好みど真ん中だ。神坂から話しかけてもらえたことも、何かのチャンスだと思えてしまう。
大学の図書館で会って一緒に勉強するだけ、願ってもない大チャンスだ。
神坂には、不純な動機は全くない。僕が自重すれば、きっと先輩後輩としての関係を続けられる。
「……乗った」
「やった、ありがとうございます。分からないとこだらけで困ってたんです」
「え、教えてあげられるほどじゃないよ?」
「それは俺が決めます」
初めて見た神坂の笑顔は、予想外に人懐っこく眩しかった。図書館で見る神坂はいつも真剣な表情で、本や席を探していた。
こんなに目立ってギャップも持つ男、女子が放っておくわけがない。期待しても、きっと散るだけだ。
「早速なんですけど……」
◇
一緒に新しい問題を解く時もあるが、基本的には神坂が質問を用意してくる。
三年の僕が取っている講義で、他にも科目の詰まっている二年の神坂には、勉強時間の確保も難点のひとつだろう。この大学に入れている時点で、そこそこコツは掴んでいるだろうが。
「なんでこの講義取ったの。めっちゃ理系の講義なのに」
「空き時間に行ける中で、面白そうだったからです」
「国際学部なのに?」
「でも区分は教養科目じゃないですか。専門じゃなくて、誰でも取れるやつ」
「そうだね」
相槌を打ちながら、神坂がルーズリーフに書く数字や理論を眺める。
すらすらとスムーズに綴られる文字は整っていて、手書き風フォントだと言われても納得するほどに綺麗。何から何まで、理想的で完璧な男だ。
「俺、確かに学部は文系ですけど、理系科目が苦手な感じも特になくて。図書館でよく見かけるなーと思った先輩が理系で、安心しました」
「今のところは答えられてるけど、それで納得してる?」
「すごく分かりやすいですよ、先輩の解説」
(キラキラしてる。僕が何を思ってるかなんて、知らなそ……)
口角をにっと上げ、決め顔を向けてくる。厳つい見た目の割に、言葉や表情から滲む雰囲気は柔らかい。
図書館で眺めていた時には見なかったものだが、きっと女子に見せれば一撃だろう。
神坂は、直球に人を褒める。お世辞を言っているような感じが伝わってこないから、余計に戸惑ってしまう。そんなこと、この歳で言われ慣れている方が、きっとおかしい。
◇
自習スペースで会う割に、神坂もいるはずの講義では話しかけられない。
それぞれ前後には別の講義もあるし、僕は僕で友達といるから、見かけても遠慮しているのかもしれない。
(……あ)
図書館の自習スペースの机を使い始めると、すぐに神坂がやってくる。いつもなら、もう一コマ後だ。
「早いね」
「今日四限休講で。先輩空きなんです?」
「そう、金曜は三限まで」
「なるほど」
少し考えるように頭を掻いた神坂が、僕の表情を窺っている気がした。眉を上げて促すと、口を開いてくれる。
「先輩、この後って空いてます? ご飯行きません? ちょっと早いんですけど、作る気なくて」
「下宿なんだ?」
「バイトも今日は休みなんで」
「神坂がいいならいいよ、行こうか。僕も空いてるしね」
誘い方というか、乗せ方が上手い。何かあると思わせてから、自分の希望を言ってくる。神坂が手慣れているのを、嫌でも感じた。
開架とは違って、多少のおしゃべりや飲食が認められている場所だ。
グループワークをするには別の会議室を予約する必要があるが、複数で自習するだけならここでいい。待ち合わせにひとりで使う学生も多い。
「よく、ここにいますよね」
「っ……」
(なん、で……?)
たまたま目の前の課題に集中していて、人が近付いてきたことに気付かなかった。
僕の許可を待たず隣に腰を下ろした人は、よく遠目で追っていた男子学生だった。これだけ周囲で自習している人がいる中、この大男はピンポイントで僕に話しかけてきた。
ツーブロックの黒髪に百八十センチは優にある高身長。シンプルな丸首のタンクトップからのびる腕は、うっすら筋肉が盛り上がっている。
きっと、服に隠れた部分も鍛えられているのだろう。背負っているキャンパスリュックが小さく見える。
すっと通った鼻筋に薄い唇、少し吊り目気味で、女子からモテそうな整った顔立ちも持ち合わせている。惚れ惚れする見た目の良さで、威圧感すらある。
近いからと、まじまじと凝視しすぎた。切れ目から放たれる視線が、鋭かった。
「あ、すみません。怖がらせたいわけじゃなくて。俺、国際学部二年の神坂恭弥です」
声も羨ましいほどに低くて、ぞくっと背筋が伸びた。その言葉が出るということは、クールな雰囲気に自覚があるのだろう。本当に好みすぎて、困る。
「……星谷葉旺。理工学部三年」
僕が年上なのが分かって、とりあえず反射的に同じ内容を返した。
名前が強そうでかっこいいと言われることには慣れている。ただ、実際の容姿や性格と合うかは別の話だ。
一重ではあるものの丸くてつぶらな目に色白、柔らかい髪質を流している。茶化してくる友達からは可愛い系だと言われるし、なんとなく自覚もある。
神坂の方が、圧倒的に大人びている気がする。一学年下には思えない。
老けていると言いたいわけでもないが、十ほど上でも違和感はないだろう。大学の図書館で出会わなければ、爽やかサラリーマンと言われても納得できる風貌だ。
「同じ試験受けるのかなって」
「これ?」
「はい」
神坂が、リュックから取り出した自分のテキストをひらひらと振った。僕の持っている物と同じに見えるが、そんな軽々振れるような分厚さではない。
テキストを持つ男らしい少し骨張った長い指に、動かすために盛り上がった腕の筋肉に、どうしても視線が向いてしまう。
「一緒に勉強してくれません? ここに居る時間帯も被ってるので」
(っ、なんで僕? でも……)
見た目しか知らなかった男は、声すらも、好みど真ん中だ。神坂から話しかけてもらえたことも、何かのチャンスだと思えてしまう。
大学の図書館で会って一緒に勉強するだけ、願ってもない大チャンスだ。
神坂には、不純な動機は全くない。僕が自重すれば、きっと先輩後輩としての関係を続けられる。
「……乗った」
「やった、ありがとうございます。分からないとこだらけで困ってたんです」
「え、教えてあげられるほどじゃないよ?」
「それは俺が決めます」
初めて見た神坂の笑顔は、予想外に人懐っこく眩しかった。図書館で見る神坂はいつも真剣な表情で、本や席を探していた。
こんなに目立ってギャップも持つ男、女子が放っておくわけがない。期待しても、きっと散るだけだ。
「早速なんですけど……」
◇
一緒に新しい問題を解く時もあるが、基本的には神坂が質問を用意してくる。
三年の僕が取っている講義で、他にも科目の詰まっている二年の神坂には、勉強時間の確保も難点のひとつだろう。この大学に入れている時点で、そこそこコツは掴んでいるだろうが。
「なんでこの講義取ったの。めっちゃ理系の講義なのに」
「空き時間に行ける中で、面白そうだったからです」
「国際学部なのに?」
「でも区分は教養科目じゃないですか。専門じゃなくて、誰でも取れるやつ」
「そうだね」
相槌を打ちながら、神坂がルーズリーフに書く数字や理論を眺める。
すらすらとスムーズに綴られる文字は整っていて、手書き風フォントだと言われても納得するほどに綺麗。何から何まで、理想的で完璧な男だ。
「俺、確かに学部は文系ですけど、理系科目が苦手な感じも特になくて。図書館でよく見かけるなーと思った先輩が理系で、安心しました」
「今のところは答えられてるけど、それで納得してる?」
「すごく分かりやすいですよ、先輩の解説」
(キラキラしてる。僕が何を思ってるかなんて、知らなそ……)
口角をにっと上げ、決め顔を向けてくる。厳つい見た目の割に、言葉や表情から滲む雰囲気は柔らかい。
図書館で眺めていた時には見なかったものだが、きっと女子に見せれば一撃だろう。
神坂は、直球に人を褒める。お世辞を言っているような感じが伝わってこないから、余計に戸惑ってしまう。そんなこと、この歳で言われ慣れている方が、きっとおかしい。
◇
自習スペースで会う割に、神坂もいるはずの講義では話しかけられない。
それぞれ前後には別の講義もあるし、僕は僕で友達といるから、見かけても遠慮しているのかもしれない。
(……あ)
図書館の自習スペースの机を使い始めると、すぐに神坂がやってくる。いつもなら、もう一コマ後だ。
「早いね」
「今日四限休講で。先輩空きなんです?」
「そう、金曜は三限まで」
「なるほど」
少し考えるように頭を掻いた神坂が、僕の表情を窺っている気がした。眉を上げて促すと、口を開いてくれる。
「先輩、この後って空いてます? ご飯行きません? ちょっと早いんですけど、作る気なくて」
「下宿なんだ?」
「バイトも今日は休みなんで」
「神坂がいいならいいよ、行こうか。僕も空いてるしね」
誘い方というか、乗せ方が上手い。何かあると思わせてから、自分の希望を言ってくる。神坂が手慣れているのを、嫌でも感じた。
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