叶わないふたりが恋をする

垣崎 奏

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 フローレンスがロリーガス王国にやってきてから三ヶ月ほど経っただろうか。エリストンは実母から、フローレンスは母国の家族からしか呼ばれていなかった愛称で、互いを呼び合うようになっていた。

 フローレンスの健気さや王族としての誇り高さに惹かれたエリストンは、この状況をどうにかしたいと思い続け、とにかく毎日の添い寝は欠かさない。

「ねえ、変なことを聞くけれど……、エリは抱きたくならないの?」
「……全くないことはないかな。一応、それなりの年だし。でも君が、求めてないだろう?」
「正直なところ、他の王子よりは、って。ごめんなさい、忘れて」
「異母兄たちと同じようには、抱きたくないね」
「……」
「いいんだ。フローリーはそうやって、知らないふりをしてて」

(フローリー……)

 エリストンは、今ではこうして、結い上げるわけでもないのに、フローレンスの乾いた髪を撫でてしまっている。側仕えとしては、大きな越権行為にあたる。

 自分のものにしたいが、人質としての側面もあり、王太子妃となることも決まっているから、エリストンがフローレンスを娶ることは叶わない。

 どうすればフローレンスをできる限り幸せにできるのか、考えても全て否定できる要素が生まれてしまう。薬は飲んでもらってるとはいえ、もし子を成してしまえば結婚は避けられない。今はただ、戦後処理が落ち着くのを待っているだけだ。日に日に焦燥感は募っていった。


 ◇


「連れていくのですか?」
「この能無しでも王太子妃となる者だ。一緒でなければ民衆に示しがつかない」
「確かにそうですね」

 フローレンスがやってきてから半年が経った。毎年の王家の休暇で、国王や王妃も含め皆で別荘へ向かう。この旅行が終われば、王国は戦後を乗り切ったと民衆に証明することになり、アーネストとフローレンスの結婚式も予定されていた。

 道中、王家を乗せた馬車列は山賊に襲われた。もちろん、偽装馬車も含まれているが、国王・王妃組、王太子・王太子妃組、第二王子・第三王子組、王家付き側仕え数人・第四王子組と、それぞれ分かれて馬車に乗っていた。

 エリストンが、不自然に停まった馬車に疑問を持ち、いち早く外に飛び出した。山賊の狙いは、おそらく金になる貨物と、若い女。

「子を成せない王太子妃なんて、守る価値もない」

 そんな異母兄たちの声はエリストンの耳にも入るが、フローレンスを追う足は止めなかった。山賊を散らしフローレンスを抱き寄せた頃には、ロリーガス王国の馬車列や護衛隊は見えなくなっていた。

 異母兄とは違い、王家からはいつも必要とされていなかった。フローレンスが来る前、自分の立場を守るために鍛錬していたのが、まさかこんな形で役に立つとは。

 ロリーガスに来る前も、こんな風に襲撃されることがなかったフローレンスは、身体の震えが止まらない。

「大丈夫、僕が守るよ」

 普段見せないエリストンの力強い瞳に、引き込まれるように身体を預けた。エリストンの先導で、たまたま見つけた浅い洞窟が動物の気配もなく、今後の動きを決めるためにも、一晩を過ごすことにした。

「……迎えが来なければいいって思うのは、僕だけかな」
「……」
「僕もあの王家には居場所がなかったし、このまま、どこか遠くの街に辿り着いて、ふたりで暮らせたらいいと思わない?」

「……エリ、もしかして」
「襲われたのは偶然だよ。このまま表向き死んだことにしてくれたら、僕たちはふたりでいられる。フローリーが異母兄たちや貴族に無理に抱かれることもなくなる」

 エリストンが貞操帯の鍵を外して、フローレンスを解放した。側仕えとして身につけていた小さなカバンから、ショーツを取り出す。フローレンスは戸惑いつつ、受け取った。

「長時間、揺れる馬車に座るには、痛かっただろう?」
「……」
「……君が逃げたければ、それでも。自由だよ」

(なんでそんなこと……)

 そのまま口に出しかけて、すぐにフローレンスは思い当たった。エリストンは、ずっと必要とされていなかった。フローレンスが選んで、エリストンを必要としていることを、きちんと言葉にしてあげたい。

「……エリと離れてなんて、生きられない。私を、傍に置いて」
「ん、ありがとう」

 エリストンが、フローレンスの手をしっかり握って、引き寄せた。


 ◇


 明るくなってすぐ、周囲を見ようと木陰に隠れつつ高台に登った。小屋がひとつ、ぽつんと見えた。

「このまま森にいても、死ぬだけだから。一緒にあがいてみない?」
「うん」

 小屋には、昔は関所だったと話す老女がひとりで住んでいて、ボロボロで汚れた庶民服をまとったふたりを泊めてくれた。

 元々情報統制のあるロリーガスで、特にこの辺境には、王太子妃と第四王子の話題など入ってこないのだろう。

 老女の話によれば、ロリーガス王都に比べれば田舎だが、ふたりがゆったりと過ごすには良さそうな他国の街が近くにあるらしい。地図を見せてもらいながら、エリストンがふたりでどう動くか、考える。

(この辺りなら、別荘まではまだ距離がある。王都からもそれなりに離れているが……)

 エリストンの不安は、まだ治まってはいなかった。老女に街への行き方を教えてもらい、いざ出ようとする。

「お嬢さん、その髪を結い上げてお行き。お兄さんや、結い方を覚えるんだよ」

 ふたりは顔を見合わせて、一泊お世話になったお礼も兼ねて、老女のさせたいようにさせた。

 見た目で一番変えやすいのは、髪型だ。エリストンがフローレンスの髪に触れること自体はあったが、必要がなかったため結ったことはなかった。

(手が震える……)

 鏡に映るフローレンスは、そんなエリストンを読んでいるかのように目を閉じて、触れられるあたたかさに想いを寄せた。


 ◇


 国境警備の門番に気づかれないように、高台を降りてすぐ忍び込んだ貨物馬車で、ロリーガス王国の国境を越えた。老女の言う通り、進んだところにあった街は、隣国の一都市だった。追おうと思えば、来れてしまうだろう。

 追おうと、思うのならば。

 そこで手に入れた新聞には、ロリーガス王国の第四王子が行方不明、王太子の婚約者は死亡と出ていた。便宜的に、フローレンスは王太子妃と呼ばれることが多かったが、結婚式はこれからだったため、正確にはまだ婚約者の状態だった。

 さらに報道によれば、フローレンスの母国セイントーヌ王国が遺体や遺品を探し出そうと動き始めているらしい。

(当然だろうな、そもそも大事な王女だったんだから)

 エリストンは、フローレンスの体力を考慮しつつ、どう動くかを決めなければならなかった。

「薬は?」
「この地域は治安も悪くないし襲われることはないと思うけど、飲んでおく?」
「うん、お守りみたいなものなの」

「……僕から、離れないで」
「言われなくても、離れないわ」


 ◇


 適当にパンを買って、大通りから少し入った路地裏で食べてしまう。

「ごめんね、ちゃんとしたものじゃなくて」
「ううん、食べられるだけありがたい」

「もうひとつくらい、国を越えよう。僕の見た目も、それなりに目立つし」
「ええ、ついていくわ」

 ある程度の手持ちを、エリストンが持っていて助かった。服を購入し着替え、エリストンは帽子を、フローレンスはまとめ髪の上にフードを被って、相乗りで人を乗せるという馬車の御者に声を掛けた。

 エリストンはひとりならずっと貨物馬車への忍び込みでいいと思ったが、フローレンスがいる。乗り換える可能性が高い長旅になるはずの今回は、きちんとした馬車を使いたかった。

 間者がいたとしても、もう死亡と出ているフローレンスを報告するとは思えない。確認を怠った、ロリーガスの落ち度になる。

(いや、気づかずに公表するか?)

 頭のおかしい王家は、たまに突拍子もないことをしでかす。考えても仕方ない。とりあえず、フローレンスが安心して過ごせる環境へ、移動するだけだ。

「次の街まで乗せてくれないか」
「男か? ちいとばかし働いてもらうが?」
「ああ、オレは別に。彼女は?」
「女は座っていればいいさ。そこまで困ってねえ」
「ありがとう」

 そうして、陽気な御者とは一週間を共にした。次の街までと頼んだのに、なんだかんだ国境まで送ってもらった。途中、宿に泊まることもあったが、御者が自分の部屋とは別に、部屋を取ってくれた。別れ際、その御者は、ふたりに対して耳打ちした。

「何か訳ありだろ? 元気で暮らせよ!」

 祖国に戻るという馬車を、ふたりで見送った。

「……あのおばあさんもだけど、いい人もいるものね」
「名前すら、聞いてこなかったからな」

 エリストンが、フローレンスの手をぎゅっと握った。この先はもう、ロリーガスやセイントーヌの影響が薄い地域で、新聞でふたりの容姿を見ていても、その場にいるとは思わないだろう。

 こじんまりとした街だが、エリストンが見る限り、必要なものは揃っていた。街の長に旅人として挨拶に出向き、「気に入れば定住したい」と伝えると、街の端にある小さな一軒家を紹介された。

「前の住人が身軽で引っ越したいと言うから、生活用品はそのまま残っているはずだ。一週間前の話だし、気にならなければ使っていい」
「ありがとうございます」

 エリストン主導で食材を買ってから、向かった。フローレンスは、民衆の家に入るのは初めてで、多少不安があった。何も、やったことがないのだ。

「いいよ、座ってて」
「でも……」
「じゃあ、見てて」

 フローレンスは、側仕えだったエリストンのことを、着替えなどの身の回りの世話をしているだけだと思っていた。エリストンが、野菜を切ってどんどんと調理していく。

「長の言う通り、調理器具は一通り揃ってるし、家具も問題なさそうだね」
「食事も全て、エリの用意だったのね……」
「誰が何を入れるか、分からなかったからね。調達できる食材も限界があったし、飽きただろう?」
「敵国に嫁いで、まともなものを食べさせてもらえると思ってなかった」
「ああ、そんな覚悟まで、持ってたんだね」

「私の部屋の隣は、給仕室だったの?」
「まあ似た感じ。簡易キッチンとベッドがあって、軽い書き物ができる部屋だった」
「このおうちみたいね」
「うん」

 ふたりとも王族の暮らしに慣れているが、エリストンは放置されたため自分のことを自分でするしかなかったし、フローレンスもエリストンから教わって、ひとりでできることを増やしていった。


 ◇


 生活が落ち着いた頃、街に買い物へ出たエリストンが、長に呼び止められた。以前長に相談していた件で、エリストンに仕事を持ち込んでくれたのだ。

「ほら、君たちふたりとも言葉が綺麗だろう? この地方に残る古い言い伝えや伝承を、今の言葉で製本できないかと思って」
「僕たちがですか? この地方の人間じゃないですよ」
「だからじゃないか。知らない人の言葉を、こちらでまた見直すことでよりよくなる。どうだ、手伝ってくれないか。もちろん報酬もある」
「……分かりました」

 食材の入った買い物の他に、とりあえず渡された一冊と辞典を持って帰った。

(王都の言葉なんて、とっくに抜けてると思ってたけど……、役に立つ時が来るなんて)

 気付かれていないかどうかは、エリストンは常に気を張っていた。だから、外に出た時にはお互いに愛称でしか名前を呼ばない。言葉が綺麗だと思われることは、不安要素だった。結局、杞憂ではあったが。
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