永遠の別れと流氷(仮)

藤見暁良

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一章

入院

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 父の入院が決まった――――。
 病室は四人部屋になった。個室は避けてくれたのかもしれない。
 父がベッドに横になって早速点滴を始めたが、もう夕飯の時間になっていた。
 抗がん剤投与を始める前に、カルシウムや他の数値を安定させる治療から始めるとのことで、食事もそのためのメニューになるそうだ。だけど出された夕食は、それなりに量もあっておいしそうだった。
「うん、結構美味いな!」
 なんて、父はご機嫌でご飯を食べている。
 朝から一人で病院に来て、怠い身体で検査して、検査結果待ちして――――お昼も食べれていなかっただろうから、ホッとしたんだろうな。
 来た時のぐったりとベッドに横たわっていた姿からしたら、取り合えずアジフライにガブリついている様子に、自分も少し安堵した。
 父も落ち着いてきたので、自分たちも帰ることにする。
「じゃぁ、私たち帰るよ」
 疲労感が半端なくて、声のトーンが低くなってしまう。そんな私たちに父は、改まって頭を下げてきた。
「いや~本当に悪いな。迷惑かけるけど、宜しく頼みます」
 自分が一番大変だろうに――――なんて、正直思えなかった。この人は都合悪い時は、毎回こうやって大袈裟に頭を下げるからだ。
 本当に迷惑だと思うなら、大人しく治療に専念してくれ。――――今はそんな風にしか思えない。
「仕方ないじゃん。病院の人に我儘とか言わないでよね」
 直ぐいい顔して、余計なこと言ったりするんだから――――。
 今までそれで、散々振り回された。火のない所でも煙を立たせる人だ。最後の最後まで変なことされたらたまったものじゃない。
「あぁ分かったよ。気を付けて帰ってな」
「……人の心配してないで、自分の心配しなよ」
 余命宣告されている人に対して、なんて言い種――――だろうけど、それくらい言わないといけない人なのだ。
 そう言い残して、私は母と病室を後にした――――。


 私と母にはもう一仕事残っている。入院費などの説明を受けに行かねばならない。
 先生が相談係に話を通しておいてくれたんだから、きちんと確認して帰らないとだ。それに我が家にとっては一番ネック・・・な問題なのだ。
 老後と病気の時のための資金の必要性を切実に実感してしまう。父は母が何とかするし、母に何かあったら、自分がどうにかしなければならない。じゃぁ自分の時は――――?
 誰にも頼れない。
 自己中な姉が助けてくれることはないだろうから、自分の身は自分で守れるようにしておかないとだ。
 そんなことをぼんやりと考えながら、受付で相談係の人を呼んで貰うように頼んだ。
 今度は然程待たされずに、相談係の人が現れる。背の高い温和そうな男性だった。
「この度は、大変でしたね」
 そう言った相談係の男性の声は凄く優して、話しやすそうな印象を受ける。
 こういう人だから相談係なのか、相談係だからこういう雰囲気なのか――――どちらにしても、話が通じれば良いわけだ。

 相談係の男性は我が家の情けない・・・・相談を親身に対応してくれた。
「基本月末締めをして十一日に請求書をお渡ししています。それから五日以内に支払って頂いているんですが、やも えないご事情がある場合は、出来る限り対処させて頂きます。変な話……万が一の時は、直ぐに支払いに来られる状況ではないと思いますから」
「ですよね……因みに、分割とかも出来るんですか?」
「金額にもよりますが、出来なくはないです」
「そうなんですか」
 割と融通を利かせてくれることに、安心感を覚えた。クレジット払い対応もしているし、なんとかなるだろう。
 三十分くらいは、話していた。こっちから質問するより、男性の方から詳しいことを話してくれた気がする。差額ベッド代、自己負担のこともきちんと説明してくれた。
 ただ同じ話を繰り返されるのは、やっぱり抵抗があったが――――。

「長々とすみません。ご相談出来て助かりました」
「いえいえ、現実的な問題ですから、やはり気になりますよね。お大事にして下さい」
「はい……ありがとうございます」
 深々と頭を下げてお礼を言うと、男性も丁寧に一礼をした。

 ようやく一仕事終えたみたいにドッと疲れて、一気に空腹感が襲ってくる。疲れ切った声で、母に話しかけた。
「帰ろうか……」
「うん……お腹空いたね」
「そうだね。どこかで食べて帰ろうか」
「うん」
 母も相当疲れただろう。だけど声は落ち着いている。
 隣に並んだ母は凄く小柄だけど、今の私には少し大きく感じた――――。

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