滅亡の畔

藤見暁良

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一章

◆存在◆

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 スモークが張られた車の窓から見える景色は、地元では見たことがないモノトーンの森だった。街路樹もあるけれども、均一に並べられた樹木たちは人間のエゴの象徴みたいだ。
 ここの樹木だって、もっと空気や水が綺麗なところが良いだろうに。こうやって人間は、無抵抗な『存在』に対して自分たちの欲望を押し付けてくる。

 世の中から皆、居なくなっちゃえばいいのに――――。
 無理だとは分かっていても、病み気味の発想しか浮かんでこない。

「慣れない土地で色々不便かと思われますが、何かありましたら遠慮なく申し付けてくださいね。生活に必要なものも、趣向品も揃えますので」
「……はい……」
 私を迎えに来た男性は、車を運転しながら私に話しかけてきた。ずっと無言だったから、気を遣ってくれているのかもしれない。
 そういえば、この人の名前は何ていうのだろう。それくらいは聞いておいても良いのかな?
「あの……」
「何でしょうか?」
「貴方のお名前は……」
「あぁ、そうですよね。普通は最初から名乗りますよね。ただ申し訳ありませんが、あるじから指示があるまで勝手に名乗れないのでご了承願いますか?」
「あ、はい……。分かりました」
「ありがとうございます」
 穏やかな口調で言われたが、内容に違和感しかなかった。

 指示がないと名乗れないって、何?
 まぁ手紙でいきなり百万円も送り付けてくるくらい不思議なことをするんだから、こんなことで疑問に思っても仕方ないか――――。
 これから連れて行かれる所に、『主様』が居るのは分かった。
 そしてその人がプロジェクトの『首謀者』なのだろう。

 プロジェクトなんて言葉、自分の人生に絡んでくるとは想像もしなかった。ただの田舎に住んでいる学もない私に、何かできるのかな?
 そんなこと考えても今の私には全てが謎だらけなのに、ただ車に揺られているだけですることもないせいか、無駄に色々考えてしまう。
 何より正体が分からない相手に、不安は消えない――――。

『不安』か――――。
 どうなってもいい覚悟で地元を飛び出してきたのに、いざとなると『恐怖』って湧くものなんだな。
 肚が決まりきっていない自分に、苦笑いする。
 色々考えるのは、主催者の元に着いてからだ。どんなプロジェクトかは知らないけど、私なんか・・・・を必要としてくれているのだから、例え捨て駒でも構わない覚悟でいよう。
 だって――無視されるよりは、ずっと良い――――。

 私の存在は、学校だけじゃなく家でもなかった。
 今日だって、お母さんにしばらく旅行に行くと言っても、「そう……」としか言われなかった。その一言は、「だから何?」とも違う。私の『存在』なんてどうでもいい言葉。

 お母さんもお父さんも、お兄ちゃんさえ居ればいいんだと、小さいころから感じていた。
 私なんかより、全てにおいて出来の良い兄。そんな兄に常に劣等感を味わってきた。
 せめてお兄ちゃんの半分でも良いから、褒めて欲しい。認めて欲しい――――。
 そう思って勉強も運動も頑張ってきたのに、お母さんはいつも私に『無関心』だった。

 だから学校で虐められるようになっても、親には相談が出来ない。言ったところできっと、嫌な顔されるだけだと思ったんだ。
 家にも逃げ場がない私は、無視の棘を刺されるのを我慢しながら、学校に行くしかなかった。修学旅行は流石に辛くて、体調が悪いふりをして不参加にした。
 でもその時もお母さんは、「そう……」としか言ってなかったっけ――――。
 あぁ――『この人』は、娘が楽しい思いをしようが、辛い思いをしようが、どうでもいいんだ――――。
 お父さんさえ居れば、お兄ちゃんさえ居れば、それでいいんだ――――。

 私はどこにも『存在』しちゃいけないんだ――――。

「はっ……ぁ……」
 呼吸が苦しくなって、息が詰まる。
 トラウマを蘇らせる度に、全身に蔦が巻き付いてきてきつく締める付けるような感覚に陥っていく。胸は刃物で抉られるみたいに、痛みが走る。

 急に息が荒くなったことに男性が変な風に思わないかと慌てて俯いたが、男性は気付いていないのか、特に何も言ってこない。
 それとも『無関心』でいてくれのかな?
 今だけはそれが、有難く思えた――――。

 折角東京に逃げてきたのに、この記憶からは逃げられないのかな?
 何処に行こうと、何をしようとも付きまとう呪縛のようだ。この呪縛を断ち切るには、私の存在自体を消すしかないのかもしれない。

 色々考えすぎて疲れたのか、少し瞼が重たくなってきた。
 東京行きを決めてから、バタバタしていたしな。でもそれより、地元で心休まる日がなかったもの。
 車の揺れも心地良くて、睡魔が徐々に襲ってくる。

 せめて今だけ良いから、ゆっくりと眠りたい――――。


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