スカイブルーの夏

浅木

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第二話

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 店内はクーラーがガンガンに効いてて、まるで天国だった。

 一番奥の商品棚に向かう佐和とは一旦別れて、しばしクーラーの真下で涼む。はぁ……生き返る。
 ふと、店の奥の方で品出しをしていた店員さんがこっちを向いてることに気づいて、何となく商品を見てますよ、みたいなフリをしてしまう。
 涼むのが目的とバレてもとがめられたりはしないだろうけど、なんかこういうことしちゃうんだよな。

 クーラー下の商品を一通り眺め尽くしてしまったから、今度は後ろにある雑誌コーナーに目を移す。そういえば、最近SNSで話題になってる雑誌があったような……。

 一つ一つ雑誌の名前を確認していくけど、どれもピンと来ない。

 確か、もう発売されてるって聞いたんだけど、名前なんだっけ? 昨日話したばっかなのにもう忘れるとかやばくないか?

 頭文字すら思い出せないお手上げ状態。ここから自力で思い出すのは多分無理だ。今からこんな調子で、これから先大丈夫なのか?

 自分の将来に一抹の不安を覚えながら、ポケットからスマホを取り出す。それとほぼ同時にピコンと軽やかな音が鳴って、メッセージの受信を知らせる。送り主はクラスメイトの獅子倉だった。

 なんとなく内容が気になって、メッセージアプリを起動する。

『頼みたいことがあんだけどさ』
『なに?』
『日本史の課題写させてって三雲に頼んどいて』
『また忘れたのか』

 両翼を広げて飛びかかろうとする鶏のスタンプを送ってやる。これは怒れる鶏スタンプだ。オレの心情をよく表してくれるから、とくに獅子倉とのやり取りではよく使う。

 スタンプを送ってから数秒も経たないうちに、ピンクのカバがシクシク泣いてるスタンプが送られてくるけど、そんなことで同情するほどオレも甘くない。

『佐和にはぜったい頼まない。どうしてもっていうならオレのノートを見せてやる』
『えー、おまえバカだからいやだわ』
『宿題をやる意欲さえないやつよりマシだろ』
『意欲はあるぜ、体が追い付かなかっただけで』
『じゃあ、始業前とか休み時間にやればいいだろ』
『そこをなんとか!』

「お頼み申す!」と武士が土下座してるスタンプが送られてくる。うん、まだ余裕ありそうだし無視でいいか。

 メッセージアプリを終了させ、深いため息。あいつ、悪いやつじゃないんだけどこういうとこあるからなぁ……。

 ぼんやりとそんなことを考えていたら、後ろからシャツをくいくいと引っ張られた。

「終わったか?」

 スマホをポケットにしまって振り返ると、水色の棒アイスを咥えた佐和がいた。
 手元には同じアイスがもう一袋あって、「ん」とそれをさし出してくれる。

「え、いいの? ありがとな!」

 興奮気味にアイスを受けとって、浮かれ気分のまま、少し先を歩く佐和に続いてコンビニを出る。途端にもわっとした熱気に身体中が包まれて不快感を覚えるけど、手の平の冷たさがそれを相殺してくれるみたいだ。

 アイスの袋をゴミ箱に捨てて、その場でかじりつく。口の中に氷の冷たさが広がって、体に染みわたるようだ。

「はぁ~、うめぇ~。やっぱこのアイス美味いよな」

 あまりのおいしさに独り言まで勝手に飛び出してくる。そんなオレが面白いのか、ずっと佐和の方から視線を感じる。
 見た感じ、独り言がうるせ~って感じには見えないから嫌な感情じゃないんだろうけど、何せ真顔だからなに考えてるかわからないんだよなぁ。意外と美味そうに食うな~とか、喜んでくれてうれしいな~とか考えてたりして。

「うっ……」

 ちょっとがっついて食べたせいか、頭がキーンとする。こういう時ってどうすればいいんだっけ?
 そんなことを考えながら、何気なしにアイスの棒に視線を落とす。

「え」

 棒の先頭部分に「あたり」と焼き印が押してあった。このアイスは美味しいから今まで何十本も食べてきたけど、あたりが出たのはこれが初めてだ。

 あたりってほんとにあるんだ!
 めちゃくちゃテンションがあがって、怪訝けげんそうにしてる佐和の肩に腕を回して引き寄せる。

「佐和、みてみて!  あたりが出たんだよ!!」
「ちょっ、暑苦しい」

 佐和はあたりの棒よりも現在の体勢の方が気になるらしく、オレの腕を払い除けてからあたり棒を見てくれた。

「あたりって書いてある」
「そうなんだよ。これあたりなんだよ! 今まで何十回も食ってたけどこんなの初めてでさー」
「交換してもらえば?」
「だな。行ってくる!」

 店員さんからもらったアイスを片手に鼻歌を歌いながら自動ドアの外へ。
 スマホから顔を上げた佐和に呆れのこもった眼差しを向けられてるけど、そんなこと気にならないくらい気分がいい。

 交換したアイスを佐和に差し出すと、「え?」と明らかに困惑した表情に変わった。
 どうして自分にくれるのかまるで理解できないって顔が新鮮で、こんな表情もするんだなとちょっと面白くなってしまった。

「佐和におごってもらったやつだから佐和にあげようかなって」

 理由を説明した途端、「そう」と短く返事をして素面に戻る。視線はもうスマホに向けられていた。

「空にあげたやつだし、俺はいいから」
「えっ、マジ? ほんとにいいの?」
「いいって言ったのに後から返せなんて言わないから」
「やった!」

 この暑さだと、学校に着く前に溶けちゃうだろうし、今食べた方がいいよな。
 自分にとって都合がいい理由をそれらしく並べながらさっそく袋を開けてたら、「お腹壊さないでよ」って言われてしまった。

「大丈夫だって。今は暑いし、もう子どもじゃないし」
「子どもじゃないのにあんなにはしゃいでたんだ」
「うっ……」

 痛いところを突かれて、折角冷えてきた体温がちょっとだけ上昇する。それを冷やしたくてアイスを口に運ぶけど、体温が下がるのはもう少し先みたいだ。

 そのまま、無言でシャクシャクとアイスを味わってたら、佐和がおもむろにスマホの画面を見せてくる。
 そこには、『あたりが出る確率は2%以下!?』ってタイトルの記事が表示されてて、思わず口に咥えてたアイスを落としそうになってしまった。

「あっぶね!」

 ギリギリのところでアイスの棒をつまんで事なきを得る。一部始終をとらえていた佐和の瞳は何だか楽しそうだ。

「驚きすぎ」
「いや、そりゃびっくりするだろ?  2%だぜ?2%。50人に1人の確率って言ったら、うちのクラス総出で買っても当たらないんだぞ?」
「ついてるじゃん」

 てっきり冷めた反応をされるもんだと思ってたから、佐和に肯定してもらえて正直嬉しい。自然と顔がにやけてしまう。

「今日さ、朝の占いでかに座が1位だったんだよ。だからこんな幸運を引き寄せられたのかも」
「そんなの信じてるんだ」
「オレは信じてるけど、佐和はこういうの信じないタイプだっけ?」
「まったく」

 スマホを自分の手元に戻し、画面をスクロールしながら佐和が答える。
 今までそう言った類いの話はしてこなかったけど、案の定興味がなさそうだ。
 初詣に行ってもおみくじ引いてるのみたことないし、そりゃそうか。

「意外と当たるんだけどなぁ~」

 アイスの袋に食べ終えた木の棒を放り込んでゴミ箱にぽいっと捨てる。そのついでに店内時計で時刻を確認すると、8時10分だった。そろそろ行かないとヤバいかも。

「待たせてごめんな。そろそろ行こうぜ」

 コンビニを越えた辺りから、同じ制服を着た学生がちらほら見えるようになった。

 うちの学校の生徒は、さっきのコンビニを少し進んだところにある大通りから流れてくることが多いから、あそこはちょっとした穴場スポットなんだ。登下校中に買い食いする時とか、昼飯を買いたいときとか。

 コンビニから10分くらい歩いたところでようやく学校に到着。予鈴時間まで残り5分。教室は二階にあるから間に合うだろうけど、思いの外時間かかっちゃったな。

 人気がまばらな下駄箱でいそいそと上履きを取り出そうとしたとき、上履きの上に白い封筒が置かれてることに気付いた。

『朝間 空様』と黒のボールペンで書かれてるってことは、オレ宛ての封筒で間違いないよな?
 マンガやドラマでよく見る展開だけど、現実にこんなことが起きるなんて……!

 そっと手紙を手に取り裏面を確認する。
 白くて可愛いウサギのシールで封をしてあるだけで、差出人名は見当たらない。
 下駄箱には学年とクラス。それから、名前の代わりに出席番号が書いてある。

 名前はどこにも書いてないから、差出人はオレの出席番号を知ってる人ってことだよな。もしかして、クラスメイトとか?
 脳裏を過るロマンチックな展開の数々。こんなの、期待するなって言う方が無理だろ!

 ドキドキしながらウサギのシールを剥がして中身を確認する。そこには、ただ一言。

「放課後、校舎裏で待ってます…?」

 これは、もしかして……?

「告白されるかもって思ってる?」
「うわっ!」
「そんなに驚くこと?」
「急に話しかけられたらびっくりするだろ、そりゃ」
「心の声を見透かされて驚いたんじゃなくて?」

「それもある」と素直に白状したら、佐和が口元を隠しながらふふっと笑った。

「鎌かけただけなのに、ほんとだったんだ」
「そりゃちょっと期待するだろ、こんなロマンチックな展開そうそうないしさ」

 下駄箱に入ってた差出人名のない手紙に、放課後の呼び出し。こんな条件が揃ってるんだから期待するなって方が難しいだろ。

「漫画の見すぎ。期待し過ぎると後で悲しむことになるかもよ」
「いや、そうかもしれないけど、可能性は0じゃないじゃん」

 自然と緩みそうになる頬を内側から噛んで抑制してるつもりだけど、多分うまくいってない。オレを見る佐和の目がそれを物語ってる。じとっとした湿度の高い眼差し。
 そんな視線を受けても変わらずニコニコしてたら、めちゃくちゃでかいため息をつかれた。

「……好きにすれば。俺、先行くから」
「あっ、おいてくなって!」

 遠ざかる背中に声をかけながら、ぐしゃぐしゃにならないように封筒と手紙を鞄にしまった。 
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