スカイブルーの夏

浅木

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第三話

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 第三話は選択によってストーリーが分岐するゲームブック風の仕様となっていて、
 この地点の分岐を元にエンディングも変化します。

 分岐後の会話とエンディングの繋がりはほとんどありませんので、
 第三話公開時点で全選択を試していただいてもかまいません。

 分岐からエンディングまでまとめて読みたい方は全編公開されるまでお待ちください。

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 一時間目が終わり、授業合間の休み時間。
 そわそわとした気持ちを引きずったまま授業を受けたせいで、内容が全く頭に入ってこなかった。佐和に知られたら絶対怒られるだろうなぁ。一回呆れられてるし。

 目の前の背中に軽く目をやって、ほっと溜息をつく。
 佐和の席がオレの前でよかった。後ろだったら集中してないのが確実にバレてただろうな。

 ノートをしまうために鞄のチャックを開けると、内ポケットに入れた白い封筒が目に入った。
 紺色の生地で作られてることを除いても、今の心理状況なら気になってもしかたないだろう。
 白い封筒を取りだして手紙を広げてみる。
 封筒と同じく白い便箋はとてもシンプルで、グレーの罫線以外、装飾が一切ない。十数行の罫線は空白になっていて、一番下の罫線に黒のボールペンで『放課後、校舎裏で待ってます』とだけ書かれてる。
 達筆ってほどじゃないけど、とめとはねがしっかりしてて読みやすい文字。どこかで見たことある気がして、実はちょっと気になっていた。けど、思い出せないんだよなぁ。どこで見たんだろう……。

「また見てんだ。何回見ても内容は同じでしょ」

 便箋から顔を上げると、体をこっちに向けて椅子の背もたれに頬杖をつく佐和と目が合った。

「そうなんだけどさ、なんか気になっちゃって」
「浮かれすぎ」
「だよな。オレもそう思う」

 あははと笑うオレに、やれやれといった眼差しを向ける佐和。
 そこへ「何見てんだよっ」と妙に弾んだ声音が右側から割り込んできた。
 制服を着崩し、ネクタイすらつけてない茶髪の男。俺のクラスメイト兼、友人の獅子倉だ。

「オレがモテモテの話だよ」
「へぇー、この獅子倉様を差し置いてモテモテとは聞き捨てならねぇな」

 どや顔でそんなセリフを吐く男は女子にモテない。そんなことはオレだってよくわかる。斜め前にいる佐和の目を見てみろって。虚無の目になってるぞ。

「はいはい、朝高のカリスマさんはお帰り下さい」
「んな冷たいこと言うなよ。なぁ、三雲」
「お帰り下さい」
「うわっ、三雲に言われると女子に言われたみたいで刺さるわ」

 わざとらしく胸を抑えてうなだれる獅子倉にも佐和はまったく動じない。

「そんな豆腐メンタルだとナンパなんてできないでしょ」
「だよなぁ。ナンパできるくらい強い男にオレはなる!」
「それ、強いのか……?」

 ナンパってあんまりいいイメージを持たれないことの方が多いけど、おまえの強さってほんとにそれでいいのか?
 制服を着崩してみたり、髪を茶髪に染めてみたり。真剣にモテようとしてるみたいだから応援したい気持ちもあるけど、なんかズレてるんだよなぁ。

「あれ、それ何? 手紙?」
「下駄箱に入ってたんだ」
「さっきのモテモテっていうのはそういうことか! まさかラブレターか!?」
「いや、ラブレターじゃないけど今日の放課後、校舎裏に呼び出されてて」

 この話題が出た途端、自然とにやけだす自分の単純さが恥ずかしい。これじゃあ、浮かれすぎって言われるのも当然だよな。

「くそー。おまえよりも先に告白されるっていうオレの計画が……!」

 顔を歪めながらうなだれる獅子倉に冷めた視線を送る佐和。やがてその視線はオレの方にも向けられた。

「そういうの、あんまり言いふらさないほうがいいと思うけど」
「うっ、確かに佐和の言うとおりだな。浮かれるあまり、差出人の気持ちを考えられてなかったわ」

 もっともな指摘を受けて、素直に反省する。そこへ「まぁまぁ」とオレ達の背中を叩きながら獅子倉が割って入ろうとして「さわんないで」と佐和に怒られていた。

「差出人がこのクラスにいるかどうかもわかんないし、放課後になるまでは浮かれたっていいんじゃね? 告白するために呼び出されてるとは限らないしさ」
「そこは告白であってほしいわ」

 高校生活が始まってから初めての恋愛系イベントだ。高校デビューも失敗してるし、この機会を逃したら大学デビューまで彼女ができないかもしれない。それはちょっと悲しい。
 こんな風に思うのは佐和の隣にいたからっていうのもあるかもしれない。佐和は見た目もいいし、ちょっときついところもあるけどいい奴だから結構モテる。本人は興味ないからって誰とも付き合ったことないみたいだけど、幼小中高全部モテてるしなぁ。

「あれ、このシールって……まさか恋愛成就のやつか?」
「えっ、マジ? このウサギのシール?」

 開きっぱなしになっていた封筒を閉じ直して、シールの表面を獅子倉に確認してもらう。

「やっぱりそうじゃんかよ。かなり効果があるってSNSで話題になり始めてんだよ。くそっ、これじゃあ、告白ルートまっしぐらじゃねぇか」

 悔しそうな表情を隠そうともしない獅子倉。反面、オレの顔は希望に満ち溢れていた。
 獅子倉はたまに変なウソをついてオレをからかうときがあるけど、この様子ならその心配もなさそうだ。

「くっそーニヤニヤしやがって」
「いいだろ、高校に入ってから初めてのことなんだから」
「高校に入ってからってことは、前にも同じようなことがあったってことじゃないかよ! なんだよ、おまえはオレの仲間だと思ってたのに~~~」
「仲間に決まってるだろ。だからこんなに浮かれてんじゃん」

 オレの肩を前後に揺する獅子倉の手をつかんで、自分で言ってて悲しくなるような事実を伝える。
 みるみる獅子倉の威勢はしぼんでいって、眉をハの字にしながら無言で肩をポンポンと叩いてくる。「大丈夫だ、オレもそうだからな」とでもいいたげに。
 それはそれでムカついて、「余計なお世話だよ」とその手を振り払う。

「まぁ、今回はわりと可能性ありそうだし、よかったな。恋愛成就のシールをわざわざ用意して貼るなんて、ガチじゃなきゃやらねぇじゃん」

「オレもそんな風に想ってくれる子と出会わないかな」とぼやく獅子倉はほっといて、しばらく黙り込んでいた佐和に会話を振ろうとした時。

「差出人の心当たりは?」

 ようやく佐和が口を開いた。それに引っ張られるようにして、獅子倉も「そうだ。心当たりは?」と聞いてくる。

「うーん、心当りかぁ」





 1.同じ委員の先輩
 →【2】へ

 2.同じ委員の後輩
 →【3】へ

 3.心当たりがない
 →【4】へ











【2】
「緑化委員の先輩かな」
「ほぅ、先輩か。心当たりというからには根拠があるんだろうなぁ?」
「根拠ってほどでもないけど、一か月くらい前、映画に誘われたんだよ」
「デートじゃん」
「どうだろうなぁ」

 煮え切らない応答が気に食わないのか、獅子倉が「ぜいたく言うなよ!」と目を吊り上げる。

「オレなんてこんだけ努力してんのに、女の子に話しかけられたことすらないんだぞ!?」
「そういうところが原因じゃない?」
「え、まじ?」

 想定外の位置からパンチを食らい、うろたえる獅子倉を横目に「煮え切らない理由は?」と佐和が続ける。

「うーん、なんかデートっぽくなかったっていうか。そういう雰囲気じゃなかったんだよ。見に行ったのもホラー映画だったし」
「ホラー見られるようになったんだ」
「いや、見られないけどさ、一人で行くのが怖いから一緒にきてってお願いされたから頑張ったんだよ」

「へぇ、そうなんだ」と何やら意味ありげに呟く佐和。こんな時、オレにとって都合がいい展開になることは少ない。
 先の言葉が予想できるようでちょっと警戒してたら、昔の面影が残る可愛らしい笑顔を浮かべた。

「お願いしたら、俺とも行ってくれる?」
「やだよ。オレが怖がるとこ見たいだけだろ。ホラーなんて全然こわくないくせに」
「だって面白いから」
「怖がるオレが面白いんだろ? 絶対やだ。ホラーなんて行くつもりないからな」
「じゃあ、他の奴と行くからいい」

 そう言って、佐和はそっぽを向いてしまった。

 何とも言えないモヤモヤが胸の中に広がって、複雑な気分になる。そっぽを向いてしまったからと言うよりは、他の誰かと一緒に行くって部分に対してだ。
 本来なら苦手なホラーを見なくて済むんだから嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べない。なんなら、ちょっと嫌とさえ感じてしまう。

 佐和は誤解されることも多いから、オレ以外の誰かと仲良くしてるってわかったら昔は嬉しかったし喜んでた。でも、いつからかそれが喜べなくなってモヤモヤに変わっちゃったんだよな。
 いわゆる独占欲ってやつなのかもしれない。お気に入りの子を誰かにとられたくないような気持ち。
 佐和はオレに対してそういうのを感じてないみたいだから、オレも見習わなきゃなって思ったりする。
 
「結局、先輩とはどうなったんだよ? その後、進展あったのか?」
「いや、全然。ちょこちょこ話すことはあるけど、恋愛対象として見られてる感じはなさそうなんだよな」
「んじゃ、脈無しってことで」
「はっきり言わなくてもいいだろ。くそっ、オレだってモテる時はモテるんだからな。まだモテ期が来てないだけで!」

 遠慮する気のない笑顔に悔しさを感じつつも、脈無し発言を覆せない自分に少し拗ねた気持ちになる。
 →【5】へ
 








【3】 
「緑化委員の後輩かな」
「へぇ、後輩か。心当たりというからには根拠があるんだろうなぁ?」
 
 妙に好戦的な態度に思わず笑いながら答える。

「一緒にご飯行ったり、休日にでかけたりもするな」
「デートじゃん」
「ほぼ毎日メッセージのやり取りをしてる」
「好きじゃん」
「この間、『付き合うなら先輩みたいな人がいいです』って言われたな」 
「勝ち確じゃん! んだよ。そんな素振り一切見せないから油断してたのに、おまえまでモテ始めたらオレだけモテねぇみたいじゃん」

 頭を抱えてめちゃくちゃ悔しがる獅子倉に、「まぁ、男なんだけどな」と付け加えてやる。

「さてはおまえ、オレの心をもてあそんだな?」
「ちょっとだけな」

 吹き出しながら答えると、「この野郎!」とヘッドロックをかけられる。

「ちょっ、ギブギブ、いてっ、助けて!」

 佐和に向かって咄嗟に手を伸ばす。けれど、こっちの様子にまるで興味がないのかスマホから顔を上げてくれなかった。

「ごめん許して、こんど奢るから!」
「月見堂のカツサンド三個」
「わかった!!」
「仕方ない。許してやるか」

 ようやく痛みから解放され、大きく息を吐き出す。あぁ痛かった。まじで息がつまったわ。
 首を左右に傾けたりぐるぐる回したりして異常がないかを確認。
 その後、相変わらずこっちを見てない佐和の肩を揺すりながら「なんで助けてくれなかったんだよ~」と絡んでみる。ようやく顔を上げてくれたけど、鬱陶しそうに手を振り払われてしまった。

「気分じゃなかっただけ」
「ほら、三雲もご立腹だぞ。謝っとけって」
「獅子倉はやり過ぎ。空が死んだらどうすんの?」
「すみませんやり過ぎました。ちょっと悔しくて」
「今度、獅子倉が何かやらかしたらオレもやってやるから覚悟しとけよ」

「まぁ、やり方知らないけど」と付け足しながら、獅子倉の肩をグーで小突く。

「後輩ってあのでかいやつ?」
「あれ、会ったことあったっけ? 多分そいつで合ってる」
「声かけられたから。『もしかして三雲先輩ですか?』って。何か話した?」
「あー」

 何度か佐和のことを話した気がするけど、詳しくは思い出せないから適当に濁しておく。

「休日どうしてるんですかって聞かれた時に、佐和と遊んでるって答えたことあるから。多分それじゃないか?」
「それだけ?」
「たぶん」
「ふーん」
「ほんとか?」

 なぜか獅子倉にまで懐疑的な反応をされて、納得がいかないまま、とりあえずは口を閉ざす。

 →【5】へ  








【4】
「心当たりがない」
「そんなの悲し過ぎるだろ……」

 なぜか、発言したオレよりも痛々しい顔をした獅子倉がオレの肩に手をのせる。別にそこまで傷付いてる訳じゃないんだけど、ここまで寄り添い100%の態度を見せられると、全然平気だと言い出しにくい。

「もう一度よく考えてみろって。毎日のことをさ」

 獅子倉に促されて、もう少しちゃんと考えてみることにする。
 登下校はだいたい佐和としてるし、昼休みは獅子倉を交えた三人で食べることがほとんどだ。
 休日だとどうだろう? 直近だと水族館に行ったけどそれも佐和と一緒だし、飯を食いに行ったのも佐和とファミレスに行ったのが最後で……。あれ、佐和とばっかりでかけてないか?

 直近ではなくもう少し昔の記憶まで掘り返してみる。
 獅子倉と遊んだり、委員会の後輩と飯を食うこともあるけど、8対2くらいの割合で佐和と過ごしてる時間の方が多い。
 その事実を伝えると、なぜか呆れたようにため息をつかれた。 

「わかってはいたけど、おまえほんとに三雲のこと好きだな」
「そのやれやれみたいな言い方はなんだよ?」
「オレには幼馴染がいないからわかんないのかもしれないけど、そんなにべったりだと彼女が入り込む隙がないだろ」
「いや、彼女ができたら彼女を優先するだろ、流石に」
「そりゃそうだろうけどさぁ」

 何かが気にかかっているのか、どうも歯切れの悪い応答。

「二人きりの時は三雲の話するなよ。ぜってー嫌がられるから」
「本人がいないのにするわけないだろ。なに言ってんだよ」
「いや、してるからな。自覚ないみたいだけどさ。ほら」

 ずいっと獅子倉がスマホを突き付けてくる。画面に映ってるのは獅子倉とオレのメッセージ履歴。スクロールして会話を遡ってみると、確かに何回も話題に出てくる。多分、無意識のうちに名前を出してるんだろう。ほとんど記憶にない。

「まじか。ちょっとは自覚あったけど結構話してるな。……この辺は完全に無意識だわ。怖すぎ」

「いや、怖いのはこっちだっつーの。もう慣れたけど」
「とりあえず、彼女の前ではしないように気をつけるわ」

 わりと本気で自戒モードに入ってるオレとは裏腹に、佐和の表情はにっこにこ。この状況を完全に面白がってる顔だ。

「面白そう。やってみてよ」
「やだよ。彼女に嫌われたくないし」
「フラれたらなんか奢ったげる」
「いや、フラれないから!」

 そこへ水を差すように「架空の彼女だけどな」と獅子倉がツッコミを入れた。

「わざわざ悲しい事実を突きつけてくんなよ」
「いや、大事なことだからさ」
「変なところで真面目にならなくたっていいだろ」
「オレはいつも真面目だっつーの」

 中指でエアメガネをクイッとやりながら白々しく言い放つ獅子倉に「課題忘れの常習犯が何言ってんだ」と反撃のパンチを食らわす。
 →【5】へ 






【5】
「あ、そうだ。大事なこと忘れてた」

 獅子倉は一旦言葉を切ったかと思いきや、佐和の方に向き直る。真剣な面持ちと直立の姿勢。それだけでこれから何が起こるのか予想できて、口を引き結ぶ。ついでに、目線を左側に向けてオレは関与しませんよアピールもしておく。

「三雲さん……いや、三雲様。どうか日本史の課題を見せてくれませんか!」
「やだ」
「そこを何とか……! 昨日はバイトが忙しくていつのまにか寝ちゃったみたいで、気付いたら寝坊してたんです。次に課題を忘れたら居残りだって言われてて。でも、今日は妹の誕生日の準備をしなきゃだから早く帰らないとだめなんです。お願いします!」

 真横にいるオレに風があたるくらい勢いよく頭を下げる獅子倉。
 眉間に皺を寄せて頬杖をついたまま茶髪の頭を見つめる瞳は、ちょっとだけ揺らいでるのが見てとれる。
 やがて深いため息を一つついて、日本史と書かれたノートを獅子倉の頭に被せた。

「好きにしたら」
「ありがとう!三雲様!」

 顔をあげた拍子に床に落ちたノートを拾い上げ、獅子倉はせっせと写しの作業に入った。

「オレが忘れたときも写させてくれる?」
「一回千円で」
「金取るのかよ!?」
「忘れなければいい話じゃん」

 意地悪っぽく笑いながら佐和はそういうけど、オレがほんとに困ってる時はきっと助けてくれるはず。……理由次第では却下されるだろうけど。

 数分もしないうちに獅子倉は目的を果たし、もう一度佐和にお礼を言ってからノートを佐和の机に戻した。

「そろそろ授業始まるぞ~。席についとけ~」
「やべっ」

 先生の登場によって、獅子倉はバタバタと自分の席に戻っていく。
 オレも、手紙を鞄の中にしまって日本史の教科書とノートを机に広げた。
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