隣人以上同棲未満

弓チョコ

文字の大きさ
15 / 30

第15話 舞い上がる関係

しおりを挟む
 動物園に観覧車があるとは。いや、結構あるもんか。
 良いじゃないか。丁度だ。夜景見れるし。付き合って初デートの締め括りとしちゃ。

「はーい。じゃ行ってらっしゃーい」

 暢気そうなスタッフの声を最後に、ドアが閉まる。
 後はもうふたりきり。

「結構並んだなあ」
「……そう、ですね……やっぱり」
「?」

 そわそわし始めるほのか。どうした、まさかトイレか? こんな時に……。

「ほのか。大丈夫?」
「ひぇっ。へっ。だ。大丈夫です」
「……」

 反応も変だ。一体どうしたのか。

「お。そろそろ良い感じに高くなってきた」
「そうですね。……ちょうど日が暮れて」

 俺は自然の景色も、こうした人工の景色も好きだ。あの光ひとつひとつに家があって、人が住んでいて。そんなことを考えると楽しくなる。それらが集まって、この綺麗な夜景を作り出している訳だ。

「ほら、ほのかこっち」
「…………はい」

 窓に張り付く俺。まるで子供のようだと突っ込まれそうだが、観覧車自体乗ったのは小学生以来だ。ついはしゃいでしまう。

「!」

 呼ばれたほのかは。

「……えっ」
「…………」

 やばい声が出た。

 俺の隣まで来てから、くっついてきた。

「……ほの」
「おにーさん」

 ぴたりと、肩から腕。倒れるように。俺に体重を傾けるように。

 俺は金縛りに遇ったかのように動けず、そのままほのかを見た。
 ほのかも、俺を見ていた。
 つまり目が合った。

「……おにーさん」
「え……」

 あ。

 ここで。
 ようやく俺は、気付いた。
 恥ずかしそうに俺を見上げるほのかを見て。
 正確には、きゅっと紡いだ小さな唇を見て。

 ここは。
 観覧車というものは。カップルにとって。
 ただ楽しむ為だけのアトラクションではないことに。

「…………!」

 俺は馬鹿か。
 何故乗る前に気付かなかった。

 キ。
 キッ。キスだと!?

 どうする!?
 するのか!?
 良いのか!?

 どっちだ!?

 ほのかは。分かってたんだ。だからそわそわしていた。
 そして、今。俺の隣に居る。何かを待っているように……見えなくもない。
 え?

 キスするのか?
 今?
 待ってくれ。
 付き合って初めてのデートでキスはどうなんだ?

 あ——————。
 やばい。

 分かった途端に滅茶苦茶意識してしまっている。
 ほのかの顔をガン見してしまっている。視線が、離せない。
 その唇から。

「…………もしかして、今気付きました?」
「……うん。ごめん」

 心臓が跳ねる。

「どうして謝るんですか?」
「いや。……えっと」
「私は分かってましたよ」
「……うん」

 こういうことだ。
 分かっていながら。
 ほのかは乗ってくれた。つまり。

 『良い』ってことな訳だ。

「……ほのか」

 だが待て俺。

「はい。おにーさん」

 これは間違いなく『俺から』行くべき案件だ。あんまり情けない所を見せたくは無い。
 だが、だ。
 言い方ってのを考えなければならない訳で。
 つまり『ムード』という訳で。
 俺の苦手な、『空気』を読まなければならない訳で。

「…………」

 だが、あんまり考えて悩んで時間を掛けると、それこそダサい上に。
 観覧車は待ってくれない訳で。

「好きだ」
「!」

 見つめ合ったまま。
 そう言うと、ほのかの顔は真っ赤になった。
 俺の気持ちを伝えること。それしか無い。ムードとか知るか。

「俺はほのかとキ——」
「どこが、ですか?」
「へっ」

 言ってしまえ。という所で。所なのに。
 ほのかから変化球が来た。

「私の、どこが好きですか?」
「……えっ」
「そういえば。聞いてませんでしたから」

 顔を赤らめながら。しかし俺から視線を逸らさずに。
 そう訊いてきた。

「可愛い」
「!」

 ええいままよ。
 全部言え。

「料理が美味い。あと毎日作ってくれる」
「!」

「嫌な顔せず、俺の話を聞いてくれる」
「!」

「一緒に居ると幸せな気持ちになる」
「!」

「そんな人は初めてだ。だからほのかだけだ。俺は君だけが好きなんだ」
「っ!」

「だからキスがしたい」
「おにーさ……」

 いけ。

「んっ……」

——

 結局。

 『ムード』とかいう奴は。
 ほのかに作ってもらった訳だ。やっぱり俺は、情けない男だ。
 彼女は、それで良いと言ってくれるかもしれないけど。
 俺としてはどうにか克服していきたい訳で。

 それはそうとして。
 肝心のキスについては——

 あまりに集中しすぎて、いきなりすぎて、頭が真っ白で。
 舞い上がりすぎて。
 『幸せ』という感情のみを残して、俺の記憶には残ってくれなかった。
 どういうことだ。

——

——

 おにーさんとキスをした。






 おにーさんと。
 キスをした。

 おにーさんとキスをした。

「…………おにー……さん」
「うん」
「私もっ。おにーさんが……」
「!」

 舞い上がってしまって。
 時間にしたら多分数秒だったと思う。口を離してから、お互い放心していたと思う。
 おにーさんに肩を掴まれて。彼が中腰になって。私は手摺に掴まりながらだったけれど。
 あったかくて。
 気持ちよくて。
 しあわせになって。

「はーい。お帰りなさーい」
「……あ」

 告白をされた。キスの前に。おにーさんから。今度は、彼から。
 訊いた。どこが好きなのか。おにーさんが考えて用意したであろう流れを遮って。
 全部嬉しかった。私の気持ちが伝わっていた。私の行動が認められた。そんな気がして。
 今度は、私も言わないとと思った。おにーさんの好きな所を。

「……じゃあ、帰ろうか」
「…………はい」

 だけどそんな時間は無くなっていて。キスの時間は数秒だった筈なのに。気付けばもうゴンドラは下まで降りてきてしまっていて。

 暢気そうなスタッフさんの声で、現実へと戻ってきた。

「…………ぁ」

 おにーさんも気恥ずかしそうにしていて。歩くスピードが少し速くなっていた。やっぱり、面と向かって好きだと言うのは恥ずかしいし、勇気が要るんだ。

「……!」

 私は彼に小走りで追い付いて、そのポケットに手を滑り込ませた。

 彼はスピードを落としてくれた。

「おにーさん」
「……うん?」
「ありがとうございます」
「……うん」

 もしかしたら。最初から気付いていたら。おにーさんは観覧車を誘わなかったかもしれない。私も誘えなかった。だって恥ずかしいから。
 おにーさんと乗るのが恥ずかしいんじゃない。キスが嫌なんてとんでもない。

 まるでキスをしたいが為に誘っているような感じになるのが、どうしようもなく恥ずかしくて、そんなの私にはできないからだ。
 だから、感謝をしなくちゃ。
 気付かなかったおにーさんに。

 純粋に観覧車を私と楽しもうとしてくれた、おにーさんに。

「また、連れてって貰って良いですか?」
「……ああ。また来よう」

 日を追うごとに。
 おにーさんが好きになる。今度来た時は、今日よりもっと楽しい筈。

 今日で既に最高なのに。

「……嬉しかったです」
「!」

 あの感触は。
 しばらく忘れられそうにない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...