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起 1000年の戦争
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「ねえお婆ちゃん!」
「なんだい坊や」
「面白いお話聞かせて!」
「そうさねえ。じゃあ、昔々の、この世界ができた時のお話でもしようかねえ」
「やったー!」
*
*
1000年も昔。
巨大な、白と黒の2頭の獣が激しく争った。
その余波は大地を割き、雲を割り、海を干上がらせ。
世界は滅びようとしていた。
2頭の獣の実力は拮抗していたが、やがて決着することになる。
別の生物が、介入してきたからだ。
その生物は、身体も小さく、牙も爪も翼も無い。
だが、賢く知恵の働く生物であり。
白い獣に荷担し、それを勝利へ導いた。
生物は、自らを『人間』と名乗り。
人間は、勝利した獣を『神』と崇めた。
神は、戦いで負った傷を癒すために、大地に身を沈め、深い眠りに着いた。
そして、人間はその上に神殿を建造し、神を祀ると共に。
その力を借りる仕組みを作った。
その後1000年に渡り、人間達は世界中に栄えていくことになる。
——
一方、敗れた獣は。
人間達から、『悪魔』と呼ばれるようになる。
死んだ悪魔は、人間達とは別の大地に埋まり。
その死体と力を養分として、新たな生き物達を生み出した。
それらの生き物は、人間から『魔物』と呼ばれる。
魔物は知っていた。人間が介入してきたせいで悪魔が敗れたことを。
魔物は、その遺伝子の全てに、人間への敵意を刻み込まれていた。
人間を見ると襲う性質を持つ魔物達は。
神の力を借りた人間達に狩られるようになる。
その後1000年に渡り、魔物達は世界中で忌み嫌われ、蔑まれ、殺されることになる。
——
魔物達の怒り。嘆き。悲しみ。恨み。
——絶望から、かの魔王は誕生する。
「この薄汚い魔物がっ! 死ね!」
「……いずれ、魔王様が現れる。その時、我々——『魔物』と呼ばれ、蔑まれた生き物達の悲願が果たされる」
「正義の! 神の裁きだっ!」
魔物達の間での、伝説だった。誰が言い出したかは分からない。真実かどうかも分からない。
だが、魔物達はすがるしかなかった。恨むしかなかった。
理不尽な世界を。
いつかきっと。
魔物の王が現れて。
人間を滅ぼしてくださる。
——
——
「魔王レヴラデウス! もうこんなことはやめるんだ!」
悪魔の大陸。
荒れ狂うどす黒い天候の中、唯一その影響の受けない中心地。
その丘に築かれた城へと、彼らはやってきた。
幾度の困難を退け、敵を屠り、仲間達と絆を深めながら。
彼らのリーダー、美しい銀色の鎧に身を包み、壮麗なる剣を腰に差した青年ロックスが一歩前へ勇み出て。
禍々しい雰囲気を放つ装飾のされた、巨大な椅子に座るレヴラデウスに向かって叫ぶ。
「お前達は、これまでどれだけ、我らを殺してきたと思う」
対するは、レヴラデウス。
人間達に魔王と呼ばれている存在。
竜の角と蛇の鱗、鬼の肌に獅子の顔。
立てば3メートルは越すだろう体躯。それらを包み込む漆黒の外套。
溢れんばかりの威圧感と殺気を振り撒きながら、その視線からは何故か知性を感じさせる佇まいをしている。
レヴラデウスはここまで来た人間達に向かって、まずは問答をして、その心内を理解しようと試みた。
「なによ! 偉そうに! 魔物の被害は多いんだから!」
青年ロックスの脇に控える少女が応える。彼女は人間達が『神』と呼ぶ古の獣の力を借り、仲間の傷を癒したり、火や雷を操って魔物を殺してきた。名はエルミィ。
「そうだな。この1000年での『魔物による人間の死亡者数』は、年間100。つまり占めて10万だ」
「じゅ! 10万人もお前達に殺されているのか! 畜生!」
レヴラデウスは。普通の生物とは異なる誕生をしている。これまで殺された魔物の思念が、彼を作ったのだ。
家族の死を忘れる者は居ない。レヴラデウスは、『全ての』魔物を覚えている。
「逆に」
「!」
10万という数字を聞いて、口を開けたのは大柄な男性。巨大な肉厚の剣を背中に差した、歴戦の戦士である。名はブレイク。
そのブレイクの声を遮り、レヴラデウスは続ける。
今、この場でレヴラデウスを遮る者は居ない。
「『人間による魔物の討伐数』は、年間100万だ」
「!?」
ひとつひとつ。レヴラデウスは同胞の命を忘れはしない。中には名もない魔物も居た。まだ卵の魔物も居た。子や卵は特に、念入りに焼かれた。
「つまり占めて、10億。……なあ人間」
「……!!」
10億という数字が、重くのし掛かる。
「釣り合うか?」
際限無く湧き上がり、沸き上がる憎しみを抑えることはせず。
だが努めて冷静に、理性的に語り掛けるレヴラデウス。
「その内、ここ数年間は……。100万の内、2割がお前達だ。『ロックス一行』」
「なっ!」
どう、考えているのか。レヴラデウスはそれを知りたがった。一体どういう思考回路をしていれば、ここまでの虐殺ができるのかと。
恨み怒りはさておき、そればかりは疑問でしかなかった。
「殺しすぎだ」
「う! うるせえ! お前達が暴れるから、畑は荒らされ、兵士は殺され、国が滅んだりするだ! 魔王!」
「『お前達が暴れるから』、我が誕生したのだ。人間」
人間は、弱い。
だが希に、その基準に合わない戦闘能力を持つ人間が居る。
そして、神から力を得た人間は言うまでもなく強い。
これまで幾度と無く、力のある魔物を送り出してきたが。
その全てが、全滅。人間達によって皆殺しにされている。
「もう止めろ! 戦いなんて、復讐なんて虚しいだけだ!」
「…………軽い」
ぼそりと、レヴラデウスは呟いた。
余りにも、言葉に重さが無さすぎる。人間とは。
なんと羽根のように軽く、薄っぺらい生き物か。
「散々、我々を虐殺してきたお前達が、それを言うのか」
「俺達は分かり合える筈だ!」
「お前は、自分の親兄弟を悉く皆殺しにしてきた相手にそれを言われて、納得できるのか?」
「…………!」
ロックスの口が止まった。
反論が無い。できる筈が無い。
ロックスの旅は。この人間の旅は『楽しかった』のだろう。それが想像できた。
色んな所を旅して。世界を巡って。出会いも別れもあって。
必死に修行したのだろう。困難は沢山あっただろう。
だがやっていることは。
彼らは。
レヴラデウスの愛する『家族』を殺し回って、ここまで来たのだ。
殺す、とは言わない。
止める、とか。退治する、とか。倒す、とか。
人間は、殺意が無いのに平然と生き物を殺すのだ。
そんな奴が、魔物の悲哀で出来たレヴラデウスのことを理解できる筈が無い。
許せる筈が、無い。
「お前達はここで殺す。1匹も逃がさん。それから、お前達の大陸にも行くぞ。我々が世界を支配するまで、人間を殺して回る」
「そんなこと、させるか!」
「……やはり分かり合えはしない」
レヴラデウスの、溜め息混じりの宣言を受けて、ロックスはようやく腰の剣を抜いた。
神の恩寵受けし霊剣。その刃は魔物とって、かすり傷ひとつでも致命傷となる最悪の武器。
「俺達は、世界の! みんなの! この世に生きる人々の『希望』を背負ってるんだ!!」
ロックスが叫ぶと同時に、エルミィとブレイクもそれぞれ武器を構える。
「10億か」
「!?」
レヴラデウスも、ぬらりと立ち上がった。黒き外套から、樹木のような腕が現れる。その先に、悪魔の力を全て込めたようなオーラを放つ大剣が握られていた。
「お前達は、今を『生きる10億の人間』の為に、戦うのだ」
「そりゃ、そうだろ!」
「我は。今までに『殺された10億の魔物』の為に戦う」
「!」
人間が荷担した方が逆であれば。
レヴラデウスは恨みも悲しみも持たなかった筈だ。
「我はこの世界の魔物の『絶望』を背負っている」
問答は、無用だった。
人間はひどく利己的な考えで、何も考えずに、ただ魔物を殺していた。
我々を、悪者と一方的に決め付けて。
「行くぞ! 魔王レヴラデウス!」
「だから、戦争なのだな。悪魔よ」
1000年前は。
正義も悪も無い。そもそも価値観など存在しなかった。
神も悪魔も無い。ただ2頭の獣。人間も魔物も無い。ただ、2種類の生き物。
突き詰めれば。
『戦い』があるだけだ。
この期に及んで、3対1で戦う人間に対して、しかしレヴラデウスは何も言わない。
その条件下で勝利する。それこそが彼の信念だった。
正々堂々、正面から。
人間を殺す。
「なんだい坊や」
「面白いお話聞かせて!」
「そうさねえ。じゃあ、昔々の、この世界ができた時のお話でもしようかねえ」
「やったー!」
*
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1000年も昔。
巨大な、白と黒の2頭の獣が激しく争った。
その余波は大地を割き、雲を割り、海を干上がらせ。
世界は滅びようとしていた。
2頭の獣の実力は拮抗していたが、やがて決着することになる。
別の生物が、介入してきたからだ。
その生物は、身体も小さく、牙も爪も翼も無い。
だが、賢く知恵の働く生物であり。
白い獣に荷担し、それを勝利へ導いた。
生物は、自らを『人間』と名乗り。
人間は、勝利した獣を『神』と崇めた。
神は、戦いで負った傷を癒すために、大地に身を沈め、深い眠りに着いた。
そして、人間はその上に神殿を建造し、神を祀ると共に。
その力を借りる仕組みを作った。
その後1000年に渡り、人間達は世界中に栄えていくことになる。
——
一方、敗れた獣は。
人間達から、『悪魔』と呼ばれるようになる。
死んだ悪魔は、人間達とは別の大地に埋まり。
その死体と力を養分として、新たな生き物達を生み出した。
それらの生き物は、人間から『魔物』と呼ばれる。
魔物は知っていた。人間が介入してきたせいで悪魔が敗れたことを。
魔物は、その遺伝子の全てに、人間への敵意を刻み込まれていた。
人間を見ると襲う性質を持つ魔物達は。
神の力を借りた人間達に狩られるようになる。
その後1000年に渡り、魔物達は世界中で忌み嫌われ、蔑まれ、殺されることになる。
——
魔物達の怒り。嘆き。悲しみ。恨み。
——絶望から、かの魔王は誕生する。
「この薄汚い魔物がっ! 死ね!」
「……いずれ、魔王様が現れる。その時、我々——『魔物』と呼ばれ、蔑まれた生き物達の悲願が果たされる」
「正義の! 神の裁きだっ!」
魔物達の間での、伝説だった。誰が言い出したかは分からない。真実かどうかも分からない。
だが、魔物達はすがるしかなかった。恨むしかなかった。
理不尽な世界を。
いつかきっと。
魔物の王が現れて。
人間を滅ぼしてくださる。
——
——
「魔王レヴラデウス! もうこんなことはやめるんだ!」
悪魔の大陸。
荒れ狂うどす黒い天候の中、唯一その影響の受けない中心地。
その丘に築かれた城へと、彼らはやってきた。
幾度の困難を退け、敵を屠り、仲間達と絆を深めながら。
彼らのリーダー、美しい銀色の鎧に身を包み、壮麗なる剣を腰に差した青年ロックスが一歩前へ勇み出て。
禍々しい雰囲気を放つ装飾のされた、巨大な椅子に座るレヴラデウスに向かって叫ぶ。
「お前達は、これまでどれだけ、我らを殺してきたと思う」
対するは、レヴラデウス。
人間達に魔王と呼ばれている存在。
竜の角と蛇の鱗、鬼の肌に獅子の顔。
立てば3メートルは越すだろう体躯。それらを包み込む漆黒の外套。
溢れんばかりの威圧感と殺気を振り撒きながら、その視線からは何故か知性を感じさせる佇まいをしている。
レヴラデウスはここまで来た人間達に向かって、まずは問答をして、その心内を理解しようと試みた。
「なによ! 偉そうに! 魔物の被害は多いんだから!」
青年ロックスの脇に控える少女が応える。彼女は人間達が『神』と呼ぶ古の獣の力を借り、仲間の傷を癒したり、火や雷を操って魔物を殺してきた。名はエルミィ。
「そうだな。この1000年での『魔物による人間の死亡者数』は、年間100。つまり占めて10万だ」
「じゅ! 10万人もお前達に殺されているのか! 畜生!」
レヴラデウスは。普通の生物とは異なる誕生をしている。これまで殺された魔物の思念が、彼を作ったのだ。
家族の死を忘れる者は居ない。レヴラデウスは、『全ての』魔物を覚えている。
「逆に」
「!」
10万という数字を聞いて、口を開けたのは大柄な男性。巨大な肉厚の剣を背中に差した、歴戦の戦士である。名はブレイク。
そのブレイクの声を遮り、レヴラデウスは続ける。
今、この場でレヴラデウスを遮る者は居ない。
「『人間による魔物の討伐数』は、年間100万だ」
「!?」
ひとつひとつ。レヴラデウスは同胞の命を忘れはしない。中には名もない魔物も居た。まだ卵の魔物も居た。子や卵は特に、念入りに焼かれた。
「つまり占めて、10億。……なあ人間」
「……!!」
10億という数字が、重くのし掛かる。
「釣り合うか?」
際限無く湧き上がり、沸き上がる憎しみを抑えることはせず。
だが努めて冷静に、理性的に語り掛けるレヴラデウス。
「その内、ここ数年間は……。100万の内、2割がお前達だ。『ロックス一行』」
「なっ!」
どう、考えているのか。レヴラデウスはそれを知りたがった。一体どういう思考回路をしていれば、ここまでの虐殺ができるのかと。
恨み怒りはさておき、そればかりは疑問でしかなかった。
「殺しすぎだ」
「う! うるせえ! お前達が暴れるから、畑は荒らされ、兵士は殺され、国が滅んだりするだ! 魔王!」
「『お前達が暴れるから』、我が誕生したのだ。人間」
人間は、弱い。
だが希に、その基準に合わない戦闘能力を持つ人間が居る。
そして、神から力を得た人間は言うまでもなく強い。
これまで幾度と無く、力のある魔物を送り出してきたが。
その全てが、全滅。人間達によって皆殺しにされている。
「もう止めろ! 戦いなんて、復讐なんて虚しいだけだ!」
「…………軽い」
ぼそりと、レヴラデウスは呟いた。
余りにも、言葉に重さが無さすぎる。人間とは。
なんと羽根のように軽く、薄っぺらい生き物か。
「散々、我々を虐殺してきたお前達が、それを言うのか」
「俺達は分かり合える筈だ!」
「お前は、自分の親兄弟を悉く皆殺しにしてきた相手にそれを言われて、納得できるのか?」
「…………!」
ロックスの口が止まった。
反論が無い。できる筈が無い。
ロックスの旅は。この人間の旅は『楽しかった』のだろう。それが想像できた。
色んな所を旅して。世界を巡って。出会いも別れもあって。
必死に修行したのだろう。困難は沢山あっただろう。
だがやっていることは。
彼らは。
レヴラデウスの愛する『家族』を殺し回って、ここまで来たのだ。
殺す、とは言わない。
止める、とか。退治する、とか。倒す、とか。
人間は、殺意が無いのに平然と生き物を殺すのだ。
そんな奴が、魔物の悲哀で出来たレヴラデウスのことを理解できる筈が無い。
許せる筈が、無い。
「お前達はここで殺す。1匹も逃がさん。それから、お前達の大陸にも行くぞ。我々が世界を支配するまで、人間を殺して回る」
「そんなこと、させるか!」
「……やはり分かり合えはしない」
レヴラデウスの、溜め息混じりの宣言を受けて、ロックスはようやく腰の剣を抜いた。
神の恩寵受けし霊剣。その刃は魔物とって、かすり傷ひとつでも致命傷となる最悪の武器。
「俺達は、世界の! みんなの! この世に生きる人々の『希望』を背負ってるんだ!!」
ロックスが叫ぶと同時に、エルミィとブレイクもそれぞれ武器を構える。
「10億か」
「!?」
レヴラデウスも、ぬらりと立ち上がった。黒き外套から、樹木のような腕が現れる。その先に、悪魔の力を全て込めたようなオーラを放つ大剣が握られていた。
「お前達は、今を『生きる10億の人間』の為に、戦うのだ」
「そりゃ、そうだろ!」
「我は。今までに『殺された10億の魔物』の為に戦う」
「!」
人間が荷担した方が逆であれば。
レヴラデウスは恨みも悲しみも持たなかった筈だ。
「我はこの世界の魔物の『絶望』を背負っている」
問答は、無用だった。
人間はひどく利己的な考えで、何も考えずに、ただ魔物を殺していた。
我々を、悪者と一方的に決め付けて。
「行くぞ! 魔王レヴラデウス!」
「だから、戦争なのだな。悪魔よ」
1000年前は。
正義も悪も無い。そもそも価値観など存在しなかった。
神も悪魔も無い。ただ2頭の獣。人間も魔物も無い。ただ、2種類の生き物。
突き詰めれば。
『戦い』があるだけだ。
この期に及んで、3対1で戦う人間に対して、しかしレヴラデウスは何も言わない。
その条件下で勝利する。それこそが彼の信念だった。
正々堂々、正面から。
人間を殺す。
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