逆転のレヴラデウス

弓チョコ

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承 革命と創世

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「いや! ブレイク! いやぁぁぁあ!」

 人々の希望を背負う。
 それは、精神論だ。

「お願い! 目を覚まして……!」

 魔物達の絶望を背負う。
 それは間違いなく、事実だった。

「……味方がたった1匹死んだだけでそこまで取り乱すような、幼く弱いメスを。どうして連れているのか」
「! くそっ!」

 レヴラデウスはまずブレイクを殺した。剣を振り回す危険な人間である。殺しを楽しんでいた節すらある。まず最初に殺すべき『殺しやすい』人間だ。

 10億の魔力を纏う剣で貫けば、神とやらの傷を癒す力など届かない。
 即死である。

「戦場で敵に背を向けるのは、人間だけの生態だな」
「! 待て! おいエルミィ! 避け——!」

 そして。
 殺しやすい人間は。
 『女』『子供』。それで間違いない。

「……ぁ…………!」

 すらりと、首を飛ばす。泣きじゃくる顔のまま、エルミィは死んだ。

「てめええええええ!!」

 瞬間、ロックスの髪が逆立つ。怒りで我を忘れたのだ。
 だがレヴラデウスは、対照的に酷く冷静だった。

「……2匹狩られて怒るか、人間」

 この怒りすら、薄っぺらく感じてしまう。人間の大陸では、人間同士での戦争もある。
 それで日々死ぬ人間には関与せず、目の前の仲間ふたりの死で激昂する。

 レヴラデウスにとっては意味が分からない。
 仲間であれば。同種であれば。全ての命を慈しむべきではないのか。全ての死を悲しむべきではないのか。
 逆に。
 交尾もせず、つがいでも無い、かと言って求愛すらしていないそのメスの死で、何故そこまで怒るのか。

「ならば我の怒りは、その5億倍だな」 

 本当に『正しい』のか?
 この人間という生物は。

 レヴラデウスはずっと疑問だった。
 あの剣士の死では揺らがなかった精神が。何故このメスの死でそこまで揺らいでいるのだ。

「うおおおおおおっ!」
「……傷だらけで、よろよろの攻撃が。我に効く訳が無い」
「!」

 残る力を全て集めて。
 撃ち放つ最後の攻撃。

 そんなものに威力は乗らない。

「今日、今、この時から。我々が『正義』だ」

 神の力を宿した剣を。

 叩き折り。

 神聖な金属で造られた鎧を。
 掛けられた加護を。

 踏み砕き。

 人類の希望を乗せた輝く瞳と。
 それを背負う青年を。

 ぶち殺した。

——

——

「………………」

 しばらく、レヴラデウスは固まっていた。
 感傷に浸っているのだ。

「…………終わった。いや……ここから始まるのか」

 ガランと、大きな音が鳴った。レヴラデウスの手から大剣が滑り落ちた。もう握ることは無い。
 そんなことはしなくて良い。

「……魔王、様」
「!」

 ガラリと、また音が鳴った。壊れた城の、瓦礫を掻き分けて。
 ひとつの影が顔を覗かせた。

「……お前は」
「戦いは、はぁ。終わった……のですね」

 肩やら腕やら、傷を押さえながら。黒い、背に蝙蝠の翼を持つメスの魔物——人間からはサキュバスと呼ばれていた女が、レヴラデウスの前へとやってきた。

「生きていたのか」
「……はぁ。……はい。何故か、奴等は私の死を確認せず」

 サキュバスは、人間に少し外見が似ている。
 『それだけ』の理由で、この魔物は殺されずに生きていた。
 魔物と見ればオスだろうがメスだろうが嬉々として殺す人間が。

 だがその意味不明な考えも、今のレヴラデウスにとってはありがたい甘さだった。

「……癒せ」
「!」

 レヴラデウスは手を翳す。するとサキュバスの傷は癒え、煤や埃も消え去った。

「……黒き獣の力」

 サキュバスが目を丸くして呟いた。
 悪魔による、世界の法則をねじ曲げる力。人間に、魔法と呼ばれていたものである。

「魔王様。これから、どうなさいますか?」
「まずは、人間の生き残りを滅ぼす。この大陸に残っている残党と、人間の大陸に居る者達だ。……付いてくるか?」
「是非。お伴させてくださいませ」

 これで終わりではない。
 これからが始まりである。
 脅威を取り除いて、その先。
 魔物達の復興と、悪魔の復活と。

 レヴラデウスが王としてやるべきことは山積している。

「……お前に名が要るな」
「へっ。要りますでしょうか」

 王の呟きに、サキュバスが驚いた声を出す。

「不便だろう」
「しかし、『個有名』は人間の文化であり、それをすると人間の真似事では……」
「違うな」
「!」

 人間は嫌い。
 つまり人間のやっていることも全て否定したい。そんな感情は、魔物にある基本的なものであった。
 だがレヴラデウスは違った。

「『力』では勝っていても、『知能』という面で我々は人間より遥かに劣っていた。だから、名が必要無かったのだ。これより魔物を復興させれば、人間と同等の知能を獲得する。社会も生まれるだろう。これは人間の真似事ではない」
「……!」

 全ての魔物の頂点。最も強く、最も賢い魔王。

「『神と悪魔』に違いが無いように、名とは『勝者が付ける称号』であるのだ。つまりこれまでの人間とは、生物の分類ではなく称号である」
「えっ」

 つまり。

「『世界の支配者』のことを、『人間』と呼ぶのだ。よってこれより、我々が『人間』である」
「!!」
「『魔物』とは、蔑称なのだ。我はこれより、魔王ではなく王だ。お前はこれより、メスではなく女だ。黒き獣はこれより、悪魔ではなく神だ。白き獣はこれより、神ではなく悪魔である」

 レヴラデウスは宣言した。
 崩れた城の壁から、大陸を見渡して。

「さあ、牙も爪も毛皮も無い、小賢しい知恵だけは回る猿のような『魔物』を。これから狩りに往こう。放っておくと我々『人間』の害になる」
「…………はいっ! 王様!」

 これが革命である。女は、この光景と王の言葉を、後々の世代まで語り継がねばならないと決心していた。





「その『女』っていうのが、お婆ちゃんのそのまたお婆ちゃんの……遠いご先祖様に当たるんだよ」
「え——! 吃驚! 僕って魔物だったの!?」

 その昔話を聞いて。坊やはひどく驚いた。

「あっはっは。違うよ坊や。私達は立派な人間だよ。王様が戦争に勝ったことで、人間と魔物が逆転したんだ」
「んんー。難しくて分かんないよ」
「だから、王様のお陰で。今の世界は平和になったんだよ」
「へー。凄いね王様!」
「ねー。その後王様と女はどうしたの?」
「あれまあ、いつの間に」

 老人も驚いた。いつの間にか、近所の子供たちまで集まっていたのだ。
 ここは散歩の途中でよく休憩する広場。老人は子供と遊ぶのが楽しみのひとつであった。

「……王様はそれから、大きくふたつのことを行った。『①人間(元魔物)を増やすこと』『②魔物(元人間)を殺すこと』。知能の高い仲間を増やすには、黒き獣の力じゃなく、王様が子供を生むしかなかったんだけどね」
「でも王様って男の人でしょ? ……あっ」
「そう。『女』が居た。知能の高い、最高のパートナーが」
「ええっ! じゃあお婆ちゃんて、王様のお妃様の、子孫ってこと!?」
「そうさ。今の人間は皆、王様と女から生まれた。だから坊や達も、王様の子孫ということだねえ」
「ええー!」

——

 生き残った『元人間』達の間では。この時代は『暗黒時代』と呼ばれている。勇者が負け、魔王が世界を手にしてしまった。『物語として失敗作である』と、嘆かれている。
 彼らは、この時代を終わらせる救世主を待ち望んでいた。いつか魔王を打ち砕き、世界に光を取り戻す救世主の誕生を。我が物顔で世界を闊歩する魔物達に怯えながら、今に見ていろと恨みを募らせて。

「いつか救世主様が現れる」
「バレないように神殿を再建しよう。神の力は弱まっているが、これが唯一の希望だ」
「くそう。魔物め。絶対ぶっ殺してやる」
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