ネフィリム・エスカトロジー

弓チョコ

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第2章:旅の始まり

第23話 尋問のアルティミシア

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「お兄さまっ……!」
「ああ」
「ごめんなさいっ!」
「…………ああ」

 アルテは、そのまま、文月に抱かれていた。治ったばかりの目からは大量の涙が溢れ、未だ完治しない半身を預けるように寄り掛かっている。

「……怖かったな」
「ううう!」

 ぽんぽんと頭を優しく叩く。その後撫で、抱き締める。
 心底ほっとしたのは、文月の方だった。何か遅れていたら。間違っていたら。
 アルテはどうなっていたのか。

「……ねえフミ兄~っ」
「ん」

 それを噛み締める文月に、羨ましそうに見ていたセレネが現実へ引き戻す。

「それより、この人どうするの?」

 セレネの指す先には文月の上着にがっちりと拘束された、男。

「……ぐ! くそ……!」

 もがき、なんとか脱しようとするも、無意味にくねくねしただけで終わる。拘束自体は強く機能しているようだ。

「あ、ああ。そうだな……って、セレネ!」
「え?」
「手! 血ぃ出てるぞ!」

 文月が見付けたのは、セレネの両手。その指先からぽたぽたと、地面まで滴る赤い血液だった。

「うん。……アルテの後で良いよ」
「俺の力は触れさえすれば関係ない。良いからこっちへ来い」
「……うん」

 手を兄へ見せる。人差し指の爪が痛々しく剥がれ、失われていた。

「何をしたんだ」
「……『魔弾』って言ってね。『必ず敵に当たる弾』。普段から準備してる魔術だから、すぐに使える護身用」
「アルテもか?」

 手を取り、優しく包み込む文月。

「……はい。アルテ達は普段から身体に色んな魔術を仕込んでいます」
「!」
「お兄さま」

 アルテが、文月の腕を離れて立ち上がった。下半身ももう完治したようだ。

「『雪合戦』の勝ちの権利、今使います」
「えっ」

 何でも命令できる。その権利は、勝利チームであるアルテも美裟も、まだ使っていなかった。

「アルテ達が魔術を使うことを、許してください」
「!」

 真っ直ぐ、文月の目を見て言った。

「アルテ達は魔術が無ければ生きていけません」
「…………」

 文月は考えた。

 条件がある。
 必ず俺の近くでやること。
 なるべく、重い罰のものは使用しないこと。

「……分かった。あんまり無茶はするなよ」

 そんなことを一瞬考えたが。彼はそう答えた。
 全面禁止か全面解禁か。非常時になればどちらかしか無いのだと。迷ってなどいられないのだと。

「はいっ」

 アルテは賢い。既に考え終わっていた。悩み終わっていた。難しいことも考えたが、最も分かりやすく効果的な言葉で、文月を納得させた。
 年齢相応の笑顔だった。

——

「——さて」
「!」

 問題はここからである。上着に拘束されて横たわる男。
 もはや観念したのか、暴れることをやめてしまっている。

「流石に放置できないよな」
「その前に尋問ですよ。色々と聞き出さないといけません」
「尋問……!?」

 文月は、いちいち驚いてしまう。双子の使う単語に。その、『小説などではよく出るが、実際は普通に物騒で危険な』単語に。

「このガキどもが。喋る訳ねえだろ」
「でもあなた日本人だよね?」
「は?」

 セレネが、一歩前へ出てしゃがみ込んだ。

「『自分の命より秘密が大事』なんて訓練、受けてるのかな」
「!!」

 そしてコートのポケットから取り出したのは、車にあった工具。つまりドライバーやレンチだった。

「あっ。でも日本人て『そう』なんだっけ? アルテ」
「うーん……。戦時中とかならあったかもね」
「どう? おにいさん。全部喋るか今死ぬかだけど」
「……!!」

 ふたりの目は笑っていない。冗談で言ってはいない。彼女らは躊躇などしないだろう。
 そんな雰囲気を醸し出している。

 文月は黙って見ていた。勿論、殺すなどという選択肢はあり得ない。もし仮に、本当にどうしようもなく殺さねばならない時が来たならば、それでも妹達にだけは手を汚させたくない。だから本当に殺そうとすれば止めようと考えている。
 だがここで口を割って入って、もし演技か作戦ならば台無しになってしまう。敵を拘束した以上、何もかもし放題なのだから見ていれば良い。
 こんな状況に、早く慣れなければ。双子達の方がずっと肝が据わっており、戦いにも慣れているし、賢い。文月はそう考えていた。

「……じゃあ殺せよ!」
「あー。やっぱそうなるか」
「殺しませんよ。ただ、『何でも喋るから殺してください』とおにいさんが言うまで、アルテ達がおにいさんで『遊ぶ』だけです。ドライバー貸して」
「はい」
「!? ちょっ……!!」

 セレネからドライバーを受け取ったアルテが、片方の手で男の顔面を固定するように抑える。

「左目、痛いですよね」
「待……!!」
「まずはめり込んじゃったセレネの爪、ほじくり出して取ってあげます」
「待ってくれ!!」
「はい?」

 寸での所で、ぴたりと止まる。アルテは分かっていたのだ。この男の意思の程度を。

「言う! ……喋るから、やめてくれ!」
「ありがとうございますっ」

 にっこりと、微笑むアルテ。

「……あぁ~……」
「セレネ?」

 その後ろで、セレネが何か納得したように頷いた。

「わたし達って、物凄く『尋問に向いた』チームなんだね」
「…………あぁ~」

 魔術のエキスパートと。
 触れればどんな傷も治せる能力者。

 即死しても文月の蘇生が間に合うのであれば、間違って殺す危険性も低い。さらに人体の構造と痛みを『罰』によって実体験で知る尋問官がふたり。
 納得はしたが、良い気分では無い文月だった。

——

「赤橋先生とは別の組織?」
「いや、そもそもレッドブリッジは『情報屋』だ。特定の組織の人間じゃねえ。奴から得た情報を元に、俺らはここに来たんだよ」
「その『情報』というのは、アルテ達やお兄さまのことですか?」
「そうだ。例の『少女』を手に入れたが、運搬中に逃がしてしまった、ってな」
「運搬中……」
「ああ。既に『買い手』は決まってたらしい。だが逃げたなら『野生』だ。他の奴等も捕獲に乗り出してるよ」
「どれくらい居ますか?」
「さあな。レッドブリッジが新たに雇った奴やフリーを含めるともう分からねえ」
「…………分かりました」

 いくつかの問答を経て、アルテが頷く。『現状』は、把握できた。

「ちょっと待てよ」
「お兄さま?」

 だが横から、文月が口を挟む。

「さっきから『運搬』とか『野生』とか。お前ら人の妹をなんだと思ってんだよっ」
「……いやそりゃお前……」

 明らかに不機嫌な様子の文月。たじろぐ男。

「お兄さま。関係ないのでその話は後で」
「なっ!?」

 そして、諌めるアルテ。

「どうでも良いし、どっちでも良いのです。アルテ達の知らない人が、アルテ達をどう扱おうと。それにアルテ達は、自分達姉妹が『何か特別』であることを自覚しています。……赤橋先生によって」
「……!」

 思わずセレネを見る。彼女も同じ考えだと言うように頷いた。

「(……危険な橋レッドブリッジ)」

 本人がそう考えるのならば、もう何も言うことは無い。文月は口をつぐんだ。

「質問の続きです。『その情報』『特別さ』を教えてください。アルテ達は、あなた方界隈で『どんな扱い』なんですか?」
「!」

 本人達も知らない。文月も勿論分からない。

 この異常な双子の、客観的評価とその正体。

「何故、狙われるのですか? アルテ達を手に入れて、それで何をするつもりなんですか?」
「……知らねえのか」
「知りません。教えてください」
「まじかよ……。本人が。『知らねえ』のか。自分の価値と能力と危険性……正体を?」
「知りません」

 男は、残りの右目を一杯に見開いて驚きを露にする。知らずに狙われていたのだ。まさか。あんなに派手に魔術まで使って?

「……お前らは、混血じゃねえか」
「赤橋先生も仰ってました。母が日本人なのでハーフなのは分かりますけど」
「違えよ人間じゃねえ」
「?」

 不意のひと言。完全に予想外の言葉。……少なくともこの場の当事者3人にとって。

「『悪魔』と。人間のハーフじゃねえか」

 男はそう言った。
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