傷持つ姫と僕

ユウヒ シンジ

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第1章 終焉の国

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魔王との戦争、狂魔戦争に人類が打ち勝ってから1000年が経とうとしていた。
狂魔戦争が終結し、人族やエルフ、鬼族、竜族を始めとする、多くの種族が手を取り合い復興に努めた。そのかいあって、多くの国が千年間の間平和に暮らして続けていた。
しかし、多種多様な種族が混在し無秩序に国が乱立した事で、新たな国の思想や宗教が生まれ、次第に人類の間に、警戒心が芽生え始める。
最初は小さな警戒心だった。
でも一度芽生えた警戒心は、加速度的に大きく膨れ上がり、人や亜人に限らず、同属間でも争いが起こり、次第に国家を巻き込む戦争へと向かい始めていた。


人気の少なくなった王宮の中心にある謁見の間へと続く廊下を、歩みを早め進むのは、戦闘鎧に身を包む一人の武将だった。
ガチャガチャと鎧の擦れる音を廊下に響かせていたが、急にその耳障りな音がしなくなった。
武将は、廊下の突き当たりの美しく装飾を施された扉の前に立っていた。
その扉を無造作に開け放つと、さらに奥へと突き進んで行く。
そこは、天井も高くこの時代には貴重なガラスをふんだんに使用した窓からは優しい日差しが差し込む穏やかな時間が流れるそんな場所、ここは王族との謁見を執り行う、謁見の間。
本当なら、多くの貴族や外国からの客人を招き賑わうはずのその場所には、武将意外の人影を見る事はなかった。

武将は謁見の間、最奥に達すると、膝をつき頭をたれる。

「ナルダか。その様子では良い知らせとは程遠いようだの」

ナルダと呼ばれたその武将は、自分がかしずくその先の一段上がった場所に座る、この国ダイアファレスの王、アルダス王に、険しい表情を向けるしかなかった。

「ハッ、我が王都守備軍は、ほぼ壊滅状態。後はこの城の警備兵、近衛隊等で、500人程度しか残っておりませぬ」

頭を下げた状態では顔が見えないが、この武将の声は上擦り、目からは人目も憚ることなく涙を流している様に見えた。

「そうか」

アルダス王は、額から黒く輝く二本の角を生やし、その体躯は威風堂々としたと言う言葉がそのまま当てはまる程の男だ。
その王が肩を落とし、覇気の無い表情を表していた。

ナルダ将軍は王より一回り小さい体だが、それでもがっしりとした筋肉に覆われ、額に一本の白い角を称えた、老人と呼ぶにはまだ早い壮年の男性が、王へ報告を続ける。

「王よ、ロンデシア帝国軍は約10万人にも膨れ上がり、この王城へ進行を続けております」

その言葉がどれだけ絶望的な数字なのか、王は天を仰ぐ。

「千年間この地を守り、アルディアスの世界の安寧に寄与してきた我が鬼族の国、ダイアファレス王国も我の代で消えてしまうのか」
「いえ、まだでございます。まだこの王都とダイアの城、そして何より王家の方々がおられます。まだダイアファレス王国が負けた訳ではございません!」

ナルダが王にまだ戦える事を進言するが、王にはこれ以上戦おうと言う選択は無かった。

「確かに、数は少ないとはいえこの城にいる者は精鋭部隊の近衛が中心だ。500人もおれば、普人族の1万と会いまみえることは可能かもしれんが、それではこの王とに住む国民も兵士も多大の犠牲を出すことになってしまう。それだけは避けねばならん」

ナルダは王の言葉を聞き、目を瞑り天を仰ぐ。

「アルダス王が、そう仰られるのならば致し方ありません。ただ王家の血筋は絶やす訳には、まいりません。どうかこの城より脱出していただき、生き延び、国の再興を成し遂げていただきたい!」

天を仰ぎながら、王に国を捨てる事を進言してくるナルダに、アルダス王は首を横に振る。

「国民を置いて逃げ出す王に、誰もついて来てはくれんよ」

王の言葉ももっともだとも思うナルダだが、それでもと意見をする事をやめなかった。

「ロンデシア帝国は、侵攻中ではありますが、王都周辺を守る城や砦以外、民間人には戦火を広げてはおりませぬ。たぶんこの豊かな土地と鬼族の国民を生かし労働力として奪うつもりなのでしょう。つまり、当面は国民の安全は保障されるはずです。土地と、国民がいさえすれば王家の復興と共に国を奪還する事も夢ではありません!」

ナルダの言葉の後、暫く沈黙が続いた。
王は思う。
ナルダの言う事は正しい。
しかし、国を奪われた国民が、侵略国の住民と同じ扱いであるはずは無いのだ。

「やはり我は、国民を捨てるような真似は出来ん。しかし、王家の血筋を残し、国民の希望を繋ぐ事も重要である」

「は!」
「ナルダ、我はこの地に残り、最後まで国民を守ろうと思う。そして将来への希望は、我が娘、ルエルに託そうと思う」

王の決断に、ナルダは思い止まるよう進言するつもりだったが、その表情を見て口を紡ぐ。

「了解致しました。姫様には、なんとしてでもこの城より落ち延びていただき、いつの日かダイアファレス王国の再興を目指して頂きましょう」

ナルダの言葉に、王が頷く。

「我が娘、ルエルに鬼族の未来を托そう」
「は!それでは姫様と奥方様の亡命の準備をいたします!!」

「すまぬな」

王の言葉を聞き終えると、ナルダは謁見の間を後にする。
ナルダが謁見の間を出たのを確認した王は、玉座を立つとゆっくりと見渡す。
窓ガラスから、穏やかな春の日差しが城に差し込み、今戦争が行われている事が夢では無いかと錯覚をさせてしまう。

「夢、であって欲しかった。」
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