傷持つ姫と僕

ユウヒ シンジ

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第1章 終焉の国

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「ルエル!ルエルはおるか!」

アルダス王は王宮の奥の間、王族の私室がある一角を訪れる。
そこには幾人かの侍女に取り囲まれるように椅子に座る王妃と、その横には今年で8才になる王妃に似た、美しい黒髪を腰の当たりまで伸ばし、額には淡いピンク色の小さな角を2本持つ可愛らしい女の子が佇んでいた。

「あなた、ルエル姫なら此処におりますよ」

王妃の言葉の先にいる我が娘ルエルを見て、王もつい微笑んでしまう。
ただその笑みも長くは続かず、真剣な顔に戻ると、ルエルと王妃を交互に見ながら無言で抱きしめてしまっていた。

「やはり、駄目なのですか?」

王妃は、王の行動に今、この国の置かれる状況を全て把握する。

「父様?どうしたのです? 少し肩が震えているようですけど?」

あどけなさが残るルエルの声を聞き、王は我が娘ルエルを抱きしめる力を無意識に強めてしまう。

「父様、痛い!」

ルエルの声にハッとなる王。

「あ!す、すまぬ。痛かったか?」

「いえ、ちょっとびっくりしただけです」

ルエルは何ともない素振りを見せると、王に向かって微笑んで見せた。
王はその笑顔を目に焼き付けるように暫く見続ける。

「ルエル、良くお聞き」
「はい、父様。」
「今から母様とルエルはこの城を出て、隣国のボルドネル国へ行ってもらう」

王である父の言葉に8才のルエルは真剣な眼差しで聞き、そして毅然と言い放つ。

「この国はもう駄目なのですか?」

その言葉に王であるアルダスも王妃のセリエルも驚き、そして周囲の侍女は啜り泣き始めた。

「まだ8才だというのに、ルエルお前は・・」
「私も子供とはいえ王家の一人。そして父様の娘です」

8才らしからぬ、物言いと毅然とした態度に、将来この子は我を超える王になるやもと、想像してしまうが故に申し訳なく思う王であった。

「すまぬ、駄目な父であった。お前の為に、この国を残せてあげる事が出来なかった」
「そんな!父様は、国民からも慕われる名君ではありませんか。私は誇りに思っておりますよ」
「ありがとう、ルエル。その言葉で父も勇気が出たぞ。さあ時間もあまり無い。セリエル、ルエルの事を頼む」

「はい、お任せ下さい。ダイアファレス王家の血筋は絶えさせません」
「セリエルも息災で暮らせよ」

王妃と最後の口づけを交わし、愛おしい二人の無事を願う王。

「さあ行け!もう時間があまり無い」

王の言葉に侍女達が一斉に動き出す。
王妃も脱出の為の隠し通路のある奥へと向かおうとするが、ルエルはじっと立ったままその場を動かなかった。

「どうしたのです?ルエル」

王妃の言葉に振り返るルエル。

「いえ、何でもありません」

そう答えるルエルの瞳の先に堂々とした姿で佇む父親の姿があった。
ルエルはその場で深くお辞儀をすると、きびすを返し王妃と共に奥へと姿を消していった。

「さて、ナルダはおるか!」
「は!此処に」
「まず、ロンデシア帝国の侵攻の事、南の守護者、エルフ族に伝令を出せ」
「は、お任せを。何体かに別け、向かわせる事に致します。」
「うむ、では我も出るとすか! 我等北の地の守護者であり鬼族の底力見せてやろうぞ!」
「はい、このナルダ、お供しますぞ」
「すまぬな、未来の希望を繋ぐためもう一働きしてもらうぞ」
「はっ!!」

ナルダは大きく頭を下げ、王に従う。しかしの下を向く顔の端、口許がニヤリと笑っていように見えたのは気のせいだろうか?

そして王は、ロンデシア帝国軍を迎え撃つべく王都を後にした。
後には王家の誰も居なくなった城が残るのみとなった。
そしてこの城に再び鬼人が戻る事は無かった。





ルエル達は今、王宮の裏手にそびえるバレス山の麓を東に向け徒歩で移動していた。
馬車とか移動で目立つものを避ける意味もあるが、もともと鬼人族は身体能力が高く、女性といえども、上位ランクの冒険者に名を連ねる者も多くいる程で、下手な馬車移動より障害物の多い山中や林の中を移動する方が早く移動出来る為だ。
それが敵から逃れる為にも最善の移動方法だった。
しかし、8才のルエルが他の大人達と同様に移動出来るかと言えば否であった。

「ルエル、大丈夫ですか?」
「少し休みましょうか?」

ルエルの横を歩く王妃セルエが険しい道を強行する娘を気遣うが、当の本人は首を横に振って笑って見せる。

「大丈夫ですよ、母様」
「私の身体能力は、歴代の王族の中でも群を抜いていると言ってたではありませんか」

そう言って何事も無かったかの様に前を向き歩き続ける。
確かに、ルエルは強かった。
大の大人にも負けないぐらいの身体能力と戦闘センスは持ち合わせていたが、あくまで5才の女の子である事は変えようもなく、疲れが無い訳が無かった。
それでも気丈にする娘を見て、それ以上言葉をかけれないでいた。

「王妃様、この辺りで一旦休憩に致しましょう」

王妃とルエルの前を歩く近衛隊長のシズクが休憩を取る事を告げる。
このシズクは王妃直属の近衛隊を率いる女性騎士で、歳もまだ18才と若く、ルエルもこのシズクから剣術や体術を教わる師弟の関係でもあった。
彼女の角は青みがかった白色で、碧みの強い銀髪と相まって青狼の戦姫の異名を持つ強者でもある。

「ルエル様、頑張るのは宜しいですが、今無理してこの後が続かないようでは意味はないのですよ」
「休む時はしっかり休みましょう」

シズクの言葉にルエルは素直に反省し、王妃は心の中で感謝していた。
程なく、大木の根本に腰を下ろし城を抜けてから始めての休息を取る。
ルエルも同様に腰を下ろそうとしたが、ある匂いが鼻をくすぐったので、座るのを止め周囲を見渡し始めた。

「母様、どこかから花の香がしてきますが、解りますか?」

娘の言葉に王妃も匂い何かを探し始める。

「もしかしたら、アマヒリアの花かもしれないわ」
「ほ、本当に!?」

王妃が口に出した花の名前にルエルは心が高鳴るのがわかった。
アマヒリアの花は滅多に見れない、この北の大地でしか自生していない希少な花であり、ダイアファレス王国の国旗にも使用されているシンボルの様な花だ。
ルエルでさえまだ見たことが無かった為、いつかは見たいと思いつづけていた花。
この様な時でなければ、喜んで踊り出して探しに行っていたかもしれなかった。

「王妃様そろそろ出発致しましょう」

近衛隊長のシズクの言葉で皆が立ち始める。
それぞれの荷物を持ち武具を携えると、また東へ向けて道無き道を進み始める。
山の麓であるため、平坦な所は無く、背はさほど大きくないものの樹木の生い茂る中を普通の人族では考えられないスピードで歩みを進めていた。
暫く進むと、生い茂る林がその一帯だけ無くなり、5~60メートル四方はある広場の様になっている場所に出てしまった。
しかし、ルエル達は、その広場にでは無く、そこに自生する一面の花畑に魅了されていた。

「母様、この花はもしかして?」
「ええ、私も一度しか見たことが無かったけど、これは確かにアマヒリアの花で間違いないわ」
「これが・・なんて美しいんだろう。」

ルエル達は自分たちの置かれている状況をほんの少し忘れ今目の前の光景に目を奪われていた。
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