傷持つ姫と僕

ユウヒ シンジ

文字の大きさ
上 下
3 / 32
第1章 終焉の国

しおりを挟む
アマヒリアの花はさほど大きい訳では無い。
白が基調の子供の拳程度の大きさの花であった。
花の個体差で花びらの付け根が紫色だったり、ピンク色だったりと有るようだが、一面に広がるアマヒリアの花畑ではその微妙な色の違いが、文様を描き出しているかのようで返って神秘的にも感じられた。

「この様な場所が有るとは、知りませんでした」

近衛隊長のシズクも、花の美しさに魅了されながら独り言の様に呟いていた。
このアマヒリアの花はこの様に群生している事は殆ど無く、滅多に見れない貴重種の花だ。
その昔、この国、ダイアファレスを建国した創始王、ダイアファレス1世が、この花を妻となるアマヒリアに贈り求婚した伝説が残っている。
それからこのアマヒリアの花を国の花として崇め、この花を見た者には幸せが訪れると言い伝えられていた。

「姫様、これは吉兆ではございませんか」
「そうですね。この花を皆と見れた事は、まだこの国に未来があると告げられている気がします」

ルエルの言葉に、20人程の護衛騎士と侍女達が聴き入っている。

「皆でこの花に誓いましょう。必ず私達はこの地に戻ることを」

そう言ってルエルは両の手を胸の前で握り花畑の前で膝を付き、祈りを捧げ始めた。
その光景に皆は息を呑む。
まるで光の絨毯の上に天使が舞い降り人々に祝福を与えているかの様だったからだ。

「姫様、我等はあなた様にこの場にて忠誠を誓わせていただきます。どうか、我等の光となり導く先をお示し下さい」

一斉だった。
ルエルに同行していた全ての鬼人がかしずきルエルに忠誠を誓った。
王妃もこの光景に未来の一筋の希望を見た様な気がしていた。
ひと時の安らぎが彼女達に訪れていた。

ドガッ!!!ドン!!ガガ!グアーーーーー!

突然雷鳴の様な轟音がルエル達の近くで鳴り響き同時に地面が大きく揺れた。
ひと時の安らぎさえ、今の彼女達には無縁のものだった。

「警戒!! 王妃様と姫様を中心に、守護陣形!」

シズク隊長の号令の下、侍女も含めルエル達を中心とした円形の多重陣形を取り轟音と共に土煙が上がる方を中心に警戒を強めた。

「クックックック・・。当たりも当たり!待ち伏せして大当りだぜ!」

おさまりつつある土煙の向こうから、だみ声の男の声が聞こえて来る。
その声の主はゆっくりと煙りから現れると、目の前に居る鬼人達をゆっくりと右から左へと見定めるように顔を動かす。

「ハッハ、全員女かよ。こりゃあ、高く売れやがるぜ」

嫌らしい目つきでルエル達を見る、赤毛の大男。
不精髭に、揃えられていないプレートアーマーを無理矢理着込み、手入れのされていない大剣を方に担ぐその男は、とにかく嬉しいのかニタニタと笑い続けている。

「貴様!何者だ!」

シズク隊長の質問に、更に笑みを増し嫌らしさに拍車がかかる。

「何者ってお前らを捕まえて賞金を貰う賞金稼ぎだよ」

あんた何聞いてんだみたいな馬鹿にした顔でシズクを睨む男。

「ダイヤファレスから逃れて来る奴を片っ端から捕まえると、ロンデシア帝国から賞金が出るんだよ。しかも王妃を捕まえたら、爵位まで暮れるってんだから気前がいいよなあ。で、そこに隠れてるのは、王妃様だよな? 俺にもやっと運が廻って来たようだな」

男の視線は王妃の顔を捕らえ離さなかった。

「ふん!たかが人族程度の分際で我等鬼人族に敵うと思っているのか?」

シズク隊長は冷静に言い返す。
鬼人族は、人族に比べ生まれながらにして、圧倒的な高い身体能力持っている。
シズクがざっと見渡しても10人もいない人続に負ける要素は無いと判断出来たからだ。

「あー、そう思ってるぜ。何せ、これだけの戦力差だからな」

それが合図になっていたのだろうか?
花畑の周りからゾロゾロと何人者、男達が出てきてルエル達を完全に包囲してしまった。
その数50はくだらなかった。

「もう逃げ場は無いぜ。どうする鬼のお嬢さん達?」

満足そうに勝ち誇った顔の赤毛の男だったが、肝心の相手が狼狽する事無く自分に鋭い視線を叩き付けてくる事に不愉快に感じた。

「何だその目は!この状況が解らねえのか?!」
「何を慌ててるんだ? 私達は何も言って無いだろ?」

近衛隊長のシズクは、相手を挑発し隙を伺っていた。
確かに、あの爆発で皆を一カ所にまとめたのは愚かだった。
そのせいで完全に包囲されたのだから。
だからといってそれがどうしたという思いもあった。
なぜなら、鬼人族は単純に強いのだ、
ノーマルな人族なんて相手にならないし、上位クラスの冒険者でも一人の鬼人に3人以上の冒険者でやっと互角に渡り合える程度なのだ。
それに敵の人数を確認したら50人程度しか居なかった。
つまり正面から戦ってもまず鬼人族が負ける事はない。
それが解っているから、ルエル達も冷静でいられるのだ。

「私達も出ます。切り込みをシズクお願いできますか?」

ルエルの言葉にシズクもあっさりと答える。

「当然です。このような者など、姫様の手をわざわざわずらわす程の事ではございません」

そう言うとシズクは、細身の長剣を鞘から抜き、体制を低くし大男に向けて異常なプレッシャーをたたき付ける。
その凄まじい圧力に男は一歩後ろに足を動かしてしまった。
ただそこまでだった。

「確かに鬼人族と、まともにやり合えばこっちが危険なのは最初っから承知なんだよ。おい!お前等、例のものを持って来い!」

後方にいる部下と思われる数人の男に命令を出し、何かを持って来させようとする。
そして林の影から、3メートル四方の鋼鉄で出来た檻が出てきた。

「なっ!?」

その檻が目に入ると、王妃を初めルエルやシズク、その他の者も絶句してしまう。
なぜなら、檻の中には鬼人族の2~8才位の子供が6人程入れられ、しかも服は破れ所々からは赤い血が滲んでいたからだった。

「お前達!!この子等に何をした!!!」

シズクはそれこそ鬼の形相で男たちを睨みつける。

「何をって見ての通りだぜ。お前達の態度で、こいつらの運命が決まるって事だよ!」
「クッ!」

シズクは、人質になっている子供達を見て動けなくなる。
しかし、ここで戦闘体制を解く訳にもいかなかった。
苦悩するシズクであったが、その前にルエルが進み出て来た事に驚いてしまう。

「ひ、姫様!なにを!」

ルエルはシズクの叫びにチラッと視線を投げ小さく頷くとその場から動かないよう目配せで合図してきた。

「貴方がこのグループの代表と考えて宜しいでしょうか?」
「姫?だと」
「!!」

シズクは自分の愚かさを呪った。
つい、ルエルを姫と呼んでしまった事に。

「そうか女隊長さん、ありがとうよ。これで尋問する手間が省けたってもんだぜ、ガハハハ。」

馬鹿笑いする男にシズクは何も言えなかった。
しかしそのシズクの頭を撫でる手があった。
ルエルだ。

「そんな顔しないの。私の師匠はそんな事くらいで、いちいち悩むような繊細な人じゃないわよ」

シズクは顔を上げルエルを見た。
可愛い笑顔だったがその目はシズクに、しっかりしろと促しているように見えた。
そしてルエルはグループの代表に向き直る。

「交渉をお願いしたいのですが」

ルエルは、怖かった。
当たり前で、まだ8才なのだから。
でも、王族として、姫として、国の者を守る為、今自分ができる事をやろうと考えていた。
しおりを挟む

処理中です...