傷持つ姫と僕

ユウヒ シンジ

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第1章 終焉の国

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「交渉だと?」
「はい」

ルエルは、赤毛の大男に臆する事無く端的に返事をする。

「私が貴方と共に参りますから、今、ここにいる者、そしてその檻に入れられている子供達を解放してもらえませんか?」
「い!いけません! 姫様そのような事、私共が納得出来る訳がありません!」

シズクが否定すると、皆も一応に頷いている。
しかしルエルは首を横に振り、諭す様に話し出す。

「いいですか、シズク。このロンデシア帝国の侵略は私共も予期せぬ出来事でした。まさか、こうも簡単に各主要施設を抑えられるとは、裏で手を引く者が居たのやもしれません。ただ、王都は占拠され王族が捕まっても、まだ主要都市には軍もありこの国を占領したとは言い難いのです。そこで私達が彼らには必要なのです。私が人質として彼らの手の内にある限り、各主要都市の代表との交渉がロンデシアに有利な条件で取り纏められるからです。だから、私が捕虜となっても殺される事は無いはずです」

ルエルが話をしている間、シズクは瞳に涙をいっぱい溜めながら聞きつづけている。

「そうですよね?代表の方」

堂々とした態度で赤毛の男に確認をするルエル。

「さすが、姫さんは違うね。その通りだ。王妃に関わる者を生かしたまま捕まえろとは、言われているな」
「しかし、姫様・・」

ルエルの言っている事はシズクも理解できる。
けど、近衛隊として王妃と姫様を守る事が自分の責と感じているシズクには納得し難い事であった。

「シズク、あなたの私達を守るという役目の前に、私達は国民を守る必要があるの。あの檻に入れられた子供達を救う事こそが真の国を守るという事なの。解って下さい」

そう言ってルエルと王妃までがシズクに頭を下げたのだ。

「!!お、お止め下さい! 私共は常に王妃と姫様に従うのみです。どうか、頭をお上げ下さい」
「お!やっと話は着いたみたいだな。あんまり遅いと、こいつらを殺すとこだったぜ」

赤毛の男の持つ大剣をブラブラとさせ、檻にいる子供達に向かって振り下ろすような素振りを見せる。

「そんじゃ、王妃さんと、姫さんは、こっちに来い! お前ら、檻の鍵を開けろ。子供と交換だ」

檻の鍵が開けられ、子供達が覚束ない足取りで順に解放される。

「そんじゃ同時に歩きだせよ。変な真似しやがったら、子供に弓と魔法をぶち込むからな」

赤毛の男の後ろに控える、男達の中から弓を引く者が3人、魔法の詠唱を唱えているのもが2人ほど確認できる。

「ロンデシア帝国みたいな卑怯な事は、我等鬼人族はせん!」

シズクは頭に罵声を浴びせるとそれが合図になったのか、王妃とルエル、そして子供達が一斉に歩き出す。
そして特に何も起こらず交換が完了する。

「シズク、子供達を宜しくね。そして必ずまた会いましょう!」

ルエルの言葉に涙を流す、シズク達。
少しの間、沈黙が流れるがシズクの言葉で動き出す。

「どうかお身体を御自愛下さい! いつか必ず私共がお助けに参りますゆえ、どうか暫くのご辛抱を!」

シズクの必死の声にルエルと王妃はニッコリと微笑みで返す。

「子供達の事はよろしくお願いしますね」
「はい!必ず!」

シズクは大きく礼をとると、保護した子供達も王妃とルエルに向かってお辞儀をし始めた。

「姫様!ごめんなさい! ありがとう! 王妃様、ルエル様!」

子供達の声を聞きルエルは心底安心する。
そしてこの子達の未来に幸せが訪れるよう願うルエルだった。

彼女達はもう一度大きく礼をすると、森の奥へと進み始める。
シズクは皆を先導しながらも、役目を全う出来なかった事とに恥じるが、姫様に託されたこの子達を安全な場所、隣国へ連れていくという大役を今度こそ全うしようと誓う。


シズク達が完全に森の中に消えるのを確認した赤毛の男はルエル達に近づいて行く。

「さて、お姫さんはこの檻に入ってもらおうか」
「お待ちなさい!何故ルエルを檻に入れるのです。そんな事しなくても私どもは逃げたりしません!」

王妃が頭の言葉に怒りを表す。

「仕方ないんだよ。お前ら鬼人族は、強いからな。子供と言っても油断はできんし、手枷だけで、こちらのお偉いさんの前に出すわけにはいかんのでな」
「母様、仕方ありませんよ。ここは言う通りに致しましょう」

ルエルも何も無く連れて行かれるとは思っていなかったので、言われた通りに檻の中へと入って行った。
一瞬頭の口角が上がった様に見えた。
そして同時だった。
王妃が布を当てられるのと、ルエルの入った檻の鍵が閉められるのと。

ガシャッ!

「え!?・・・」

布を口に当てられた王妃は一瞬で意識を失いその場に倒れ込んでしまった。

「!お母様!!お母様!ガチャガチャ!お母様!!! あなた達、お母様に何をしたの!」

もの凄い形相で男達を睨むルエル。

「何ってちょっと眠って貰っただけだ。別に命に関わるものじゃねえよ」

何食わぬ顔で話す赤毛の男にルエルは始めて人に対して怒りを覚えた。
今までにも怒った事はあったがそれは自分の我が儘や家族での口喧嘩くらいであって、他人にこれだけの怒りを覚える事が出来るなんて今まで考えても見なかったのだ。

「こんな事しなくても母様は何もしないわ! そう約束したじゃない!!」

「約束?何だそれ? 俺は約束なんかしてねえよ。お前らが勝手に盛り上がって話を進めただけじゃねえか」
「な!何言ってるの! あなただってちゃんと子供達を解放してくれたじゃない。約束を守ってくれたからじゃないの?」
「本当、鬼人族ってのは単純で馬鹿だよなあ。こうやって姫さんを捕まえりゃ、あんたを人質に森に逃げたあいつらに何でも言う事を聞かせる事が出来るんだぜ? 俺って頭良いだろう? そう思わねえ?」

下品た笑いがルエルの耳を汚す。
こいつらは鼻っから私達を逃がすつもりなんか無かったんだ。

「どうしてこんな事をするの? 戦争の駆け引きの道具として使うなら私達だけで十分じゃないの? あの子達を捕まえても利用価値はないはずよ」

鉄の格子を両手で掴みながら必死に訴える。
そんなルエルを哀れむ訳でも無く真顔で馬鹿にしたように見る男達。

「一つ言っておくが、俺達は王妃だけを連れて来いと言われているんだ。どうも、ロンデシア帝国の皇帝がお前の母親を御所望のようでな。確かにお前の母ちゃん、物凄い美人だもんな」

何を言っているのか、ルエルには解らなかった。
いや解りたくなかった。
考える事自体が気持ち悪かった。

「それでな、王妃以外の鬼人族の女や子供は殺せと言われてるんだ。だけどよ、こんだけ上玉をただ殺すなんて勿体ないよな。あんたも殺されたくは無いよな? だから、お前らは全員奴隷として売ってやることにしたんだ。俺って慈悲深いよなあ。あんたは生き延びれて、俺はたんまりと報酬とあんたらを売ったお金が入って、嬉しい限りじゃねえか。なあ、お姫さん? がはははは!!」

赤毛の男を初め此処にいる男たち全員が笑い出す。

「逃がしたあの女達もみんな美人だったからな、売れば高い値段が付きそうで笑いが止まらねえや」

何を想像しているのか解らないがゲヒゲヒと笑う代表の男。

「でも、残念だったわね。シズク達が本気を出して逃げたら捕まらないわよ」

少しでもこいつらの悔しがる顔が見れればと思って言ってみたものの、この男達は悔しがるどころかもっと笑い出した。

「俺達が何もせずあいつらを逃がしたと思っているのか? 本当におめでたい頭してんなお前。一緒に逃がしたあの子供等な、俺らの魔法士が洗脳術を掛けててな、持たせている薬を使って奴らの足を止めるよう命令してあるんだよ。適当な頃にあいつらが合図してくるから、その後を俺らはゆっくりと狩れば良いだけなんだぜ」

ルエルに顔を近づけ勝ち誇る赤毛の男。

「もちろん姫さんも仲間外れにはしねえよ。皆で仲良く奴隷として売ってやるし、運が良ければ良い暮らしさせて貰えるかもよ。それと、自害だなんて考えんなよ。そん解きはあの女隊長含めて奴隷より酷い仕打ちと死が待ってるからな」

ルエルは、恨んだ。
今まで人に怒りの感情さえ持った事が無かった女の子が、始めて人を憎み、殺してやりたいと願った。

「私は一生お前達を許さない。お前達を仕向けたロンデシア帝国を許さない!」

先ほどまでの可愛らしい声は何処に行ってしまったのだろう。
地のそこから涌いてくるような冷たく感情の無い声が少女の口から発っせられた。
その声にさすがの代表の男も背筋に冷たいものが走ったが、直ぐに立直ると出発の合図をだす。

「ようし行くぞ、あの女共を狩りにな!」
「おーーー!!」

男たちは笑い興奮しアマビリアの花畑を踏み荒らしながら林のシズク達が向かった方に入って行く。
その後を王妃の入った加護が男二人に担がれ、その後を檻に閉じ込められ、身動き一つしないルエルが荷車に載せられ運ばれて行く。

「お、そううだ。お前達鬼人族のダイアファレスの国の花なんだってなこの花。いいもの見せてやるよ」

そう言って赤毛の男は、呪文を詠唱する。

「俺だってこれくらいの魔法は使えるんだぜ?」

ニヤニヤしながら指の先に小さな炎を作り出す。
ふわふわ浮かぶ小さな炎を指先を振って花畑の方に5メートル程先に飛ばした。

「!!!!!!!!」

ルエルは声にならなかった。
小さな炎が花畑の中ほどに落ちたと思った瞬間、油が引火したように一斉に勢い良く燃え出した。

「この花の茎や葉は、油分が多いらしくてな火を付けたらこんな風に燃えるんだと。まるでおまえらの国みたいに、何も残らねえのな」

カシラの笑い声と、天に向かって火柱が立つ光景を見るルエルの涙に血が滲んでいた。

「ウッ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚亜!!!!!!!」


「あ、そうそう、俺まだ名乗ってなかったな? カズラだ。」
「カ・ズ・ラ・・・!」
「この手柄で、帝国に俺を売り付けて出世してやるぜ。お前さんがこの先も生きている事があったら、俺の出世する噂でも聞いて、悔しがるんだな!」

カズラは燃え上がるアマヒリアの花を見ながら大笑いをし自分の輝かしい未来を夢見ていた。

「ぜったいにゆるさない・・・・・・」
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