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【第一章】 『帰路』
二話
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【第一章】 『帰路』 二話
「誰か・・・助・・・」
川面に男が一人、どんぶらこ、どんぶらこ――と流れている。
つい先日、蓬莱山での修行を終えてきたばかりのこの男は、今現在、故郷への帰路の途中だ。
男の名は、雷。かくかくしかじか、あーだーこーだーあって、川に身を任せている。
冬先の川の水は非常に冷たく、雷の体はガチガチに凍ってしまい、身動きが取れずに流されるがまま…。
けれど、雷にとってはそんなことは些細なこと。
問題は――。
「はっ、腹が・・・減った・・・」
お婆さんは山に芝刈りに、お爺さんは川に洗濯に・・・。
お爺さんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこっこと巨大な熊が流れてきた。巨大な熊はぐるるるると大きな音を立てているが、毛に白が混じった老熊で、かなり弱って見える。
お爺さんは考えた。この熊があれば村中の人が三日は食える―― と。
「すぐに婆さんを呼んで捕まえてもらったら老熊でなく人の子だったから、儂が熊太郎と名付けた」
「雷です」
囲炉裏には、お爺さん特製のきび団子汁が大鍋の中でいい匂いを漂わせながらぐつぐつと煮立っている。雷が二十杯目のお代わりをしてもなお鍋の中の汁物は減る様子もない。
「私達に子がなさんかったのを、華神様が気の毒に思い、熊太郎を私達夫婦に授けてくれたんですよ」
お婆さんの「華神」――という言葉に、雷の心臓は飛び上がり、跳ねたが、凛とした後ろ姿を消すように頭を振って腕の中のきび団子汁を一気にかき込んだ。
村の外れに住む老夫婦が川で白頭の子を拾った――という話は一瞬で村中に広がった。
村の人たちは酒や料理を手土産に老夫婦の家に集まると、囲炉裏を囲み祝いを始めた。
「熊太郎、飲んでるか~?」
「雷です」
酒瓶を片手に、すでに出来上がっている村長と呼ばれていた男が、雷の隣にどかっと腰を落とすと、杯を渡し、そこに並々と酒を注いだ。
雷はそれをグイッと一気に飲み干す。
(…うぇ、なんだこれ、酒じゃなく、水か?)
「この老夫婦はな、本っっっっっっ当に良くできた二人でな、村の者は皆一度は何らかで世話になっとるんじゃて。オラも二人に散々世話になりっぱなしでな、こん二人は村に必要な二人なんだっぺがな。 特に爺さんはほんに体が小さくて弱いからの、それを力持ちの婆さんが補って、二人は本当に仲睦まじく・・・うぅ、良かった、二人にこんな立派な熊太郎っちゅう息子さできて・・・うぅ」
どうやら村長は泣き上戸らしく、数人の村人が「村長また泣きよって、こりゃ相当酔ってるっぺ」と泣いている村長を囲み昔話に花を咲かせだした。―― この村人達も、そうとう酔っているみたいだ。
雷の杯にはもう一杯の酒が並々と注がれいるが、ほとんどが水の薄まった酒を飲む気がしない。
(この水で、どうしてあんな風に酔えるんだ?)
しかたなく杯を床に置くと、今度は目の前に三つの料理が並んだ。
「熊太郎さん、これ私が作ったの、食べてみて?」
「あら私の方が先よっ! ね、熊太郎さん?」
「この子達より、私の方が美味しそうでしょ? さ、熊太郎さん」
歳の頃は雷と同じくらいだろう。白粉に紅までひいて、ずいぶんとおめかしをしている線が細い娘達。
その娘達と対をなすかのような男達もまた線が細く、少し離れた場所でかたまり、雷へ殺気を帯びた視線を向けているが、雷は素知らぬふりして「美味そうだな」といってそれぞれの料理を一口ずつ口に運ぶ。
どれも祝いの席にそぐわぬような質素な料理だったが、味は確かだ。
雷が娘達を褒めると、男達の殺気がますます強まるのを感じる。あからさまな嫉妬は相手が居ることで成立するものだ。―― 雷は少し羨ましく思う。
「熊太郎さんは本当に熊みたいに大きいのね。 お婆さんの着物でも小さいみたい」
娘の言葉も少し引っかかるが、雷の姿は少し珍妙だ。なぜなら、雷の着物は庭先で風に踊っており、今身に纏っている着物は女物。村中の男達よりも頭ひとつ分は突き出ている背丈が大きなお婆さんの着物だ。―― 雷の体を被う着る物がそれしかなかったのだ。
男達はそんな姿の雷を指差し笑いものにしているが、雷は寒ささえ凌ぐことができればなんでもよく、さして気にもしていない。
「熊太郎さんの髪、絹みたいに細くて白くて綺麗」
「でも、前髪長くて前が見え辛そうね・・・」
そういって、娘の一人が雷の前髪に触れると、突然「キャッ」と悲鳴を上げて娘達は皆逃げ出してしまった。
娘達の様子を見ていた男達は、ひとり残された雷を指差し「不細工」だの「醜男」だの揶揄して笑っていたが、縁側から吹き込んだ風が雷の髪を横に揺らすと、皆俯き黙りこくり、頬を染める者までいる。
「それでは、宴もたけなわで・・・」
夜になると鬼が人を攫いにくる――と言い伝えがあるこの村は、村長のこの一言で鴉の鳴く頃にお開きとなった。
先ほどまでの騒ぎはどこへやら、村人達が帰った後のがらんとした部屋の隅には布団が三組隙間なく敷かれ、雷は老夫婦に挟まれ、お婆さんの心地よい子守唄を耳に、お爺さんの絶妙な寝かしつけを受けながら、かれこれ数百年ぶりの温かい布団に包まれている。
「のう、熊太郎、眠ったか?」
「…雷です」
「ねぇ、熊太郎、寒くはない?」
「……雷です」
何が楽しいのか…フフフ、ハハハと突然笑い出した二人に、なぜか少しの気まずさを覚え、別にどう名前を呼ばれようがなんでもよくなった雷は、二人の笑い声に故郷を思い出し、二人に見たこともない親を重ね、心の中でほっとため息を吐いた。
雷には親の記憶が無い。
気づけばひとりでゴミ捨て場に立っており、臭く汚い雷は町の厄介者で嫌われ者だった。ゴミを漁りながら、飢えとの戦い。死と隣り合わせの雷を誰もが見て見ぬ振りをした。
雪の降り積もる極寒の夜、飢えと寒さで倒れた雷は、冷たささえ感じなくなってしまった自分の体に死を覚悟した。開いている目は夜よりも闇を映し、吐き出す息も少なくなって行く。
頭に流れる走馬灯は、見るに耐えれないものばかりを流すので、早く終わることばかりを願っていた。
最後の力を振り絞り、大きなため息を吐こうとした瞬間、突然、頬に熱を感じた。それは耐えられないほどの灼熱で、熱した鉄を押し付けられ、皮膚をドロドロに焼かれるような感覚だった。
耳には凛とした幼い少年の声。暗闇を映していた目は、ぼんやりと光を映す――。
「師兄・・・」
雷が目覚めるとすでに二人の姿はなく、両側に敷かれていた布団も仕舞われていた。
部屋は日の光で明るく、外からは雀の鳴き声が聞こえる。囲炉裏には火が灯され、吊り下げられた鉄瓶はしゅんしゅん音を立てながら、注ぎ口からは天井へ向けて煙を吐き出している。
布団から起き上がると、横には雷が身につけていた着物が清潔さを取り戻し綺麗に畳まれ、身に纏うと、解れたところや破けていたところが直されていた。
畳んだ布団に借りていた着物を乗せ縁側へ出ると、庭から「熊太郎、おはようさん」と、雷の姿に気づいたお婆さんが薪割りの手を止めると家に上がり、大鍋を囲炉裏に置くと、温まった雑穀の粥を雷に出してくれた。
「いっぱい食って大きくなるんよ~!」
お代わりの椀を雷に渡し、目尻の皺を深めたお婆さんの言葉は、子に対する言葉で、雷は慣れずに気恥ずかしい。
(これ以上俺は大きくなってどうするんだ?)
―― ただでさえ熊などと見間違えられたほどなのに・・・。
「ところで、爺ちゃんは?」
九杯目のお代わりを受け取ると、家が静かなことに気づき、雷は疑問に思った事を口にした。
「…お、お爺さんは、村の集まりで、村長さんの、ところに・・・」
さっきまで、お爺さんとの馴れ初めや、駆け落ちの話し、二人で大きく切り拓いた田んぼや畑の話しを嬉しそうに話していたお婆さんの歯切れが明らかに悪くなり、顔色も白みを帯びたように見える。
「ふーん・・・」
雷の問いかけは別段おかしなものではないはずなのに、まるで、おかしなものを問うたようなお婆さんの態度に、あまりに思い当たる節がありすぎたので、そのまま何事もなかったように素知らぬふりを装い、二十二杯目で食事を終えると、「川の方に行く」と村長の家がある集落と反対方向へ向かう旨を告げ、「鴉の鳴く頃までは帰って来なさいね」の言葉と腹が減ったとき用のきび団子を持たされ、玄関で持たされた団子を全て食ってしまうと家を出た。
川は見晴らしがよく、集落や丘の上の老夫婦の家が小さく見える。遠くには大きな山々が聳え、あと、目に映るのは、稲が刈り取られた後の広大な農地――。
「…なるほど。厄介だな」
雷の中で、この村に感じていた違和感が一本の線へと繋がる。
広大な農地は、村に富と豊かさを齎したはずだ。
けれど、この村にはそれを受けた形跡が無い。
刈り取られた米は祝いの席にすら上がらず、口にするのは質素な雑穀。その雑穀も限りのある物だ。
昨晩、雷が目を閉じた後、お爺さんとお婆さんは小声で、一年分の食料がここ三日で尽きる・・・という会話を雷はこっそりと聞いていた。
線の細い村人達もまた、異例なことがなければ食料事情は皆同じ様な物だろう。
薄まった酒を振舞う事情は、富が得られてない事を示唆していた。
ある、ではなく、あった。
あったが、消えた。
消えた、ではなく、奪われた。
誰が?
宴の席で、聞こえてきた村人達の噂話し。
「どこかの村で、拾い子が鬼退治をして村を助けた」――と。
「……鬼、か。・・・面倒だ」
川で時間を潰し、カラスの鳴く前に家路に着くと、玄関先で言い争う声がする。
「集まりで何度も言ったが、熊太郎は儂達の大事な息子だ! 噂だかなんだか知らんが、鬼退治なんぞにはやらんっ!!」
玄関口は村の男達によって塞がれており、雷は入ることが叶わずその場に立っている。
「ですが爺様、このままじゃ村が、村人達の生活が成り立たず、この先も皆苦しい思いで生きないといけないんよ!」
前の方にいるのは、村長だろうか?
男達よりも遥か高くに視線を有している雷は、この状況を俯瞰して見ることはできなかった。そもそも玄関口が小さいので、実際は背を屈め、男達の頭の間から覗き見た事柄で把握をするしかない。
村長の件は、声で把握をしたのだが。
「それはお前らが山の鬼を騙して、怒らせたせいだろうて。 儂も婆さまも村の恩に報いようと真ん中に入ったが、お前達はそれさえも壊し、呪いを受けたんじゃ。 鬼の気が済むまで辛抱するのが筋で、熊太郎は関係がないっぺや!!」
(・・・・・・・・・)
温和なお爺さんの怒号に、昨晩の温かい布団での出来事を思い出し、雷の心は少々むず痒くなる。
「熊太郎は村の者では無ぇから、命を落としたところで村に損害は出ないっぺ。 それに村の飯を口にしたんだから、村の役に立たねばな~。 穀潰しはこの村にはいらんて。 子が欲しいなら村長とこの孕った娘の子を爺さん達にやればええ」
「待て、オラの孫はやらんて。 ならお前んとこの娘差し出して、爺さんが孕ませればええっぺ」
「何ぃ?」
「何だっぺ?」
聞くに耐えない罵り合いで今度は村長と村人達が揉め始めた。お爺さんは呆れた顔をしている。
一方、雷は、これぞ人間――だと、今更ながら山から降りてきた実感を噛み締めていた。
そうこうしているうちに、村の一人が雷の存在に気づき、「熊太郎!!」と大声で指差した。
皆の視線が一気に雷に集まる。
「“雷”って名乗っているのに…」
すぐさま村の男達は雷を逃さない様取り囲むと、裸足のまま玄関から飛び出したお爺さんが雷の前に立ち、両手を広げ雷を守るよう男達と睨み合う。
ちょうどその時、玄関でのいざこざに気づいたお婆さんが家の奥から何事かと顔を覗かせると、それに気づいた雷の一言が空気を壊した。
「婆ちゃん、今晩は魚だ」
雷の手には先ほど川で獲った大量の魚が握られていた――。
とりあえず、今日のところは雷の獲ってきた魚を皆で分け合い、村の男達は渋々と大人しく帰っていった。
日が沈むと、囲炉裏には火が灯され、晩飯が湯気を立てている。今晩の晩飯は、朝の雑穀の粥と煮魚と焼いた魚。囲炉裏を囲み、お婆さんに魚獲りのコツを話していたとき、あれからずっと黙ったままだったお爺さんの重い口が開き、この村が抱えている問題を話し始めた。
それは、旅人だったお爺さんと、鬼と人間の合いの子のお婆さんが運命的に出会い、反対を押し切って駆け落ちの末、流れ着いた先がこの村―― から始まる。
当時の村長は、今の村長の祖父に当たる人で、異質な若い夫婦を奇異の目で見ずに温かく迎え入れてくれた。村人達も村長と同じく夫婦を受け入れ、この村の開拓事業に皆で汗水を流し、悲願だった川の整備と広大な田畑の整備を成功させ、村全体が豊かな生活を手に入れた。
村長が亡くなると、その息子が後を継ぎ、しばらくは何事も無い平穏な日々が続いたが、一人の鬼が村に流れ着いた事で一変する。
村は、お婆さんの例があったので鬼には寛容だった。鬼は働き者で、自分を受け入れてくれた優しい村人達に恩を感じ人の何倍も働いた。
当時の村長はその鬼の力と心を利用した。
村人が怖がっていると嘘を吐き、鍵付きの暗い部屋に住まわせ、村人と接触しない夜に働かす。農作物は不作だと食事は少なく与え、休みを与えずこき使った。
恩を感じるように、巧みな言葉で――。
鬼は壊れた。
壊れ役立たずになった鬼を疎ましく思った村長は、今度は村人達を唆し、凶悪な鬼と植え付け、村人達に鬼を退治させた。鬼は山に逃げ、数年はおとなしかったが、ある日現れ、村に呪いをかけた。
「この村の農作物を半分寄越せ、寄越さなかったら、赤子の命を奪う」――と。
村長は鼻で笑ったが、村人達の恐怖心からの強い要望に、渋々と従うことになった。
その時、間に入ったのが、同族は同族同士ということで村長直々に指名を受けたお爺さんとお婆さんで、押し黙ったままの鬼から無理矢理全ての事情を聞き出し、村長へ事実を隠すことを条件に鬼の要求を飲ませた。
けれど村長は、鬼への農作物に毒を混ぜ、それに気づいた鬼は、裏切られたと怒り狂い村への要求を強め、農作物を根こそぎ要求し、村長の家を燃やした。
幸いなことに、村長一家に怪我はなかったが、橋を壊し、農地を荒らし、原因不明の疫病も広まったことで、村は鬼の怒りを鎮めるため、要求を飲むことにした。
「――それが、十年前の出来事で、今も鬼の怒りは治らず、ずっと続いておるんじゃ・・・」
囲炉裏の火は部屋を温めてくれているが、話しに続く沈黙が場の雰囲気を重苦しく凍らせ、お爺さんはその凍えた雰囲気を打ち消すように、雷の魚を褒め、お婆さんの味付けを褒めた。
翌朝、鶏の声ならぬ、お婆さんの悲鳴で目を覚ました雷は、逃げていく村人の後ろ姿と荒らされた庭を見た。お婆さんは壊れた花壇の前で顔を伏せており、「春に咲くように」と植えられたはずの球根が地表に散らばっていた。
その他にも、積んでいた薪が崩されていたり、洗濯物に泥が投げつけられたり、納屋にしまってあった来年分の肥料が全部ぶち撒けられていたり・・・と、何者かによる嫌がらせは続いた。
肩を寄せ合う夫婦の背が、日に日に小さくなっていく姿を雷はじっと見つめ、そして待った。
この老夫婦が村人達の嫌がらせに屈し、雷に鬼退治に行くよう申しつけてくることを・・・。
けれど、村人達の嫌がらせが日に日に過激になっていく一方で、待てど暮らせど老夫婦の態度は相変わらずで、それどころか雷への愛情を益々深めてくる始末――。
親子の愛という器を有してなかった雷には、この夫婦の愛情は鼻から水を飲むようなもので、つまり苦しくて吐きそうだった。
なので、お爺さんの口から、「三人でこの村を出ようか」が出たとき、雷は、溺れ死ぬような気持ちになって、年齢による新天地での生活の厳しさや、一から全てを始める大変さを述べ、この地の残るようなんとか老夫婦を説き伏せると、待っていたはずの「鬼退治」のこの言葉を自ら口にしていた。
本末転倒である。
もちろん老夫婦は猛反対で、雷を必死に「危険だから」と引き止めるが、雷は「大丈夫」の一点張で聞かず。そのうちにどこで聞きつけたのか、村長が村人達を引き連れて老夫婦の家へと押しかけてきて、気色悪いほどの低姿勢で、来年の肥料の補填、納屋の壁の落書き、壊された裏戸の修復、など等を口に出してもいないのによく見知ったような口ぶりで申し出てきた。
「滑稽だ」
「何と?」
雷のついつい漏れてしまった言葉は、どうやらニヤニヤヘラヘラしている村長の耳を掠めたようだ。
(狸が)
雷は話の矛先を変える。
「ところで、これは?」
指差したのは、錆びついて手入れが全く行き届いてない、一本の剣――。
「鬼退治さ行くんなら、剣の一本でも必要かと思いましてねぇ。これは前村長の忘形見で、どこかの有名さ刀鍛冶から買い付けた代物で・・・熊太郎さんが持つにふさわしいかと思いましてねぇ…へへ」
「・・・・・・」
雷が剣を手に取ると、村長はいやらしい笑顔を浮かべ手揉みをしながら「よくお似合いで…。そんが差し上げますから、これさで鬼を切ってくださいな」という言葉を残し、村人達を引き連れてさっさと帰ってしまった。
「こんな錆びた剣じゃ大根も切れんっぺ」と、憤慨しているお爺さんをお婆さんが宥めているのを横目に雷は(剣は苦手なんだよな~)と心の中で呟き、ある人の剣技を思い浮かべ、剣を撫でた――。
翌日は快晴で、実に鬼退治日和・・・と、雷は今現在山道を登っている。
背には昨日村長から貰った錆びた剣を背負い、腰にはお婆さんが持たせてくれた大量の爺ちゃん特製きび団子を腰に引っ提げている。
鬼の住む場所は、村の側にある山の奥で雷の足なら半日あれば着くくらいの距離にある。早朝に家を出て日がてっぺんに登り切る頃に、大きな屋敷が雷の目の前に現れた。
屋敷の作りは精巧で豪華絢爛だ。柱や梁には鳳凰や龍、鬼や牡丹などの彫刻が施され、その上から艶やかな色彩が幾重にも重なり、持ち主の富の豊かさを象徴している。
雷は装飾が溢れんばかりの玄関に立ち、指についたきび団子の粉を、近くにあった天女像に擦り付け綺麗にすると、ようやく中にいるだろう鬼を呼んだ。
屋敷には、大なり小なり豪華な部屋はたくさん並んでいたが、雷が通された部屋は、長い廊下の先にある特に豪華な金色に輝く部屋だった。
何十枚もの青い畳が敷き詰められた部屋の真ん中には件の鬼が杯を片手に胡座をかいている。
(結構若いな)
鬼の外見は、人間にすれば雷と同じくらいに見える。
「お前、あの糞村長にでも頼まれて、その剣でオレを殺しに来たか?」
鬼はそう言いながら雷を己の目の前に座らせると、杯に並々注がれた酒を進めてきた。
「良い酒だな。どこかの酒は水で薄まって飲めたもんじゃなかった」
杯の酒を一気に空にした雷の言葉に、鬼はハッと忌々しそうに笑い、「あの村人連中に酒は勿体無い」と吐き捨てると、過去の傍若無人な村人達の行いと、人間への憎悪を雷へとぶつけてきた。
鬼の言葉に雷はうんともすんともいわず、ただ杯に注がれる酒の味を楽しむ。
「お前はオレを殺しにきたんだろ?」
雷へと顔を近づけ、物騒な言葉を囁く鬼は、その言葉とは裏腹にニヤリと笑みを浮かべ楽しそうに雷に問う。
雷は腰に下げていたきび団子を数個取り出すと、空になった杯に乗せ、それを摘んで食いだした。
「俺はお前を殺す気はない。ただ、村への慈悲を願いにきただけだ」
雷が杯に乗ったきび団子を鬼に勧めると、鬼はそれを手で払いのけ、青い畳の上にバラバラになって落ちた。
「慈悲?慈悲慈悲、慈悲だと? あいつらがやった事を許せというのか? オレを利用して、悪者にして、毒まで盛った奴らを許せというのか? 思い出すだけでも怒りが込み上げるのに、慈悲などあるはずないだろう!! あいつらは一生オレに償うんだ、オレの心が癒えるまで何代でも搾取し続けてやる!!」
興奮する鬼を横目に、雷は畳に落ちたきび団子を杯に戻すと、「美味のに」といい、一つ摘んで食う。
「お前ら村の者の話は聞かん。 オレを止めたければ、その剣でオレを殺せばいい!!」
鬼の興奮は冷めやらず、雷は心の中で溜息を吐く。
(…鬼というものは、いつも一か百で話しをする厄介者だな)――と。
「俺はお前を殺さない。剣は持たされただけの飾りだ。この剣は錆びていて使いもんにならない」
雷の言葉に、鬼は一瞬面食らったような表情をしたが、次第にそれが崩れると、口角が思いっきり上がり、鼻から息をフンッと息を吐き出した。
「“殺さない”じゃなく、“殺せない”の間違いだろ? お前は俺よりも弱いからな」
鬼は雷を見下す。
「弱い?」
一方、雷の視線は指で摘んだきび団子に注がれている。
「ああ、人が鬼に敵うはずないだろう?」
「お前が俺をそう見るのなら、そうなんだろうな」
雷は指で摘んだ団子にフッっと息をかけると、口に運び咀嚼した。
「まったく滑稽だな。きちんとした剣ならまだしも…錆びついた剣を持たされるなんて…お前は村人達に馬鹿にされ利用されていることに気づかない正義感に駆られた大馬鹿者だ」
鬼の言葉に、雷は口端の筋肉を片方だけ吊り上げ、ニヒルな表情を浮かべる。
「……そうだな。お前の言う通りだ。 けれど、お前もこんな陳腐なところより、あの小さい部屋の暖かい布団で川の字になれば、大馬鹿者にもなれるさ」
雷の視線はこの豪華な部屋をぐるりと見渡すと、次にその視線は初めて鬼とぶつかる。
「……お前は何を言っているんだ?」
両者は互いに視線を合わせたまま、布切れ一つ音を立てない。
「とにかくオレに慈悲はない。 俺を止めたければ、俺を殺せ!」
鬼は視線を逸らすことなく、雷へと睨みを強める。
「俺は剣が苦手で、この剣は錆びている。錆びた剣の傷口はズタズタだ。痛みは通常の数十倍。死よりも酷い。―― お前は死を望むのか?」
先に視線を逸らしたのは雷の方だ。
雷の視線は空になった杯に注がれ、新たなきび団子を取り出し、杯に積んだ。
「馬鹿馬鹿しい。弱者が戯言をみっともない。お前とは話にならん。 交渉は決裂だ。 今後一切村との交渉は応じぬっ!!」
帰り際、雷は指先についたきび団子の粉が気になり、玄関に飾られた四神獣が描かれた屏風に擦り付けると、鬼の屋敷を後にした。
『鬼の世界は力が全て。弱者は強者に従い、そこに正も悪も無し』――これは師兄が雷に説いてくれた学識だ。
座学よりも実践派な雷は、小屋で学問を説く師匠の言葉は右から左に流れ、匙を投げられた雷を見かねた師兄が雷に学問を説いた。不思議なことに、師兄の教えだけは一言一句漏らすことなく記憶に留まり、雷の学識の能力は高い水準まで引き上げられた。
雷の学識のほとんどは師兄から学んだ。
「師兄・・・」
雷は今、大木にぽっかり空いた洞の中で寝息を立てている。
辺りは暗く、空には大きな満月が浮かんでいる。
鬼の屋敷から丸二日。北方へ山を五つ分超えた名もなき神山にある大木には、ある噂がある。
それは、満月の夜に開かれる宴――。
―― 雷が目覚めると、それはもうすでに始まっていた。
洞の外からは、笛や太鼓の囃子に混じり、大勢の笑い声や話し声が聞こえてくる。
けれど、雷が目覚めた理由はそれらでは無く、洞の中まで漂い充満している焼いた肉の香ばしい匂い。
(腹が…減った)
雷が外を覗くと、この神木の周りにはたくさんの鬼達がいて、皆綺麗に円を描くように座り、楽しげに飲み食いしている。円の中心では催し物が開かれ鬼達を楽しませているが、雷の鼻先はそこを通り過ぎ、円から外れた隅の方に向けられている。
向けられた先には大量に並べられた食材。ではなく、食材で料理を作っている二匹の鬼。でもなく、そこも完全に通り過ぎ、鼻先は焚べられた木にぶら下がった猪の丸焼きに当たる。この猪の丸焼きの香ばしい匂いが雷のところまで漂ってきているからだ。
(美味そうだ…)
この二日間、ずっと歩きっぱなしの雷の腹に入ったものといえば、今は残り少なくなっているきび団子のみ。雷の口からは、大量の涎がだらだらと溢れ、地面を濡らしている。そのせいか洞の中はほんのり湿り気を帯び暖かい。
そんなことを知るはずもない鬼達は飲んで食っての大騒ぎ。円の中心では酔っ払いどもが笛や太鼓に合わせ、褌一張で片足を交互に上げ楽しそうに下手な踊りを披露している。
鬼達の宴会は、まさに最高潮の真っ只中。
―― 真っ只中、だった。
突然、賑やかな音が止み、静寂が訪れた。
鬼達の視線は皆同じ方向を向いている。視線の先には、先ほどから何度もぐるるるる――と大きな音を響かせている神木へ。
その洞へ。
雷が洞から引き摺り出された先にいたのは、この中で一番強者の前だった。
鬼にしては雷よりも少し小柄で、大柄な鬼達の中では一番の小柄に見える。小柄な鬼は、雷に見せつけるように杯の酒を飲むのだが、その酒を飲む姿は実に優雅で品性があり、額に突き出している二本の角がなければ、どこかの国をいくつも傾国へと導いた麗人…といっても過言ではないくらい鬼らしくない鬼だった。
「お前、蓬莱山の出の者か?」
麗人ならぬ麗鬼の声はまた麗声で、開口一番に雷にかけたこの言葉がこの麗鬼の強さを物語る。
通常の鬼などの妖の類いには雷はただの人と映る。あの屋敷の鬼も同じだ。
麗鬼のように強大な力を持つ妖には、雷は霊力を纏った神仙として映る。雷などの神仙達も妖を映すさまはまた然りだ。
だが、そんなことよりも、雷の視線はこの鬼の袂に置かれた肉へと注がれている。
周りの鬼達は物音一つ立てず、固唾を飲んで麗鬼と雷のやり取りに注目しているのだが・・・。
「お前…この肉が欲しいのか?」
先ほどの麗鬼の問いに、うんともすんとも言わない雷の視線を辿り、悟った麗鬼が再度雷に問うと、雷の視線は麗鬼をようやっと映し、「くれるのか?」と犬コロみたいに答えた。
雷の失礼な物言いに周りの鬼達に緊張が走る。
「くれてやってもいいが・・・何か余興をして儂を楽しませれば、この肉だけでなく酒も料理もお前に好きなだけ与えよう」
周りの鬼達の緊張を他所に、麗鬼の様子はどこか楽しげだ。
それもそのはず、毎度毎度満月の度に義務のように宴へと担がれている麗鬼には、このマンネリ化した宴はつまらなく飽きてしまっていた。けれど、自分を慕い集まり、楽しませようと一生懸命な鬼達の姿にその事を言えずに本心を隠していた。
そこに現れた神仙たる雷の存在。麗鬼はある余興を思いつき、逆にこの可愛い鬼達を楽しまてやろうと画策していた。
「やる」
雷の即答に、麗鬼は画策した余興を雷に告げる。
「儂と勝負して負かせよ。儂が負けを認めれば、お前はここの酒や食い物を好きなだけ飲み食いしてもいい。 どうだ?」
「やる」
雷の即答に、今までおとなしかった鬼達が一斉に歓声を上げると、すぐさま賭けが始まった。けれど、賭けのほとんどが麗鬼の勝利に賭けられており、全く賭けにならず。見かねた雷が自分自身に賭けることとなった。
雷が賭けに勝てば、強い鬼に屋敷の鬼の説得に付き合ってもらい、雷が賭けに負ければ、命・・・神仙の肉を差し出す――と。
神仙の肉は、不老不死を与え、一口喰らわば力がみなぎり、低妖を大妖怪へと一瞬で押し上げさせるといわれている逸品。妖には喉から手が出るほど欲しいもの。
雷が神仙である…と告げられると、鬼達の目の色が一瞬で変わり、皆が雷の負けを願うという不穏な空気感で、円の中心に、月明かりに照らされた二つの影が立った。
月に照らされる麗鬼の黒々とした長い髪が、艶やかな花を描いた着物が、風に優雅に揺れている。
その一方で、向かい合う雷の白髪も月明かりにキラキラと輝き、それと共に風に揺れる真っ黒な着物が不気味さを醸し出している。
「―― 神仙、貴様が剣を見せるのであれば、儂も剣を見せてやろう」
麗鬼は雷に背負われている銀色の剣を見てそういうと、「破刹」と名を呼び右手に現れた剣を握ると、地に土欠けを残し、雷の懐に素早く剣先を差し込んできた。
雷はすんでのところでそれを避けると、勢いづいた力を流すように体を一回転させ体勢を戻す。
麗鬼の剣の腕は確かで、そこに素早さが加わっており、このままの素手では到底敵わない。
(剣は、苦手なんだけどな・・・)
仕方なく雷は背に手をかけると、背負っていた剣を鞘から力任せに無理矢理引き抜いた。
現れた剣身は錆び錆びの刃はガタガタで・・・。
「・・・剣は己の分身。剣身は持ち主の心を映す鏡。…貴様、ふざけているのか?」
麗鬼の上げる怒号は、剣の道を志す者の基本中の基本で、師兄に刷り込まれた雷にも耳馴染みの言葉だ。
けれど雷の辿り着いた剣の道は、―― 振れれば何でも剣―― なので、錆錆だろうがガタガタだろうが、それはさして問題ではない。
要するに、いま破殺を振りかざし雷へと飛びかかってくる麗鬼の剣先を避けながら、一回軽く振れれば・・・いい。
「貴様・・・」
雷と麗鬼が距離を置いて地面に着地し、麗鬼が雷に向かって言葉を発すると、その途端、艶やかな着物が散りじりになり、麗鬼の引き締まった艶かしい白い肌があらわになった。
麗鬼は一瞬自身に何が起こったことが把握できず、白い裸に褌一張で固まっており、周りの鬼達も口をあんぐりと開け、同じように固まっている。
一方雷は、鬱陶しかった前髪が少し切られ、その顔を晒すこととなった。
けれど雷はそんなことは気にもならず、一息ふっと息を吐くと、背負っている鞘に剣を戻す。
その途端、麗鬼の褌の紐に一線入り、はらりと褌が地面に落ちると、麗鬼の麗鬼が冷気を浴びることとなった。
鬼達の視線が麗鬼の麗鬼に集まると、麗鬼は鬼達の視線を辿り、その視線は己の股間へ・・・。
「いhgdsぐいっkhdsdhkぴhtれwqfjp@dsdgtdsfghjk!!!!!!!!」
鬼達の中で一番大柄な鬼が麗鬼の元へ駆け寄り、己の着ていた着物を麗鬼にかけ前に立ち憚り鬼達の視線を断つ。
すると今度は轟音を響かせ、麗鬼の背の方の山が二、三個ほど消えていった。
辺りは静寂に包まれ、空には満月がポッカリ浮かび、神木は風にゆれている。
「鬼退治に力を貸して欲しい」
賭けに勝ち、勝負に勝った雷は、目の前に並ぶ大量の肉や酒を胃袋に収めながら、鬼達の中で一番大きな鬼・・・先ほど麗鬼に着物をかけてやった鬼に、一連の屋敷の鬼と村人との確執について話しをしている。
その横では麗鬼が背を向けて膝を抱えて座っており、後の鬼達はそこから少し離れた場所で皆心配そうな顔つきで事の経緯を見守っている。
「・・・で、出発は朝日が登る頃合いで…」
月が西に傾き、雷の説明が終わりかけた時だった。突然「儂が行こう」と麗鬼が声を上げ、雷と大きな鬼の間に入ってきた。
「五郎太は儂の次に力は強いが、優しいから役不足だ。儂がその屋敷の鬼とやらの元に行き、殺してやろうそう。 さすれば村は通常に戻り、この貴様のいう鬼退治は早期に解決し、貴様は儂に感謝するだろう」
突然割り込んできた麗鬼の直球的な物言いに、鬼に対するもう一つの学識、『鬼の脳は筋肉でできている』を思い出し、心の中でため息を吐くと麗鬼に簡潔に答える。
「殺しは無用。俺は鬼の威が借りたいだけだ。おとなしく隣にいるだけでいい。話しは俺がする」
けれど、麗鬼は納得がいかない。
なぜなら、この問題は過去はどうあれ、屋敷の鬼とやらが村人から農作物を全て搾取していることから来ている。ならば、この鬼が居なくなれば、搾取は無くなり、村人は富を得て豊かな生活を送れる。
これが本来の“鬼退治”ではないのか?――と麗鬼がそう問うと、雷は首を横に振り、こう答えた。
「屋敷の鬼は鬼退治の鬼ではない」
結局、雷についてきたのは大きな鬼の五郎太――と、五郎太の肩に乗り、雷のきび団子を美味そうに頬張っている「森羅童子」と名乗った麗鬼である。
「儂を“森羅”と呼ぶことを許したのは貴様だけだ、“雷”よ」
目下の五郎太の口にきび団子を運びながら、そういい放つ森羅は随分とご機嫌だ。
道中、聞いた話しだと、この二匹の鬼は兄弟で、雷が二匹を見比べて「似てねぇ」というと、血の繋がった正真正銘の兄弟らしく、五郎太は父親似で森羅は母親似だと説明を受けた。兄弟の数は全部で十一匹で、五郎太は名前の通り上から五番目の男だから五郎太で、末っ子の森羅は母親の気まぐれでついた名だとか。
(そこは十一郎太だろ!!)
雷の心の突っ込みは誰も聞くこともなく・・・二日目の朝に辿り着いた屋敷の鬼の豪華絢爛な玄関に流された――。
玄関の四神獣の屏風には、初日に雷のつけたきび団子の粉が残っており、森羅はそれを見て、「汚い」と言いながら自分の指についたきび団子の粉を同じように擦りつけていた。
案内された部屋は前の時と同じ長い廊下の先にある金色に輝く部屋で、屋敷の鬼は雷の後ろに控えている二匹の鬼に戦々恐々としている。
(やはり、鬼には鬼が一番だな・・・)
まるで最初の時とは別人のように素直に話を聞く屋敷の鬼の態度に、雷は改めて鬼の世界の力至上主義を目の当たりにした。
そして最後に、残りのきび団子を全て差し出すと、屋敷の鬼はそれをありがたがって頬張り、それが雷の鬼退治に乗ることの了承となった。
雷は三匹の鬼を引き連れて村へ――、お爺さんお婆さんの元へ帰ると、二人は雷達を歓迎して向かい入れてくれて、ささやかな料理と暖かい布団で鬼達をも丁寧にもてなしてくれた。
翌朝、雷が鬼を連れて村へ戻った――と耳に入れた村長が村人達を引き連れて、ここへと押しかけ、玄関先で大騒ぎを起こしている。
「熊太郎ば出せ!」「熊太郎ば出せー!!」
「鬼ば倒すのではなくなぜ連れてきた!」「連れてきたー!!」
「鬼ば殺せ!」「鬼ば殺せー!!」
「鬼の首をば差し出せ!」「首をば差し出せー!!」
村長の言葉をなぞって続ける村人達の聞くに耐えない怒号。
それを聞いた森羅なんかは、「鬼と人に何の違いがあるのだろうか?」などと、ニヤニヤと雷に問うてくるしまつだ。
(…厄介)
雷は心の中でため息を吐くと、不安げな表情をしたお爺さんとお婆さんに「大丈夫だから」と安心させるように言い、玄関先で騒いでいる村人達の前に出た。
「おいっ、ようやっと出てきたっぺか? こんの裏切り者めっ!!」
玄関に現れた雷の姿に、鼻息荒く村長が口を開くと、それに続き村人達も聞くに耐えない暴言を次々と雷へと浴びさせる。
けれど雷にはそんなものはどこ行く風。気にも留めず「丁度よかった」と村人達に言い放ち、早速、計画通りの鬼退治を開始した。
「この村を困らせていた鬼は、今から俺に代わり“熊太郎”となった。今後、爺ちゃんと婆ちゃんの息子としてこの村の一員になる」
雷の言葉に、信じられないと驚愕する村長と、村長に続く村人達。
「そっ、その鬼は、オラ達の農作物を奪って苦しめた悪党だっぺ! 村の一員なんて認めるわけねぇ。 息子さいうなら老夫婦共々村から出て行ってもらう!!」
村長の言葉に村人達は「そうだ、そうだ」と同調し相槌をうっている。
「熊太郎がやったことは悪だが、村が熊太郎にやったことも悪だ。どちらも悪で相殺だ。 けれど、村は爺ちゃん婆ちゃんに嫌がらせをした。その分村の方が悪い」
「だが、この鬼のせいでオラ達は十年もの間ひもじい思いをして・・・」
村人の一人が雷へと自信なさげに言葉を発する。
「熊太郎は数十年間タダ働きをさせられた。食うものも飲むものも満足に与えられず、暗い鍵のついた小屋に閉じ込められてた。気の良い熊太郎を鬼にしたのはお前達村の人間・・・いや、人間じゃない、鬼どもだ」
雷の言葉に村長は黙り込み、村人達は下を向いている。
「村長は熊太郎を認めず、爺ちゃん婆ちゃんを追い出そうとしたが、そもそもこの村の農地の半分はこの二人の開拓した田畑だ。収穫量ももちろん半分はこの二人が占めている。その収穫量も、熊太郎の問題が出る前から村にほとんど搾取されてきて・・・そんな人間をお前達鬼は追い出すのか?」
「・・・・・・」
…もう雷にものを言える者はここにはいない。
「今後、この村で穫れた農作物は、村長ではなく、爺ちゃんと婆ちゃんに管理してもらう。農作物で得た富と食料は平等に分配し、豊かな暮らしを保障する。 もちろんこれは任意で、今まで通り村長を選ぶもよし。自分自身で市場を開拓するのもよし。 ただし、邪魔をするのなら、熊太郎が黙ってはいないだろうな…」
村人達は、村長の顔色を伺ったり、玄関の中を見たり、そわそわとしている。
そこへ、雷のトドメの一撃が炸裂する。
「前村長は、この剣に相当な金を注ぎ込んだと見える。 この剣、この世に三本のみを残しこの世を去った名匠の作品だ。 村長の家には、どこで得た金で買ったか…名だたる美術品がそうとう眠っているらしいが・・・」
背負っていた剣を両手で持つと、雷は村人に近づき、錆び錆びだが、よく見ると鞘には繊細な模様が彫られている剣を披露した。
どんどんと顔色が変わる村長を横目に、村人達はお爺さんとお婆さんの元へ。
ひとり残された村長の体はプルプルと小刻みに震えており、雷はそんな村長に近づくと、肩をポンッと叩き、「爺ちゃんと婆ちゃんは世話焼きだ。人でも人ならざるものでも、全て受け入れてくれる」―― と背中を押した。
雷の腰には大袋に入った爺ちゃん特製のきび団子。爺ちゃんが朝早くから故郷へ帰る雷へと大量に作ってくれた団子だ。背には、旅の無事の願を込めたと村長に渡された錆び錆びの名剣を背負い、懐には婆ちゃんに無理矢理持たされた餞別が入っている。
二人は雷に「いつでも帰っておいで」と笑顔でいい、「雷」と初めて読んでくれた。
本日は晴天。冬口で空気は冷たいが、徒歩ならすぐに体は暖まる。旅日和でもある。
故郷へは、あと半分―― といったところで、立ち止まった雷の視線は後方を歩く二人組に目が留まる。
後方。雷から十歩後には五郎太と、五郎太の肩に乗る森羅。森羅の鼻からは鼻歌か鼻歌ではないのか、でたらめな雑音が奏でられている。―― これは、多分、きっと、とても機嫌がいいのであろう。
いつもは無表情な五郎太も、その表情からは読み取ることは困難を極めるのだが、心なしかなんだか楽しそうなことが足取りで伝わる。
雷はそんな二人に心の中でため息を吐くと、二人に向かって疑問に思っていたことを口にする。
「お前達はいつまで着いてくるのだ?」
ようやく雷に追いついた五郎太――の肩に乗る森羅は鼻歌を止めると自信満々にこう答えた。
「五郎太とはこの先で別れる」
「・・・・・・?」
(五郎太とは・・・とは?)
「儂は雷の使役になったからな、一生側に仕えるぞ」
「・・・・・・・・・は?」
「貴様は儂との勝負に勝った。儂は強い者が好きだ。けれど強いだけではダメだ、儂にも好みがあるからな」
雷の胸に嫌な予感が浮かぶ。
「儂は、貴様がとても気に入ったのだ。全てにおいて雷という男は完璧な儂の理想そのもの…。使役となればずっと側にいられる。 側にいれば、いつか弱った時に食えるかもしれぬ…理想の神仙の肉を・・・」
森羅は空中を仰いで何を描いているのか、恍惚の表情を浮かべている。
要するに森羅の脳は、やはり筋肉だけでできているようで…。力を得るために雷を利用しようと、あわよくば神仙の肉を得ようと画策していると、馬鹿正直に吐露したのだ。
(厄介・・・)
雷の嫌な予感は的中し、心の中で大きなため息を吐くと、次の瞬間、地面に土欠けを残し、駆けていた。
小さくなる雷の姿に、森羅はハッと我に帰ると、五郎太の肩からひらりと優雅に地面に降り立ち、「使役から離れられると思うなよ」と言葉を残し、その姿も小さくなっていった。
ひとり残った五郎太は、二人が消えていった方へ片手を振ると、踵を返し、鬼達が待っている山の神木へと帰っていった。
続く。
「誰か・・・助・・・」
川面に男が一人、どんぶらこ、どんぶらこ――と流れている。
つい先日、蓬莱山での修行を終えてきたばかりのこの男は、今現在、故郷への帰路の途中だ。
男の名は、雷。かくかくしかじか、あーだーこーだーあって、川に身を任せている。
冬先の川の水は非常に冷たく、雷の体はガチガチに凍ってしまい、身動きが取れずに流されるがまま…。
けれど、雷にとってはそんなことは些細なこと。
問題は――。
「はっ、腹が・・・減った・・・」
お婆さんは山に芝刈りに、お爺さんは川に洗濯に・・・。
お爺さんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこっこと巨大な熊が流れてきた。巨大な熊はぐるるるると大きな音を立てているが、毛に白が混じった老熊で、かなり弱って見える。
お爺さんは考えた。この熊があれば村中の人が三日は食える―― と。
「すぐに婆さんを呼んで捕まえてもらったら老熊でなく人の子だったから、儂が熊太郎と名付けた」
「雷です」
囲炉裏には、お爺さん特製のきび団子汁が大鍋の中でいい匂いを漂わせながらぐつぐつと煮立っている。雷が二十杯目のお代わりをしてもなお鍋の中の汁物は減る様子もない。
「私達に子がなさんかったのを、華神様が気の毒に思い、熊太郎を私達夫婦に授けてくれたんですよ」
お婆さんの「華神」――という言葉に、雷の心臓は飛び上がり、跳ねたが、凛とした後ろ姿を消すように頭を振って腕の中のきび団子汁を一気にかき込んだ。
村の外れに住む老夫婦が川で白頭の子を拾った――という話は一瞬で村中に広がった。
村の人たちは酒や料理を手土産に老夫婦の家に集まると、囲炉裏を囲み祝いを始めた。
「熊太郎、飲んでるか~?」
「雷です」
酒瓶を片手に、すでに出来上がっている村長と呼ばれていた男が、雷の隣にどかっと腰を落とすと、杯を渡し、そこに並々と酒を注いだ。
雷はそれをグイッと一気に飲み干す。
(…うぇ、なんだこれ、酒じゃなく、水か?)
「この老夫婦はな、本っっっっっっ当に良くできた二人でな、村の者は皆一度は何らかで世話になっとるんじゃて。オラも二人に散々世話になりっぱなしでな、こん二人は村に必要な二人なんだっぺがな。 特に爺さんはほんに体が小さくて弱いからの、それを力持ちの婆さんが補って、二人は本当に仲睦まじく・・・うぅ、良かった、二人にこんな立派な熊太郎っちゅう息子さできて・・・うぅ」
どうやら村長は泣き上戸らしく、数人の村人が「村長また泣きよって、こりゃ相当酔ってるっぺ」と泣いている村長を囲み昔話に花を咲かせだした。―― この村人達も、そうとう酔っているみたいだ。
雷の杯にはもう一杯の酒が並々と注がれいるが、ほとんどが水の薄まった酒を飲む気がしない。
(この水で、どうしてあんな風に酔えるんだ?)
しかたなく杯を床に置くと、今度は目の前に三つの料理が並んだ。
「熊太郎さん、これ私が作ったの、食べてみて?」
「あら私の方が先よっ! ね、熊太郎さん?」
「この子達より、私の方が美味しそうでしょ? さ、熊太郎さん」
歳の頃は雷と同じくらいだろう。白粉に紅までひいて、ずいぶんとおめかしをしている線が細い娘達。
その娘達と対をなすかのような男達もまた線が細く、少し離れた場所でかたまり、雷へ殺気を帯びた視線を向けているが、雷は素知らぬふりして「美味そうだな」といってそれぞれの料理を一口ずつ口に運ぶ。
どれも祝いの席にそぐわぬような質素な料理だったが、味は確かだ。
雷が娘達を褒めると、男達の殺気がますます強まるのを感じる。あからさまな嫉妬は相手が居ることで成立するものだ。―― 雷は少し羨ましく思う。
「熊太郎さんは本当に熊みたいに大きいのね。 お婆さんの着物でも小さいみたい」
娘の言葉も少し引っかかるが、雷の姿は少し珍妙だ。なぜなら、雷の着物は庭先で風に踊っており、今身に纏っている着物は女物。村中の男達よりも頭ひとつ分は突き出ている背丈が大きなお婆さんの着物だ。―― 雷の体を被う着る物がそれしかなかったのだ。
男達はそんな姿の雷を指差し笑いものにしているが、雷は寒ささえ凌ぐことができればなんでもよく、さして気にもしていない。
「熊太郎さんの髪、絹みたいに細くて白くて綺麗」
「でも、前髪長くて前が見え辛そうね・・・」
そういって、娘の一人が雷の前髪に触れると、突然「キャッ」と悲鳴を上げて娘達は皆逃げ出してしまった。
娘達の様子を見ていた男達は、ひとり残された雷を指差し「不細工」だの「醜男」だの揶揄して笑っていたが、縁側から吹き込んだ風が雷の髪を横に揺らすと、皆俯き黙りこくり、頬を染める者までいる。
「それでは、宴もたけなわで・・・」
夜になると鬼が人を攫いにくる――と言い伝えがあるこの村は、村長のこの一言で鴉の鳴く頃にお開きとなった。
先ほどまでの騒ぎはどこへやら、村人達が帰った後のがらんとした部屋の隅には布団が三組隙間なく敷かれ、雷は老夫婦に挟まれ、お婆さんの心地よい子守唄を耳に、お爺さんの絶妙な寝かしつけを受けながら、かれこれ数百年ぶりの温かい布団に包まれている。
「のう、熊太郎、眠ったか?」
「…雷です」
「ねぇ、熊太郎、寒くはない?」
「……雷です」
何が楽しいのか…フフフ、ハハハと突然笑い出した二人に、なぜか少しの気まずさを覚え、別にどう名前を呼ばれようがなんでもよくなった雷は、二人の笑い声に故郷を思い出し、二人に見たこともない親を重ね、心の中でほっとため息を吐いた。
雷には親の記憶が無い。
気づけばひとりでゴミ捨て場に立っており、臭く汚い雷は町の厄介者で嫌われ者だった。ゴミを漁りながら、飢えとの戦い。死と隣り合わせの雷を誰もが見て見ぬ振りをした。
雪の降り積もる極寒の夜、飢えと寒さで倒れた雷は、冷たささえ感じなくなってしまった自分の体に死を覚悟した。開いている目は夜よりも闇を映し、吐き出す息も少なくなって行く。
頭に流れる走馬灯は、見るに耐えれないものばかりを流すので、早く終わることばかりを願っていた。
最後の力を振り絞り、大きなため息を吐こうとした瞬間、突然、頬に熱を感じた。それは耐えられないほどの灼熱で、熱した鉄を押し付けられ、皮膚をドロドロに焼かれるような感覚だった。
耳には凛とした幼い少年の声。暗闇を映していた目は、ぼんやりと光を映す――。
「師兄・・・」
雷が目覚めるとすでに二人の姿はなく、両側に敷かれていた布団も仕舞われていた。
部屋は日の光で明るく、外からは雀の鳴き声が聞こえる。囲炉裏には火が灯され、吊り下げられた鉄瓶はしゅんしゅん音を立てながら、注ぎ口からは天井へ向けて煙を吐き出している。
布団から起き上がると、横には雷が身につけていた着物が清潔さを取り戻し綺麗に畳まれ、身に纏うと、解れたところや破けていたところが直されていた。
畳んだ布団に借りていた着物を乗せ縁側へ出ると、庭から「熊太郎、おはようさん」と、雷の姿に気づいたお婆さんが薪割りの手を止めると家に上がり、大鍋を囲炉裏に置くと、温まった雑穀の粥を雷に出してくれた。
「いっぱい食って大きくなるんよ~!」
お代わりの椀を雷に渡し、目尻の皺を深めたお婆さんの言葉は、子に対する言葉で、雷は慣れずに気恥ずかしい。
(これ以上俺は大きくなってどうするんだ?)
―― ただでさえ熊などと見間違えられたほどなのに・・・。
「ところで、爺ちゃんは?」
九杯目のお代わりを受け取ると、家が静かなことに気づき、雷は疑問に思った事を口にした。
「…お、お爺さんは、村の集まりで、村長さんの、ところに・・・」
さっきまで、お爺さんとの馴れ初めや、駆け落ちの話し、二人で大きく切り拓いた田んぼや畑の話しを嬉しそうに話していたお婆さんの歯切れが明らかに悪くなり、顔色も白みを帯びたように見える。
「ふーん・・・」
雷の問いかけは別段おかしなものではないはずなのに、まるで、おかしなものを問うたようなお婆さんの態度に、あまりに思い当たる節がありすぎたので、そのまま何事もなかったように素知らぬふりを装い、二十二杯目で食事を終えると、「川の方に行く」と村長の家がある集落と反対方向へ向かう旨を告げ、「鴉の鳴く頃までは帰って来なさいね」の言葉と腹が減ったとき用のきび団子を持たされ、玄関で持たされた団子を全て食ってしまうと家を出た。
川は見晴らしがよく、集落や丘の上の老夫婦の家が小さく見える。遠くには大きな山々が聳え、あと、目に映るのは、稲が刈り取られた後の広大な農地――。
「…なるほど。厄介だな」
雷の中で、この村に感じていた違和感が一本の線へと繋がる。
広大な農地は、村に富と豊かさを齎したはずだ。
けれど、この村にはそれを受けた形跡が無い。
刈り取られた米は祝いの席にすら上がらず、口にするのは質素な雑穀。その雑穀も限りのある物だ。
昨晩、雷が目を閉じた後、お爺さんとお婆さんは小声で、一年分の食料がここ三日で尽きる・・・という会話を雷はこっそりと聞いていた。
線の細い村人達もまた、異例なことがなければ食料事情は皆同じ様な物だろう。
薄まった酒を振舞う事情は、富が得られてない事を示唆していた。
ある、ではなく、あった。
あったが、消えた。
消えた、ではなく、奪われた。
誰が?
宴の席で、聞こえてきた村人達の噂話し。
「どこかの村で、拾い子が鬼退治をして村を助けた」――と。
「……鬼、か。・・・面倒だ」
川で時間を潰し、カラスの鳴く前に家路に着くと、玄関先で言い争う声がする。
「集まりで何度も言ったが、熊太郎は儂達の大事な息子だ! 噂だかなんだか知らんが、鬼退治なんぞにはやらんっ!!」
玄関口は村の男達によって塞がれており、雷は入ることが叶わずその場に立っている。
「ですが爺様、このままじゃ村が、村人達の生活が成り立たず、この先も皆苦しい思いで生きないといけないんよ!」
前の方にいるのは、村長だろうか?
男達よりも遥か高くに視線を有している雷は、この状況を俯瞰して見ることはできなかった。そもそも玄関口が小さいので、実際は背を屈め、男達の頭の間から覗き見た事柄で把握をするしかない。
村長の件は、声で把握をしたのだが。
「それはお前らが山の鬼を騙して、怒らせたせいだろうて。 儂も婆さまも村の恩に報いようと真ん中に入ったが、お前達はそれさえも壊し、呪いを受けたんじゃ。 鬼の気が済むまで辛抱するのが筋で、熊太郎は関係がないっぺや!!」
(・・・・・・・・・)
温和なお爺さんの怒号に、昨晩の温かい布団での出来事を思い出し、雷の心は少々むず痒くなる。
「熊太郎は村の者では無ぇから、命を落としたところで村に損害は出ないっぺ。 それに村の飯を口にしたんだから、村の役に立たねばな~。 穀潰しはこの村にはいらんて。 子が欲しいなら村長とこの孕った娘の子を爺さん達にやればええ」
「待て、オラの孫はやらんて。 ならお前んとこの娘差し出して、爺さんが孕ませればええっぺ」
「何ぃ?」
「何だっぺ?」
聞くに耐えない罵り合いで今度は村長と村人達が揉め始めた。お爺さんは呆れた顔をしている。
一方、雷は、これぞ人間――だと、今更ながら山から降りてきた実感を噛み締めていた。
そうこうしているうちに、村の一人が雷の存在に気づき、「熊太郎!!」と大声で指差した。
皆の視線が一気に雷に集まる。
「“雷”って名乗っているのに…」
すぐさま村の男達は雷を逃さない様取り囲むと、裸足のまま玄関から飛び出したお爺さんが雷の前に立ち、両手を広げ雷を守るよう男達と睨み合う。
ちょうどその時、玄関でのいざこざに気づいたお婆さんが家の奥から何事かと顔を覗かせると、それに気づいた雷の一言が空気を壊した。
「婆ちゃん、今晩は魚だ」
雷の手には先ほど川で獲った大量の魚が握られていた――。
とりあえず、今日のところは雷の獲ってきた魚を皆で分け合い、村の男達は渋々と大人しく帰っていった。
日が沈むと、囲炉裏には火が灯され、晩飯が湯気を立てている。今晩の晩飯は、朝の雑穀の粥と煮魚と焼いた魚。囲炉裏を囲み、お婆さんに魚獲りのコツを話していたとき、あれからずっと黙ったままだったお爺さんの重い口が開き、この村が抱えている問題を話し始めた。
それは、旅人だったお爺さんと、鬼と人間の合いの子のお婆さんが運命的に出会い、反対を押し切って駆け落ちの末、流れ着いた先がこの村―― から始まる。
当時の村長は、今の村長の祖父に当たる人で、異質な若い夫婦を奇異の目で見ずに温かく迎え入れてくれた。村人達も村長と同じく夫婦を受け入れ、この村の開拓事業に皆で汗水を流し、悲願だった川の整備と広大な田畑の整備を成功させ、村全体が豊かな生活を手に入れた。
村長が亡くなると、その息子が後を継ぎ、しばらくは何事も無い平穏な日々が続いたが、一人の鬼が村に流れ着いた事で一変する。
村は、お婆さんの例があったので鬼には寛容だった。鬼は働き者で、自分を受け入れてくれた優しい村人達に恩を感じ人の何倍も働いた。
当時の村長はその鬼の力と心を利用した。
村人が怖がっていると嘘を吐き、鍵付きの暗い部屋に住まわせ、村人と接触しない夜に働かす。農作物は不作だと食事は少なく与え、休みを与えずこき使った。
恩を感じるように、巧みな言葉で――。
鬼は壊れた。
壊れ役立たずになった鬼を疎ましく思った村長は、今度は村人達を唆し、凶悪な鬼と植え付け、村人達に鬼を退治させた。鬼は山に逃げ、数年はおとなしかったが、ある日現れ、村に呪いをかけた。
「この村の農作物を半分寄越せ、寄越さなかったら、赤子の命を奪う」――と。
村長は鼻で笑ったが、村人達の恐怖心からの強い要望に、渋々と従うことになった。
その時、間に入ったのが、同族は同族同士ということで村長直々に指名を受けたお爺さんとお婆さんで、押し黙ったままの鬼から無理矢理全ての事情を聞き出し、村長へ事実を隠すことを条件に鬼の要求を飲ませた。
けれど村長は、鬼への農作物に毒を混ぜ、それに気づいた鬼は、裏切られたと怒り狂い村への要求を強め、農作物を根こそぎ要求し、村長の家を燃やした。
幸いなことに、村長一家に怪我はなかったが、橋を壊し、農地を荒らし、原因不明の疫病も広まったことで、村は鬼の怒りを鎮めるため、要求を飲むことにした。
「――それが、十年前の出来事で、今も鬼の怒りは治らず、ずっと続いておるんじゃ・・・」
囲炉裏の火は部屋を温めてくれているが、話しに続く沈黙が場の雰囲気を重苦しく凍らせ、お爺さんはその凍えた雰囲気を打ち消すように、雷の魚を褒め、お婆さんの味付けを褒めた。
翌朝、鶏の声ならぬ、お婆さんの悲鳴で目を覚ました雷は、逃げていく村人の後ろ姿と荒らされた庭を見た。お婆さんは壊れた花壇の前で顔を伏せており、「春に咲くように」と植えられたはずの球根が地表に散らばっていた。
その他にも、積んでいた薪が崩されていたり、洗濯物に泥が投げつけられたり、納屋にしまってあった来年分の肥料が全部ぶち撒けられていたり・・・と、何者かによる嫌がらせは続いた。
肩を寄せ合う夫婦の背が、日に日に小さくなっていく姿を雷はじっと見つめ、そして待った。
この老夫婦が村人達の嫌がらせに屈し、雷に鬼退治に行くよう申しつけてくることを・・・。
けれど、村人達の嫌がらせが日に日に過激になっていく一方で、待てど暮らせど老夫婦の態度は相変わらずで、それどころか雷への愛情を益々深めてくる始末――。
親子の愛という器を有してなかった雷には、この夫婦の愛情は鼻から水を飲むようなもので、つまり苦しくて吐きそうだった。
なので、お爺さんの口から、「三人でこの村を出ようか」が出たとき、雷は、溺れ死ぬような気持ちになって、年齢による新天地での生活の厳しさや、一から全てを始める大変さを述べ、この地の残るようなんとか老夫婦を説き伏せると、待っていたはずの「鬼退治」のこの言葉を自ら口にしていた。
本末転倒である。
もちろん老夫婦は猛反対で、雷を必死に「危険だから」と引き止めるが、雷は「大丈夫」の一点張で聞かず。そのうちにどこで聞きつけたのか、村長が村人達を引き連れて老夫婦の家へと押しかけてきて、気色悪いほどの低姿勢で、来年の肥料の補填、納屋の壁の落書き、壊された裏戸の修復、など等を口に出してもいないのによく見知ったような口ぶりで申し出てきた。
「滑稽だ」
「何と?」
雷のついつい漏れてしまった言葉は、どうやらニヤニヤヘラヘラしている村長の耳を掠めたようだ。
(狸が)
雷は話の矛先を変える。
「ところで、これは?」
指差したのは、錆びついて手入れが全く行き届いてない、一本の剣――。
「鬼退治さ行くんなら、剣の一本でも必要かと思いましてねぇ。これは前村長の忘形見で、どこかの有名さ刀鍛冶から買い付けた代物で・・・熊太郎さんが持つにふさわしいかと思いましてねぇ…へへ」
「・・・・・・」
雷が剣を手に取ると、村長はいやらしい笑顔を浮かべ手揉みをしながら「よくお似合いで…。そんが差し上げますから、これさで鬼を切ってくださいな」という言葉を残し、村人達を引き連れてさっさと帰ってしまった。
「こんな錆びた剣じゃ大根も切れんっぺ」と、憤慨しているお爺さんをお婆さんが宥めているのを横目に雷は(剣は苦手なんだよな~)と心の中で呟き、ある人の剣技を思い浮かべ、剣を撫でた――。
翌日は快晴で、実に鬼退治日和・・・と、雷は今現在山道を登っている。
背には昨日村長から貰った錆びた剣を背負い、腰にはお婆さんが持たせてくれた大量の爺ちゃん特製きび団子を腰に引っ提げている。
鬼の住む場所は、村の側にある山の奥で雷の足なら半日あれば着くくらいの距離にある。早朝に家を出て日がてっぺんに登り切る頃に、大きな屋敷が雷の目の前に現れた。
屋敷の作りは精巧で豪華絢爛だ。柱や梁には鳳凰や龍、鬼や牡丹などの彫刻が施され、その上から艶やかな色彩が幾重にも重なり、持ち主の富の豊かさを象徴している。
雷は装飾が溢れんばかりの玄関に立ち、指についたきび団子の粉を、近くにあった天女像に擦り付け綺麗にすると、ようやく中にいるだろう鬼を呼んだ。
屋敷には、大なり小なり豪華な部屋はたくさん並んでいたが、雷が通された部屋は、長い廊下の先にある特に豪華な金色に輝く部屋だった。
何十枚もの青い畳が敷き詰められた部屋の真ん中には件の鬼が杯を片手に胡座をかいている。
(結構若いな)
鬼の外見は、人間にすれば雷と同じくらいに見える。
「お前、あの糞村長にでも頼まれて、その剣でオレを殺しに来たか?」
鬼はそう言いながら雷を己の目の前に座らせると、杯に並々注がれた酒を進めてきた。
「良い酒だな。どこかの酒は水で薄まって飲めたもんじゃなかった」
杯の酒を一気に空にした雷の言葉に、鬼はハッと忌々しそうに笑い、「あの村人連中に酒は勿体無い」と吐き捨てると、過去の傍若無人な村人達の行いと、人間への憎悪を雷へとぶつけてきた。
鬼の言葉に雷はうんともすんともいわず、ただ杯に注がれる酒の味を楽しむ。
「お前はオレを殺しにきたんだろ?」
雷へと顔を近づけ、物騒な言葉を囁く鬼は、その言葉とは裏腹にニヤリと笑みを浮かべ楽しそうに雷に問う。
雷は腰に下げていたきび団子を数個取り出すと、空になった杯に乗せ、それを摘んで食いだした。
「俺はお前を殺す気はない。ただ、村への慈悲を願いにきただけだ」
雷が杯に乗ったきび団子を鬼に勧めると、鬼はそれを手で払いのけ、青い畳の上にバラバラになって落ちた。
「慈悲?慈悲慈悲、慈悲だと? あいつらがやった事を許せというのか? オレを利用して、悪者にして、毒まで盛った奴らを許せというのか? 思い出すだけでも怒りが込み上げるのに、慈悲などあるはずないだろう!! あいつらは一生オレに償うんだ、オレの心が癒えるまで何代でも搾取し続けてやる!!」
興奮する鬼を横目に、雷は畳に落ちたきび団子を杯に戻すと、「美味のに」といい、一つ摘んで食う。
「お前ら村の者の話は聞かん。 オレを止めたければ、その剣でオレを殺せばいい!!」
鬼の興奮は冷めやらず、雷は心の中で溜息を吐く。
(…鬼というものは、いつも一か百で話しをする厄介者だな)――と。
「俺はお前を殺さない。剣は持たされただけの飾りだ。この剣は錆びていて使いもんにならない」
雷の言葉に、鬼は一瞬面食らったような表情をしたが、次第にそれが崩れると、口角が思いっきり上がり、鼻から息をフンッと息を吐き出した。
「“殺さない”じゃなく、“殺せない”の間違いだろ? お前は俺よりも弱いからな」
鬼は雷を見下す。
「弱い?」
一方、雷の視線は指で摘んだきび団子に注がれている。
「ああ、人が鬼に敵うはずないだろう?」
「お前が俺をそう見るのなら、そうなんだろうな」
雷は指で摘んだ団子にフッっと息をかけると、口に運び咀嚼した。
「まったく滑稽だな。きちんとした剣ならまだしも…錆びついた剣を持たされるなんて…お前は村人達に馬鹿にされ利用されていることに気づかない正義感に駆られた大馬鹿者だ」
鬼の言葉に、雷は口端の筋肉を片方だけ吊り上げ、ニヒルな表情を浮かべる。
「……そうだな。お前の言う通りだ。 けれど、お前もこんな陳腐なところより、あの小さい部屋の暖かい布団で川の字になれば、大馬鹿者にもなれるさ」
雷の視線はこの豪華な部屋をぐるりと見渡すと、次にその視線は初めて鬼とぶつかる。
「……お前は何を言っているんだ?」
両者は互いに視線を合わせたまま、布切れ一つ音を立てない。
「とにかくオレに慈悲はない。 俺を止めたければ、俺を殺せ!」
鬼は視線を逸らすことなく、雷へと睨みを強める。
「俺は剣が苦手で、この剣は錆びている。錆びた剣の傷口はズタズタだ。痛みは通常の数十倍。死よりも酷い。―― お前は死を望むのか?」
先に視線を逸らしたのは雷の方だ。
雷の視線は空になった杯に注がれ、新たなきび団子を取り出し、杯に積んだ。
「馬鹿馬鹿しい。弱者が戯言をみっともない。お前とは話にならん。 交渉は決裂だ。 今後一切村との交渉は応じぬっ!!」
帰り際、雷は指先についたきび団子の粉が気になり、玄関に飾られた四神獣が描かれた屏風に擦り付けると、鬼の屋敷を後にした。
『鬼の世界は力が全て。弱者は強者に従い、そこに正も悪も無し』――これは師兄が雷に説いてくれた学識だ。
座学よりも実践派な雷は、小屋で学問を説く師匠の言葉は右から左に流れ、匙を投げられた雷を見かねた師兄が雷に学問を説いた。不思議なことに、師兄の教えだけは一言一句漏らすことなく記憶に留まり、雷の学識の能力は高い水準まで引き上げられた。
雷の学識のほとんどは師兄から学んだ。
「師兄・・・」
雷は今、大木にぽっかり空いた洞の中で寝息を立てている。
辺りは暗く、空には大きな満月が浮かんでいる。
鬼の屋敷から丸二日。北方へ山を五つ分超えた名もなき神山にある大木には、ある噂がある。
それは、満月の夜に開かれる宴――。
―― 雷が目覚めると、それはもうすでに始まっていた。
洞の外からは、笛や太鼓の囃子に混じり、大勢の笑い声や話し声が聞こえてくる。
けれど、雷が目覚めた理由はそれらでは無く、洞の中まで漂い充満している焼いた肉の香ばしい匂い。
(腹が…減った)
雷が外を覗くと、この神木の周りにはたくさんの鬼達がいて、皆綺麗に円を描くように座り、楽しげに飲み食いしている。円の中心では催し物が開かれ鬼達を楽しませているが、雷の鼻先はそこを通り過ぎ、円から外れた隅の方に向けられている。
向けられた先には大量に並べられた食材。ではなく、食材で料理を作っている二匹の鬼。でもなく、そこも完全に通り過ぎ、鼻先は焚べられた木にぶら下がった猪の丸焼きに当たる。この猪の丸焼きの香ばしい匂いが雷のところまで漂ってきているからだ。
(美味そうだ…)
この二日間、ずっと歩きっぱなしの雷の腹に入ったものといえば、今は残り少なくなっているきび団子のみ。雷の口からは、大量の涎がだらだらと溢れ、地面を濡らしている。そのせいか洞の中はほんのり湿り気を帯び暖かい。
そんなことを知るはずもない鬼達は飲んで食っての大騒ぎ。円の中心では酔っ払いどもが笛や太鼓に合わせ、褌一張で片足を交互に上げ楽しそうに下手な踊りを披露している。
鬼達の宴会は、まさに最高潮の真っ只中。
―― 真っ只中、だった。
突然、賑やかな音が止み、静寂が訪れた。
鬼達の視線は皆同じ方向を向いている。視線の先には、先ほどから何度もぐるるるる――と大きな音を響かせている神木へ。
その洞へ。
雷が洞から引き摺り出された先にいたのは、この中で一番強者の前だった。
鬼にしては雷よりも少し小柄で、大柄な鬼達の中では一番の小柄に見える。小柄な鬼は、雷に見せつけるように杯の酒を飲むのだが、その酒を飲む姿は実に優雅で品性があり、額に突き出している二本の角がなければ、どこかの国をいくつも傾国へと導いた麗人…といっても過言ではないくらい鬼らしくない鬼だった。
「お前、蓬莱山の出の者か?」
麗人ならぬ麗鬼の声はまた麗声で、開口一番に雷にかけたこの言葉がこの麗鬼の強さを物語る。
通常の鬼などの妖の類いには雷はただの人と映る。あの屋敷の鬼も同じだ。
麗鬼のように強大な力を持つ妖には、雷は霊力を纏った神仙として映る。雷などの神仙達も妖を映すさまはまた然りだ。
だが、そんなことよりも、雷の視線はこの鬼の袂に置かれた肉へと注がれている。
周りの鬼達は物音一つ立てず、固唾を飲んで麗鬼と雷のやり取りに注目しているのだが・・・。
「お前…この肉が欲しいのか?」
先ほどの麗鬼の問いに、うんともすんとも言わない雷の視線を辿り、悟った麗鬼が再度雷に問うと、雷の視線は麗鬼をようやっと映し、「くれるのか?」と犬コロみたいに答えた。
雷の失礼な物言いに周りの鬼達に緊張が走る。
「くれてやってもいいが・・・何か余興をして儂を楽しませれば、この肉だけでなく酒も料理もお前に好きなだけ与えよう」
周りの鬼達の緊張を他所に、麗鬼の様子はどこか楽しげだ。
それもそのはず、毎度毎度満月の度に義務のように宴へと担がれている麗鬼には、このマンネリ化した宴はつまらなく飽きてしまっていた。けれど、自分を慕い集まり、楽しませようと一生懸命な鬼達の姿にその事を言えずに本心を隠していた。
そこに現れた神仙たる雷の存在。麗鬼はある余興を思いつき、逆にこの可愛い鬼達を楽しまてやろうと画策していた。
「やる」
雷の即答に、麗鬼は画策した余興を雷に告げる。
「儂と勝負して負かせよ。儂が負けを認めれば、お前はここの酒や食い物を好きなだけ飲み食いしてもいい。 どうだ?」
「やる」
雷の即答に、今までおとなしかった鬼達が一斉に歓声を上げると、すぐさま賭けが始まった。けれど、賭けのほとんどが麗鬼の勝利に賭けられており、全く賭けにならず。見かねた雷が自分自身に賭けることとなった。
雷が賭けに勝てば、強い鬼に屋敷の鬼の説得に付き合ってもらい、雷が賭けに負ければ、命・・・神仙の肉を差し出す――と。
神仙の肉は、不老不死を与え、一口喰らわば力がみなぎり、低妖を大妖怪へと一瞬で押し上げさせるといわれている逸品。妖には喉から手が出るほど欲しいもの。
雷が神仙である…と告げられると、鬼達の目の色が一瞬で変わり、皆が雷の負けを願うという不穏な空気感で、円の中心に、月明かりに照らされた二つの影が立った。
月に照らされる麗鬼の黒々とした長い髪が、艶やかな花を描いた着物が、風に優雅に揺れている。
その一方で、向かい合う雷の白髪も月明かりにキラキラと輝き、それと共に風に揺れる真っ黒な着物が不気味さを醸し出している。
「―― 神仙、貴様が剣を見せるのであれば、儂も剣を見せてやろう」
麗鬼は雷に背負われている銀色の剣を見てそういうと、「破刹」と名を呼び右手に現れた剣を握ると、地に土欠けを残し、雷の懐に素早く剣先を差し込んできた。
雷はすんでのところでそれを避けると、勢いづいた力を流すように体を一回転させ体勢を戻す。
麗鬼の剣の腕は確かで、そこに素早さが加わっており、このままの素手では到底敵わない。
(剣は、苦手なんだけどな・・・)
仕方なく雷は背に手をかけると、背負っていた剣を鞘から力任せに無理矢理引き抜いた。
現れた剣身は錆び錆びの刃はガタガタで・・・。
「・・・剣は己の分身。剣身は持ち主の心を映す鏡。…貴様、ふざけているのか?」
麗鬼の上げる怒号は、剣の道を志す者の基本中の基本で、師兄に刷り込まれた雷にも耳馴染みの言葉だ。
けれど雷の辿り着いた剣の道は、―― 振れれば何でも剣―― なので、錆錆だろうがガタガタだろうが、それはさして問題ではない。
要するに、いま破殺を振りかざし雷へと飛びかかってくる麗鬼の剣先を避けながら、一回軽く振れれば・・・いい。
「貴様・・・」
雷と麗鬼が距離を置いて地面に着地し、麗鬼が雷に向かって言葉を発すると、その途端、艶やかな着物が散りじりになり、麗鬼の引き締まった艶かしい白い肌があらわになった。
麗鬼は一瞬自身に何が起こったことが把握できず、白い裸に褌一張で固まっており、周りの鬼達も口をあんぐりと開け、同じように固まっている。
一方雷は、鬱陶しかった前髪が少し切られ、その顔を晒すこととなった。
けれど雷はそんなことは気にもならず、一息ふっと息を吐くと、背負っている鞘に剣を戻す。
その途端、麗鬼の褌の紐に一線入り、はらりと褌が地面に落ちると、麗鬼の麗鬼が冷気を浴びることとなった。
鬼達の視線が麗鬼の麗鬼に集まると、麗鬼は鬼達の視線を辿り、その視線は己の股間へ・・・。
「いhgdsぐいっkhdsdhkぴhtれwqfjp@dsdgtdsfghjk!!!!!!!!」
鬼達の中で一番大柄な鬼が麗鬼の元へ駆け寄り、己の着ていた着物を麗鬼にかけ前に立ち憚り鬼達の視線を断つ。
すると今度は轟音を響かせ、麗鬼の背の方の山が二、三個ほど消えていった。
辺りは静寂に包まれ、空には満月がポッカリ浮かび、神木は風にゆれている。
「鬼退治に力を貸して欲しい」
賭けに勝ち、勝負に勝った雷は、目の前に並ぶ大量の肉や酒を胃袋に収めながら、鬼達の中で一番大きな鬼・・・先ほど麗鬼に着物をかけてやった鬼に、一連の屋敷の鬼と村人との確執について話しをしている。
その横では麗鬼が背を向けて膝を抱えて座っており、後の鬼達はそこから少し離れた場所で皆心配そうな顔つきで事の経緯を見守っている。
「・・・で、出発は朝日が登る頃合いで…」
月が西に傾き、雷の説明が終わりかけた時だった。突然「儂が行こう」と麗鬼が声を上げ、雷と大きな鬼の間に入ってきた。
「五郎太は儂の次に力は強いが、優しいから役不足だ。儂がその屋敷の鬼とやらの元に行き、殺してやろうそう。 さすれば村は通常に戻り、この貴様のいう鬼退治は早期に解決し、貴様は儂に感謝するだろう」
突然割り込んできた麗鬼の直球的な物言いに、鬼に対するもう一つの学識、『鬼の脳は筋肉でできている』を思い出し、心の中でため息を吐くと麗鬼に簡潔に答える。
「殺しは無用。俺は鬼の威が借りたいだけだ。おとなしく隣にいるだけでいい。話しは俺がする」
けれど、麗鬼は納得がいかない。
なぜなら、この問題は過去はどうあれ、屋敷の鬼とやらが村人から農作物を全て搾取していることから来ている。ならば、この鬼が居なくなれば、搾取は無くなり、村人は富を得て豊かな生活を送れる。
これが本来の“鬼退治”ではないのか?――と麗鬼がそう問うと、雷は首を横に振り、こう答えた。
「屋敷の鬼は鬼退治の鬼ではない」
結局、雷についてきたのは大きな鬼の五郎太――と、五郎太の肩に乗り、雷のきび団子を美味そうに頬張っている「森羅童子」と名乗った麗鬼である。
「儂を“森羅”と呼ぶことを許したのは貴様だけだ、“雷”よ」
目下の五郎太の口にきび団子を運びながら、そういい放つ森羅は随分とご機嫌だ。
道中、聞いた話しだと、この二匹の鬼は兄弟で、雷が二匹を見比べて「似てねぇ」というと、血の繋がった正真正銘の兄弟らしく、五郎太は父親似で森羅は母親似だと説明を受けた。兄弟の数は全部で十一匹で、五郎太は名前の通り上から五番目の男だから五郎太で、末っ子の森羅は母親の気まぐれでついた名だとか。
(そこは十一郎太だろ!!)
雷の心の突っ込みは誰も聞くこともなく・・・二日目の朝に辿り着いた屋敷の鬼の豪華絢爛な玄関に流された――。
玄関の四神獣の屏風には、初日に雷のつけたきび団子の粉が残っており、森羅はそれを見て、「汚い」と言いながら自分の指についたきび団子の粉を同じように擦りつけていた。
案内された部屋は前の時と同じ長い廊下の先にある金色に輝く部屋で、屋敷の鬼は雷の後ろに控えている二匹の鬼に戦々恐々としている。
(やはり、鬼には鬼が一番だな・・・)
まるで最初の時とは別人のように素直に話を聞く屋敷の鬼の態度に、雷は改めて鬼の世界の力至上主義を目の当たりにした。
そして最後に、残りのきび団子を全て差し出すと、屋敷の鬼はそれをありがたがって頬張り、それが雷の鬼退治に乗ることの了承となった。
雷は三匹の鬼を引き連れて村へ――、お爺さんお婆さんの元へ帰ると、二人は雷達を歓迎して向かい入れてくれて、ささやかな料理と暖かい布団で鬼達をも丁寧にもてなしてくれた。
翌朝、雷が鬼を連れて村へ戻った――と耳に入れた村長が村人達を引き連れて、ここへと押しかけ、玄関先で大騒ぎを起こしている。
「熊太郎ば出せ!」「熊太郎ば出せー!!」
「鬼ば倒すのではなくなぜ連れてきた!」「連れてきたー!!」
「鬼ば殺せ!」「鬼ば殺せー!!」
「鬼の首をば差し出せ!」「首をば差し出せー!!」
村長の言葉をなぞって続ける村人達の聞くに耐えない怒号。
それを聞いた森羅なんかは、「鬼と人に何の違いがあるのだろうか?」などと、ニヤニヤと雷に問うてくるしまつだ。
(…厄介)
雷は心の中でため息を吐くと、不安げな表情をしたお爺さんとお婆さんに「大丈夫だから」と安心させるように言い、玄関先で騒いでいる村人達の前に出た。
「おいっ、ようやっと出てきたっぺか? こんの裏切り者めっ!!」
玄関に現れた雷の姿に、鼻息荒く村長が口を開くと、それに続き村人達も聞くに耐えない暴言を次々と雷へと浴びさせる。
けれど雷にはそんなものはどこ行く風。気にも留めず「丁度よかった」と村人達に言い放ち、早速、計画通りの鬼退治を開始した。
「この村を困らせていた鬼は、今から俺に代わり“熊太郎”となった。今後、爺ちゃんと婆ちゃんの息子としてこの村の一員になる」
雷の言葉に、信じられないと驚愕する村長と、村長に続く村人達。
「そっ、その鬼は、オラ達の農作物を奪って苦しめた悪党だっぺ! 村の一員なんて認めるわけねぇ。 息子さいうなら老夫婦共々村から出て行ってもらう!!」
村長の言葉に村人達は「そうだ、そうだ」と同調し相槌をうっている。
「熊太郎がやったことは悪だが、村が熊太郎にやったことも悪だ。どちらも悪で相殺だ。 けれど、村は爺ちゃん婆ちゃんに嫌がらせをした。その分村の方が悪い」
「だが、この鬼のせいでオラ達は十年もの間ひもじい思いをして・・・」
村人の一人が雷へと自信なさげに言葉を発する。
「熊太郎は数十年間タダ働きをさせられた。食うものも飲むものも満足に与えられず、暗い鍵のついた小屋に閉じ込められてた。気の良い熊太郎を鬼にしたのはお前達村の人間・・・いや、人間じゃない、鬼どもだ」
雷の言葉に村長は黙り込み、村人達は下を向いている。
「村長は熊太郎を認めず、爺ちゃん婆ちゃんを追い出そうとしたが、そもそもこの村の農地の半分はこの二人の開拓した田畑だ。収穫量ももちろん半分はこの二人が占めている。その収穫量も、熊太郎の問題が出る前から村にほとんど搾取されてきて・・・そんな人間をお前達鬼は追い出すのか?」
「・・・・・・」
…もう雷にものを言える者はここにはいない。
「今後、この村で穫れた農作物は、村長ではなく、爺ちゃんと婆ちゃんに管理してもらう。農作物で得た富と食料は平等に分配し、豊かな暮らしを保障する。 もちろんこれは任意で、今まで通り村長を選ぶもよし。自分自身で市場を開拓するのもよし。 ただし、邪魔をするのなら、熊太郎が黙ってはいないだろうな…」
村人達は、村長の顔色を伺ったり、玄関の中を見たり、そわそわとしている。
そこへ、雷のトドメの一撃が炸裂する。
「前村長は、この剣に相当な金を注ぎ込んだと見える。 この剣、この世に三本のみを残しこの世を去った名匠の作品だ。 村長の家には、どこで得た金で買ったか…名だたる美術品がそうとう眠っているらしいが・・・」
背負っていた剣を両手で持つと、雷は村人に近づき、錆び錆びだが、よく見ると鞘には繊細な模様が彫られている剣を披露した。
どんどんと顔色が変わる村長を横目に、村人達はお爺さんとお婆さんの元へ。
ひとり残された村長の体はプルプルと小刻みに震えており、雷はそんな村長に近づくと、肩をポンッと叩き、「爺ちゃんと婆ちゃんは世話焼きだ。人でも人ならざるものでも、全て受け入れてくれる」―― と背中を押した。
雷の腰には大袋に入った爺ちゃん特製のきび団子。爺ちゃんが朝早くから故郷へ帰る雷へと大量に作ってくれた団子だ。背には、旅の無事の願を込めたと村長に渡された錆び錆びの名剣を背負い、懐には婆ちゃんに無理矢理持たされた餞別が入っている。
二人は雷に「いつでも帰っておいで」と笑顔でいい、「雷」と初めて読んでくれた。
本日は晴天。冬口で空気は冷たいが、徒歩ならすぐに体は暖まる。旅日和でもある。
故郷へは、あと半分―― といったところで、立ち止まった雷の視線は後方を歩く二人組に目が留まる。
後方。雷から十歩後には五郎太と、五郎太の肩に乗る森羅。森羅の鼻からは鼻歌か鼻歌ではないのか、でたらめな雑音が奏でられている。―― これは、多分、きっと、とても機嫌がいいのであろう。
いつもは無表情な五郎太も、その表情からは読み取ることは困難を極めるのだが、心なしかなんだか楽しそうなことが足取りで伝わる。
雷はそんな二人に心の中でため息を吐くと、二人に向かって疑問に思っていたことを口にする。
「お前達はいつまで着いてくるのだ?」
ようやく雷に追いついた五郎太――の肩に乗る森羅は鼻歌を止めると自信満々にこう答えた。
「五郎太とはこの先で別れる」
「・・・・・・?」
(五郎太とは・・・とは?)
「儂は雷の使役になったからな、一生側に仕えるぞ」
「・・・・・・・・・は?」
「貴様は儂との勝負に勝った。儂は強い者が好きだ。けれど強いだけではダメだ、儂にも好みがあるからな」
雷の胸に嫌な予感が浮かぶ。
「儂は、貴様がとても気に入ったのだ。全てにおいて雷という男は完璧な儂の理想そのもの…。使役となればずっと側にいられる。 側にいれば、いつか弱った時に食えるかもしれぬ…理想の神仙の肉を・・・」
森羅は空中を仰いで何を描いているのか、恍惚の表情を浮かべている。
要するに森羅の脳は、やはり筋肉だけでできているようで…。力を得るために雷を利用しようと、あわよくば神仙の肉を得ようと画策していると、馬鹿正直に吐露したのだ。
(厄介・・・)
雷の嫌な予感は的中し、心の中で大きなため息を吐くと、次の瞬間、地面に土欠けを残し、駆けていた。
小さくなる雷の姿に、森羅はハッと我に帰ると、五郎太の肩からひらりと優雅に地面に降り立ち、「使役から離れられると思うなよ」と言葉を残し、その姿も小さくなっていった。
ひとり残った五郎太は、二人が消えていった方へ片手を振ると、踵を返し、鬼達が待っている山の神木へと帰っていった。
続く。
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