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【第3話】電気羊は少女のトモを救った
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電気羊のウールがミラの家に来てから3ヶ月が経った。
ミラはウールにベッタリで、学校から帰ってくるとずっとウールと一緒だ。
ある日、ミラが母に尋ねた。
「ねえ、お母さん。ウールとお散歩に行ってもいい?」
母は少し驚いた様子で答えた。
「え? お散歩ってお庭の外に出るの?」
「ええ。ダメ?」
「うーん……」
母が悩ましげに唸っていると、側にいたウールが言った。
『もし外で何かあってもワタシがお嬢様を守りますよ。防犯モードをオンにして頂ければ常に周囲30mを監視して10分ごとにお嬢様の様子を事前に指定した端末にお送りします』
「ぼうはんもうど?」
「ウール、別に私はミラの心配をしているわけではないのだけど……」
母は娘のお願いと、この高価なロボットを外に出歩かせることへの懸念やご近所の目といったものを天秤に掛けたが、結局家の近くだけという条件付きで娘が電気羊と出歩くことを許した。放っておいたら愛娘が家の中で電気羊とばかり遊んで、外に全く出ない子供になってしまうことを危惧したためだ。
母親はミラに帽子を被らせて、外着を着せた。
「いってきまーす」
ミラが母に言った。ウールは初めての外の世界に前足を踏み出した。
ウールはミラの後ろに付いて歩いた。
ウールにとって外の世界は初めて見るもので溢れていた。ミラの家以外の様々な家屋、舗装された道路や信号機、道路を走る自動運転車。どれも記憶領域にデータとしては記録されているが、実際に見るのは初めてのモノばかりだ。
思考領域を司るAIは「新しい経験」から外部刺激を受けて、ウールの感情を司る回路は「興奮」にカテゴライズされる状態に変化していた。
『ミラ、外には色々なモノがありますね!』
感情回路に影響を受けて、ウールの声はいつもとは違う興奮の色を帯びていた。
「ふふ、ウールも楽しそうね。私もウールとお散歩できて楽しいわ」
一人と一体は家の周りの何でもない道を、歩いて回った。
しばらく歩いていると、ミラが声をかけられた。
「ミラ……さん?」
声の方を見ると、ミラのクラスメートのジェシカが立っていた。
「ミラさんと学校以外で会うなんて珍しいなぁ!」
「……う、うん」
ミラはいつもの通り人見知りして、ちいさな声で返事をした。
「ミラさんが連れているのはヒツジさん? ヒツジさんを連れてるなんてすごいね!」
「そ、そう?」
ミラはジェシカの勢いに押されてしまっていた。
『メー』
ウールは相手と状況を判断しかねて、とりあえず人語を話すのを避けた。
「あ、わたし用があったんだ。じゃあね、ミラさん!」
ジェシカはそう言うと足早に去っていった。
「ふぅ、いきなり会ったから少し緊張しちゃった」
『ミラの知り合いですか?』
ウールが人語で尋ねた。
「うん、クラスメートよ」
ジェシカの姿が見えなくなると、ミラは歩き始めた。
それから少し歩いたあと、ミラは喉が渇いたので近くのスーパーマーケットへ行って飲み物を買うことにした。そのスーパーは母から許しを得たギリギリの距離だ。
ミラが買い物をしている間、ウールは外で待っていた。通りすがった散歩中の犬に吠えられたりしたが、ウールのAIは「脅威ナシ」と判断したので動かずジッと主人の帰りを待った。
ミラが戻ってくると、ウールとミラはすぐ近くの公園へ行き、ミラはベンチで買ってきたジュースを飲んだ。
事件が起こったのは家までの帰り道だった。
最初に異変を捉えたのはウールのセンサーだった。
『ミラ、あそこに!』
「どうしたの?」
ウールはミラに前方を見るよう促した。
ミラがウールの視線の先を見てみると、街路樹の上に人が登っているのが見えた。
「あれは……ジェシカさん!?」
よく見てみるとそれは先ほど出会った級友のジェシカだった。木の上で枝にしがみついたまま動かない。どうやら木に登って降りられなくなったらしい。
ミラはジェシカの方に駆け寄ろうとした。
その時、ジェシカの捕まっていた枝がミシミシと音を立て折れてしまった。
「あっ!」
『緊急モード起動』
と、音声が流れ始めるより早くウールのAIはコンマナノ秒で「ジェット・シークエンス」を起動した。
ジェットエンジンの推力は垂直ではなく、前方にかかり、土煙を巻き上げながらウールのボディをジェシカ目がけて勢いよく浮き上げた。さらにウールは同時に着地用の「エアバッグ機構」を作動させながら、空中でジェットエンジンを逆噴射。推進力を殺しながら、計算し尽くされた軌道で落下しているジェシカの真下へ滑り込んだ。
この間、僅か0.8秒。
ウールはジェシカの体を自分のボディで受け止めると、エアバッグ機構を解除してジェシカを下へ降ろした。
降ろされたジェシカは全く何が起こったのか分からず、周りをキョロキョロと見回した。
「はぁ、はぁ、大丈夫!? ジェシカさん!」
ミラが息を切らしながらウールの後を追って走ってきた。
「え、わたし、どうして? 木から落ちたんじゃ……?」
ジェシカはまだ事態が掴めずにいた。
「ジェシカさんが落ちそうになったのをウールが助けてくれたの!」
ミラは興奮気味にジェシカに言った。
「ウールってこのヒツジさん?」
『はい、ウールと申します』
「え?! ヒツジがしゃべ、え?!」
ジェシカは当然の疑問と驚きを呈する。
「ウールは賢いヒツジだから話せるのよ」
「そう、なの?」
ジェシカはキョトンとした顔で尋ねた。
『そうですとも』
ウールも同調する。
「うーん?……けど、何はともあれありがとう!」
ジェシカは考えるのをやめた。そして話を続けた。
「ネコが木から降りられなくなっててね、助けてあげようと思って登ったら自分が降りられなくなっちゃったの。おかげで助かったわ、ウールさん、ミラさん」
「え、私は何も……」
ジェシカは首を振った。
「ううん、ミラさんだってワタシのこと心配して息を切らして走ってきてくれたじゃない!」
ミラはどんな顔をしてばいいか分からず、照れながら目を伏せた。
「ねぇ、ミラさんのことミラちゃんって呼んでいい? 私と友達になって!」
「え……私と?」
ミラは視線を上げてジェシカを見つめた。
「うん! だから私のこともジェシカって呼んで」
「え、ええ!」
ミラはパァッと笑顔を浮かべた。
こうして少女に初めて人間の友達ができた。
電気羊は主人の嬉しそうな顔を見守っていた。
♢♢
ミラはウールにベッタリで、学校から帰ってくるとずっとウールと一緒だ。
ある日、ミラが母に尋ねた。
「ねえ、お母さん。ウールとお散歩に行ってもいい?」
母は少し驚いた様子で答えた。
「え? お散歩ってお庭の外に出るの?」
「ええ。ダメ?」
「うーん……」
母が悩ましげに唸っていると、側にいたウールが言った。
『もし外で何かあってもワタシがお嬢様を守りますよ。防犯モードをオンにして頂ければ常に周囲30mを監視して10分ごとにお嬢様の様子を事前に指定した端末にお送りします』
「ぼうはんもうど?」
「ウール、別に私はミラの心配をしているわけではないのだけど……」
母は娘のお願いと、この高価なロボットを外に出歩かせることへの懸念やご近所の目といったものを天秤に掛けたが、結局家の近くだけという条件付きで娘が電気羊と出歩くことを許した。放っておいたら愛娘が家の中で電気羊とばかり遊んで、外に全く出ない子供になってしまうことを危惧したためだ。
母親はミラに帽子を被らせて、外着を着せた。
「いってきまーす」
ミラが母に言った。ウールは初めての外の世界に前足を踏み出した。
ウールはミラの後ろに付いて歩いた。
ウールにとって外の世界は初めて見るもので溢れていた。ミラの家以外の様々な家屋、舗装された道路や信号機、道路を走る自動運転車。どれも記憶領域にデータとしては記録されているが、実際に見るのは初めてのモノばかりだ。
思考領域を司るAIは「新しい経験」から外部刺激を受けて、ウールの感情を司る回路は「興奮」にカテゴライズされる状態に変化していた。
『ミラ、外には色々なモノがありますね!』
感情回路に影響を受けて、ウールの声はいつもとは違う興奮の色を帯びていた。
「ふふ、ウールも楽しそうね。私もウールとお散歩できて楽しいわ」
一人と一体は家の周りの何でもない道を、歩いて回った。
しばらく歩いていると、ミラが声をかけられた。
「ミラ……さん?」
声の方を見ると、ミラのクラスメートのジェシカが立っていた。
「ミラさんと学校以外で会うなんて珍しいなぁ!」
「……う、うん」
ミラはいつもの通り人見知りして、ちいさな声で返事をした。
「ミラさんが連れているのはヒツジさん? ヒツジさんを連れてるなんてすごいね!」
「そ、そう?」
ミラはジェシカの勢いに押されてしまっていた。
『メー』
ウールは相手と状況を判断しかねて、とりあえず人語を話すのを避けた。
「あ、わたし用があったんだ。じゃあね、ミラさん!」
ジェシカはそう言うと足早に去っていった。
「ふぅ、いきなり会ったから少し緊張しちゃった」
『ミラの知り合いですか?』
ウールが人語で尋ねた。
「うん、クラスメートよ」
ジェシカの姿が見えなくなると、ミラは歩き始めた。
それから少し歩いたあと、ミラは喉が渇いたので近くのスーパーマーケットへ行って飲み物を買うことにした。そのスーパーは母から許しを得たギリギリの距離だ。
ミラが買い物をしている間、ウールは外で待っていた。通りすがった散歩中の犬に吠えられたりしたが、ウールのAIは「脅威ナシ」と判断したので動かずジッと主人の帰りを待った。
ミラが戻ってくると、ウールとミラはすぐ近くの公園へ行き、ミラはベンチで買ってきたジュースを飲んだ。
事件が起こったのは家までの帰り道だった。
最初に異変を捉えたのはウールのセンサーだった。
『ミラ、あそこに!』
「どうしたの?」
ウールはミラに前方を見るよう促した。
ミラがウールの視線の先を見てみると、街路樹の上に人が登っているのが見えた。
「あれは……ジェシカさん!?」
よく見てみるとそれは先ほど出会った級友のジェシカだった。木の上で枝にしがみついたまま動かない。どうやら木に登って降りられなくなったらしい。
ミラはジェシカの方に駆け寄ろうとした。
その時、ジェシカの捕まっていた枝がミシミシと音を立て折れてしまった。
「あっ!」
『緊急モード起動』
と、音声が流れ始めるより早くウールのAIはコンマナノ秒で「ジェット・シークエンス」を起動した。
ジェットエンジンの推力は垂直ではなく、前方にかかり、土煙を巻き上げながらウールのボディをジェシカ目がけて勢いよく浮き上げた。さらにウールは同時に着地用の「エアバッグ機構」を作動させながら、空中でジェットエンジンを逆噴射。推進力を殺しながら、計算し尽くされた軌道で落下しているジェシカの真下へ滑り込んだ。
この間、僅か0.8秒。
ウールはジェシカの体を自分のボディで受け止めると、エアバッグ機構を解除してジェシカを下へ降ろした。
降ろされたジェシカは全く何が起こったのか分からず、周りをキョロキョロと見回した。
「はぁ、はぁ、大丈夫!? ジェシカさん!」
ミラが息を切らしながらウールの後を追って走ってきた。
「え、わたし、どうして? 木から落ちたんじゃ……?」
ジェシカはまだ事態が掴めずにいた。
「ジェシカさんが落ちそうになったのをウールが助けてくれたの!」
ミラは興奮気味にジェシカに言った。
「ウールってこのヒツジさん?」
『はい、ウールと申します』
「え?! ヒツジがしゃべ、え?!」
ジェシカは当然の疑問と驚きを呈する。
「ウールは賢いヒツジだから話せるのよ」
「そう、なの?」
ジェシカはキョトンとした顔で尋ねた。
『そうですとも』
ウールも同調する。
「うーん?……けど、何はともあれありがとう!」
ジェシカは考えるのをやめた。そして話を続けた。
「ネコが木から降りられなくなっててね、助けてあげようと思って登ったら自分が降りられなくなっちゃったの。おかげで助かったわ、ウールさん、ミラさん」
「え、私は何も……」
ジェシカは首を振った。
「ううん、ミラさんだってワタシのこと心配して息を切らして走ってきてくれたじゃない!」
ミラはどんな顔をしてばいいか分からず、照れながら目を伏せた。
「ねぇ、ミラさんのことミラちゃんって呼んでいい? 私と友達になって!」
「え……私と?」
ミラは視線を上げてジェシカを見つめた。
「うん! だから私のこともジェシカって呼んで」
「え、ええ!」
ミラはパァッと笑顔を浮かべた。
こうして少女に初めて人間の友達ができた。
電気羊は主人の嬉しそうな顔を見守っていた。
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