リハーサル

チタン

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リハーサル(中編)

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 あれから3日が経った。
目覚めて以来、病院から一歩も外へは出ず、院内を隈なく探し回ったが、1日目に得た以上の成果は得られなかった。
情報は全く増えず、何もわからないままだ。

 そこで男は遂に外に行く決心を固めた。

 災害用備蓄庫の中にあった、非常時用のリュックサックの中に食料や水やその他諸々を詰め込み、男は出発の準備をした。
 準備をしながら、男の胸中は不安でいっぱいだった。もし、外の環境に危険が潜んでいれば男にはひとたまりもない。

 例えば、人がいなくなり住み着いた野生動物に襲われたら。例えば、この荒廃が紛争によるもので、不発弾などがあったら。いや、もしかすると眠っている間に核戦争が起こっていて、外は一面放射能地帯てあるならば、出ただけで被爆してしまう。
 まさか、そんな馬鹿げたことはないだろうが……。

 考えだすとキリがないように思われたから、男は考えることをやめた。

 準備を終え、男は正面のエントランスから外界に足を踏み出した。
 周りを見ても窓から見えていた光景と同じ光景が広がるばかりで特段変わった様子はない。

 とりあえず、しばらく歩いて行ってみよう。

 そんな風に考えながら、男は病院の前に伸びる道をゆっくり歩き始めた。

 そこからは同じような風景が続いた。病院の窓から見えなかった範囲も、それまでと同様の荒れ具合で外壁が煤け、ひび割れたコンクリート建築しかなかった。

 幸い、これまでのところ危険な野生動物やらの不審なものは見当たらず、以前もよく見かけたカラスや鳩がいるくらいのものだった。

 30分ほど歩いただろうか、男は大きな商業ビルを見つけた。
 雑居ビルの一階にあるコンビニや、平屋建てのスーパーはボロボロで、商品も全部ダメになってしまっていた。しかしこれだけ大きなビルならば、病院と同じく中も無事で済んでいるのではないか。

 商業ビルの中は電気がつかないため真っ暗で、窓の付近以外は何も見えなかった。そのため入り口を入ったときには、深く大きな洞窟に潜り込んだような気分だった。

 こんなこともあろうかと、男は懐中電灯をリュックサックに入れてきていた。
 元々入っていた電池は自然放電によって、ほとんど空になってしまっていたが、幸いなことに使えそうな予備のリチウム電池を発見したので、電池を取り替えておいた。

 懐中電灯で辺りを照らすと、ところどころ商品棚が倒れ、商品が床にばら撒かれていた。よく見ると服やタオルなど使えそうなものも多いので、後で回収していこうと男は思った。

 それよりも、と男はフロアマップを探した。
 ココなら色々な店があるから、何かしらの情報が得られるかもしれない。

 少し中へ進んでいくとフロアの真ん中くらいに、動かなくなったエスカレーターとその横にこの商業ビルのフロアマップを発見した。照らしてよく見てみると、男はハッと目を見開いた。3階に本屋があるのを見つけたのだ。

 男がコールドスリープする前でも既に、紙媒体は廃れ、実店舗型の書店もほとんど見かけなくなっていたが、これだけ大きな商業ビルだとまだ生き残った本屋があったようだ。
 ハードウェアがない今、電子媒体を閲覧することはかなわない。しかし、紙媒体ならば読むことができるものが残っているはずだ。

 男は動かないエスカレーターを登っていった。3フロア分を登りきると、すぐ正面に書店があるのを見つけた。見渡してみるとその書店は、電子メディアと紙媒体のどちらも取り扱っており、紙媒体はむしろオマケのようだった。売り場の隅の紙媒体があるスペースを見てみると、本が無事に並べられているのを見つけたので、とりあえずホッと息をついた。

 手前は週刊誌や漫画誌などの雑誌が並べてあるコーナーだった。その雑誌の中でも、内容がを手にとって、ページを開いてみた。

 まず、後ろのページを開き、出版年を見てみた。すると、驚いたことに男の過ごしていた時代から27年後の年月日が出版年として記されていた。
 次に目次を見てみると、『二大国の貿易摩擦激化、緊張高まる』、『迫る核の恐怖、核戦争は本当に起こるのか』といった仰々しいタイトルが真っ先に目に留まった。

 男はサーッと血の気が引いていくのを感じた。まさか馬鹿げた空想だと片付けたことが、現実に起こってしまったとでも言うのか。

 男は不安を取り払おうとするかのように、ページを捲った。その雑誌だけでなく、ほかの本も物色し、気付けば1時間以上経っていったが、その「馬鹿げた空想」は現実味を帯びていくばかりで、否定する材料は一つとして見つからなかった。

 2時間経つ頃には男は諦念とともに一つの結論に辿り着いた。

 その結論とはつまり、「人類は核戦争を起こし、文明は崩壊した」ということであった。

  ♢♢

  あれから半年が経った。

 「核戦争で荒廃した世界」なんていう使い古されたディストピアを、自分が現実に体験しているという事実を受け入れるのにはしばらくの時間がかかった。けれども、人間の適応力とは恐ろしいもので何とか半年、正確にはコールドスリープから目覚めてから186日を耐え抜いてしまった。

 最初の3ヶ月くらいは毎日のように外に出ていき、生き残りや物資を探し回ったものだ。それでも幸か不幸か、被爆の症状もなく、大した病や怪我もせず過ごしていた。
 しかし、4ヶ月目にはそれもやめてしまった。

 5ヶ月目くらいから「あること」を真剣に考えるようになった。
 そして2週間前、備蓄食料の残りが容易く数え上げられるようになってきたころに、一つの決心をした。

 今日の朝、備蓄食の最後の一つを食べ終えた。たいして美味くもなく、とうに飽き飽きしていた味だった。
 
 さあ、階段を上がろう。もう決めたことだ。

 屋上へ続く階段を上った。気分は不思議と晴れ晴れしていた。

 屋上に上がると、空はよく晴れていた。今は夏だろうか? 照りつける日を暑く感じた。暦も分からないけど、きっと夏なんだろうなと思った。

 高い柵が屋上をグルッと囲っていた。柵を越えると、なんだか風が強く感じられた。
 なんだかドッと疲れた。しかし、いい気分だ。

 そう、もう疲れたんだ。

 柵から手を離す。
 意識は暗闇に落ちていった……。

  ♢♢
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