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リハーサル(後編)
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聞き覚えのある声がした。
これは確か冷凍休眠装置の自動音声だ。
男は目を覚ました。
「おはようございます。気分はどうですか?」
聞きなれない声が聞こえた。
身を起こして声の方を見やると白衣を着た女性が座っていた。
「最悪だよ」
「あら、悪い夢でも見ましたか?」
「あれが……夢?」
「ええ、コールドスリープからの覚醒プロセスの間に夢を見る人は結構いるのよ」
あんなにもリアリティの伴った夢があるのか。あの荒廃した街も、絶望に満ちた半年間も全て夢だったというのか?
それならば……。
「ここはどこです?」
「見ての通り病院内の施設ですよ。あなたはコールドスリープにより眠っていたんです」
落ち着いた口調で女は告げた。
そして、努めて落ち着いた口調でこう続けた。
「ただし、一つあなたに伝えなければいけないことがあります」
「なんでしょう?」
「実は……ここは海の底なんです」
「はい?」
「信じられないかとは思いますが、ここは海の底に築かれたドーム型海中都市なんです」
♢♢
リハビリがてら院内の廊下を歩きながら、女の話を聞いた。
女の話を要約すると、コールドスリープに就いてから15年後、かねてからの海水面の上昇に異常気象が相まって陸地面積が大幅に減っていったらしい。そこで急ピッチで建造されたのが、この海中都市なのだという。
巨大なドームに覆われた海中都市内では空気が充満しており、同時に酸素が供給されているので、日光が無いこと以外はほとんど地上と変わらない環境だった。
しかし、食料の不足が深刻でその問題を巡って過激なクーデターが起こっているらしい。
正直うんざりしていた。
死ぬほど追い詰められていたあの生活が夢だっただって? 次は食糧危機に瀕した海中都市だと?
もうたくさんだ。
病院を出ると外部はライトと人工紫外線に照らされていた。上を見上げてもドームの屋根があるだけで、海中の様子が見られるわけではなかった。
その時、海中都市にけたたましい警報が鳴り響いた。
「大変だ! 急進派のクーデターでドームの一部が破損したらしい! ここもすぐ水に飲み込まれるぞ!」
誰かの叫び声が聞こえた。
耳を澄ませるとゴォーッという激しい流水音が聞こえてきた。
「大変、私たちもすぐ奥の区画に避難しましょう」
「いいや、悪いが放っといてくれ」
伸ばされた女の手を振り払って、轟音の聞こえる方へ駆け出した。
どうせ、一度死ぬ決心をしていたのだ。
こんなどん詰まりのなかで生きるなら、荒廃した夢の世界と変わらない。
ずっと向こうから大波が押し寄せてきており、街を飲み込んでいくのが見えた。
立ち止まって目を瞑った。
水は瞬く間になだれ込んできて、ついに男を飲み込んだ。
意識が途切れた。
♢♢
聞き慣れた自動音声。
男は目覚めると叫んだ。
「ここはどこだ! 次は地底都市か? 月の上か?!」
前方には驚いた顔をした老人がいた。
「ここは宇宙船の中だが……」
男はコールドスリープ装置から飛び出して、闇雲に動き回った。
部屋の端にバルブを見つけた。
バルブに手を掛けると老人が叫んだ。
「いけない! そこを回すと外に放り出されるぞ!」
男は思い切りバルブを回した。
すると、扉が開き男は宇宙空間に投げ出された。
意識が途切れた。
♢♢
助手の男はコールドスリープ装置をモニターしながら、主任技師に尋ねた。
「やっぱり残酷じゃないですか? コールドスリープの夢の中で何度も自殺をシミュレーションさせるなんて」
「これは彼らのためだ。君だって知っているだろう?」
主任技師は溜息を漏らしながら答えた。
「それはもちろん知っていますが……」
「それならコールドスリープ治療後の患者の自殺があとを絶たないことも知ってるよな? 彼らは眠る前と起きた後の何十年もの時間のギャップに耐えきれず、自ら命を絶つんだ」
「ええ、今や社会問題ですもんね」
「それが、このシミュレーションを始めてから自殺者はグッと減ったんだぜ。夢で死んで命を拾えるなら安いもんだろ」
「はぁ、不思議なもんですね。夢の中で自殺した方が、現実に目覚めてから自殺しにくくなるなんて」
「いわばリハーサルさ。夢で酷い世界を体験しておけば、本番が天国に感じられるってわけだ」
「そんなもんですかね」
「なんたって現実は核戦争も、海中都市も、宇宙船もない彼らにとってごく普通の未来だからな」
「まあ進化しているのは携帯の最新機種くらいのとのですもんね」
「これを体験したやつは起きてからみんなこう言うぜ? 『ここはなんて素晴らしい世界だ』ってな」
これは確か冷凍休眠装置の自動音声だ。
男は目を覚ました。
「おはようございます。気分はどうですか?」
聞きなれない声が聞こえた。
身を起こして声の方を見やると白衣を着た女性が座っていた。
「最悪だよ」
「あら、悪い夢でも見ましたか?」
「あれが……夢?」
「ええ、コールドスリープからの覚醒プロセスの間に夢を見る人は結構いるのよ」
あんなにもリアリティの伴った夢があるのか。あの荒廃した街も、絶望に満ちた半年間も全て夢だったというのか?
それならば……。
「ここはどこです?」
「見ての通り病院内の施設ですよ。あなたはコールドスリープにより眠っていたんです」
落ち着いた口調で女は告げた。
そして、努めて落ち着いた口調でこう続けた。
「ただし、一つあなたに伝えなければいけないことがあります」
「なんでしょう?」
「実は……ここは海の底なんです」
「はい?」
「信じられないかとは思いますが、ここは海の底に築かれたドーム型海中都市なんです」
♢♢
リハビリがてら院内の廊下を歩きながら、女の話を聞いた。
女の話を要約すると、コールドスリープに就いてから15年後、かねてからの海水面の上昇に異常気象が相まって陸地面積が大幅に減っていったらしい。そこで急ピッチで建造されたのが、この海中都市なのだという。
巨大なドームに覆われた海中都市内では空気が充満しており、同時に酸素が供給されているので、日光が無いこと以外はほとんど地上と変わらない環境だった。
しかし、食料の不足が深刻でその問題を巡って過激なクーデターが起こっているらしい。
正直うんざりしていた。
死ぬほど追い詰められていたあの生活が夢だっただって? 次は食糧危機に瀕した海中都市だと?
もうたくさんだ。
病院を出ると外部はライトと人工紫外線に照らされていた。上を見上げてもドームの屋根があるだけで、海中の様子が見られるわけではなかった。
その時、海中都市にけたたましい警報が鳴り響いた。
「大変だ! 急進派のクーデターでドームの一部が破損したらしい! ここもすぐ水に飲み込まれるぞ!」
誰かの叫び声が聞こえた。
耳を澄ませるとゴォーッという激しい流水音が聞こえてきた。
「大変、私たちもすぐ奥の区画に避難しましょう」
「いいや、悪いが放っといてくれ」
伸ばされた女の手を振り払って、轟音の聞こえる方へ駆け出した。
どうせ、一度死ぬ決心をしていたのだ。
こんなどん詰まりのなかで生きるなら、荒廃した夢の世界と変わらない。
ずっと向こうから大波が押し寄せてきており、街を飲み込んでいくのが見えた。
立ち止まって目を瞑った。
水は瞬く間になだれ込んできて、ついに男を飲み込んだ。
意識が途切れた。
♢♢
聞き慣れた自動音声。
男は目覚めると叫んだ。
「ここはどこだ! 次は地底都市か? 月の上か?!」
前方には驚いた顔をした老人がいた。
「ここは宇宙船の中だが……」
男はコールドスリープ装置から飛び出して、闇雲に動き回った。
部屋の端にバルブを見つけた。
バルブに手を掛けると老人が叫んだ。
「いけない! そこを回すと外に放り出されるぞ!」
男は思い切りバルブを回した。
すると、扉が開き男は宇宙空間に投げ出された。
意識が途切れた。
♢♢
助手の男はコールドスリープ装置をモニターしながら、主任技師に尋ねた。
「やっぱり残酷じゃないですか? コールドスリープの夢の中で何度も自殺をシミュレーションさせるなんて」
「これは彼らのためだ。君だって知っているだろう?」
主任技師は溜息を漏らしながら答えた。
「それはもちろん知っていますが……」
「それならコールドスリープ治療後の患者の自殺があとを絶たないことも知ってるよな? 彼らは眠る前と起きた後の何十年もの時間のギャップに耐えきれず、自ら命を絶つんだ」
「ええ、今や社会問題ですもんね」
「それが、このシミュレーションを始めてから自殺者はグッと減ったんだぜ。夢で死んで命を拾えるなら安いもんだろ」
「はぁ、不思議なもんですね。夢の中で自殺した方が、現実に目覚めてから自殺しにくくなるなんて」
「いわばリハーサルさ。夢で酷い世界を体験しておけば、本番が天国に感じられるってわけだ」
「そんなもんですかね」
「なんたって現実は核戦争も、海中都市も、宇宙船もない彼らにとってごく普通の未来だからな」
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