来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴

文字の大きさ
20 / 72

第20編「……私は、頼りないですから」

しおりを挟む
「小日向さん、紹介します」
「はじめまして、星川八重子ほしかわやえこです」


 40代後半だと思われるその女性は、開花したての花に似た柔らかい笑みを浮かべ恋幸に対して深々と頭を下げる。
 それを見て恋幸も慌てて両手の指先をたたみにつき、額を擦りつけそうな勢いでお辞儀を返した。


「こっ、こちらこそはじめまして! 小日向恋幸と申します……!!」
「小日向さん、顔を上げてください。……八重子さんは、私が個人的に雇っている家事手伝いの方です」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
「はははいっ!! こちらこそ……!!」


 先程の光景を見られた気恥ずかしさから挙動不審な恋幸に対して、星川はくすりと笑い首を少し傾ける。


「小日向様、少し……お時間を頂いても大丈夫ですか?」
「え? あっ、はい! 大丈夫です!」
「……裕一郎様。彼女と二人きりでお話して来てもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論。どうぞ」
「ありがとうございます。それでは少しの間、小日向様をお借りしますね」





 少女漫画脳の恋幸は、もしかしてこのまま裏庭へ連れて行かれた後に「あんた、まさか裕一郎様の彼女? 自分の顔、鏡で見たことないの? 立場をわきまえな! あんたがいるとこの家の空気が不味くなるんだよ……っ! さっさと出て行ってちょうだい、このおブスなメロンソーダ小娘っ!!」と、壁ドンと共に罵声を浴びせられ敷地内から追い出されてしまうのだろうかと思い、小さく震えながら星川の後ろをついて歩いていたのだが、辿り着いた場所は畳が良い香りを漂わせるとこだった。

 ガラス越しに見えるのは、庭の大きな池。部屋の中心には座卓と座布団が置かれ、ふすまを開けたすぐ向こう側にキッチンがあることから、普段は裕一郎がここで食事を済ませているのではないだろうかと恋幸は考える。

 ぼけっとその場で立ち尽くす恋幸に対し、星川は慣れた手つきでキッチンから急須と人数分の湯呑・茶葉や茶菓子を運び、座卓の上に置き終えるなりちょいと手招きをした。


「小日向様。どうぞ、座ってくださいな。緑茶は嫌いじゃない? おまんじゅうは食べられる?」
「緑茶……っ! お、おまんじゅうも! 大好きです!!」
「そう、よかったー! あ……突然あんなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。どうしても、小日向様にお話しておきたいことがあって……」
「話しておきたいこと……?」


 用意された座布団に腰を下ろし首を傾げる恋幸を見て、星川はどこか悲しげな笑みを浮かべてコクリと頷く。


「裕一郎様についてのお話です」
「……!!」


 思わず恋幸が生唾を飲み込むと、星川は「これから語ることは、裕一郎様には他言しないで頂けると幸いです」と穏やかな口調で念を押し、恋幸が頷いたのを確認して言葉を続けた。


「……裕一郎様は、今でこそ感情表現のとぼしい方ですが、昔……裕一郎様が小学校に入り、高校・大学を卒業して新社会人になったばかりの頃は、もっと表情がコロコロと変わる明るい方でした」
「そ、そうなんですか……?!」
「ええ。ふふ、意外でしょう?」


 ――……星川の語った内容はこうだ。

 彼女は19歳になったばかりの頃に裕一郎の父に雇われたが、家事手伝いとしてはまだ未熟だったため、当時2歳だった裕一郎の世話係を主に担当していた。
 裕一郎は成長するにつれ魅力溢れる社交的な好青年になり、その顔の良さも相まって小中高大と彼に言い寄る女性は数多く存在した。そして裕一郎も、初めにいた仕事を23歳で辞職するまではただの一度も交際の申込みを断らなかったそうだ。

 星川は、それはまるでを忘れるため必死になっているかのようだったと言う。

 しかし、裕一郎の交際はいつも短期間で終わりを迎えてしまう。
 中には「ウサギ? えー……イメージと全然違った……」「男のくせにウサギ飼ってんの!? 気持ち悪い!」と吐き捨てて屋敷から出ていく女性もいたそうだ。
 両親と共に過ごす時間が短く寂しげに見えた幼い頃の裕一郎に「ウサギを飼うのはいかがでしょうか?」と提案したのは星川で、「裕一郎様の交際が上手くいかないのは自分のせいなのではないか?」とひどく罪悪感を抱いていたらしい。

 そして……裕一郎は初めの仕事を辞めた23歳の頃から、突然声を出して笑うことも怒ることもしなくなり、本当に信頼している人間以外は周囲から遠ざけ、他人に対して簡単に心を開かなくなった。
 女性からのアプローチも全て拒絶し、父親が用意した許嫁いいなずけとの婚約も解消。以来、今年の2月までひたすら仕事に没頭しているような人間だったらしい。

 いったい何がきっかけだったのか。いつ、裕一郎の身に何が起きたのか。それとなく自分に相談するよううながしてみても、裕一郎は「大丈夫です。八重子さん、心配かけてごめんね」としか答えなかったそうだ。
 星川には愛する夫がいるが彼女は子供ができない体質だったため、裕一郎のことを我が子同然に大切に思っている。だからこそ、彼のことが心配でたまらなかったのだと言う。


「小日向様のことは、一度だけ裕一郎様から話を聞きました。先月、花様を撫でながら『この子に似た女性と出会った』と。その時、久しぶりに裕一郎様が微笑んでいるのを見たんです」
(そ、そうなんだ……なんか照れちゃうな……)


 湯呑を両手に持ちふーふーと息を吹きかける恋幸を見て、星川は口元の笑みを深くする。


「今日こうして小日向様にお会いできて嬉しいです」
「わっ、私も!! 星川さんに会えて嬉しいです!!」
「ふふ、ありがとうございます。……私は雇われている立場上、悩みがあるのではないか? と裕一郎様を問い詰めるわけにはいきませんし、小日向様に代わりに詮索してほしいわけでもありません。ただ……裕一郎様を、どうかよろしくお願いします。きっと貴女なら、裕一郎様の心に寄り添ってくれる……なぜか、そんな気がするんです」


 星川の言葉に「寄り添えるよう精進します」と返しつつ、恋幸は心の中で(今世では……今度こそ、彼とずっと一緒にいる)と誓うのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...