来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴

文字の大きさ
61 / 72

第61編「普通に怖いんで睨みつけないでくださーい」

しおりを挟む
 千に裕一郎を紹介した翌日から、恋幸は彼とほとんど顔を合わせなくなっていた。
 と言っても、怒鳴どなり合いの喧嘩をしたり心のすれ違いが起きたわけではなく、ただ単に『裕一郎の仕事が忙しい』。それだけだった。

 どうしても1日1回は裕一郎を摂取せっしゅ……もとい、話しをしたい一心いっしんで、恋幸は毎朝彼の起きる時間帯に目覚ましをセットしてなんとか見送る事に成功していたものの、ここ最近は日付を越えても布団に入りまぶたを閉じても裕一郎は帰って来ない。
 業務内容までは把握できていないため突然忙しくなった理由を推測するのは難しく、恋幸は寂しさに包まれつつひたすら裕一郎の身体からだを案じるばかりだった。





 日が過ぎるのはあっという間でそんな生活も6日目を迎え、気がつけば恋幸の誕生日を目前にひかえている。

 今日までに裕一郎から投げられた貴重な言葉は「動物園と水族館。直近の作品では、どちらを資料に使いたいと思いますか?」「苺大福は好きですか?」「15日、何か予定はありますか?」の3つだった。
 どれも質問形式なのはなぜか? という疑問など、「裕一郎様とお話しできた!」と舞い上がる恋幸の頭には一瞬たりとも浮かんでいない。


「ふぅ……」


 夕飯時に使用した食器等を洗い終えた恋幸は乾燥機かんそうきのスイッチを入れてから小さく息を吐き、顔を上げてとこの壁掛け時計へ目線を向ける。

 今日も気が付けば21時を過ぎており、改めて襲いかかる寂しさに自然と眉尻が下がってしまった。


(裕一郎様、今夜も遅くなるのかな)


 今だに電話番号以外の連絡先を知らないため、帰りは何時頃になるのか文章で確認するすべは無い。ただ一つだけ確かなのは、どんなに帰宅が遅くなっても恋幸と星川の用意した夕飯を必ず食べてくれているという事だけだ。

 ラップをかけた裕一郎用の夕飯を座卓の上に並べ、フードカバーをかぶせる。手元に落としていた目線は自然と壁掛け時計へ移動し、再度時間を確認すると大きな溜め息が漏れた。

 ……と、その時。
 聞き覚えのないエンジン音が耳に届き、恋幸は勢い良く玄関の方向へ顔を向ける。


(こんな時間にお客さん……? 裕一郎様宛ての宅配便かな?)


 今日は星川が休みの日で、この家には今恋幸1人である。万が一に備え、ハエ叩きを片手に握り締めてそろりそろりと玄関へ向かった。





 ちょうど恋幸が辿たどり着いたタイミングでガチャガチャッ! と音を立てて玄関の鍵が解錠かいじょうされ、大きく肩が跳ねる。
 剣士さながらにハエ叩きを構えて生唾なまつばを飲み込むと、少し手荒に扉がスライドされてつい先ほど頭に思い浮かべた人が姿を現した。


「……! 倉本さん!」


 彼の帰宅を出迎えることができたのはずいぶん久々で、嬉しさのあまり恋幸の表情は途端にぱあっと明るくなり、護衛ごえい用に持って来たハエ叩きを急いで玄関棚の上に置く。


「おかえ」
「恋幸さん、ただいま」
「!?」


 どこかおぼつかない足取りで靴を脱ぎスリッパに履き替えた裕一郎は、恋幸が『おかえりなさい』を言い終わるより先にその腕の中へ彼女の小さな体を閉じ込めてしまう。

 突然の出来事に一瞬フリーズする恋幸だったが、すぐに違和感の存在に気がつき裕一郎の広い背中に腕を回しながら首をかしげた。


(あれ? お酒の匂い?)
「すんません、小日向さん。あ、お邪魔しまーす。今日ちょっと、お偉いさん方との打ち合わせ終わりにほぼ強制的な流れでバーへ呑みに行くことになっちゃって」


 馴染なじみのない香りをすんすんと嗅いでいると、頭の中に浮かんだ問いに対していつの間にか玄関先へ入って来ていた縁人よりひとが答える。


「社長、なーんかイライラしながらガバガバ飲んじゃったもんだから、」
「……酔っ払っていらっしゃる、と?」
「そっす。そりゃもーベロッベロンに酔ってます」


 縁人は抱き合う二人に視線を向けてひどくあきれた様子で片眉を上げた後、スリッパラックのわきに裕一郎のビジネスバッグを置いて人差し指でこめかみをいた。


「まったく。帰る気満々だったところを引き止められて大好きな恋人に会えなくなるかもしれなかったからって、やけ酒しなくたっていいのに……ねぇ?」
「え? ええっと、はい……?」


 今しがた暴露された話に心臓の鼓動が速まる中、咄嗟とっさ相槌あいづちを返せば縁人はわざとらしく肩をすくめる。

 すると、今まで口を挟まなかった裕一郎が首だけで振り返り、珍しくいきどおりを表情に表して秘書を一瞥いちべつした。


「……縁人。恋幸さんに用は無いよね?」
「はいはい、勝手に話しかけてすんませーん。ビジネス敬語忘れてますよー気をつけてくださーい。そんじゃ小日向さん、後はよろしくお願いしまーっす!」
「えっ!?」
「あ、社長の車は代行に任せて持って帰って来たんで、駐車場に停めるよう伝えておきまーす。おやすみなさい!」


 縁人が矢継ぎ早にそう告げて玄関を出て行けば、裕一郎は待ってましたと言わんばかりにスリッパのままで扉へ歩み寄って鍵を閉め、もう一度恋幸を抱きしめに戻って来る。

 嬉しい気持ちと羞恥心や困惑が混ざり合って上手く働かない頭に、熱さの増す頬と上昇していく体温。まるで自分まで酔っ払ってしまったかのようだ。

 あとはよろしくお願いしますと言われても、どう対処するのが正解か恋幸の脳内にはデータがおさめられていなかった。


「あっ、えっと、倉本さん?」
「うん?」
(ひゃーっ!!)


 耳元で低くささやかれ、反射的に全身が硬直する。

 恋幸はしばらく唇の開閉かいへいを繰り返してから、なんとかしぼり出した言葉を小さな声でぽとんと落とした。


「お、お着替え……先に、着替えを……」
「あー……ねえ、恋幸さん?」
「はいっ!」
「着替え、手伝ってくれますか?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...