【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

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第64話 アリスゲーム

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 エースが口頭で語る話は、私の頭でも理解しやすいようとても噛み砕いてくれていたように思える。

「……」

 けれど……ジョーカーお兄様やお母さんはもうすでに亡くなっていること、この異様な『ゲーム』を始めたのは他でもない自分自身であることを知ってもなお、いまいち実感が湧かなかった。

「……まあ、それも仕方がない」
「私がまだ、八歳だから?」
「そういうことだ。難しい話は不得意だろう?」
「……馬鹿にしているの?」
「いいや、まさか?」

 エースを睨みつけてやるが、彼は愉快そうに喉を鳴らして笑い私の頭をぽんと撫でる。

「……ねえ、エース」
「ん?」
「いくつか聞きたいことがあるの」

 そう言って彼を見上げると、緑の瞳は一瞬不安げに揺らいで私を映した。

「……なんだ?」
「えっと、そうね……何から聞こうかしら……」
「ゆっくりで構わない。もう何も、アリスに隠したりはしないよ」
「……ありがとう」

 エースは私が笑うのを見てやっと安堵したように肩の力を抜き、「どういたしまして」と言って口元に弧を描く。

「じゃあ、まず……ルールについて」
「ルール?」
「そう」

 先ほどの話では「私のことを好きな人に殺されたい」という願望を元に『ゲーム』は始まっていた。
 しかし、私が時計屋さんから聞かされたルールは「アリスのことを嫌いな偽物ジョーカーだけがアリスを殺せる」……それでは、少し矛盾しているのではないかと思う。

「ああ、その件か……それは簡単……いや、ややこしい話になるか……?」
「?」
「遡って説明をすると……アリスがこの国に来て間も無く、双子に会った時点では『アリスを好きなランク持ちだけが殺せる』ルールだった。だが……アリスがチェシャ猫と接触したことにより、彼女の能力が働いてルールに『矛盾』が生じたんだ」

 実に忌々しげな表情でそう語るエースに「貴方が『ルール』なんだから、元に戻せば良かっただけじゃないの?」と問いかければ、彼は静かに首を振り溜息を吐いた。

「もちろん“そうした”とも。だが、何度戻しても無駄だった……恐らく、チェシャ猫なりにゲームを妨害していたのだろう」
「どうして、そんなこと……」
「……アリスを死なせないためだろうな」
「!!」
「この国に『アリスのことが嫌いなランク持ち』など一人もいない……つまり、誰もアリスを殺せない。自分の心を偽ることが可能な黒ウサギを除いて、誰一人としてそんな事はできない……」

 思い返せばチェシャ猫はずっと、私を“殺してしまう”かもしれない事態を回避し続けていた気がする。
 謎かけで誤魔化していたようにも思えた言動には、彼女なりの願いが込められていたのだろうか。

「……そういえば、どうして……」

 エースの言葉を聞いて、ずっと心の底でくすぶっていた違和感に気がついた。

「黒ウサギは……私がこの国に来た時、どうしてあんなことを言ってきたのかしら」

 彼は初めにこう告げた。

『僕らに捕まったら、殺されちゃうよ?』

 わざと恐怖を煽るようなあのセリフを聞いて、私は……、

「……!! もしかして、」
「そう、アリスが気付いた通りだ。私は黒ウサギの記憶をが、きっと想いは同じだった……」

 エースが私の記憶を読んだ上で、この想像は正しいと肯定するのなら……つまり、黒ウサギは。

「最初から恐怖心を煽り、命の危機を報せることにより……アリスが『死にたくない』『早く元の世界へ帰りたい』、そう願うと考えた……と推測して、まず間違いないだろう。あのウサギは素直になれない天邪鬼だからな、回りくどいことをする」

 貴方も人のことを言えないわよ、と思うのは心の中だけにしておこう。

「チェシャ猫がヒントをくれただろう?」
 
『この国じゃあ、今は誰も信じちゃいけないよ』

「黒ウサギの告げた最初の言葉、ジョーカーの説明したゲーム内容……その全てが『嘘』で、アリスは信じてはいけなかったんだよ」

 そうか、そうだわ。
 殺されないように守ってくれると言ったサタン・ジョーカーは、ただゲーム内容に逆らっていただけなのだとようやく気付いた。

「……ずっと、不思議だったの」
「何がだ?」
「この国の……ランク持ちのみんなは、どうして私なんかのことをそこまで大切に想ってくれるの?」

 私のことが嫌いなランク持ちは一人もいないと言ったけれど、なぜみんな私なんかのことを好きでいてくれるのか。ずっと不思議でたまらなかった。
 はじめは私の境遇に同情してくれているのだろうかとも考えたけれど、それだけでは『殺せない』理由としてはとても足りない。

「……この国でランク持ちには、元々存在する『意味』が無かったんだ」
「意味……?」
「そう……何のために、誰のために。そんな目的や理由が何もなく、ただ漠然とだけだった……存在する意味が無いということは、誰にも必要とされないということ。それでは、死んでいるのと同じだろう」

 話の関係性がわからず首をかしげた私を見て、エースは小さく笑った。

「君がこの国へ初めて来た時……アリスは、そんなランク持ち達に『意味』を与えてくれたんだ。自分の願望、想い、感情……それらを分け与えて、存在する意味と目的を見出してくれた。彼らはやっと、死者ではなくなったんだ」
「え……? それだけ……?」
「ああ、そうだ。君を大切に想う理由は“それだけ”で十分なんだよ、アリス」
「……」

 さまざまな感情がせめぎ合い足元に目線を落とすと、少しの沈黙を置いてから、エースはその場の空気を仕切り直すかのようにぱんと両手のひらを合わせて叩く。

「それで……アリスはこれからどうしたい?」
「えっ?」

 ぽかんと間抜けに口を開けたままエースの顔を見上げれば、彼も不思議そうに首を傾げた。
 どうしたい、とは……何が?

「当初の願い通り、元の世界へ帰るのか?」
(元の……)

 ――……ジョーカーお兄様も、お母さんもいない世界。

「……っ、」

 大切な人たちは、私が元の世界へ帰ったところで生き返るわけじゃない。
 それなら、私が帰る理由……帰らなければならない理由は、いったいどこにあるのだろうか?

「……もちろん……アリスが望むのなら、今の『ゲーム』を続行しても構わない。ランク持ちはずいぶん減ってしまったが、今の人数でもさして支障はないだろう」

 ああ、ほら。
 私の命が関わる話になると、エースはいつも泣きそうな顔をするのだから放っておけないわ。

「罪滅ぼし……にも、遠く及ばないが……私に出来る範囲であれば、アリスの望みは何でも叶えてあげたいと思っている。今さら謝って許されることでもないが、君の人生を壊してしまい本当にすまなかった……」
「……それじゃあ……まず三つ、私のお願いを聞いてくれる?」
「ああ、勿論」

 あのね、エース。記憶を読める貴方になら伝わっているでしょうけど……私は『真実』を知った上で、貴方を恨んだり嫌ったりできないの。
 だって、貴方なりに私を救おうとしてくれていた。それは確かな『優しさ』でしかないでしょう?
 だから、

「すぐには難しいでしょうけど、私に対して抱いている罪悪感は全部捨てて! 今日から私の人生に関して自分を責めることも、口癖みたいに『すまない』って言うのも禁止! いい?」
「……!? あ、ああ。わかった、すまない……いや、すまない……あっ、」
「ふふっ」

 私は貴方に感謝しているのよ、エース。
 だからもう、自分自身でかけた呪いは解いてほしいの。

「そういえば……時計屋さんや花屋さん達は、消えてしまったままなの?」
「……私がルールを執行すれば蘇らせることは可能だが、等価交換の話になる」
「等価交換……?」
「消えてしまったランク持ち全員を蘇らせるというのなら、アリスはもう二度と元の世界へは帰れない」
「!?」
「しかし……このままゲームを終了して元の世界へ帰るというのなら、ジョーカーだけは君に同行させることが可能だ。もちろん、八歳の姿と知能に戻ってしまうわけだが……」

 この国にとどまって、時計屋さんたちと過ごせる日々を選ぶのか。
 元の世界へ帰って、『何にでもなれる』ジョーカーと共にこの先の人生を歩んでいくのか。

「アリスは、どうしたい?」
「……私は、」 



 ***



 澄み渡る空を仰ぎ見る。
 今日は『何でもない日』だけれど、たまにはこうして無駄な時間を過ごすのも悪くない。

(綺麗……)
「……アリス、ここに居たんだね」

 名前を呼ばれて振り返ると、その人は微笑みながら片手を差し出した。
 その手を取れば、彼は首を傾げて私の顔を覗き見る。

「……どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ。ただ……」

 今はこの平穏な日常がとにかく楽しくて、

「あのね、聞いてくれる?」
「……うん」

 あの時の選択は間違っていなかったのだと、心からそう思えた。

「時計屋さん、私……今ね、生きていてとても幸せなの」
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