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二章 エルフの森

19話

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「セツ!無理はするなよ。もうじきクルクが来る」

アルクの声が森に響く。

俺は猪のようなモンスター「大牙猪だいきばい」と退治している。距離は約30m程度。奴の突進を警戒する。

俺が異世界に来てから約2週間が経った。俺はその間、エルフたちとともに鍛錬や狩猟に明け暮れた。いまだ魔纒の習得には至っていない。

今日の狩猟は食糧調達を目的とした銀狼狩りの予定だった。

目標数に達成し、村に帰る途中に銀狼の血に誘われた大牙猪に遭遇した。
横からの奇襲により、5名の討伐隊のうち2名が負傷。1名は行動不能に、もう1名は瀕死状態にある。

現在、瀕死状態の者を白狼に乗せて別のエルフが村へと向かっている。クルクを呼んでくる手筈だ。アリアは所要で集落を出ている。

牙猪種は下顎から上へと突き出た二本の牙を持つモンスターだ。最大の牙に突進の力を乗せて相手を突き刺す。

体皮は厚く、防御力は硬いが、突進攻撃にさえ注意すれば、勝てない相手ではない。俺もこれまでに3頭仕留めた、。

だが、それは通常の牙猪の話。今、目の前にいる大牙猪の体長は約3倍の4メートル超え。肩高(地面からの高さ)も2メートル以上だ。突進の威力も防御力も3倍以上に至るという。

やっかいなことに大牙猪は風属性魔法への耐性を持つため、エルフとの相性は良くない。族長のアリアか、牙猪種に有効な火属性の魔法が使えるクルクしか戦ってはいけないことになっている。

3日前に遭遇した際も、その二人は討伐隊にいなかった。幸いにも相手がこちらに気づいていなかったため、撤退を選択。事なきを得た。

今回はとてもそれができそうにない。俺とアルクが逃げれば、行動不能のエルフが真っ先に襲われる。
もうじきと言ってもあと10分はかかる。俺に向いている標準がいつ、負傷者に切り替わるかはわからない。
クルクが援軍に来るまで持ち堪えるこたえるのも得策とは言えない。



俺は背中に担いだククリ刀を抜刀した。
今朝、アルクから受け取ったばかりの剣だ。

ククリは刃の方向になだらかにカーブした「内反り」の刀だ。殆どの日本刀は棟側へとわずかに湾曲した「外反り」で、日本で言う内反りの刃物は鎌が代表的だ。

刀身の幅は太く厚く、日本刀よりもナタに近い。一般的なククリは刃渡りは30センチほど。エルフたちはナイフとして、モンスターの解体作業などに使用している。

アルクはククリを巨大化した大剣を俺のために鍛え上げた。刃渡りは約1メートル。刀身の太さ、厚さも十分にあり耐久性も高い。「大ククリ刀」とも言える立派な代物だった。

注文通りの日本刀もしっかりと鍛刀されていたが俺は迷わずククリ刀を選んだ。

俺の太刀筋は切るというよりも、力いっぱいに「叩く」、もしくは「刈る」に近い。
アルクはクルクとの試合を見て、日本刀よりも適性が高いと判断したんだろう。

どちらでも好きな方を使えと言われたが、
内心、「必ずククリを選ぶ」と思っていたに違いない。

その証拠にククリ刀の方だけ、刀身に刻印がしてあった。文字は古いエルフ文字で書いてあり、読めなかったが、アルクの嫁が意味を教えてくれた。

「アルクから死神の友へ」

―――エルフの友の想いが込められたククリ刀を握りしめ、蛮開流の右切り上げ「死神」の構えに入る。

牙猪種の弱点である頭部に致命傷を与えたい。だが、通常の死神では口の両脇から生えた牙が邪魔になる。
俺はいつも以上に大きく体をひねり、逆風の構えに切り替える。下から上に切り上げる逆風であれば牙の間を通せるはずだ。

発動時に体を横に曲げれば、腕の引く力を利用した「死神」としての太刀筋が成立する。
だが、振り抜いたあとの踏ん張りが聞かず、体は横転。防御は取れない。

一度きりの勝負だ。


フッフッフッ

フーフー

荒かった大牙猪の鼻息が徐々に静かになっていく。



来るっ!!!

大牙猪は真っ直ぐ俺をめがけ突進してくる。攻撃を躱すという選択肢がない分、大銀狼よりも速い。

ドドドドドドド

最高速度に乗ると大牙猪は鼻先を下げた。

まずい。

相手に知性があるかはわからないが、あそこまで頭を下げられては逆風は当たりにくい。当たっても威力は落ちるだろう。

斬撃を切り替えようか迷いが生まれる。

「そのまま待て!!」

アルクの掛け声が真後ろから響く。

何という頼もしい声か。

俺は覚悟を決める。

―――ビュッ

鋭い何かが俺の頬の横ギリギリを通過する。

直後、大牙猪の目にアルクの屋が突き刺さる。

大牙猪は動きを止めないが、苦しみから逃げるように顔を上に向けた。

俺はククリ刀を下から上へ一気に振り抜いた。

ドタッ

技の反動で俺の体は地面へと転がる。

急いで起き上がり、ことの顛末を確認する。

俺の太刀は頭部を骨、脳ごと両断し、大牙猪は地面に頭をなすりつけるように絶命していた。
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