【完結】完璧上司の裏の顔~親の借金返済のため、内緒でエッチなコスプレで動画配信していたら、実は熱烈なファンだった上司に求婚された件

香月律葉

文字の大きさ
41 / 49
16章 

大自然の中

「見て、タロ。あの雲。お前によく似た形をしているわ。わたあめみたいで美味しそう」
「くぅん」

 千紗はだだっ広い草原の上に横たわり、牧羊犬のタロと一緒に流れる雲を見ていた。

 あのあとの騒動はあまり覚えていない。ネガティブなことで有名になった前回と違い、TV出演だとか、演奏依頼だとか、それこそコラボ依頼などがひっきりなしに舞い込むことになった。
 その全てを断り、千紗は母が療養する北海道に戻った。ストーカー事件のあとの騒ぎ、実名と顔バレした時の騒ぎもひどかったが、今回の騒ぎが一番凄かった。
 しばらく井村のマンションに匿われていたが、母も心配だしいつまでも居候するわけにもいかず、牧羊業をしている叔父の家の手伝いをしながら世間から身を隠している。
 叔父が所有する広大な敷地の中で、外へ出ても誰かに見つかることもない。
 誰よりひっそり生きていたいタイプだというのに、どうしてこうなったのかさっぱりわからない。
 色々なところで自分が絶賛されたり、求められたりしているのをどこか他人事のように見ていた。最後の動画のせいで、過去の動画の再生数もうなぎのぼりだった。
 襲われた時は、破廉恥な格好で再生数稼いでけしからんとか散々叩かれたのに、今はそういう声はほぼない。
 千紗自身はなにひとつ変わっていないのに、世間の評価はひっくり返った。

「みんないい加減なものよね。私はなにひとつ変わっていないのに。人の評価ってなに?あの雲のように変幻自在? 本当の優しさとは? 教えてタロ」
 
 タロを見ると、知らんがなという顔で、後ろ足で体を搔いている。
 話し相手がいないので、ついタロ相手に独り言ばかり言っている。

 人気が出たのも嬉しいというより、井村にも迷惑をかけすぎたことが気になっている。当然会社でも話題になり、井村はみんなの質問攻めに遭っているようだった。千紗を気遣いあまり多くを語ることはないが、彼の平穏な人生に千紗が紛れ込んだことで波乱を起こしている気がする。
 
 トラブルとは無縁そうで、うまく世間を渡っている井村だけに、千紗と出会ってからてんやわんやで、いつ嫌われてもおかしくなさそうなものだが、一緒にいる間は、毎晩好きだ好きだ好きだと言って常に優しくしてくれた。
 千紗だって彼が好きだが、負い目を感じることが多いのも確かで、なかなか素直に気持ちを言えなくなっていた。
 まだ始まったばかりで、こんなに離れてしまう寂しさはあった。別れを惜しんで、旅立つ直前はかなり濃厚に愛し合ってしまった。

 ──あのまま井村さんに甘やかされてダメ人間になってしまうのもアリだったかも。

 だが、恋愛経験ゼロの千紗にだって一方的になにかを受け取るだけの関係はいずれ破綻するとわかっている。
 今は離れて自分を立て直すことが必要だと思った。
 バズりにバズった動画の収益のおかげで、借金を完済し、思い出の自宅を売却せずに済むことにもなった。

 ──色々ありすぎて疲れちゃった。世間様の目なんて、いい加減だし気にするだけ損だ。一時的にもてはやされたところで、すぐに忘れるに決まっている。

 井村とは毎日電話で話しているが、もう少し身辺が静かになるまでこちらにいるつもりだった。
 昼間は馬に乗ったり、牧羊犬と一緒に羊の群れを移動させたりしていた。
 苛められた日々も、炎上に怯えた夜も、今はもう風と共に過ぎ去りし過去。

 ──私も地球の一部……。小さなことで悩んでいたのが馬鹿みたい。あの夕日の綺麗さに比べたら、なんてことない。

 空は大きいし、夜は星がよく見える。目に入るのは草の色と空の青だけ。余計なものがなにもない。
 なにより広い敷地を出なければ誰にも会わずに済む。
 ここでの暮らしの平穏さに救われている一方、自分の核が抜け落ちたような気がしていた。 





 千紗が北海道へ行ってしばらくして、母も少し病状が回復し無事退院できた。

「あなたがせっかく稼いだお金、使っちゃって良かったの?」
「お父さんの曲で借金返したんだからチャラだよ。お釣りも来たから、しばらくニートでいられるし。お父さんだって事業を広げるつもりで借りたお金なんだし、急に死んじゃってきっと私たちのこと沢山心配したと思うよ。だから天国から井村さんを使ってあの曲を私に届けたんじゃないかな」
「あの曲、きっとお父さんのプレゼントだったのねぇ。井村さんの執念深い調査のたまものね」

 母はおっとりしているが、たまに毒舌なことを言う。

「うん」
「あなた、大丈夫なの」
「え? 確かに色々あったけどもう大丈夫」
「そうじゃなくって、こっちに来て、遠距離恋愛なんて大変よ」
「あ……うん」
「それになんか呆けた顔して。休むのはいいけど私のためにいるなら、やめてね。自分の好きなことしなさい」
「してるよ。ログハウス建てたり、羊の乳からチーズ作ったり」
「ここは一時的に休むにはいいけど、ずっといるのはどうかしら。あなたはやっぱり普通の子じゃないのよね」
「普通だよ!! 平凡を絵に描いたような女の子だよ」
「普通の子はログハウスとか建てないから。まぁ、少しゆっくりしなさい。あなたには負担たくさんかけちゃったから」

 まだなにか言いたげな母だったが、それ以上は言葉を濁した。


感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……