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プロローグ
2日目.決心
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俺達は予約していた特別席へと案内された。彼女はときどき口外厳禁のすごい相談を持ち掛けてくるため、予め別室を取っておくのが恒例なのだ。
ワインが置かれてもしばらくの間、バー特有の静かな空気に包まれていた。俺が最初の一口を口にしてグラスを置いた時、彼女は口を開いた。
「ねぇ、蓮斗の故郷って確か雨が多いんだったよね?」
彼女はそんな事を言ってきた。俺の出身についてはあまり話した覚えはないが、度々話題に挙げた事はあった。故郷には、辛く悲しい思い出があるから。
「そう……だね。それがどうかした?」
「多分なんだけど、私が来月から行うプロジェクトで訪れる場所が蓮斗の故郷の近くなんだよね。ほら、これ。」
そう言って、彼女はスマートフォンの画面を見せてきた。
「……あってる。けれど、何で俺にその話を?」
「うーん……気になったから?あんまり君はあんまり故郷の話を楽しそうにしないから、何かあるのかなって。………あっ!も、勿論無理に話さなくても!」
慌てて訂正するように彼女はそう言うが、俺は首を横に振り、そっとグラスを置いて口を開いた。
「いつかは話さないといけないと思ってた。親友だから。」
「えへへ…何だか照れるな……。」
照れ隠しの如くワインに口をする彼女を横目に、俺はあまり思い出したくはない記憶を呼び起こし、声にした。
「……故郷は少し奇妙な地域だったよ。ずっと固定化された停滞前線も含めてね。そして、事故も絶えない場所だった。いや、俺が惹き付けてるだけなのかもしれないけどね。」
__________________
当時、高校ニ年だった俺は、変わらない青春の日々を送っていた。俺には幼馴染で愛しの人でもある風波那緒という同級生の少女が居た。
バスケの強化練習試合。俺は華麗なドリブルで包囲を抜け出し、流れるようにシュートを決めた。そして残り時間僅かのところで逆転勝利した。
「流石先輩ですね!」
「本当にかっこよかったです!」
後輩達がそう言い寄ってくるが、俺は「君達も良い動きだった。ありがとう。」とあっさりとした返答をして、着替えにいった。
「お疲れ様。今日もいかしてたね!」
更衣室から出ると、那緒がそう言って缶ジュースを差し出してきた。
「なんだ、見てたのか。」
「だってかっこいいんだもん!さ、帰ろ!」
「はいはい。」
そして、俺達は一緒に下校していった。
__________________
「そんなたわいもない日々がいつまでも続くなんて、理想論に過ぎなかった。…咲淋は知ってるでしょ。ショッピングモール崩落事故。」
「ええ。極度の風雨によって土壌が想定以上に緩み、八割方完成していた建造物が潰れたっていう……。」
「そう。……那緒はその被害者になった。隣接する道路は渋滞するような人通りの多さだったからね。」
そして、俺は普段服の内側に隠してあるロケットペンダントを表に出して、その中の写真をじっと見つめた。
「もし生きていたら、今頃何をしていたんだろな……。」
写真の中の彼女は、成長しない。温かみも感じない。彼女の存在をこの世に留めておくための偶像に過ぎない。
俺が元々トラブル体質だったのも相まって、色々と考えてしまうんだ。
「………と、暗い話になってしまったね……。」
「……そうね。君に今回のプロジェクトのお手伝いをしてもらうのは諦めるよ。」
突然、彼女はそんな事を言い出した。そして、言葉を連ね始めた。
「気象学者として、あの謎の停滞前線については調査しておきたかったの。だけど、地理についてどうしても君の力が借りたかった。……けど、そんな事情があるのに来てもらうのは仕事とはいえ申し訳なくて……。」
彼女は申し訳無さそうに、ちょっぴり暗い表情を浮かべた。
出来れば俺もあまり帰りたいとは思わない。だけどその反面、ちゃんと向き合わないといけないとも感じていた。
そんな哀情が心を渦巻くと、気付けば勝手に口が動いていた。
「行くよ……。その仕事、引き受けるよ。」
すると彼女は えっ? という表情を浮かべた。
「本当に?悪いよ…そんな……。」
「いいや。もう二十四にもなるのに、いつまでも現実から目を逸している訳にはいかないよ。それに………あの崩落事故といい、停滞前線といい、地元民の俺にとっても分からない事だらけなんだ。その謎を全部解明してみせたい。これは学者としての俺の意思じゃなくて、俺自身の意思として。」
そう言い告げると、一周回って俺は冷静になった。
「……!…何言ってんだろうな。俺。」
そう口に零すが、彼女はふふふっと笑って、俺の方を見た。
「いいと思うよ。自分の心に“何故”と問いかけて、真相を確かめるのが私達学者ってものじゃないの?」
「……そうだね。」
静寂のバーでそう話がまとまった頃、耐性のある俺達でも少しずつ酔いを感じてきた。そんな時に彼女は一枚の紙を俺に渡してきた。
「契約書。まぁ形だけだけどね。」
「……そんな大事なもの今押させようとするなって……。勘違いして車動かしそうになるから。」
「あはは…流石にないでしょ……まぁ、二人とも飲んじゃったし、今夜はどっか泊まる?」
「もうホテル予約済みだ。カプセルな。」
「ガードが硬いな~。心友なんじゃなかったの~?」
「味を占めようとするな。」
どんどんだる絡みになっていく彼女を振り切り会計を済ませ、俺は予約していたホテルへと走った。
……決心が出来たかなんて自分でも分からない。ちょっとした成り行きの感情だったのかもしれない。
だけど、ずっと何も分からなかった現実に目を向けてみようと思ったのは成り行きなんかじゃない。
何故自分の周りでこんなにも事故が起こるのか、何故こんなにも受け入れられなかったのか。
心の疑問は全部払拭しておきたいから。
__________________
亡花の禁足地
~何故、運命は残酷に邪魔をするの~
作者:Yamikumo
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ワインが置かれてもしばらくの間、バー特有の静かな空気に包まれていた。俺が最初の一口を口にしてグラスを置いた時、彼女は口を開いた。
「ねぇ、蓮斗の故郷って確か雨が多いんだったよね?」
彼女はそんな事を言ってきた。俺の出身についてはあまり話した覚えはないが、度々話題に挙げた事はあった。故郷には、辛く悲しい思い出があるから。
「そう……だね。それがどうかした?」
「多分なんだけど、私が来月から行うプロジェクトで訪れる場所が蓮斗の故郷の近くなんだよね。ほら、これ。」
そう言って、彼女はスマートフォンの画面を見せてきた。
「……あってる。けれど、何で俺にその話を?」
「うーん……気になったから?あんまり君はあんまり故郷の話を楽しそうにしないから、何かあるのかなって。………あっ!も、勿論無理に話さなくても!」
慌てて訂正するように彼女はそう言うが、俺は首を横に振り、そっとグラスを置いて口を開いた。
「いつかは話さないといけないと思ってた。親友だから。」
「えへへ…何だか照れるな……。」
照れ隠しの如くワインに口をする彼女を横目に、俺はあまり思い出したくはない記憶を呼び起こし、声にした。
「……故郷は少し奇妙な地域だったよ。ずっと固定化された停滞前線も含めてね。そして、事故も絶えない場所だった。いや、俺が惹き付けてるだけなのかもしれないけどね。」
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当時、高校ニ年だった俺は、変わらない青春の日々を送っていた。俺には幼馴染で愛しの人でもある風波那緒という同級生の少女が居た。
バスケの強化練習試合。俺は華麗なドリブルで包囲を抜け出し、流れるようにシュートを決めた。そして残り時間僅かのところで逆転勝利した。
「流石先輩ですね!」
「本当にかっこよかったです!」
後輩達がそう言い寄ってくるが、俺は「君達も良い動きだった。ありがとう。」とあっさりとした返答をして、着替えにいった。
「お疲れ様。今日もいかしてたね!」
更衣室から出ると、那緒がそう言って缶ジュースを差し出してきた。
「なんだ、見てたのか。」
「だってかっこいいんだもん!さ、帰ろ!」
「はいはい。」
そして、俺達は一緒に下校していった。
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「そんなたわいもない日々がいつまでも続くなんて、理想論に過ぎなかった。…咲淋は知ってるでしょ。ショッピングモール崩落事故。」
「ええ。極度の風雨によって土壌が想定以上に緩み、八割方完成していた建造物が潰れたっていう……。」
「そう。……那緒はその被害者になった。隣接する道路は渋滞するような人通りの多さだったからね。」
そして、俺は普段服の内側に隠してあるロケットペンダントを表に出して、その中の写真をじっと見つめた。
「もし生きていたら、今頃何をしていたんだろな……。」
写真の中の彼女は、成長しない。温かみも感じない。彼女の存在をこの世に留めておくための偶像に過ぎない。
俺が元々トラブル体質だったのも相まって、色々と考えてしまうんだ。
「………と、暗い話になってしまったね……。」
「……そうね。君に今回のプロジェクトのお手伝いをしてもらうのは諦めるよ。」
突然、彼女はそんな事を言い出した。そして、言葉を連ね始めた。
「気象学者として、あの謎の停滞前線については調査しておきたかったの。だけど、地理についてどうしても君の力が借りたかった。……けど、そんな事情があるのに来てもらうのは仕事とはいえ申し訳なくて……。」
彼女は申し訳無さそうに、ちょっぴり暗い表情を浮かべた。
出来れば俺もあまり帰りたいとは思わない。だけどその反面、ちゃんと向き合わないといけないとも感じていた。
そんな哀情が心を渦巻くと、気付けば勝手に口が動いていた。
「行くよ……。その仕事、引き受けるよ。」
すると彼女は えっ? という表情を浮かべた。
「本当に?悪いよ…そんな……。」
「いいや。もう二十四にもなるのに、いつまでも現実から目を逸している訳にはいかないよ。それに………あの崩落事故といい、停滞前線といい、地元民の俺にとっても分からない事だらけなんだ。その謎を全部解明してみせたい。これは学者としての俺の意思じゃなくて、俺自身の意思として。」
そう言い告げると、一周回って俺は冷静になった。
「……!…何言ってんだろうな。俺。」
そう口に零すが、彼女はふふふっと笑って、俺の方を見た。
「いいと思うよ。自分の心に“何故”と問いかけて、真相を確かめるのが私達学者ってものじゃないの?」
「……そうだね。」
静寂のバーでそう話がまとまった頃、耐性のある俺達でも少しずつ酔いを感じてきた。そんな時に彼女は一枚の紙を俺に渡してきた。
「契約書。まぁ形だけだけどね。」
「……そんな大事なもの今押させようとするなって……。勘違いして車動かしそうになるから。」
「あはは…流石にないでしょ……まぁ、二人とも飲んじゃったし、今夜はどっか泊まる?」
「もうホテル予約済みだ。カプセルな。」
「ガードが硬いな~。心友なんじゃなかったの~?」
「味を占めようとするな。」
どんどんだる絡みになっていく彼女を振り切り会計を済ませ、俺は予約していたホテルへと走った。
……決心が出来たかなんて自分でも分からない。ちょっとした成り行きの感情だったのかもしれない。
だけど、ずっと何も分からなかった現実に目を向けてみようと思ったのは成り行きなんかじゃない。
何故自分の周りでこんなにも事故が起こるのか、何故こんなにも受け入れられなかったのか。
心の疑問は全部払拭しておきたいから。
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作者:Yamikumo
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