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1章:失踪の川
7日目.意志
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あれからの記憶は頭にない。気付いた頃には、家に帰っていた。
シャワーを浴び、俺は何もない寝室に直行した。
「はぁ………。」
俺は一つため息をついた。彼の言っている事は何も間違っていない。昔の俺もきっと嫌うだろう。
「……一体、俺は何のために帰っていた来たんだ…。」
あの時は決心したつもりだった。いざ現地に着くと、その心が生半可なものであったと痛感させられた。
それも、那緒の弟に…だ。
__________________
挫折。それは俺も経験した事がある。でも、俺にはある言葉が支えとなっていた。
「………。」
中学一年の冬。経験者の中でもずば抜けた実力を持っていた俺は部活の校外練習試合での出番も多かった。
それまで、俺は一度も負けた事が無かった。相手の動きを手に取るように見極め、高度なドリブルで必ず点数を取りに行く俺にとって、初めて敗北の味は屈辱的なものだった。
「君強かったよ。だけど、まだまだいけるな。」
相手チームのキャプテンに言われたこの言葉。「伸び代がある」と捉えるのが普通だが、当時の俺は納得がいかなかった。
試合の運びもイマイチだったし、まるで格の違いを見せつけられたようだ。
俺の周りではずば抜けて俺が強かった。けれども、世界はそんなに狭くなければ、甘くもない。まだ近くで負けを味わった方が、精神的に良かったまである。
それから、俺はいつにも増して練習に打ち込んだ。授業時間以外の日中は当たり前、夜もトレーニングを重ねた。
しかし、追い詰められていたから、はたまた身体が限界を迎えていたのか、状況は全く変わらなかった。
むしろ、練習試合後の二週間の間で、仲間達はめきめきと力を付け、俺との差は縮まっていった。
「早瀬の奴。最近不調が続いているようだが……何かあったのか。」
「単なるスランプだろ。心配しなくても時間が解決するっしょ。」
陰でのそんな会話が耳に入るが、気にする余裕すらなかった。実際、スランプに陥っている自覚はある。だけど、何をしたらいいのかなんて全く分からなかった。
心身の余裕の無さはやがて生活にも影響を及ぼし始めた。コミュニケーションも雑になり、気付けば孤立寸前だった。
こんな事になるならもういっそ、“引退しようか”とも思った。だけど、那緒の言葉がそれを引き留めてくれた。
俺が例の公園でいつものようにトレーニングをしていると、木陰でひっそりと見ていた那緒が声を掛けてきた。
「ね、ねぇ…蓮斗………ちょっとお話ししようよ……」
遠慮するようにそう言われて、俺は手を止めた。彼女の様子をちゃんと見てようやく気付いたんだ。今の俺は何処か壊れてるって。
すると、急に涙が込み上げてきた。
「ごめん……本当にごめん…!」
「え……?」
そして気付けば頭を下げていた。彼女は俺の顔を覗き込むように身体を低くして言った。
「どうして…謝るの?」
「自分の事しか考える余裕がなかった。結果的に、那緒も、他の友達との関係も疎かにしてしまった。……失格だよな…選手としても…人間としても……!」
彼女が度々俺の家を訪れては、母さんに心配する気持ちを伝えていた事は知っていた。
だけど、直接的に言ってこない事で見捨てられたと勘違いしていた。それは大きな間違いだった。むしろ、俺が自ら近寄りにくい空気を作り出し、隔絶していた。
すると、彼女は一つ言葉を零した。
「……自分勝手すぎるよ……。」
「……那緒?」
「私は……今の蓮斗はあんまり好きじゃない…かな……?何も感じなかったんだね……」
「お…おい…那緒!」
彼女は走り去ってしまった。
__________________
「そういえば……那緒にも一度見限られた事があったっけ……。寂しそうな顔だったな……普段の元気っ子な姿とはまるで……」
そんな出来事を思い出し、俺は想いを巡らせた。あまりにも不安定過ぎる。お互いに何らかの傷はある。それは今のこの状況でも同じ事が言える。
結局、逃げている。目を逸している。これだから、ひびが入り続けるのだということを理解した上で……。
「どうかしたの?そんな思い詰めたような顔をして…。」
その声を聞いて、俺の意識は現実に引き戻された。
「咲淋?いつから……」
「けっこう前から居たよ。夕食の時間だから呼びにきたけど反応がなくて……。ずっと放心状態だったのよ?」
「そう……心配をかけたね。ごめん。」
咲淋は割と信頼している友人の一人。俺は恐る恐る聞いてみる事にした。
「なぁ……俺の話…聞いてくれないか……?」
すると彼女は無言で口角を上げて、正座した。
俺は、先程あった出来事を話した。
「そんな事があったのね……。」
「自業自得だよな。……この故郷にどんな幻想を持っていたのか、些細な言葉ですら俺を狂わせてしまう。勿論、彼は何も悪くない。失望するのは当然だと思ってる。……同じ血筋…やっぱり似てるんだよね。那緒と夕焚は……。故に、どうしても彼女を思い出してしまう。彼からとったらいい迷惑と分かっていながら……。」
しばらく間が空き、咲淋は言った。
「仕方ないと思うよ。それは多分向こうも同じ事だと思うから……。だけど、それだけ自らの行いを悔やめるのなら、君の決意はしっかりと固まってると私は思うな~。」
「……!…そうか…君はそう言ってくれるのか……。」
彼女は東京でも俺の曖昧な意志を決意に変える後押しをしてくれた。
「ありがとう。咲淋のお陰で頭が冷えたよ。」
「ふふっ…どういたしまして!」
一段落着いて時計を見ると、既に一時間が経過していた。
「やばっ!冷めてるどころの時間じゃなくなってる!」
「あれ?咲淋も食べてなかったの?」
「そうだよ!呼びに来ただけなんだから!」
そうして、俺達はリビングに向かった。俺は知っていた。この長時間、誰も呼びに来なかったのは、家族の気遣いだということを。
「今日だけで色々あったなぁ……」
そう呟き、俺は布団に寝転んだ。そしてスマホを開くとある事を思い出した。
「夕焚が言っていた用件って一体何の事なんだろう………。」
メールが届いていたため、俺はその内容を確認した。
その内容は、俺の心をすぐに震え上がらせた。
「失踪の……川…?」
シャワーを浴び、俺は何もない寝室に直行した。
「はぁ………。」
俺は一つため息をついた。彼の言っている事は何も間違っていない。昔の俺もきっと嫌うだろう。
「……一体、俺は何のために帰っていた来たんだ…。」
あの時は決心したつもりだった。いざ現地に着くと、その心が生半可なものであったと痛感させられた。
それも、那緒の弟に…だ。
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挫折。それは俺も経験した事がある。でも、俺にはある言葉が支えとなっていた。
「………。」
中学一年の冬。経験者の中でもずば抜けた実力を持っていた俺は部活の校外練習試合での出番も多かった。
それまで、俺は一度も負けた事が無かった。相手の動きを手に取るように見極め、高度なドリブルで必ず点数を取りに行く俺にとって、初めて敗北の味は屈辱的なものだった。
「君強かったよ。だけど、まだまだいけるな。」
相手チームのキャプテンに言われたこの言葉。「伸び代がある」と捉えるのが普通だが、当時の俺は納得がいかなかった。
試合の運びもイマイチだったし、まるで格の違いを見せつけられたようだ。
俺の周りではずば抜けて俺が強かった。けれども、世界はそんなに狭くなければ、甘くもない。まだ近くで負けを味わった方が、精神的に良かったまである。
それから、俺はいつにも増して練習に打ち込んだ。授業時間以外の日中は当たり前、夜もトレーニングを重ねた。
しかし、追い詰められていたから、はたまた身体が限界を迎えていたのか、状況は全く変わらなかった。
むしろ、練習試合後の二週間の間で、仲間達はめきめきと力を付け、俺との差は縮まっていった。
「早瀬の奴。最近不調が続いているようだが……何かあったのか。」
「単なるスランプだろ。心配しなくても時間が解決するっしょ。」
陰でのそんな会話が耳に入るが、気にする余裕すらなかった。実際、スランプに陥っている自覚はある。だけど、何をしたらいいのかなんて全く分からなかった。
心身の余裕の無さはやがて生活にも影響を及ぼし始めた。コミュニケーションも雑になり、気付けば孤立寸前だった。
こんな事になるならもういっそ、“引退しようか”とも思った。だけど、那緒の言葉がそれを引き留めてくれた。
俺が例の公園でいつものようにトレーニングをしていると、木陰でひっそりと見ていた那緒が声を掛けてきた。
「ね、ねぇ…蓮斗………ちょっとお話ししようよ……」
遠慮するようにそう言われて、俺は手を止めた。彼女の様子をちゃんと見てようやく気付いたんだ。今の俺は何処か壊れてるって。
すると、急に涙が込み上げてきた。
「ごめん……本当にごめん…!」
「え……?」
そして気付けば頭を下げていた。彼女は俺の顔を覗き込むように身体を低くして言った。
「どうして…謝るの?」
「自分の事しか考える余裕がなかった。結果的に、那緒も、他の友達との関係も疎かにしてしまった。……失格だよな…選手としても…人間としても……!」
彼女が度々俺の家を訪れては、母さんに心配する気持ちを伝えていた事は知っていた。
だけど、直接的に言ってこない事で見捨てられたと勘違いしていた。それは大きな間違いだった。むしろ、俺が自ら近寄りにくい空気を作り出し、隔絶していた。
すると、彼女は一つ言葉を零した。
「……自分勝手すぎるよ……。」
「……那緒?」
「私は……今の蓮斗はあんまり好きじゃない…かな……?何も感じなかったんだね……」
「お…おい…那緒!」
彼女は走り去ってしまった。
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「そういえば……那緒にも一度見限られた事があったっけ……。寂しそうな顔だったな……普段の元気っ子な姿とはまるで……」
そんな出来事を思い出し、俺は想いを巡らせた。あまりにも不安定過ぎる。お互いに何らかの傷はある。それは今のこの状況でも同じ事が言える。
結局、逃げている。目を逸している。これだから、ひびが入り続けるのだということを理解した上で……。
「どうかしたの?そんな思い詰めたような顔をして…。」
その声を聞いて、俺の意識は現実に引き戻された。
「咲淋?いつから……」
「けっこう前から居たよ。夕食の時間だから呼びにきたけど反応がなくて……。ずっと放心状態だったのよ?」
「そう……心配をかけたね。ごめん。」
咲淋は割と信頼している友人の一人。俺は恐る恐る聞いてみる事にした。
「なぁ……俺の話…聞いてくれないか……?」
すると彼女は無言で口角を上げて、正座した。
俺は、先程あった出来事を話した。
「そんな事があったのね……。」
「自業自得だよな。……この故郷にどんな幻想を持っていたのか、些細な言葉ですら俺を狂わせてしまう。勿論、彼は何も悪くない。失望するのは当然だと思ってる。……同じ血筋…やっぱり似てるんだよね。那緒と夕焚は……。故に、どうしても彼女を思い出してしまう。彼からとったらいい迷惑と分かっていながら……。」
しばらく間が空き、咲淋は言った。
「仕方ないと思うよ。それは多分向こうも同じ事だと思うから……。だけど、それだけ自らの行いを悔やめるのなら、君の決意はしっかりと固まってると私は思うな~。」
「……!…そうか…君はそう言ってくれるのか……。」
彼女は東京でも俺の曖昧な意志を決意に変える後押しをしてくれた。
「ありがとう。咲淋のお陰で頭が冷えたよ。」
「ふふっ…どういたしまして!」
一段落着いて時計を見ると、既に一時間が経過していた。
「やばっ!冷めてるどころの時間じゃなくなってる!」
「あれ?咲淋も食べてなかったの?」
「そうだよ!呼びに来ただけなんだから!」
そうして、俺達はリビングに向かった。俺は知っていた。この長時間、誰も呼びに来なかったのは、家族の気遣いだということを。
「今日だけで色々あったなぁ……」
そう呟き、俺は布団に寝転んだ。そしてスマホを開くとある事を思い出した。
「夕焚が言っていた用件って一体何の事なんだろう………。」
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