亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

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4章:想疎隔エレベーター

36日目.距離

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 何度もエレベーターを乗り継ぎ、聖穂の元へ辿り着こうとしたが、当然あちらも動いている。
 これまでとは違って呪いも穏やかではなかった。

 「……殺気に満ちたことだ。…ッ!」

 上昇中のエレベーターが急停止して、激しく揺れた。すると、身体が浮いたような感覚に襲われる。
 落下したのだとすぐに分かった俺は、時間と高度から逆算して跳び、衝撃を出来る限り抑えた。

 「…はぁ……自分でもなんでこんなに動けてるのか分からない…。命の危機を感じているからかな……?…また振り出しか……俺が死ぬまで続ける気なのか……」

 絶叫マシンさながらの落下型アトラクションと化していたエレベーター。ただ、安全は一切保障されていない。むしろ、殺意の塊だ。
 完全にイタチごっこになっているが、それでも俺はリトライを続ける。最初のうちは何でもありの違法空間だと思っていたけれど、段々と法則性があるように感じてきた。
 那緒による矯正が効いているのかもしれないし、聖穂自身が暗示に抵抗しているのかもしれない。

 「……いいよ。知識は俺の頭に加えられていってる。耐え切ることさえ出来れば、いずれは…!」

 そう呟いて、再び上昇する。







 呪花シオンの咲くエレベーター。異形の姿をした影と鎖で結ばれた聖穂は自我を賭けて格闘していた。

 『潔くない奴は嫌いだ。そのたった一割の理性が、敗北を招く要因となる。手放せ、崇められる存在に自由意思が必要か?否。』

 「うぅ!……必要…ない……」

 『それでこそ私の可愛い指だ。………あの男は何故、不屈なのか。……私と同じ道を辿ってるはずなのに……。支配から逃れたあの女といい、実に不愉快だ。』

 すると、聖穂を拘束する鎖はより強く締めつけられた。それと同時に、空間内の様子はまた変化した。







 様々な危険を掻い潜り、呪いの次取る行動を先読みして、遂に聖穂の乗るエレベーターに戻って来られた。
 
 「聖穂……」

 鎖に絡まれた聖穂と一面の黒いスノードロップ、そして先程よりも縮小した異形の影。まさに、その様子は混沌としていた。
 
 「君を迎えに来たよ。一緒に元居た場所に帰ろう…!」

 そう言いながら向かい合っているエレベーターへと歩み寄るが、扉が閉まろうとしたため、俺は身体を滑り込ませて侵入した。四面楚歌の密室……逃場などは無い。

 「聖穂……聞こえないのか…?」

 しかし、鎖に絡まれた聖穂に意識は無く、まるで植物状態になっていた。

 『折角隔絶された部屋に入れたというのに、心は隔絶されたまま。傑作だ。』

 「ッ!誰だお前は……。呪いの元凶なんだよね……」

 『名乗る義理もない。一つ、私は疾うの昔に亡くなった存在。解釈はお前の勝手だ。』

 異形の声は脳に直接入ってきた。那緒と同じ類の存在であることはすぐに分かる。しかし、その中にある邪悪さは明らかに彼女とは異なる。
 俺が言葉を失って硬直していると、奴から話してきた。

 『お前はその女を連れて帰ると言ったな。私はそれを許さない。彼女は人々にとっての偶像であり、心になど価値無き存在。疎隔されるべき存在なのだ。』

 その言葉に、俺はイラッときた。というか、こいつと対面してからずっと苛ついている。
 
 「……何好き勝手言ってるの?いつまで経っても聖穂は聖穂だろ。心を知らない外野が騒ぎ立てるなよ!」

 そう言うと、奴はしばらく黙り込んだ後、ボソッと呟いた。

 『あいつのせいだ……。本っ当に面倒くさい。覚えとけよ…。』

 「……?」

 『心を打ち砕かれて大人になっても、変わらないのか。……不愉快だ。』

 「ッ!何を……!」

 すると、エレベーターが揺れ出して、聖穂に絡まる鎖が解けて黒いスノードロップと共に異形の影は消えた。そして、声だけが入ってきた。

 『隔絶を嫌うなら、一緒に消えればいい。文字通り、この世から。』
 
 影の声が途絶えると同時に邪悪な気配は消えた。
 そして、影を纏った一輪の花が床に残された。

 「シオンか。“遠くにある人を想う”……もしかして……」

 呪花の意味を察した俺は、心を締めつけられた。絶対に彼女を救い出さなければいけない。奴の言葉通りにされてはいけないと強く感じた。



 「聖穂……君は一人じゃない。本当の君は俺や他の友人だって知ってる。何年も会えなかったけど、俺達は何も変わらない。……この前、そう確認し合ったよね。」

 そう訊ねると、聖穂の目が少し開いて、弱々しい声を発した。

 「私ね……夢野プロデューサーについて行って良かったと思ってるの……。私自身も知らない魅力に気付けた気がして……。でもね、次第に隔たりを感じるようになっちゃったの。それで悩んだの……本当の私を心から愛してくれる人はいるのかなって……。」

 人気になって嬉しかった反面、きっと辛くもあったはず。自分が他人にとって手の届きづらい存在になってしまい、本当の自分を気にかけるようになった。
 何処か疑心暗鬼になってしまっていたのかもしれない。自分に向けられる人々の眼差しが、どのようなものなのかと。

 「ここにいるよ…。君が望む答えにはならないと思うけど、俺は君が好きだよ。聖穂。」

 「本当?浮気……?」

 「人としてだよ。愛することってさ、色々な形であると思うんだ。家族愛、友情愛、恋愛。全部同じ愛だけど、本質的には違うもの。でもさ……愛する愛されるっていうていでは等しいものだと思うよ。」

 「……ッ!……そう…だよね……どうして忘れちゃってたのかな……私は…私は……!………こんなにもいい仲間に囲まれているのに…!」

 彼女の目が完全に覚めた。すると、シオンに纏う影が消えて、揺れが収まった。
 俺は彼女の目を見て、今一度問う。

 「迎えに来たよ。」

 「うん…!」

 屈託のない笑顔で彼女はそう返事をした。もう何の心配も要らない。そう感じた俺は呪花シオンを摘み取った。
 するといつものように視界が真っ白になり、意識が中断された。







 「……戻って…来られたのか?」

 目をこすり、俺はスマホを確認した。一見同じ空間に見えるが、ちゃんと本当のエレベーターの中のようだ。
 
 「あ、聖穂は……!」

 「…ふわぁ……あれ…戻って来られた…のかな?」

 すると、少し遅れて聖穂の目も覚めたようだ。窓からの景色を見てみると、建物にぽつぽつと光が戻ってきており、しばらくするとエレベーターの照明もついた。

 「良かった……復旧したみたい。」

 意識空間から抜け出し、電気も復旧した。これでひとまずは一件落着だ。
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