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4章:想疎隔エレベーター
37日目.縁
しおりを挟む「よく寝たなぁ……。」
気持ちのいい朝を迎えて、俺は着替えた。朝食を取りながら、俺は母と咲淋と話をしていた。
「それは、災難だったわね……」
「本当にね。エレベーターが下から上にいくほんの数秒の間で停電が起きるって…運がいいのか悪いのか……」
「何事も無くて良かったじゃない。こうして帰ってこられてるんだから。」
「母さん……まぁ…そうだね…。」
こちらの事情を把握していないため、母は意外にも楽観視している様子だった。だとしても、もう少し心配してもらいたいところだ。
俺が咲淋に目線で“後で詳しく話す”と訴えかけると、彼女は軽く頷いた。
「……そろそろ時間だ。聖穂の見送りに行かないと。」
「「行ってらっしゃい。」」
靴を履き、俺は車を走らせて待ち合わせ場所まで向かった。
駅の近くにある駐車場に到着すると、聖穂の姿が視界に入った。停車して降りると、彼女と小笠さんがこっちへ来た。
「昨日ぶりだね~。」
「ああ。……それにしても、もう帰ってしまうのか…。」
「うん…急用が入っちゃってね……。」
「私からも夢野プロデューサーに交渉してはみましたが、無理そうでした……。」
「私的にもやり残したことはないし、また機会はあるだろうしね~!」
彼女は今でも凄く忙しい。仕方がないことではあるが、互いの予定を合わせることも難しいため、名残惜しさはある。
__________________
電気復旧後、待ち望んでいた門司港レトロ展望室へと無事に到着することが出来た。
復旧したばかりのその美しい夜景に、俺達の心は釘付けになっていた。
「色々トラブルに見舞われはしたけど、無事にこの夜景を見れて本当に良かったよ……。」
そう口に零した。その後、夜景と共に空気が静寂に包まれていた。
そんな中、彼女は何処か躊躇った様子で口にした。
「蓮君は……どうして私のためにここまでやってくれたの…?確かに私が連れて行って欲しいとは言ったよ。だけど、こんなにも真摯に向き合ってくれるとは正直思っていなかったの。」
「……誰に対してもやるよ。俺の中での礼儀として……」
「本当にそれだけなの?」
どうやら、適当な誤魔化しは通用しないようだ。少しの沈黙の中彼女の目を確認すると、その本気具合がよく伝わる。
軽くため息をつき、俺は話し始めた。
「……これ以上、何も失いたくないし、後悔したくないから。日常はふとした瞬間、簡単に壊されてしまう。勿論、そこに予兆なんてない。……那緒が亡くなった時からずっと考えていたんだ。もっと“同じ時間を共有したかった”、まだ“一緒に成長したかった”と……。後悔したってやり直せないのに…それが余計に自分を追い込んでしまう。……だから、その先では二度と後悔しないように最善を尽くすと誓った。君に対してもそれは同じことだよ。」
「やっぱり蓮君はすごいよ……自分の信念をしっかりと持っていて。私ね……自分の人生に自信を持てなかったの。夢野プロデューサーや行く先々で出会った人達、そして蓮君達“大切な仲間”に私は色んなことを褒めてもらって、自信がついた、見つけられた。だけど、それはあくまでも表面上のものであって、心の底から自信を持てなかった。……気付いたらね、本音で友情を育める仲間ができなくなっちゃったの。君達と共にする時間も途絶えちゃったし……」
「そっか…それで互いに手が届かない、“隔てられた関係”と感じてしまい、心が満たされなかったと……。…その心境が顕著に現れたのがあの空間……」
彼女の想いを聞くうちに、その切実な悩みや心境に、自分を照らし合わせて感じ取っていた。それと同時に、ずっと謎だった“呪花の性質”についてもヒントを得られた気がする。
「でもね…蓮君のお陰で見失ってたことに改めて気づけたよ。本当にありがとう!」
夜景に負けず劣らずの最高の笑顔を見せて、彼女はそう感謝の言葉を口にした。
「別に感謝されるようなことはしてないよ。見えない壁に隔てられるなんて、俺も寂しいからね。」
__________________
昨日の会話を思い返して、様々な感情が込み上げてきた。
再会したあの日、表面的には昔のままだった。しかし、いざ心の内が明かされると、あの頃から変わってしまった部分も多々ある。
俺だって、自覚がないだけで客観的に見れば変わっているのだろう。良い意味でも悪い意味でも…。
「…ねぇ聖穂。」
「どうしたの?」
「俺は変わってるか……?あの時から……」
無意識に、そう口にしていた。すると聖穂は考える素振りも見せず、ありのままに言った。
「……なーちゃんが亡くなった日以来、君は人間関係に無気力で、四六時中机に向かっていたってみのりんから聞いたよ。でも、中身はやっぱりいつもの蓮君だったね。人の心を動かせる、芯の強い人。…それだけは、ずっと変わってない。私が好きだったところ……」
「そう……。」
予想外の返事に、俺の反応は塩らしくなる。自分から聞いたのに、免疫なんて無かった。
「私からも聞いていい?君から見て私は変わってるのか……」
すると、彼女はそう訊ね返してきたため、俺も率直な想いで返す。
「君が夢野さんに出会った辺りかな?少し明るくなった気がする。いつも何か怯えた様子だったのに、急にふわふわぁとした口調に変わって、マイペースになった。心に余裕が生まれたっていうのかな?実際の心境は置いておいてね……。」
「……確かに。…私が夢野プロデューサーから言われた“取り繕わなくてもいい。ありのままの君を受け入れてくれる人こそが、心友というものよ”って言葉がすごく印象に残ってて……私が彼女を追っかけようと思えたきっかけもそれだったの。」
彼女のその言葉に小笠さんは 「夢野プロデューサーは超が付くほどマイペースな人でした。歳は離れていますが、二人とも雰囲気が姉妹のようにそっくりですよ。」 と補足した。
聞いた感じだと、彼女はアイドルになって楽しそうにしているように見える。彼女の心の不安要素は、“見えない壁”だけだった。
「聖穂は今幸せ?」
そう訊くと、彼女は一切の迷いがない笑顔でこう言った。
「うん!私はもう大丈夫だよ~!壁なんてない、私も同じ人間だから!」
「その言葉が聞けて安心したよ。」
一安心したところで時計を確認すると、けっこう時間が経っていた。
「聖穂さん、そろそろ……」
「あ、そうだね。蓮君!……また会おうね、約束だよ~!」
「ああ。約束だ。」
そう言葉を交わし、聖穂は小笠さんの運転する車に乗り込んだ。
するとドライバー席の窓が開いて、小笠さんが顔を見せた。
「改めて、貴方は凄い人だと感じました。本当に大成することを祈っていますよ。」
「ありがとうございます。…聖穂達のことをよろしくお願いします。」
「はい。」
やがて車は走り出し、長く続く道路の先へと遠ざかって行った。
「応援してるよ……。」
そう小声を零し、俺も車に乗って帰路を走行していった。
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