亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

文字の大きさ
55 / 60
最終章:亡花の禁足地

55日目.弱芯

しおりを挟む
 呪いの真の恐ろしさは、狂気の幻覚を見せること。あの山の中は少し赤みがかった霧が漂っていた。思い返してみると、事故現場で何度か見かけたことがある。
 断定はできないが、少なからず関わっているだろうと思った僕は、最後にそれだけ調べることにした。



 「……身体が…動かない……?」

 クロユリと対面してから数日後、霧の謎と相互性に迫るために、原因不明の転落事故が多発しているという場所に向かった。
 しかし、身体が“トラウマ”という危機感を覚えてしまった影響か、足を踏み入れられずに硬直していた。
 目を凝らすと、赤い霧は無数の粒子によって構成されていることが分かり、昨日よりも密度が小さいように見える。
 これまでは、この程度で怯えることは無かった。ダリアが消えたことにより、抑制されていない呪いが僕の恐怖心を煽っているのだろう。

 「……これ以上は…やっぱ無理だ……」

 霧を直接調べることすら無謀だと判断した僕は、その場を後にした。







 後日、数ある嘘らしい文献を読み漁ったところ、シャドードロップと事故に関する内容を目にした。

 『この世に“復讐”の未練を持った少女の魂は周囲の魂を取り込み、悪霊となった。その悪霊は一輪の花を器とし、この世と繋ぎ留めた。花は冥界の微粒子を花粉に織り混ぜ、散布した。やがてそれは赤き雲と霧となり、人々に悪夢を見せた。ショックで人々の魂は抜き取られ、悪霊の養分又は花となってしまった。冥界の微粒子の供給源は、悪霊の器クロユリ。クロユリの纏う濃霧に対する抗体を持つ者、それは花の亡霊シャドードロップと結合中の人物のみ。』そう記されていた。

 「…ははは…触れるべきじゃなかった……」

 この文献に記されていたことは、僕が目の当たりにしてきたものと同じ。故に真実に近い。
 クロユリの芽を大地から離せるのは、冥界の微粒子に対する抗体を持つ憑き人だけ。実際、どうなっただろうか。
 反逆を目論み協力してくれた亡霊は、無抵抗にクロユリに取り込まれた。すると、抗体の無くなった僕は廃人寸前に追い込まれた。
 真相は分かっているが、詰んでいる。僕と同じように憑かれた人がどれだけ居るかも分からなければ、仮に居たとしても、摘み取れるかは別問題。条件が限定的な上、リスクが大き過ぎる。

 「…この真実は責任を持って封印しておかないと……」

 兄の遺言“過度な追求は悲劇を招く”それが体現されかねない。僕だって、クロユリの気分次第では今この世に居なかったかもしれない。
 地域の怪談話となっても、犠牲者が増加するだけ。放置するのは危険だが、探るのも危険という矛盾。早急に、何か手を打つ必要があった。
 






 この現実離れした脅威を秘匿して、事象を管理しなければ、崩壊の一途いっとを辿ると確信した僕は、市に地域保全に特化する団体の設立を申請した。
 
 「そんな団体など無くても、円滑に運営できている。」

 「不自然な事故多発について……市長はどうお考えのつもりですか?」

 「偶然……というには奇妙だとは思っている。しかし、それは市が対応することではない。」

 「私は…それを受け持つために直談判しにきました。事前に送らせていただいた資料の内容では不充分でしたか?疑問に思う点がございましたら、お答えしますが……」

 僕の知る限られた情報を資料にまとめて、事前に市に提出しておいた。解決には及ばないだけで、真相は大方割れている。
 市長は少し悩んだ後、印鑑を押した。

 「あの内容で充分だ。市としての設立は却下する。その代わり、君が責任者として組織を立ち上げ、その組織を市長公認としよう。何か問題が発生した場合、私は一切の責任を負わない。」

 「ありがとうございます。公認を頂ければ充分です。」
 


 こうして、TCCを公認結成する許可が降りて、僕は人員と支持を集めた。
 クロユリの在る山を“根源の禁足地”として封印し、動向及び監視を始めた。

__________________

 「今の先輩は、条件からも外れている。抗体を持っていても、僕は駄目でした。花の亡霊の憑き人でなくても、不可能ではないはず。…ただ、計り知れない危険が伴う。それを承知した上で、踏み込みますか?」

 聡は俺に全て話した上で、そう訊ねてきた。
 彼の話に、希望などは感じられなかった。攻めることから護ることにシフトした。ある意味逃げたとも言い換えられる。

 「悪条件だとしても、俺は踏み込む。」

 「何故ですか。無駄に命を落とす可能性だって……」

 「そんなこと言ってたら何も進まないだろ!」

 俺は語気を強めてそう言った。
 彼が犠牲を最小限に抑えるために、このような活動をしているのはよく分かった。だけど、結局のところ時間稼ぎにしかなっていない。
 こうしている間にも、クロユリは狙いを定めて、手が着けられない存在へと進化を続けているのだ。

 「ッ!……分からない。貴方がリスクを背負う意味などないのに……適任者が現れるのを待てばいいだけなのに…!」

 「適任者?本当に現れると思ってるか?……たぶん君は、ずっとそう言って止め続けると俺は思う。無謀な追求をした結果、死傷者となるのを防ぐために……。俺達が何もしなくても、クロユリは時間と共に魂を取り込み、より強大となっていく。…取り返しがつかなくなるよ?」

 「それは分かっている!…分かってる……。貴方は将来有望だ……この未知に、奪われてなどいけない人……だったら、代わりに僕が…!」

 そう言って、彼は根源の禁足地への扉を開いた。しかし、それ以上身体を動かすことは無かった。

 「何故……僕は…何も変わっていない……」

 恐怖で震えている様子。俺は彼の隣に歩み寄り、肩に手を置いた。

 「年齢なんて関係ない……一度植え付けられたトラウマは、時の流れだけじゃ払拭できないよ。二度目の経験を乗り越えて、初めてそれを覆せる。」

 そう言って手を離し、俺は開いた扉の方へとゆっくりと歩き出す。
 するとそれを止めるように、聡は本心を明かした。

 「行かないで……ください。僕は…先輩にだけは、幸せでいてもらいたいだけなんです……。貴方が廃人状態に陥ったら……苦しいです。」
 
 「……正直、俺も無謀だとは思ってるよ…」

 「だったら何故…!」

 「さっきも言った通りだ。……手が届くうちに、手を打つ。もう、そう怯える必要がないように……意志が固まっているうちに、弱い心と根源は淘汰する。信じて待っていて。」

 そう言い残して、俺は扉を通過した。すると、彼は後ろから応えた。

 「……先輩の言った通り、僕は弱かった。理由をつけて逃げているだけだった。貴方を信じます……無事で帰って来てください……何があっても……」

 「ああ。聡、君のくれた情報…活用させてもらうよ。」

 後ろは振り向かずに、一歩二歩と前進する。彼が俺を無理矢理にでも止めなかったことを後悔しないように、失敗は許されない。
 本当の意味で全部解決して、無事に帰還する。その約束を強く心に刻み、奥地を目指す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...