多面性を持つ最強暗殺者はただ日常を望む

ChapterⅤ:Crazy

No69.Only he……

　そしていつでも動ける体制に整えたが、俺は動かずに男を睨みつけた。
　すると、男は嘲笑し始めた。

　「ハハハッ！見掛け倒しもほどほどにしろっ！怖気づいているのか！」

　そう言われても、無言を貫き通した。こいつを叩きのめすのは容易だ。しかし、俺から仕掛けたら“正当防衛”でない。ただの“暴力”だ。
　これは心理戦でもある。如何に相手を世間にとっての悪に仕立て上げるかの。

　「……ッチ。どこまでも癪な奴だ。威嚇のつもりかもしれないが、こっちは本気だ！」

　男がそう言うと、鉄パイプを持った屈強な男が角から飛び出して来た。
　足音で方向を予測していた俺は軽々と横に逸れ、背中を肘チョップをお見舞いした。

　「見掛け倒しじゃなかったか…。だが、ガキ一人で何とかできる状況なのか。……しっかり考えな。」

　すると、枝分かれした路地裏から次々に屈強な野郎共が出てきた。
　
　「ヤクザか……。」

　「半分は正解だ。」

　こいつらの場合は自由奔放に暴れ狂う組織だろう。少なくとも、何か目的を持って行動しているようには見えない。
　どちらにせよ、凛に突っ掛かった時点で俺はこいつらを逃がす真似はしない。

　「やれ！お前達！」

　野郎共はじゃばらになって突っ込んで来た。俺は地を蹴って跳び躱し、奴らの包囲から外れた。
　そこから突っ込んで来る野郎共を冷静に一人ずつダウンさせ、約半数を気絶させた。
　残党はざわつき始めた。ただの学生だと思ったら暴力団の半数をボコボコにした事に驚きを隠せず、恐れ始めたのだろう。

　「ほら、さっさと退きな。」

　次は無いぞと言わんばかりに俺は冷たい視線を飛ばし、牽制した。だが、こいつらにとっては逆効果だった。
　ナンパしたリーダーらしき男は凛を担ぎ上げ、逃亡を開始した。

　「キャッ！」

　「……性格捻れた野郎が……！」

　俺は怒りを露わにし、奴らを追い始めた。







　路地裏はまるで迷路のように入り組んでいる。音を頼りに見失わないように追っているが、視界から離れそうになる。
　
　「オラァァァ！……グハッ！」

　真上の橋から男が鉄パイプを掲げて飛び降りてきたが、それをスルーして、横道から殴りかかってくる男にアッパーを入れ、そのままバク転で方向転換してパイプ男にストレートを入れた。
　
　「……まだ居るな。来やがれよ。」

　すると、奴らは馬鹿正直に飛び出して来たので、まとめてカウンターでダウンさせた。これで取り巻きは全員潰しただろう。しかし、肝心の主犯を見失った。
　だが、この路地裏で潜伏にピッタリな場所は絞れている。俺は思い出したのだ。



　「なぁ歪。」

　「何だ？」

　「この周辺に犯罪組織が巣くってるって噂知ってるか？」

　「俺達も違法組織だろ。」

　「いや、そうだけどさぁ……。何かバーを拠点にしてる奴隷商人らしいぜ。手を交えたら絶対に負かしてやりてぇなぁ。」






　自己中迷惑客を黙らせた日の帰りに旋梨とした会話だ。そういえばこの辺りで話したのだ。
　となれば、例の奴隷商人と同一人物の可能性も考えられる。一刻を争う事態かもしれない。
　地図アプリで現在地を確認し、そのバーに急いだ。







　「強者とは言え、所詮ガキはガキだったなぁ！……金にならない事にリスクなんて冒すわけがないだろ。」

　私は今ガムテープで口を塞がれ、縄で手足を縛られている。この男性が犯罪者の類だということは、歪君の発言で察していたけど、やっぱり怖い。分かっているからこそ怖い。



　「凛は可愛いんだから気をつけなさいよ。」

　「……？何が…？」

　「あくまでも噂なんだけど、何か奴隷商人がこの東京に潜んでいるらしいんだよね。よくナンパとかされるでしょ？ほんと事前に警戒する癖つけてよね。」

　「わかってるよ。」



　真依の言う通りだった。私は警戒が甘かったのかもしれない。だから、自分も危険に晒されるし、周りにも迷惑が掛かってしまう。

　(うぅ……ごめんなさい！誰か……来て！)

　心の中でそう叫んだ。声に出してそう叫びたいけど、今の私は身動きが取れない。解放されたい……！

　「さぁて嬢ちゃん。……練習といこうか……。」

　男性は迫る。私は怖くて目を瞑った。すると、何かが割れる音がして、男性は倒れた。
　すると、背後から気配を感じ、ガムテープが取られ、縄が解かれた。

　「歪………君？」

　「危機一髪。」

　やっぱり私にとってのヒーローは彼しかいない。どんな時でも、必ず来る彼しか……。