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過去話① 23時半
しおりを挟む図書館の自習室で勉強会を終わらせた頃には時刻は19時。そのメンバーでファミレスで食事をして、勢いでカラオケに行って、23時半。
この時間になると、電車も閑散としている。乗換駅の改札口から一番遠い車両ともなれば尚更だ。発車時間まで残り2分になっても、真実以外の人が乗り込んでくる気配すらない。
半分閉じかけの眠たい眼でぼんやりと通知の溜まったチャットアプリを眺めていると、ふと甘い香りが鼻腔を刺激する。女性ものの香水だ。ちらりと視線だけ上げてみると、いつの間にか右斜め前の席に若い女性が座っていた。
淡いピンク色のフェミニンなワンピースは、電車内を煌々と照らす蛍光灯の光を浴びてまぶしく見えた。いい香りも相まって、まるで花みたいだと、つい視線を固定してしまう。うつむき加減で顔はよく見えないけれど、可愛い女の子の雰囲気だと勝手に思う。
すると視線に気づいたのか、女性もまた、スマートフォンから視線を上げた。流石に見過ぎてしまったかもしれない。
反射的に目を反らしながら、あれ、と思う。
どこかで見たことがある、気がする。
盗み見していただけでは気づかなかったが、視線を合わせた一瞬、見覚えがある目元だと感じた。目の印象というのは、意外と残るものだ。
たれ目にはね上げたアイライン。どことなく力が無いようでいて印象に残るそれと同じものを、随分前に見かけたような気がする。
眠気で鈍くなった思考を、くるくると動かす。どこで見たんだったか。
「……ぁ、さん」
『ドアが閉まります、ご注意ください』
「……っ?」
不意に耳に届いた小さな呟きが、発車前のアナウンスと重なって、ほぼかき消された。声が聞こえたのは目の前からで、独り言かもしれないけれど、どこか呼びかけるようなニュアンスを含んだ声だった。
ついと視線を再び上げてみるが、女性はスマホに夢中で、今度は視線が合うことは無かった。気のせいだったのだろうか。眠気が起こした幻聴か。
引っ掛かりは覚えたが、電車が動き始める揺れに自然と瞼が落ちてくる。
脱力した肩に引っ掛けたサマーカーディガンが、すとん落ちていく感触がした。
『あっ、まぁさん! 淳之くんもう帰っちゃった?』
校門を出た瞬間、不意打ちで声をかけられて、びくりと肩が跳ねる。人懐こい少女がととと、と駆け寄ってくる。フリルみたいに短くされたスカートは、真実が1年前に卒業した中学で履いていたのと同じものだ。とは言っても、真実は3年間ひざ下3センチを破ったことが無かったが。
『アレは先生に呼び出されてる。向こう数時間は捕まってると思うから、待ってるだけ無駄』
期待たっぷりに見つめてくるアイメイクばっちりの目が、あからさまに落胆の色になった。
『え~、折角来たのに。じゃ、まぁさんが遊んで』
『は? 何で私』
『だって淳之くん来ないんでしょ……』
どうして淳之の代わりにあんたのこと構わなきゃいけないんだ。
塾があるとか適当に言って断ろうとしたが、ふと鬼城の言葉が脳裏を過った。
“見ず知らずのおじさんたちと遊ぶよりは、僕といた方がマシかなぁと思って”
『……』
『まぁさん?』
『いいけど、あんたも私も六時までには帰る約束』
『えっほんと?』
『何、約束できないなら……』
『そっちじゃない!約束はする! 本当に遊んでくれるの?』
『……その気もないのに適当に誘ったわけ?』
『ううん、そんなこと無い。……へへ、嬉しい』
少女のたれ目気味の瞳が、柔らかく細められた。
鬼城といる時にも見たことが無いような飛び切りの笑顔を向けられて、一瞬時が止まったような錯覚。私が男だったら、恋に落ちているところだったのだろうか。
『プリ撮ろう! それでコスメ見て、映画もね観たいのあって、あとあと新作フラぺも、』
鞄を持った私の手を、小さくて細い指がきゅっと掴む。早口で捲し立てる少女の横顔は上機嫌だ。
『六時までで終わらないでしょそれ。あ、ちょっと引っ張るな、こら』
「……れお」
生温い風と、人が動く気配。そして鼻腔をくすぐる甘い香りに誘われ、ゆっくりと瞼を上げる。
生温い風が入ってきたのは、電車のドアが開いたからだ。慌てて車内の掲示を確認するが、自分が降りる駅ではなかった。乗り換えに使われれる大きめ駅だから、また数分の停車時間があるようだ。
いつの間にか、車両には真実だけになっていた。
彼女はきっと、ついさっきこの電車を降りて行ったのだろう。
――地元は一緒なのに、ここで降りるんだ。
こんな夜中に、電車を乗り換えてどこに行くのだろうか。
構ってくれる誰かに、会いに行くのかもしれない。
頭にぼんやりと感じた“重さ”は、いつの間にか消えていた眠気のせいではない。何とも言い難い夢の余韻を振り払いたくなり、誰も見ていないのを良いことに伸びをしようとする。
おもむろに両腕を持ち上げ、そして、気づいた。
「……あ」
肘までずり落ちていたはずのカーディガンが、しっかりと肩に戻っている。
そこから一瞬、ふわりと花の香りが立ち上がり、消えていったような気がした。
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