3 / 4
髪
しおりを挟む
「あれ、髪切ってきたんだ」
今朝家を出る時には、肩下まで伸びた金髪を揺らして自分を見送っていた麗生。それが、ばっさりとベリーショートになっている。
あまりの変わりように驚いて素っ気ない口調になってしまった真実を気にした様子もなく、麗生は「そー、似合うでしょ」と歯を見せてにっこり笑う。
「いやまあ似合うけど・・・何でそんな、ばっさり」
「こっちの方がまぁさんと歩いた時"恋人”ぽいかなって。この前路チュー見られて面倒だったことあったでしょ? この頭のシルエットだったらワンチャン男に見えるし?」
「はぁ……と言うかあれは……そもそも公共の場でしてくんなって感じだったけど」
よくよく見ると、いつもはタンクトップと短パンで惜しげもなく露出している柔らかそうな(実際に柔らかい)肌が、オーバーサイズの黒いトレーナーでゆったりと隠されている。髪型のインパクトに目を奪われていたが、確かに今の麗生は遠目に見ると男性的に見えなくもない。
実のところ、麗生が首を傾げた時にサラッと横に流れたり、覆いか被さって来た時に視界を満たす金色のカーテンが真実は好きだったので、少し残念な気もした。
「……レオあんた、男になりたいとか、かっこよくなりたいとかあったっけ」
「無いよ? まぁさんも知ってるでしょ私の黒歴史」
彼女の言う"黒歴史”というのは恐らく、麗生が成人する前頃、ビジュアル系バンドに入れ込んでゴスロリファッションに目覚めていた事だろう。黒いミニスカートのドレスを着て、ぬいぐるみなのかリュックなのかよくわからないものを背負って街を練り歩く姿は真実にとっては不思議で、ひたすら理解不能だった。あの時はそう、同担に舐められないためとかどうとか言っていたか。
あれは多分、彼女なりの推しが望む"強めな女の子らしさ”を追求した結果だったのだろう。あの時の麗生は可愛くなりたくて必死だったという印象だ。
なるほど。と、真実は腑に落ちた。十年間近く一緒にいた恋人の内面について、ここにきて新しい気付きを得た感覚だ。
――つまるところ、彼女は流されやすい人間なのだ。
こんな自己主張の強そうな外見ばかりしておきながら、その理由は常に他者に依存している。
しかもきっと、それは愛されたい相手を思ってのことでありながら、真に相手のためではない。
私の為であって、私の為じゃない。
そう思うと真実の中にぐるぐると不満が渦巻き、腹が立ってくる。
「呆れた」
「はあ!?」
瞬発力抜群に反応して腰を上げかけた麗生の膝に手をかけ、真実はそのまま斜めに体重もかけ、ころんと横に寝かせる。
何だ何だと目を白黒させている麗生の上にのしかかり、両頬に手を添えて指先でつまんだ。ケアにいくらかけているのか分からない肌は、いつ触ってもモチモチしていて触り心地が最高だ。
「私、カッコいい女の子と付き合いたいとか言った事ある?」
「……ない」
「じゃあそれ、誰のためのイメチェンなの」
「……」
「私のためって思った?」
「まぁさんのため、だし」
「そう。じゃあレオはどっちを想像した? 隣を歩いてる私と、私とレオが並んでる後姿、どっち?」
「……」
「……そういう意味での他人の目、私が気にしてるって言った事ある?」
一度言葉にしたら止まらない。1から10まで口に出してしまうのは、真実が自覚する自分の悪い癖だ。教師なんて仕事をするのに、あまりに向いていない性質と思う。
気付くと、うちに麗生の表情が強張って、目じりが湿り気を帯びていた。
あ、やばい。
そう思って麗生の頬から慌てて手を引いた時には、見開かれた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「何でそんな事言うの……?」
「あ……いや」
「まぁさんは強いけどあたしは弱いから気になるんだもん。あたしらの事、何も知らない奴らに好き勝手に変な目で見られたくないんだもん。…………う、何も気にしないで、まぁさんと一緒にいたいって……思って」
ぐずぐずと啜りながら、麗生は両腕で顔を隠してしまう。
麗生の泣き顔は、正直言って汚い。啜り切れなか鼻水が少し垂れているし、唇の端には涎が溜まっている。幼児のように哀れっぽい、罪悪感を掻き立てられる痛々しい泣き顔だ。
これはもう、自分が、真実が悪い。完全に言い過ぎた。
けれど口に出したのは全部本心で、それを今更違うとは言えない。どうしたって嘘が付けないのが、真実が背負った名前の呪いのようだった。
仕方なく、真実は『11から20まで』言葉にすることを決心する。
「聞いて麗生」
「ひっぐ……う?」
「あんた…あなたが私と一緒にいるために、色々考えてくれてるのは分かってる、伝わってる。嬉しいし、すごい可愛いなって思うの」
「……んん」
「でも誰かから何か言われないために私たちが変わらなきゃいけないってのは、ちょっと違うからね。あなたはとっても繊細だから、他人の意見を純粋に吸い込んで傷ついちゃう事がある、と、私は思う」
「そう、そうかなぁ」
「うん。……でもそういう時は、思いつめる前に私に言って」
首元からじわじわと熱が上がってきて、頬が火照るのを感じる。自分が凄く恥ずかしことを言っているのがわかる。
「言ったら、どうするの……?」
ちら、麗生の真っ赤な目が腕の隙間からこちらをうかがう。
「――あなたを、愛している、私の気持ちと考えも聞かせるから、それを吸い込んで。ええと、つまり……私たちの事を何も知らない他人に左右されないでって事で……どこまで言わされるの、コレ」
「……んふふ、情熱的。もっと言って」
今度こそ、麗生の腕の目隠しが完全に外された。真っ赤な顔が二つ、向かい合い、熱っぽく視線が合わさる。
「私たちがなりたい方に進んでいければ、私は幸せだし……って話」
「あは、まぁさん最高じゃん」
これでもかと言う程愛を暴露させられたのぼせ顔と、へにゃりと笑った泣き顔が近づく。
麗生の腕が、真実の首の後ろに回った。
今朝家を出る時には、肩下まで伸びた金髪を揺らして自分を見送っていた麗生。それが、ばっさりとベリーショートになっている。
あまりの変わりように驚いて素っ気ない口調になってしまった真実を気にした様子もなく、麗生は「そー、似合うでしょ」と歯を見せてにっこり笑う。
「いやまあ似合うけど・・・何でそんな、ばっさり」
「こっちの方がまぁさんと歩いた時"恋人”ぽいかなって。この前路チュー見られて面倒だったことあったでしょ? この頭のシルエットだったらワンチャン男に見えるし?」
「はぁ……と言うかあれは……そもそも公共の場でしてくんなって感じだったけど」
よくよく見ると、いつもはタンクトップと短パンで惜しげもなく露出している柔らかそうな(実際に柔らかい)肌が、オーバーサイズの黒いトレーナーでゆったりと隠されている。髪型のインパクトに目を奪われていたが、確かに今の麗生は遠目に見ると男性的に見えなくもない。
実のところ、麗生が首を傾げた時にサラッと横に流れたり、覆いか被さって来た時に視界を満たす金色のカーテンが真実は好きだったので、少し残念な気もした。
「……レオあんた、男になりたいとか、かっこよくなりたいとかあったっけ」
「無いよ? まぁさんも知ってるでしょ私の黒歴史」
彼女の言う"黒歴史”というのは恐らく、麗生が成人する前頃、ビジュアル系バンドに入れ込んでゴスロリファッションに目覚めていた事だろう。黒いミニスカートのドレスを着て、ぬいぐるみなのかリュックなのかよくわからないものを背負って街を練り歩く姿は真実にとっては不思議で、ひたすら理解不能だった。あの時はそう、同担に舐められないためとかどうとか言っていたか。
あれは多分、彼女なりの推しが望む"強めな女の子らしさ”を追求した結果だったのだろう。あの時の麗生は可愛くなりたくて必死だったという印象だ。
なるほど。と、真実は腑に落ちた。十年間近く一緒にいた恋人の内面について、ここにきて新しい気付きを得た感覚だ。
――つまるところ、彼女は流されやすい人間なのだ。
こんな自己主張の強そうな外見ばかりしておきながら、その理由は常に他者に依存している。
しかもきっと、それは愛されたい相手を思ってのことでありながら、真に相手のためではない。
私の為であって、私の為じゃない。
そう思うと真実の中にぐるぐると不満が渦巻き、腹が立ってくる。
「呆れた」
「はあ!?」
瞬発力抜群に反応して腰を上げかけた麗生の膝に手をかけ、真実はそのまま斜めに体重もかけ、ころんと横に寝かせる。
何だ何だと目を白黒させている麗生の上にのしかかり、両頬に手を添えて指先でつまんだ。ケアにいくらかけているのか分からない肌は、いつ触ってもモチモチしていて触り心地が最高だ。
「私、カッコいい女の子と付き合いたいとか言った事ある?」
「……ない」
「じゃあそれ、誰のためのイメチェンなの」
「……」
「私のためって思った?」
「まぁさんのため、だし」
「そう。じゃあレオはどっちを想像した? 隣を歩いてる私と、私とレオが並んでる後姿、どっち?」
「……」
「……そういう意味での他人の目、私が気にしてるって言った事ある?」
一度言葉にしたら止まらない。1から10まで口に出してしまうのは、真実が自覚する自分の悪い癖だ。教師なんて仕事をするのに、あまりに向いていない性質と思う。
気付くと、うちに麗生の表情が強張って、目じりが湿り気を帯びていた。
あ、やばい。
そう思って麗生の頬から慌てて手を引いた時には、見開かれた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「何でそんな事言うの……?」
「あ……いや」
「まぁさんは強いけどあたしは弱いから気になるんだもん。あたしらの事、何も知らない奴らに好き勝手に変な目で見られたくないんだもん。…………う、何も気にしないで、まぁさんと一緒にいたいって……思って」
ぐずぐずと啜りながら、麗生は両腕で顔を隠してしまう。
麗生の泣き顔は、正直言って汚い。啜り切れなか鼻水が少し垂れているし、唇の端には涎が溜まっている。幼児のように哀れっぽい、罪悪感を掻き立てられる痛々しい泣き顔だ。
これはもう、自分が、真実が悪い。完全に言い過ぎた。
けれど口に出したのは全部本心で、それを今更違うとは言えない。どうしたって嘘が付けないのが、真実が背負った名前の呪いのようだった。
仕方なく、真実は『11から20まで』言葉にすることを決心する。
「聞いて麗生」
「ひっぐ……う?」
「あんた…あなたが私と一緒にいるために、色々考えてくれてるのは分かってる、伝わってる。嬉しいし、すごい可愛いなって思うの」
「……んん」
「でも誰かから何か言われないために私たちが変わらなきゃいけないってのは、ちょっと違うからね。あなたはとっても繊細だから、他人の意見を純粋に吸い込んで傷ついちゃう事がある、と、私は思う」
「そう、そうかなぁ」
「うん。……でもそういう時は、思いつめる前に私に言って」
首元からじわじわと熱が上がってきて、頬が火照るのを感じる。自分が凄く恥ずかしことを言っているのがわかる。
「言ったら、どうするの……?」
ちら、麗生の真っ赤な目が腕の隙間からこちらをうかがう。
「――あなたを、愛している、私の気持ちと考えも聞かせるから、それを吸い込んで。ええと、つまり……私たちの事を何も知らない他人に左右されないでって事で……どこまで言わされるの、コレ」
「……んふふ、情熱的。もっと言って」
今度こそ、麗生の腕の目隠しが完全に外された。真っ赤な顔が二つ、向かい合い、熱っぽく視線が合わさる。
「私たちがなりたい方に進んでいければ、私は幸せだし……って話」
「あは、まぁさん最高じゃん」
これでもかと言う程愛を暴露させられたのぼせ顔と、へにゃりと笑った泣き顔が近づく。
麗生の腕が、真実の首の後ろに回った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる