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序章 〜三村和也が無職になるまでの物語〜
三村和也は、電話を受ける
しおりを挟む目の前に置かれたベッドの上で、リリィが気持ちよさそうに寝息をたてている。リリィの枕もとに横たわっているクマとウサギのぬいぐるみはリリィに背を向けて、和也の方を見続けている。また、リリィの頭上にかけられた時計はお昼を過ぎ、いつのまにかおやつを食べる時間になっている。リリィの予定していた仕事の時間が1時間を切っていることに気付く。
「早く起こさないと……!」
そう和也は考え、動こうとすると体が動かない。ここでよく自分の体を見てみると両手首、両足首は縄でまとめられ、それに加え縄で腕と胴体をぐるぐるに巻かれ動かないように縛られている。
「なんだよこれ、リリィ! おい!」
そう叫ぶと先ほどまで横たわっていたクマとウサギのぬいぐるみが起き上がり、「うるさい」と書かれたスケッチブックと「起こすな!」と書かれたホワイトボードをどこからともなく取り出しベッドから飛び降りた。
「!?」
目の前で起こっていることが信じられない和也はどうにか逃げたいが逃げられない。
2体のぬいぐるみは表情1つ変えず、個々が掲げている物を左右に揺らしながら徐々に近づいてくる。
「リリィ……リリィ!」
先ほどよりも大きな声で寝ているリリィに訴えるが、寝返りを打つだけで目を覚ますことはない。
とうとう2体のぬいぐるみが和也の元にやってきたかと思うと彼の体にしがみつき持っていたスケッチブックとホワイトボードで頭をボコスカと殴り始める。もふもふした可愛らしいぬいぐるみからは想像もつかないほどの力だ。首や体を左右に揺すり、振り落そうと試みるが、落ちることはない。頭を叩かれているため段々視界が歪んでくる。これ以上叩かれたら俺は倒れるかもしれないと和也は考え、最後の力を振り絞ってもう一度リリィに向かって叫ぶ。
「リリィ起きろ!!!」
そう言って和也は目を覚ます。目の前にはベッドはなく、自分の体にはぬいぐるみはいない。どうやら和也はいつの間にか寝ていたようだった。
「起きましたか! よかった~」
リリィも和也の声を聞いて台所の方から姿を見せる。
「マネージャー、急に玄関に倒れたからビックリして……」
和也はヒリヒリする頬をさすり、頭の後部を抑えながら体をを起こした。和也はリリィの裸を見た時にどうやら殴られたようだ。その証拠として頬が少し痛む。しかし後頭部の痛みは何なのだろうか。リリィが倒れたと言っているので強く頭を打ったのだろうか。はっきりと分かるとすれば夢の中で二体のぬいぐるみに物で叩かれたくらいだ。和也は周りをもう一度よく見渡す。クマとウサギのぬいぐるみは見当たらない。また和也は自分がリリィのリビングに設置された赤色のソファーの上で横になっていることにも気付く。
「リリィ、俺どのくらい寝てた? 今時間は?」
そう言うとリリィは壁に掛かっている赤色をした丸い時計を見る。
「もう一時をまわりましたね、約2時間ちょっと寝てましたよ。倒れた時は息をしているのか分からないくらい静かだったんですけど、少し経ったらいびきをかき始めましたからね。あと頑張ってここまで引きずって来たんですから、褒めてくださいよ」
「引きずって?」
リリィの言葉を聞き、和也の着ているスーツを確認する。ジャケットはそんなに汚れていないが、ズボンには少し汚れが付いている。また今日のスーツは黒色、たとえ少しの汚れでも結構目立ってしまう。
「おいおいおいおい、まじかよ……」
そう言って和也は汚れを落とすためズボンを三回叩いた。
「私の裸を見たのが悪いんです! そのズボンの汚れは自業自得ですよ」
リリィはそう言うとまた台所に戻って行った。
「見たくて見たわけじゃないぞ」と小さな声で言うがこればかりは仕方ない。和也がリリィが寝ていると考えて行動した結果が引き起こしたことだからである。
和也は静かにため息をすると、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出す。時間的にはそろそろリリィをラジオ局に連れて行かないとならない。自分がリリィについていながら遅刻をしてしまうのはマネージャーとしてやってはいけない。
電源ボタンを押し時間を確認しようとすると不在着信通知が四件あったことが画面に表示された。電話番号だけが表示されているのを見ると先ほどかかってきた田代ではないのが分かる。
「知らない番号だなぁ」
プライベートで和也は自分の知らない番号を無視するほうなのだが今回はそんな簡単に無視出来なかった。理由は田代が言っていた番組の制作関係者の可能性もあれば、番組にお金を出資しているどこかの企業かもしれないというところである。
和也はそんなことを考えながら不在着信の通知を右にスライドし電話をかける。
発信音が三回鳴った後、ブチッという目を瞑りたくなるような頭に響く音が耳に広がり女性の声が聞こえ始めた。
「お待たせいたしました。お電話ありがとうございます。株式会社ワールドワイドでございます」
ワールドワイド? 確か大手芸能事務所だったよな……。
そんなことを考えながら和也は自分のことを相手に伝える。すると相手の女性はああと和也のことを理解したようで、そのあとに続いて話し始めた。
「わざわざ折り返しありがとうございます。先ほどうちの菅原から、三村さんに連絡を入れるようにと頼まれていましたので」
「うぇええええ!?」
彼女の言葉を遮るように、和也は変な声を上げる。あの菅原藤四郎から事務所の人を通してだが、電話がかかってくるとは思ってもいなかった。
また結構大きな声を出してしまったため、再び台所からリリィが和也の方に近づいてくる。先ほどとは違い、エプロンをつけた彼女は左手には平皿を一枚、右手には泡に包た黄色スポンジを持っている。
「どうかしたんですか?」
事情を知らないリリィは電話中の和也に話かける。和也はそれに首を振って応え、リリィをもう一度台所に戻らせた 。
しかしその間にも電話の向こうでは女性が喋り続けている。
「実は菅原が三村さんが担当している丸リリィさんの新番組についての話合いを行いたいと申しておりまして……」
なんてことだと和也は頭の中で繰り返す。繰り返して繰り返して、繰り返した言葉がドラム缶洗濯機のように回転し始め、終いに和也はその中に出来たどんよりした暗闇に吸い込まれそうになりかける。しかしその言葉が三十回を過ぎ三十一回目のところでハッと我に返る。
「大丈夫ですか」という女性の声を合図に和也は問いかけた。
「そ、その話合いというのはいつの何時を予定してます……か」
それを聞いた女性は「もう一度菅原に確認を取ります。少々お待ちください」と言うと保留ボタンを押したようで、ベートーヴェンの名曲、エリーゼのためにがスマートフォンから流れ始めた。
「やってしまった……」
菅原藤四郎という、芸能界のドンとも言われる大御所からの連絡を出なかったことは正直マズイ。例え仕事で忙しくても今回のような不慮の事故であっても、向こうからしたら無視したことと変わりなく、あなたとは一緒に仕事をしませんと言っているようなものである。また和也は芸能関係者からこのような噂も聞いたことがある。それは菅原藤四郎の機嫌を損なわせると、その人の職がなくなり、家族がなくなり、社会的地位もなくなり……終いには人間としての最低限の権利までもがなくなるというものである。これが本当なら……そう考えると和也の身体は小刻みに震え始め、嫌な汗がではじめる。
スマートフォンから流れるエリーゼのためにが和也の不安な気持ちを増幅させる。まるで誰かに追われているような恐怖感がじわじわと和也を足元から蝕んでいく。何十回とリピートを繰り返すエリーゼのためにが嫌になり、スマートフォンを投げたくなった時、先ほどと同じようなブチッという音が響き、曲が止まった。
和也はスマートフォンをしっかり握り先ほどの女性の返事を待つが、聞こえてきたのは野太く低い男性の声だった。
「はいお電話かわりました。菅原藤四郎でございます。折り返しの連絡ありがとうございます。それにしても最初の電話から時間がかかりましたねぇ……三村さん」
続く
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