4 / 30
第四話 実家
しおりを挟む
慧牙がまだ幼い頃、実の母親である城之崎周が病気で他界した。既に父親も亡くしており、慧牙と琉牙の幼い兄弟は遠縁にあたる白野の家に引取られた。慧牙が八歳の時だった。白野家と城之崎家は家が近く、慧牙と琉牙はよく遊びに行っていた。そのおかげもあり、引き取られてもすぐに二人は白野家に馴染んだ。慧牙は両親のことをあまりよく覚えていなかった。父親がどんな仕事をしていたかも、母親がどこの生まれであるとか、ごく普通の家族であれば当たり前のように知っていそうなことは何も覚えていなかった。それは琉牙にも同じことがいえた。
二人は自分達の両親についてほとんど知らなかった。いや、幼い頃に両親を亡くし、それまで知っていたことの記憶が曖昧になり、ついには記憶からなくなってしまったのかもしれなかった。ただ、二人の記憶に残る両親の記憶はいつも物静かで、穏やかに笑いかけてくれていることぐらいであった。今の父親である白野岳は、慧牙と琉牙を自身の息子達と分け隔てなく大切に育ててくれた。岳の妻は将を生んで間もなく亡くなっていた。白野家の長男である和哉と次男の将。将と慧牙は同い年で兄弟の中で一番仲がいい。よく遊んだり、ケンカも多くしたが友達のような兄弟であった。実の弟である琉牙は、慧牙とは正反対で身体が強く活発だった。外見も小麦色の肌をしており、極端に白い慧牙とは真逆であった。慧牙達が白野家に入り、白野家は岳と和哉、将、慧牙と琉牙の五人家族となった。年の近い男子が四人、常にひとつ屋根の下で暮らしていればケンカは日常茶飯事だった。特に慧牙は琉牙と毎日のようにケンカしていた。短気な慧牙は実の弟である琉牙にいつもケンカをふっかけていた。
――琉牙とはお互いの心が見えるんだ。
心を見られるのことを嫌がる慧牙、それが主な原因だった。慧牙のほうが感情を抑制できないせいか、琉牙に見られることが多い。見るといっても相手の感情が伝わってくる程度であり、今なにを考えているかとか詳しく分かるのではない。感情が昂ぶったりした時、相手に伝わる。
「ママー、だっこー!」
「はいはい」
それほど遠くない場所から子供が母親にねだっている声が聞こえた。慧牙は窓際に肘をつけて、顎を支えながらぼんやりと車窓に向けていた視線を電車内の通路のほうへと目を向ける。視線の先には他の乗客に視界を遮られながらも、小さな子供が母親を見上げながら両手を伸ばしているのが見えた。俺だけこんな容姿でおまけに体も弱かった。そのせいで小さい頃から常に誰かの世話になっていて、それが苦痛で仕方なかった。母さんがずっと一緒にいてくれたなら……、こんな風に思わなかったのかもしれない。と慧牙はふと思った。
最近では全く思い出すことのなくなった母親の穏やかな顔が思考の中に浮かび上がる。母親の写真は一枚もない。でも記憶の中だけにいる母親の姿ははっきりと思い出せる。しかしそれは時が経つにつれて、どこか変わってきているかもしれなかった。とめどなく溢れてくる考えを強く瞬きをして振り払った。そして慧牙は再び車窓に視線を戻した。八歳の時に母さんが病気で亡くなって……、俺は母さんが亡くなった辺りの記憶がない。よっぽどショックだったのかなぁ。本当の父さんは三歳の時に病気で他界していたから、父さんの記憶はないんだよな。父さんは放浪ぐせがあって、いっつも家にいなかったって親父が言ってたな。病弱だった母さんが俺達を一人で育ててくれたんだよな……。電車に揺られながら、慧牙は自身の両親を思い出していた。それは久々に実家に戻る、という行動が慧牙の心に自然と浮かび上がらせたのかもしれなかった。
白野家に引取られて、城之崎慧牙は白野慧牙となった。現在も戸籍上は白野であるが、白野の家をでてからは城之崎と名乗っていた。理由は単純なもので、本当の性は城之崎だったからというものであった。そしてなんとなくではあるが、城之崎という姓を消したくないという思いも存在した。電車に揺られること三十分。人もまばらになりようやく降りる駅に着いた。気だるそうに電車から降りると、目が完全に隠れるほど伸びた前髪の隙間からそれとなく辺りを見やる。そして駅を後にすると真っ直ぐに実家へと向った。実家はS市の外れにあり、かなり大きな昔ながらの日本家屋だった。戦前からあるこの家は大きいにも関わらず、周りの家々に比べてみすぼらしかった。家のすぐ裏には雑木林が広がり、その奥には山がある。JRの駅を降りてから白野家に向かう途中、先ほどまで降っていなかった雪が降り出してきた。風が強かったせいもあって、吹雪になりそうな気配をみせていた。深々とかぶったニット帽には真っ白い雪が積もりだし、ダウンジャケットの襟についているファーにも積もりはじめる。マフラーをしていないせいで、襟足から背中に向って冷たい雪が絶え間なく入り込んだ。慧牙が実家にたどり着く頃には、強風のせいで雪が横から容赦なく突き刺さっていた。昼間であっても外にでている人はいない。吹雪のせいもあるが、民家もまばらでこの辺りは昔から人気の少ない場所だった。鍵を手にしたまま実家の呼び鈴を鳴らす。多分、誰も家にはいないだろうと予想はしていた。けれども数回呼び鈴を鳴らして誰も家にいないと分った上で鍵を開けた。
——留守かな。
引き戸になっている玄関のドアをゆっくりと開けてみる。
「ただいま」
小さな声でただいまと言いながら、慧牙は久しぶりに見る実家の玄関を見回した。玄関の左側にある大きな靴箱、その靴箱の上には親父の趣味である流木を使って作られたオブジェが頓挫し、反対側の壁には雪かき用のスコップやツルハシが立てかけられている。玄関には汚らしいシューズやら革靴など、見覚えのある靴が片付けられぬまま置かれていた。実家を出たときと何も変わらない風景を見て、慧牙は心のどこかでかすかに安堵を覚えた。
「おーい、誰もいないのか?」
留守だと分かっていたが、リビングにいったり岳の書斎を覗いたりして家族の姿を探してみる。
――誰もいないか、やっぱ夕方に来ればよかったな。
慧牙は心の中でそう思いながらリビングのストーブをつけると、実家の二階にある慧牙の自室に向かった。自室に入ってみると、自分が出て行く前の部屋と何も変わっていなかった。リビングと同じように部屋の隅に置かれている小さなストーブをつけてみる。一年近く放置してあったにも関わらず、灯油はきちんと入っており掃除もされていたらしく、しばらくするとストーブから"ボッ"と点火する音が聞こえた。
――実家を出る時、りゅうが改装して倉庫代わりにするとかなんとか言ってたけど……。そんなことはなかったな。
久しぶりに自分のベッドにゴロンと仰向けに寝転がる。ずっと使っていなかったのに全く埃っぽくない。今日帰ってくるからと、将が綺麗にしてくれたんだろうかと慧牙は思った。ダウンジャケットのポケットに入れてた携帯を取り出し、メールをチェックする。誰からもメールは来ていなかった。ベッドに携帯を放り出しあくびをした。今頃になって眠気が襲ってきた。夕方まで時間はあるのだから少し寝ようと思い、慧牙は仰向けになったまま眠りに落ちた。
……遠くで誰かの声が聞こえた。
でも、なんて言っているのかは分からない。無意識にその声のする方を向く。その方向のずっと向こうに誰か、自分のよく知っている人がいるように思えた。慧牙は辺り一面に広がる真っ暗闇を声のする方向へと歩き出した。誰かが俺を呼んでいる、そんな気がした。声のする方に歩くが、声の大きさは変わらない。それは叫び声のようだった。ずっと誰かが、叫びながら自分を呼んでいるような感覚。周りの闇は慧牙を圧迫するように迫っていた。初めは感じなかった恐怖感がいつの間にか身体中を支配していく。歩くたびに増す恐怖。声のする方へ行きたいが、歩いても歩いても声は近くならない。いつまで経ってもたどり着かないもどかしさ。呼吸が早くなるのを慧牙は感じた。身体がどんどん重くなっていく。そしてついには歩くことが困難なほどの身体の重さを感じていた。
『……!!!』
先ほどより、はっきりと聞こえたような気がした。けれどもすぐになんて言っていたのか忘れてしまう。慧牙は直感していた。自分を呼んでいると。
間違いなく俺を呼んでいる……。
早くそこにたどり着きたかった。既に暗闇は慧牙の身体を押しつぶさんばかりに迫っていた。そして突然身体が沈み込んだ。崖から足を踏み外したような衝撃が慧牙の全身を貫く。
「うぁぁぁぁ!」
慧牙は叫びながら目を覚ました。呼吸が荒い、心臓が口からとびだしそうな程早く脈を打っていた。嫌な汗を掻きながら体を起こし、呼吸する為に胸を強く手で押し付けながら口で息をする。幾度かその動作を繰り返すうちに、だんだんと慧牙の呼吸は落ち着いてきた。
今の夢は……。
酸素不足のせいか、幾分朦朧とする頭の中でぼんやりと考える。よく身体の調子が良くない時に、悪い夢はよく見るというが。怖い夢を見たせいなのか、軽く持病である喘息が出ていた。嫌な気分になった慧牙は自室を後にし、台所へ向かい水を飲む。そのままリビングに向かうとテレビの電源を入れた。ソファに座りぼんやりとテレビを見る。テレビではなにやら日本の歴史番組が流れていた。それを見ながら和哉の事を思い出した。未だに和哉は歴史中毒なのかな、そういえばずっと前に和哉が俺に貸してくれた本、途中までしか読んでなかったな。時計を見るとまだ午後三時少し前。まだ家族は誰も帰ってきていない。暇をもてあました慧牙はソファから立ち上がると、二階の和哉の部屋に向かった。和哉の部屋は西側にあり、一番大きい部屋だ。そこは本の山となっている。昔、途中まで読んで投げ出した推理小説の本をその山の中から探すことにした。難しそうな本ばかりがずらりと並び、慧牙を見下ろしている。その圧巻になんとなくむかついた慧牙は無造作に本を引っ張っては目当ての本を探し始めた。
壁一面を隠してしまうほど大きな本棚の上段のほうに手を書けたとき、慧牙はとても古そうな一冊の本を見つけた。なんとなく気になった慧牙は手を伸ばし、その本を手に取り開いてみた。慧牙は驚いて一度閉じる。そして再びゆっくりと開けみてみた。その本は本でなはく、本の形をした箱になっていた。その中に和紙でくるまれたあるものを見つけた。なんだろうと思い、慧牙はあるものを箱から取り出してくるんであった和紙を取り去った。中からはきれいな飾りのようなものがでてきた。昔の女性が身に着けるような古い髪飾りだった。髪飾りはかなり大きく、ある程度の重さもあった。髪飾りの真ん中に白く輝く綺麗な石が埋め込まれている。その石を見た慧牙は思わず見とれてしまった。
――すげーきれい。
石や宝石の事なんか全く分からない慧牙だったが、それがすごく高価なものであると感じた。しばらくその石を見つめていると、何かが聞こえてきた。
二人は自分達の両親についてほとんど知らなかった。いや、幼い頃に両親を亡くし、それまで知っていたことの記憶が曖昧になり、ついには記憶からなくなってしまったのかもしれなかった。ただ、二人の記憶に残る両親の記憶はいつも物静かで、穏やかに笑いかけてくれていることぐらいであった。今の父親である白野岳は、慧牙と琉牙を自身の息子達と分け隔てなく大切に育ててくれた。岳の妻は将を生んで間もなく亡くなっていた。白野家の長男である和哉と次男の将。将と慧牙は同い年で兄弟の中で一番仲がいい。よく遊んだり、ケンカも多くしたが友達のような兄弟であった。実の弟である琉牙は、慧牙とは正反対で身体が強く活発だった。外見も小麦色の肌をしており、極端に白い慧牙とは真逆であった。慧牙達が白野家に入り、白野家は岳と和哉、将、慧牙と琉牙の五人家族となった。年の近い男子が四人、常にひとつ屋根の下で暮らしていればケンカは日常茶飯事だった。特に慧牙は琉牙と毎日のようにケンカしていた。短気な慧牙は実の弟である琉牙にいつもケンカをふっかけていた。
――琉牙とはお互いの心が見えるんだ。
心を見られるのことを嫌がる慧牙、それが主な原因だった。慧牙のほうが感情を抑制できないせいか、琉牙に見られることが多い。見るといっても相手の感情が伝わってくる程度であり、今なにを考えているかとか詳しく分かるのではない。感情が昂ぶったりした時、相手に伝わる。
「ママー、だっこー!」
「はいはい」
それほど遠くない場所から子供が母親にねだっている声が聞こえた。慧牙は窓際に肘をつけて、顎を支えながらぼんやりと車窓に向けていた視線を電車内の通路のほうへと目を向ける。視線の先には他の乗客に視界を遮られながらも、小さな子供が母親を見上げながら両手を伸ばしているのが見えた。俺だけこんな容姿でおまけに体も弱かった。そのせいで小さい頃から常に誰かの世話になっていて、それが苦痛で仕方なかった。母さんがずっと一緒にいてくれたなら……、こんな風に思わなかったのかもしれない。と慧牙はふと思った。
最近では全く思い出すことのなくなった母親の穏やかな顔が思考の中に浮かび上がる。母親の写真は一枚もない。でも記憶の中だけにいる母親の姿ははっきりと思い出せる。しかしそれは時が経つにつれて、どこか変わってきているかもしれなかった。とめどなく溢れてくる考えを強く瞬きをして振り払った。そして慧牙は再び車窓に視線を戻した。八歳の時に母さんが病気で亡くなって……、俺は母さんが亡くなった辺りの記憶がない。よっぽどショックだったのかなぁ。本当の父さんは三歳の時に病気で他界していたから、父さんの記憶はないんだよな。父さんは放浪ぐせがあって、いっつも家にいなかったって親父が言ってたな。病弱だった母さんが俺達を一人で育ててくれたんだよな……。電車に揺られながら、慧牙は自身の両親を思い出していた。それは久々に実家に戻る、という行動が慧牙の心に自然と浮かび上がらせたのかもしれなかった。
白野家に引取られて、城之崎慧牙は白野慧牙となった。現在も戸籍上は白野であるが、白野の家をでてからは城之崎と名乗っていた。理由は単純なもので、本当の性は城之崎だったからというものであった。そしてなんとなくではあるが、城之崎という姓を消したくないという思いも存在した。電車に揺られること三十分。人もまばらになりようやく降りる駅に着いた。気だるそうに電車から降りると、目が完全に隠れるほど伸びた前髪の隙間からそれとなく辺りを見やる。そして駅を後にすると真っ直ぐに実家へと向った。実家はS市の外れにあり、かなり大きな昔ながらの日本家屋だった。戦前からあるこの家は大きいにも関わらず、周りの家々に比べてみすぼらしかった。家のすぐ裏には雑木林が広がり、その奥には山がある。JRの駅を降りてから白野家に向かう途中、先ほどまで降っていなかった雪が降り出してきた。風が強かったせいもあって、吹雪になりそうな気配をみせていた。深々とかぶったニット帽には真っ白い雪が積もりだし、ダウンジャケットの襟についているファーにも積もりはじめる。マフラーをしていないせいで、襟足から背中に向って冷たい雪が絶え間なく入り込んだ。慧牙が実家にたどり着く頃には、強風のせいで雪が横から容赦なく突き刺さっていた。昼間であっても外にでている人はいない。吹雪のせいもあるが、民家もまばらでこの辺りは昔から人気の少ない場所だった。鍵を手にしたまま実家の呼び鈴を鳴らす。多分、誰も家にはいないだろうと予想はしていた。けれども数回呼び鈴を鳴らして誰も家にいないと分った上で鍵を開けた。
——留守かな。
引き戸になっている玄関のドアをゆっくりと開けてみる。
「ただいま」
小さな声でただいまと言いながら、慧牙は久しぶりに見る実家の玄関を見回した。玄関の左側にある大きな靴箱、その靴箱の上には親父の趣味である流木を使って作られたオブジェが頓挫し、反対側の壁には雪かき用のスコップやツルハシが立てかけられている。玄関には汚らしいシューズやら革靴など、見覚えのある靴が片付けられぬまま置かれていた。実家を出たときと何も変わらない風景を見て、慧牙は心のどこかでかすかに安堵を覚えた。
「おーい、誰もいないのか?」
留守だと分かっていたが、リビングにいったり岳の書斎を覗いたりして家族の姿を探してみる。
――誰もいないか、やっぱ夕方に来ればよかったな。
慧牙は心の中でそう思いながらリビングのストーブをつけると、実家の二階にある慧牙の自室に向かった。自室に入ってみると、自分が出て行く前の部屋と何も変わっていなかった。リビングと同じように部屋の隅に置かれている小さなストーブをつけてみる。一年近く放置してあったにも関わらず、灯油はきちんと入っており掃除もされていたらしく、しばらくするとストーブから"ボッ"と点火する音が聞こえた。
――実家を出る時、りゅうが改装して倉庫代わりにするとかなんとか言ってたけど……。そんなことはなかったな。
久しぶりに自分のベッドにゴロンと仰向けに寝転がる。ずっと使っていなかったのに全く埃っぽくない。今日帰ってくるからと、将が綺麗にしてくれたんだろうかと慧牙は思った。ダウンジャケットのポケットに入れてた携帯を取り出し、メールをチェックする。誰からもメールは来ていなかった。ベッドに携帯を放り出しあくびをした。今頃になって眠気が襲ってきた。夕方まで時間はあるのだから少し寝ようと思い、慧牙は仰向けになったまま眠りに落ちた。
……遠くで誰かの声が聞こえた。
でも、なんて言っているのかは分からない。無意識にその声のする方を向く。その方向のずっと向こうに誰か、自分のよく知っている人がいるように思えた。慧牙は辺り一面に広がる真っ暗闇を声のする方向へと歩き出した。誰かが俺を呼んでいる、そんな気がした。声のする方に歩くが、声の大きさは変わらない。それは叫び声のようだった。ずっと誰かが、叫びながら自分を呼んでいるような感覚。周りの闇は慧牙を圧迫するように迫っていた。初めは感じなかった恐怖感がいつの間にか身体中を支配していく。歩くたびに増す恐怖。声のする方へ行きたいが、歩いても歩いても声は近くならない。いつまで経ってもたどり着かないもどかしさ。呼吸が早くなるのを慧牙は感じた。身体がどんどん重くなっていく。そしてついには歩くことが困難なほどの身体の重さを感じていた。
『……!!!』
先ほどより、はっきりと聞こえたような気がした。けれどもすぐになんて言っていたのか忘れてしまう。慧牙は直感していた。自分を呼んでいると。
間違いなく俺を呼んでいる……。
早くそこにたどり着きたかった。既に暗闇は慧牙の身体を押しつぶさんばかりに迫っていた。そして突然身体が沈み込んだ。崖から足を踏み外したような衝撃が慧牙の全身を貫く。
「うぁぁぁぁ!」
慧牙は叫びながら目を覚ました。呼吸が荒い、心臓が口からとびだしそうな程早く脈を打っていた。嫌な汗を掻きながら体を起こし、呼吸する為に胸を強く手で押し付けながら口で息をする。幾度かその動作を繰り返すうちに、だんだんと慧牙の呼吸は落ち着いてきた。
今の夢は……。
酸素不足のせいか、幾分朦朧とする頭の中でぼんやりと考える。よく身体の調子が良くない時に、悪い夢はよく見るというが。怖い夢を見たせいなのか、軽く持病である喘息が出ていた。嫌な気分になった慧牙は自室を後にし、台所へ向かい水を飲む。そのままリビングに向かうとテレビの電源を入れた。ソファに座りぼんやりとテレビを見る。テレビではなにやら日本の歴史番組が流れていた。それを見ながら和哉の事を思い出した。未だに和哉は歴史中毒なのかな、そういえばずっと前に和哉が俺に貸してくれた本、途中までしか読んでなかったな。時計を見るとまだ午後三時少し前。まだ家族は誰も帰ってきていない。暇をもてあました慧牙はソファから立ち上がると、二階の和哉の部屋に向かった。和哉の部屋は西側にあり、一番大きい部屋だ。そこは本の山となっている。昔、途中まで読んで投げ出した推理小説の本をその山の中から探すことにした。難しそうな本ばかりがずらりと並び、慧牙を見下ろしている。その圧巻になんとなくむかついた慧牙は無造作に本を引っ張っては目当ての本を探し始めた。
壁一面を隠してしまうほど大きな本棚の上段のほうに手を書けたとき、慧牙はとても古そうな一冊の本を見つけた。なんとなく気になった慧牙は手を伸ばし、その本を手に取り開いてみた。慧牙は驚いて一度閉じる。そして再びゆっくりと開けみてみた。その本は本でなはく、本の形をした箱になっていた。その中に和紙でくるまれたあるものを見つけた。なんだろうと思い、慧牙はあるものを箱から取り出してくるんであった和紙を取り去った。中からはきれいな飾りのようなものがでてきた。昔の女性が身に着けるような古い髪飾りだった。髪飾りはかなり大きく、ある程度の重さもあった。髪飾りの真ん中に白く輝く綺麗な石が埋め込まれている。その石を見た慧牙は思わず見とれてしまった。
――すげーきれい。
石や宝石の事なんか全く分からない慧牙だったが、それがすごく高価なものであると感じた。しばらくその石を見つめていると、何かが聞こえてきた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる