Existence

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第二十八話 極東

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 複雑に切り立った山々に囲まれたところにその村はあった。周囲の白い山並みとは対照的にその場所だけは緑が生い茂っている。真っ白い世界の中にただ一箇所だけ緑色が浮かんでいる光景は、首を傾げてしまうような不思議な感覚にさせた。砂漠のオアシスのようにも見えるそこは寒さに耐えていた人間を引き込む力があった。

 空は何時しか晴れ渡り、慧牙と同じような綺麗な水色の空が広がっている。このアリーシェ大陸で初めて目にする青空だった。平野といっても広く開けた場所ではなく、村の裏側は巨大な山々がそびえ立ち、村の左手側は山と平野を繋ぐ大地は見当たらなく、その代わりにぽっかりと大きな穴が開いているような崖が広がっている。村の右手側の方はというとなだらかな斜面が広がり、その一帯では農作物を栽培しているようであった。空気もこれまでの一呼吸で肺を凍らせてしまうような冷たさとは違って暖かであった。

 十日間の旅を終えて、慧牙は一面に広がる緑の世界を見ながらゆっくりと深呼吸をした。村の入口、白と緑の境目でソリから降りる。その時、足がふらついて慧牙は慌てて近くにいたセヴェリの肩に掴まった。

 ズメウの駐屯地を離れてからひたすらに雪原の中を進んできた。何もない世界の移動は日程よりも遥かに長く感じられたし、一昨日の聖騎士団の襲撃はまだ鮮明に記憶に残っている。旅の間ずっと一日おきの野宿であった。ソリの中で夜を明かし、次の日は洞窟の中で休む。極寒の地での慣れない旅のせいで、慧牙の疲労は自身でも気づかぬ内にピークに達しているようであった。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっとよろけただけ」

 すぐに肩から手を離すと、なんでもないというようにソリから荷物を降ろし始める。セヴェリもまたソリから重たい荷物を取り出し始めた。

「僕達はアデレ村とズメウの間をよく往復しているから平気だけど、ケイガにとっては初めてのことだったから、疲れたでしょう」

「疲れてないって言えば嘘になるな。特に疲れたっていう感覚はないんだけど、意外とそうなのかもしれない」

 偶然手にした荷物は結構な重さで、持った瞬間落としそうになってしまった。その時、近くにいたイノアがさりげなく慧牙の持っていた荷物を手から取った。イノアに持ってもらおうなどとは思っていなかったけれど、あまりにも自然に荷物を取られてしまった。慧牙は再びソリから別の荷物を取り出そうとすると、もうすでに荷物はなくなってしまっていた。

「お前、そんなにたくさん持ったら大変だろ。一つよこせ」

「駄目ですよ。ケイガは神の子なんですから、そんなことはさせられません」

「んだよ、またそれかよ」

 両手一杯に抱えた荷物を持ちながら、セヴェリはあり得ないという顔つきできっぱりと言い切った。気がつけば慧牙以外は全員手に荷物を持っており、慧牙だけが手ぶらの状態である。

「荷物は僕達が持つから…、わっ!」

 気に食わなかった慧牙はセヴェリから無理矢理に荷物を半分もぎ取ると、それを肩に背負った。

「ケイガらしいですね。さぁ、では行きましょうか。まずは村でゆっくりと休んだほうがいいですから」

「休むっていうか、布団の上で思いきり身体を伸ばしたい」

 荷物を抱えたまま首を左右に曲げて、十日間のほとんどをソリの中で過ごしたせいですっかり固くなった筋を伸ばすような動きをした。

「休むひまなどないぞ。まずは族長に会ってもらうのだからな」

「あーはいはい、そうですか」

 頭一つ分ほど高い位置からレイヴィルの冷たい口調が降ってくる。そして彼は一人で先に村の方へと歩きだしていた。彼に話しかけられると瞬間的に機嫌が悪くなる慧牙は、眉を少し吊り上げてレイヴィルの広い背中に鋭い視線を投げつけた。その時、風になびいてレイヴィルの黒く長い髪が揺れた。いつもは髪で見えない場所が視界に入る。歩き出した彼の服の襟元に黒っぽい染みがあることに気がついた。血のあとだろうかと考えたとき、ふいに聖騎士団の襲撃を受けた事を思い出した。最後の洞窟での一夜は慧牙にとって嫌な夜だった。血だらけになった服の汚れ、顔や頭についた魔物の血を洗い流す為とはいえ、寒い洞窟の中に湧いているという温泉につかったのだ。

 普通だったら喜んで入るのだけれど、レイヴィルやターヴィ、イノアも皆逞しい体つきでいかにも戦士という体躯だった。戦士でもなければなんでもないただの一般人で、おまけに身体を鍛えることなどしてこなかった慧牙から見れば、それは男として羨ましくもあり、羨望の眼差しで見つめた。まだそれだけなら良かったが、慧牙よりもひ弱そうな体つきだと思っていたセヴェリも細身ながらも筋肉がしっかりとついており、身体の至るところにある傷跡もまた強い男のように思えて、温泉につかっている間ずっとなんとなくみじめな気分を味わったのだった。

「ケイガ、もう少しの辛抱です。族長との面会を終えたら存分に休んでください。それと…、村に入る前に一つ約束して欲しいことがあります」

「んだよ」

 村の入り口の前、木で造られた簡素な門の前にいた警備兵と思われる若い兵士がやってきて、ターヴィと何やら話しをしている。それを横目に見ながら慧牙は歩きながら横にいるイノアの話を聞いていた。

「村の人間に話しかけられても返事をしないように」

「はっ? 意味がわかんねぇ」

「分らなくても、族長との面会を終えるまでの間は村人の誰であろうとも話をしてはいけません。特に、城の中ではね」

「理由は? どうしてそんなことしなくちゃなんねぇんだよ」

 イノアの言っている意味が分らず、慧牙は少しむくれた感じの声で聞き返した。

「イノアのお願いを聞いてやってくれ。族長と会った後は誰とでも話して大丈夫なんだからさ。ちょっとの間だけだって」

 兵士との話を終えたターヴィは初めから開かれていた門をくぐり抜けた慧牙達に追いつくと、イノアのお願いを聞くように言ってきた。

「別に構わないけど、それに誰も俺なんかに話しかけてきたりはしないだろうけどさ。でも、なんで話したらだめなんだよ」

「深い意味はありませんよ。しいて言えばケイガは神聖な存在だからです」

「神聖って……。こいつらの態度見てたらそんな風には見えねぇぞ」

 これまでの彼らの言動を思い返す。レイヴィルを筆頭に誰一人神の子だという慧牙に対して、改まった口調で話しかけたり、接したりする者などイノアを覗いては誰一人いなかったはずだった。といってもイノアは元々こういう口調だから、誰に対しても接する態度は変わらない。実際、ズメウの駐屯地で話しをしたのは今ここにいる彼らと、ズメウに残ったヨハンだけであり、他の兵士達とは言葉を交わしたことはなかった。おまけに慧牙が神の子だと初めから知っていたのはレイヴィルだけであったし、セヴェリやターヴィはあの奇襲の時に聞かされていた。

 慧牙の中では神とかそういうえらい人物にはもっと丁寧な言葉遣いだとか、立場を弁えた行動をするのが普通だろうと思っている。多分、そういうのがごく一般的だろう。だけど、ここにいる彼らには少なくとも神に対しての礼儀というものはないように感じていた。逆にレイヴィルやヨハンからは恨まれているような節がある。だからといって慧牙自身は自分は神の子なのだから敬えとか、そういった類の感情は一切持ち合わせていない。そもそも神の子などと言われて腹を立てている状況だった。

「まぁまぁ、私達はドラゴンファングですから。兵士と違って村人達は少しばかり神に対する態度が違うのです」

「よくわかんねぇけど、村に入ったらイノア達以外の奴らと話さなければいいんだな?」

「はい、お願いしますよ。ケイガ」

「りょーかい」

 慧牙の面倒くさそうな返事を聞いてイノアはクスリと笑うと、先を行っているレイヴィルの方へと視線を向けた。

 村の中に入り少し進むと、とてもいい匂いが鼻をかすった。何かの花のような匂い、これまでに嗅いだことのないその匂いは進むたびに強くなっていき、慧牙はその匂いでつい先ほどイノアと話していた内容がどこかへと飛んでいった。ズメウに連れてこられてから一度も目にしたことのなかった色とりどりの花々、赤や黄色、紫といった花が村の道端のそこら中に植えられている。村のあちこちに点在する木々は若々しく緑色の葉をたくさんつけており、中には白い花を咲かせている木もあった。村の周囲の雪景色とは全く違う風景がそこには広がっていた。

 村にある家々は木で造られていて、どの家もみな年季が入っている。相当な年月を感じさせるものであったが、その佇まいは重量感があり、この村が長くここに存在しているのだということを覗うことができた。ピズ・コ・サイにあった村もちゃんとした村ではあったが、ここアデレ村からは長い歴史のようなものを感じずにはいられない。人々もまたしっかりとした身なりの者が多く、綺麗な藍色のローブを誰もが纏い、物静かに行き交っていた。

「ピズ・コ・サイの村とはまたえらい雰囲気が違うけど、同じフレア族の村なんだよな?」

「えぇ、もちろんです。この村はアリーシェ大陸にある他の村々とは少々違いがありまして、祈りを捧げる者達のおかげでここに住むことが出来るのです」

 通り過ぎる村人はこちらの方を見ると、皆恭しくお辞儀をしてそのまま通り過ぎていく。どうやら村人達はレイヴィル一行に対して敬意を払っているかのようであった。

「祈りを捧げる者ってなんだ?」

「ここはアリーシェ大陸の中で二番目に厳しいと言われる地域。私達フレア族であっても、この地に住むには祈祷者の助けがなければ生きていくことはできない。この村の中だけに雪がないでしょう?」

「あぁ」

 改めて村の中を見回して、慧牙は頷いた。本当に不思議な空間だと思った。この村の中だけ雪がないのだ。周囲は全て雪で覆い尽くされているとういうのに、まるでロードヒーティングがこの村の地面一面に敷かれているのかと思えるほどに雪はなかった。道が凍っているような様子もない。こんなにも寒い地域ではあり得ないことだった。

「祈祷者がここ一帯にだけに暖かい空気を作り出しているんです。そのおかげでここに村を作ることができた。ですから、この村には独特の空気が流れているのです。ここで生まれ育った者にとって、その空気を感じることは慣れすぎていてありませんが」

「イノアはここの出身なんだろう?」

 独特な空気と言われてもピンとせず、慧牙はクンクンと周囲の匂いを嗅いでみる。村に入った時から感じていた花のようないい匂うがそうなのだろうか。だけど、村の至る所にある花の匂いのようにしか考えられず、慧牙は近くにあった花に顔を近づけてみた。しかし先ほどから感じている匂いとは別の匂いが花からは漂っており、慧牙はわずかに首を傾げた。

「えぇ、ですが私は長くズメウにいたものですから、その独特な空気を忘れてしまっているようですね」

 イノアがこの村を出て一体どの位の間ズメウのいたのかは分らなかったが、言葉の端々から感じられる印象と表情で、とても長い期間ズメウにいたのだろうと推測できた。綺麗に敷き詰められた玉砂利の上を歩きながら慧牙は高校を卒業してから、約一年振りに実家に戻った時の実事を思い出した。つい最近の出来事だったはずなのに、その記憶は薄れて始めていた。確かに実家に戻ったとき懐かしいという感覚はあったが、だからといって別段何かを忘れていたというような思いはなかった。ふいにこの世界に飛ばされる直前に実家で聞いた不思議な声を思い出す。

「俺は時々こっちに来ているから特に変化は感じないな。セヴェリもそうだろ?」

「そうですね。イノアさんのように空気の違いは分らないけれど、ここに戻ってくるとすごく安心できる気持ちにはなれます」

 イノアの言葉を聞いていたターヴィが話に入ってくると、セヴェリもまた口を開いた。

「ここはアリーシェで一番安全な場所だからな。このアデレ村には五千人ぐらい住んでるんだ。その中で祈祷者は何人いると思う?」

「へっ? 何人っていきなり聞かれても知るわけないだろ」

 突然の質問に慧牙は辺りを見回し始めた。その祈祷者という者と村人の違いも分らない。周囲を見回してもどれが誰だかも分らなく、周囲の村人を見て大よその検討をつけようとしたが、無駄なことだった。はっきり言って、自分の住んでいた街の人口さえも知らない。仮に地元の警察官がどの位いるかと聞かれても分かるわけがなかった。普通、そんなことを考える機会は滅多にない。

「適当でいいって、大体何人位いると思う?」

「んー、人口が五千人なんだろ? なんだ、五十人位とか?」

 考えること自体意味のないことだと思って、慧牙は適当に返事をした。

「そんな数でこのでっかい村の空気を温められるわけないろ。いいか? 千人だ。五千人の内、千人が祈祷者なんだよ」

「そんなにいるのかよ!? 五人に一人が祈ってる訳!? 毎日!?」

「まぁ全員毎日祈ってる訳じゃないけどな。交代で大体三百人位が一日中祈ってるんだ」

「一日中って、まさか夜も祈ってる訳じゃねぇよな?」

「何言ってるんだ。夜も祈らないとすぐに周囲の寒気が村の中に入ってくるだろ。そしたら一夜にしてこの村は氷漬けになっちまう」

「そういやお前らって、丸一日寝なくてもぜんっぜん平気だったよな」

 フレア族の身体の機能は慧牙と全く違う。見た目は普通の人間と全く変わりはないけれど、この世界の人間達は魔力を持っていて、地球の人間よりもいろいろな面で身体能力は高いようであった。

「この村の女達はほとんどが祈祷者だ。ズメウに比べたら女がいるってだけで遥かにマシな場所だけど、ほとんどの若い女達は教会にこもっちまってるから、村で見かける女は少ない、というかほぼないかな。だから俺はピズ・コ・サイのほうが好きなんだよな。その辺に女、がいるからな」

 ターヴィが村で行きかう人達を見つめながら、つまらなさそうに言った。

「確かに少なそうだな、……てかいない、な」

 立ち止まって慧牙は改めて周囲を見回した。確かにここで見かけるのは男ばかりで、女性の姿は見当たらなかった。そういうところはズメウの駐屯地と変わりないように思えた。

「おいガキ、そんなところで突っ立ってないで早く来い」

「ガキじゃねぇって!」

 先を歩いていたレイヴィルは慧牙が立ち止まっていることに気がつくと、いかにも嫌そうな声で言い放った。

「ガキじゃないなら、くだらないこと考えてないで足を動かせ」

「くそっ」

 ついこの間、謝ってきたくせに相変わらずやな悪い奴だな。なんでこうもこいつは何度も俺に突っかかってくるんだよ。

 慧牙は道に綺麗に敷かれている玉砂利に怒りをぶつけるように右足で道を蹴ると、再び歩き出した。

「おー? レイヴィルっ! 珍しいなぁ、お前がここに来るなんて。元気だったか?」

 反対方向から歩いてきた男が話しかけてきた。黒い髪を頭部の上の方で縛って、まるでポニーテールのような髪型をした中年位の男性はレイヴィルを見ながら嬉しそうにしている。この人物も他の村人と同じように布製の長い藍色のローブを纏い、手には同じく布で作られた小さな鞄を持っていた。

「アクウェンか、本当に久しぶりだな。調子はまずまずといったところだ」

 アクウェンという男に話しかけられて、レイヴィルは先ほどまでのきつい口調を少し緩めた。昔からの知合いのようである。レイヴィルが立ち止まったことで慧牙達もまたその場に立ち止まることになった。

「村に帰ってきたということは……、とうとう、お前が後を継ぐ気になったということか。リアルトも喜ぶだろう」

「久しぶりに会ってすぐにその話か。……かなり前に継ぐのは兄だと、そう決まったはずだが……。それにリアルトはもういない、喜ぶことも悲しむことも、苦しむことももうないのだから」

「そうだったか? 俺にはまだ決まったようには思えんけどなぁ、それに族長から跡目に関する正式なお達しは未だになされておらんだろう。リアルトは確かにもう苦しむことはないだろうが、でもお前が族長になればさぞかし喜ぶはずだ、間違いない。――それにな、あれがでかい顔をしていられるのは後ろにいる奴ら……」

 後半はアクウェンがレイヴィルの耳にヒソヒソと話しており聞き取れなかった。だが二人の会話を聞いていて、慧牙は怪訝そうな顔つきになった。

 レイヴィルが族長の息子だっていうのは前に聞いたけど、なんだ? 兄弟で跡目争いでもしてんのか? 

「正式もなにも、この件に関してはずっと昔に決まっていたことだ。アクウェン、からかうのはこのくらいにしておいてくれ。俺は急いでいるのでな」

「急ぐ? おや、見慣れない子が一人いるが、この子は? アデレ村の者ではないようだな。ピズ・コ・サイの生まれか? それにしてもやけに髪の色が薄いなぁ」

 アクウェンが慧牙に気がついて近寄ってきた。咄嗟に余計なお世話だ、と言おうとして口をつぐんだ。イノアに村人から話しかけれても返事をしてはいけないという約束だった。目尻にやけに皺の多いその中年の男は慧牙の髪の色が珍しいのか、マジマジと見つめながら、レイヴィルに質問を投げかけた。

「こいつは最近、ドラゴンファングに入ったばかりの新米だ。まだまだ子供で頭も悪く、躾けもなっていない。煩わしい奴ですぐに噛み付くしな。あまり戦闘には向いてないようだから、せめて伝達役ぐらいはこなしてもらいたいからと、こうやってわざわざアデレ村まで同行させたのさ」

 レイヴィルはさらりとアクウェンに対して嘘をついた。あまりにも流暢に話すので、聞いていた慧牙は一瞬自分のことを言われているということが分らなかった。

「ふうん? なぁ、それでこいつはどこの出身なんだ? ピズ・コ・サイでなければ、フザ村か? それともグラノ村? いや、グラノにこんな子はいなかったはずだけど」

「ミリアルだ、もういいだろう? 本当に急いでいるんだ」

 しつこく訊ねてくるアクウェンに対して、レイヴィルはまたも適当な嘘をつくと目で慧牙に一瞬合図を送った。すぐに反応する慧牙に対して、変なことを言い出さないように念を押したような感じだ。

「族長に会うんだろ? なんか新しい動きがあったのか?」

「そうだな、いろいろと敵には動きが出てきている。詳しいことは言えないけどな。おい、いくぞ」

 最後にはアクウェンの質問を半ば無視して、レイヴィルは慧牙の腕を掴むと再び歩き出した。

「おい…ミリアルなんて知らねぇし、それにいつ俺が兵士になったんだよ。設定があんなら俺にちゃんと事前に伝えておけよ。しかも頭が悪いだとか煩わしいだとか最後は完全に悪口になってたじゃねぇか」

 掴まれている腕の方を思い切り引き離すと、レイヴィルからすぐに離れて慧牙は怒ったような口調で反論した。レイヴィルは先ほどのアクウェンとの会話を早く終わらせたくて、適当に嘘をついていたのは理解していたが、それでもこの世界の生まれだと言われる事に抵抗があった。その場凌ぎの嘘であったとしても、勝手に作り上げられた嘘で塗り固められていき、いつしか身動きが取れなくなっていくような気がしてならなかった。レイヴィル達の思い込みは嘘とは違うけれども、慧牙にとっては嘘とよく似たものであった。

「適当に流せばいいだけのことだ。どうしてそんなくだらないところでひっかかるんだ」

「うるせぇな。変に嘘つくと、後で面倒になるからだろ」

「本当に、これだから馬鹿な人間の扱いは面倒臭い」

 呆れたような口調でレイヴィルが言った。

「何が面倒だ、てめぇが島から無理矢理連れて来たんだろうが。勝手に連れてきておいて、何言ってやがる。それに馬鹿ってなんだよ、何も知らねぇくせに勝手なことぬかすな」

「知ってるから言うんだ。お前は馬鹿だ、なんにでもすぐ突っかかる、すぐに怒って暴れだす、馬鹿以外の何者でもないだろ」

 レイヴィルの慧牙に対する反応はわざととしか思えないほど挑発的で、慧牙もまたいつものように怒りはじめた。

「はぁ!? てめぇだって人の事言えないだろ! てめぇも俺にすぐ怒ったり、すぐキレたりしてるだろ!」

「お前と一緒にするな、そうやってすぐに声を荒げていつも馬鹿丸出しのお前とは違う」

「てめっ!」

「弱い犬はよく吠える、といったところか。弱さを隠すためそういつも無駄に威嚇していて疲れないのか?」

 完全に冷めた口調でレイヴィルは睨みつけてくる慧牙に視線を向けた。その金色の瞳は口調とは裏腹に何か興味深そうに慧牙を見つめている。レイヴィルの意味ありげな視線に気がついた時、慧牙の中でスイッチが入りその直後には右足が地面から離れた。

「くそ、てめぇほんと許さねぇっ…ッ!?」

「ケイガ、お願いですからこれ以上騒がないで下さい。レイヴィルもそうやってすぐにケイガをからかうのはいい加減にして下さい。本当に困った人達ですね」

 すんでのところで蹴りを入れようとしていた慧牙の体は後ろからイノアに押さえられて、後方に傾いた慧牙の右足はむなしく空を蹴るだけだった。

「おもしろくていいじゃねぇか。レイヴィル、結構こいつのこと気に入ってる?」

「……さぁな」

 やり取りを楽しんでいたターヴィがからかうように尋ねた。けれどもレイヴィルは全く関係ないというような表情を浮かべると、さっさと一人で歩き出した。
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